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第33話「残酷なる慈悲」

◆ユウゼイ◆


 戦闘は呆気ない幕引きを迎える。

 ご自慢の複合装甲も、真衣の刃の前には紙屑も同然。接近を許した時点で命運は決していた。


 ユウゼイが引き起こした惨状は、常の彼らの所業の鏡写しだ。

 しかし、そのことに気づけた者が果たしていたかどうか。

 一方的な蹂躙に慣れた稜江の、そして防疫局の抱える脆弱さ。長い安寧がもたらした慢心。

 カーラに後れを取るのは必然と言えるだろう。


 蝕害の最後の一体が、濁った体液を撒き散らし動きを止める。

 掃除を終えたユウゼイは、いくつもの弾痕が穿たれた店舗の外壁、崩れかけたその根もとに伏せる山崎の傍らへと歩み寄る。


「あの弾雨の中、よく生きていたな」


 無事、とは言いがたい。

 山崎はユウゼイの声には反応を示さなかった。両の肘を着くかたちで上体を支え、見開かれた眼で正面を注視するばかり。


「あ、あぁ……」


 放心、そう表現するのが適当か。己が身に負った傷すら忘失しているのは、本人にとっては幸いだったのかもしれない。

 山崎の足はどちらも膝上で喪失していた。身体を浸す鮮血の量からして、長くはもつまい。

 いつ気絶してもおかしくはないほどの傷。意識を保っていられるのは、死にいたる損傷に脳が痛覚を遮断したからであろう。

 山崎の視線の先へと目を遣れば、かつては人であったモノの残骸。今しがたユウゼイが作り出した糞袋の紅い斑が広がっていた。


「鈍い奴らだ。殲滅の指令が誰に向けて出されたものなのか、気づきもしないで。所詮、ただの人間が監察官を務められる程度の都市(まち)ということか……。大層なのは口先ばかりだったな」


 介錯のため尾部を掲げる。

 それは、ユウゼイなりの慈悲でもある。

 鞭のように振るわれる末端は、音速の数倍の速度におよぶ。きっと山崎は、己が死んだことにも気づかないだろう。


 不意に、山崎の瞳が揺れた。

 まるでたった今、生きていることを思い出したかのような、そんな唐突な変化だった。

 混乱覚めやらぬ瞳にかすかな理性が灯る。が、それも束の間のこと。すぐに不安が取って代わった。

 そして右へ左へなにかを探すように彷徨い続けた視線が、ぴたりと止まる。


 恐々と、壊れた機械じみたぎこちなさで山崎が首を巡らせた。

 瞳に異形と化したユウゼイの姿が映る。


「ひっ」


 引き攣った悲鳴。

 立ち上がろうとした山崎が、無様に転がり再び地を舐める。


「う、そ……。イヤ。こんなの……」


 信じられない。信じたくないと。自らの身になにが起きたのか、上体を捻ることで確かめた山崎が絶望を呟く。

 それでもなお認めることを心が許さないのだろう。山崎は否定するように何度も何度も首を振る。

 頬を涙が伝い血の池へと注がれた。


「た、助けて。お願い。お願いします。なんでもするから」


 恐怖に顔を歪めての必死の懇願。眼前の装衣歩兵が、ユウゼイだと理解しているかどうかも怪しい。

 ふと、山崎が真衣にまったく侵されていないことにユウゼイは気づいた。

 飛沫を浴びたのは山崎も同じだったはず。蝕変の兆候が見られないからと放置していたがこれは……。


 宮子の言葉が思い出される。

 この玩具はあなたにあげる、か。


 わざわざ山崎におよぶ真衣だけを失活させるとは。手間を考えるだに呆れる。

 無駄に律儀で、どうしようもなく嫌味な女だ。請け負ったからには最期まで面倒を見ろと、そう遠回しに言っているのだろう。

 さりとて、それでユウゼイのやることが変わるわけでもない。ただ、わずかに意味が違ってくるだけ。


 稜江の犬どもの死に価値こそあれ、意味などない。

 山崎も重ねられる有象無象の死のひとつに過ぎない、はずであった。

 ユウゼイは己の充足のため山崎を使い潰したのだ。ならばその死すらも弄び、意味くらい与えてやらなければ嘘だろう。

 そう、これは慈悲なのだ。くだらないユウゼイの願望を慰める。


 尾部の先に備えられた真衣の刃が、鎌首をもたげる。

 そして今、まさに横薙ぎに振るわれんとしたそのとき。早苗からのレスが届いた。


『――兄さん。私、余計なことをしました』


 謝罪に近い情報誤差。それでユウゼイは早苗の意図のおおよそを察する。

 調律によるものか、結んでいるからか。ユウゼイの知覚を、早苗はある程度まで読むことができた。早苗には、この状況を知る術があるのだ。

 先のレスもユウゼイの行動を止めるために発せられたものだろう。


『今そちらにも繋ぎますね』


 電視野に表示される回線確立のシステムログ。上書きするように、倉田重三の識別(パーソナル)の振られたレスが開く。


『よう、夏木明執行官。ガトウ社では部下共々世話になったな』

『……あんたか』

『誘導に使ったSRSを介して、私に接触を図ってきたんです』


 空間図に加わる複数の光点(マーカー)。ユウゼイの知覚も基底の微細な振動をとらえる。


『吟味のためにバックアップとして動かしてみたんですけど、思ったより使えるみたいで。間に合ってしまいました』


 間に合った。それはユウゼイが山崎を手にかける前、という意味ではない。

 その命を拾うための種々の条件が、という意味だろう。

 わずか道一本はさんだ距離に、マーカーは灯っている。


『褒められているのか貶されているのか』

『後者であれば、我々に明日はないでしょうよ』


 会話に加わるレスは、石澤修――倉田小隊の副官を務める男のものだ。

 短い返答のなかに、自らの立場への理解を含ませている。

 使えなければ切り捨てられるだけ。それを承知の上で、久遠研究室に組することを選んだのだと。

 早苗へと繋ぎを取ったのも、この男の入れ知恵に違いない。


 理灯ではなく早苗を打診の相手とするとは、なんともいい根性をしている。ガトウ社で倉田がその身を使い捨てにしようとしたのも、この副官あってこそだろう。

 石澤という男へ評価を加えるとともに、倉田への認識を改める。


 だが、倉田とその部下たちが使い物になるのと山崎の命を拾うのとは、また別の話。


『面倒なことになる』


 ユウゼイは反対を口にする。

 山崎の命はリスクを負うに値しない。値するのであれば、すでに先の段階で手を打っていた。和葉とは違う。それは早苗も承知しているはずだ。


『私まだきちんとお礼をしていません』


 きっと早苗は引き下がらない。そんな確信めいた思いが、ユウゼイにはある。


『口頭で礼はしていたろう』

『よく覚えていますね。でも、それは兄さんも同じですよね』


 早苗は余計なことをしたと口にしていた。

 リスクに見合わないなんて、初めから分かりきっているのだ。それでも、早苗は迷いを行動へと移すことを選んだ。そして、今がある。

 (しるべ)を得て、早苗は決めたに違いない。手の届く今を諦めないと。山崎に手を差し伸べることを。


 介錯の手を止めたユウゼイに、いまさら早苗の決意をふいする気はなかった。

 ならば、この問答に果たして意味はあるのか。ある、と。ユウゼイには苦渋を込めて断言することしかできない。


『きっと理灯に仕事を増やされる』

『私なら大丈夫です』

『俺が嫌なんだ』

『わがままですね』


 論理的な答えを求めているわけではない。ユウゼイは納得できる理由があればそれでよかった。

 この期におよんで浅ましくも欲しているのだ、自分を騙せる材料を。


『……諏訪さんのため、それじゃだめですか?』


 ユウゼイが抗言に詰まる。


『私、諏訪さんとは仲良くなれるんじゃないかなって思います』


 折悪く、主道に倉田たちの装衣姿が現われる。

 それを見とめた山崎が、震える手を伸ばし助けを求める。


 倉田たちが眼前に広がる惨状に歩調を乱したのも一瞬のこと、速度を緩めずユウゼイの傍へと集うと、即座に横隊をなす。

 後方には四機の無人機(ドローン)。識別コードから、当初の計画で後始末に使う予定で用意したものだと分かる。


『話はまとまったかい』

『お陰様でな』


 ユウゼイは装衣を部分的に解き、死の淵にある山崎の眼前に膝を着く。

 恐怖に固まった腕を掴み、露わにした己が視線を、山崎のそれへとぶつける。


「山崎。おまえ、生きたいか?」

「な、つき……くん?」


 絶望に塗りつぶされていた瞳に、ひと欠片の理性が灯る。


「俺は訊いているんだ。生きたいか? それが死より残酷な道であったとしても、なおおまえは生きると言えるか?」

「い、える。あたし……生きて、いたい」


 きっと、山崎はその意味を理解していないだろう。ユウゼイは山崎の言葉を信じない。どうせ死を前にする者がした場当たり的な宣言だ。

 だから前置きはしなかった。ユウゼイは掴んだ腕を介して、その両足の傷口に干渉する。精度の暴力が山崎の制御を踏み躙り、肉体を真衣へと変化させる。

 致死率九割。吾破病感染感染経路の典型とも言える、外因性の半症だ。


「なら、まずはそいつに耐えて見せろ」


 血だまりで(うずくま)る山崎に、ユウゼイは冷徹に言い放ち立ち上がる。

 仮にも等級Cである。この程度ではそうそう死にはしない。


『手際がいいな。あの傷の応急処置としちゃこれ以上はないだろうが、先にひと言くらいあっても良かったんじゃないか』

『言ったろう。俺はお人好しじゃあないんだ』


 ユウゼイは再び真衣で全身を覆い、早苗へと絞ったレスを飛ばす。


(プラン)は』

『古き良き伝統に則ったものがありますっ』


 届いたデータを一瞥し、ユウゼイはため息をもらす。

 山崎を死体として処理し、別の死体とすり替える。なんとも使い古されたやり口だ。それに一時代前ならいざ知らず、言うほど易い手でもない。

 が、勝算はある。

 早苗はかつてこの方法で、ふたり分の来歴を書き換えることに成功しているのだ。

 あの時と今とでは、まるで状況も違っているが。


『また、ふたり分か。早苗、引き際だけは見誤るなよ』

『心配性ですね、兄さんは。そのあたりは理灯さんに叩き込まれたので、ちょっとは信用してほしいです』

『そばに宮子がいることは忘れるなよ』

『それこそ、和葉さんがいるので大丈夫ですよ』


 結んでいる早苗に伝わるように、一度大きくため息をつく。

 そしてプランを受けとったであろう倉田へと向き直る。


『死体の回収は任せることになる』

『なに。これまでの待遇に比べれば、なんともまっとうな役割だ』


 早苗の練った策に、ユウゼイの果たす役は存在しない。ユウゼイにはユウゼイの為すべきことがあった。


『ヘマをするのは勝手だが、こちらに火の粉がおよぶようなことだけは避けてくれよ』

『足を引っ張られると殺したくなるんだろ』

『そういうことだ』


 その言葉を最後に、胸中に渦巻く雑多な感情を殺す。

 そして淡々と、早苗にレスをひとつ送る。


『主目標殲滅(クリア)。これより残敵の掃討に入る』


 すでに意識はこの場から離れ、空間図上へと移っていた。

 足裏が地を踏みしめ、次の瞬間には残像を後に疾風のごとく通路(ストリート)を駆ける。

 宴はまだ、始まったばかりなのだ。



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