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第29話「そして暴君の牙は迫る」

◆ユウゼイ◆


 データを早苗から受けとったユウゼイは、作戦段階移行をしめす暗号文を遊撃班に送付。ワ商業(ビル)の外縁部、ワ三工業(プラント)との境界に設定した交戦地点(ポイント)へと歩を進めた。


 予定(プラン)の変更は宮子にも伝えてある。

 宮子はすべて承知であることを証明するかのように、皮肉ひとつと引き換えに同行を快諾した。刹那見せた笑みに不穏なものを感じたものの、追求すれば朝のやり取りがくり返されるに決まっている。

 ユウゼイにも逃げだとは分かっていた。だが大事をまえに、余計な悶着は避けておきたかったのも事実だ。


 学院や駅のある西側に見られた活気は、プラントへと通じる東外壁区に近づくにつれて薄れていく。昼時間ということもあり、通りに面した店には照明が落とされているものも多い。道行く人もまばらで、連れ立って歩くユウゼイたちはいささか浮いて見える。


 繁華街としての性質の強い支柱(センターポール)や西側に対し、工業区に面する東側一帯は、歓楽街を下敷きとして設計されていた。

 極度に自動(オートメーション)化された生産設備(プラント)の管理業務は、特区のなかでも格別に退屈な仕事だ。それでいて、サーフェナイリスという不測の事態と肩を並べる環境では、外のように単純に機械任せというわけにもいかない。

 ゆえにと言うべきか。都市人口に占める割合は多い。


 そうした客層を当てにした店々が、この辺りには多く軒を連ねていた。

 主通路(メインストリート)周りこそ、繁華街のものと大差ない店が目立つも、側道に入れば探すまでもなくその手の店が見つかることだろう。


 またこういった場所では、表で取引しづらい(イリーガルな)品々を扱う店も多い。元来外の法規に縛られない特区ではあるが、厄介なことに染みついた体面というものは、こういう環境でこそ求められるものらしい。

 特区にはこの手の秩序なきゆえの決まりごとが意外と多い。


「あれっ、もしかして早苗(かたぎり)さん?」


 半没入(ハーフ)の電脳知覚で、仮想上の私室(プライベートスペース)に早苗が展開したデータを眺めていると、聞き覚えのある軽い声に呼び止められた。

 プラントまで残すところ交差路ふたつと迫った地点。人通りはいよいよ途絶え、店舗に灯る照明も見渡すかぎり、今しがた声の主が扉をくぐったひとつところを残すのみ。


「えと。山崎、さん?」


 早苗が不意の驚愕を演じる。

 目論見通りの会敵だった。事前に適当な暗号強度で流した架空の協力者情報は、その役目を全うしてくれたらしい。

 八束に着いてから二度、この場所には足跡を残してあるとはいえ、失笑ものの単純さ。

 それだけ、稜江が追い詰められている証でもあるのだろうが。


「こんなトコロにユウゼイ(なつき)くんとふたり……と思ったら、おまけが二個くっついてるんだね」


 山崎志乃(やまざきしの)は偶然を装い近づいてくる。

 シャツにホットパンツという身軽ななりに、抗侵蝕素材と思われる外套(コート)。肩掛けにした鞄は厚手の人工革製(レザー)で、内容物をうかがわせない。コートへの肩紐(ベルト)の食い込み方から見て、それなりの重量物であることは間違いないだろう。添えられた手が神経質に位置(ポジション)を修正しているところから察するに、中身は無線式の銃火器か。

 予想される銃口はユウゼイを指向している。


 早苗から送られてきたデータには、嘱託執行官と記載されていた。この作戦のために与えられた身分なのだろう。当然のごとく実働経験はなし。学院の課程で戦闘の基礎は学んでいたようだが、諜報の類は完全な素人。


「……まさか四人で」


 とぼけた口調とは裏腹に、さり気なく向ける和葉への視線には険しさがうかがえる。見えぬ半症に、山崎の脳裏は疑問符で埋め尽くされていることだろう。

 そしてそこで一歩踏み込まないことこそ、山崎の不足だった。つとめて意識を逸らそうとするその態度は、ほかの目的があるのだと告げているに等しい。


「面白い冗談ね。ユウゼイ(なつき)くんにわたしの相手がつとまると思う? それに、和葉はわたしのモノなんだから」


 言って宮子は和葉に抱きつく。無防備に山崎へと晒される小さな背中。

 しかし、そうすることで自身を遮蔽にしているのだとユウゼイには分かった。


「こんな場所でこういうことすると、衆目を集めてしまいますよっ」

「あら、わたしは気になんてしないわ」


 大した説明もしていないというのにこの対応力。

 もとより当てにして巻き込んだとはいえ、目下の危険よりもよほどユウゼイの警戒心を刺激した。


『兄さん。周囲一帯の制御(コントロール)が稜江派の支配下に入ったようです。それに前後するかたちで、本部(HQ)との主回線も切り替わりました』


 通信妨害(ジャミング)による正規の回線の切断。学院側で稜江派の攻撃が始まったらしい。山崎を差し向けてきたのは時間稼ぎが目的だろう。そうでなければこんな素人を送り込むはずがない。

 そしてそれは半ば成功しているわけだ。だが稜江派は分かっていない。ユウゼイたちの現時点での目的も、まさにその時間稼ぎにあるのだということに。


「そういう山崎は諏訪とでも来ているのか? それにしては姿が見えないようだが」


 ユウゼイはあたりに視線を散らしながら、山崎に合わせるように下世話なノリで返す。『特級ハッカー(ウィザード)か?』と早苗への返事(レス)も合わせて送信。


「残念ながらあたしはノーマル。ま、二十半ばになっても互いに相手が見つからなかったら、子供の遺伝子提供者(パートナー)に、なんて話はしたことあるけど」

「気が早いな」


 早苗からの報告――いえ。手際は良いようですがまだまだですね。使っているツールの癖から見て、相手は複数。グループで動いている気がします――を確認しつつ、詠嘆口調で会話を繋ぐ。


「遅すぎるくらいだよ。来年生きていられる保証もないんだから」


 諦観混じりのその声からは、演技とも思えぬ切実さが漂っている。

 だが、山崎は知らない。ことは切実などという生易しい段階を、とうに越えたところにある。タイミングが悪いと言うほかない。


 ユウゼイに課せられた任務は単純明快。敵対勢力(稜江派)の殲滅だ。

 この場に現れた時点で、山崎の運命は決まってしまった。強者によって、一方的に。


「そいつは、ごもっとも過ぎる指摘だ」


 ――糞っ垂れが。


 誰へ向けたかも知れぬ悪態。

 躊躇も悔恨も一切合切を飲み込み作戦に従事するであろう自身にだろうか。

 お粗末な誘惑に乗り短絡的な行動をとった山崎にだろうか。

 カーラ顔負けの殲滅戦を立案した理灯にだろうか。

 事態を悪化させ続けた金の亡者にして暴君たる稜江にだろうか。

 人の欲をかき立て死をあふれさせるこの都市(まち)にだろうか。


 雑然とした苦味に、ユウゼイは仕事を被せる。


『再制圧に必要な時間は?』

『こちらが覗いているのにも気づかない相手ですから、仕掛けを作動させれば一発です』

『通信内容の検見(けみ)を――』

『任されました!』


 喜々とした情報誤差()

 ユウゼイの力となれることが、早苗は嬉しいのかもしれない。

 そこに、憂いは見えない。


「……ユウゼイ(なつき)くんは、早苗(かたぎり)さんとそういう話はしないの?」


 山崎のやろうとしているのは、遠まわしにユウゼイを殺す行為だ。当人にその自覚があるかは疑わしい。けれどそんなもの、言い訳にはならない。

 早苗の眼にはすでに、山崎は単なる敵という記号で映っている可能性が高い。


「未来への展望、ねえ……」


 それは悲しむべきことか喜ぶべきことか。

 ――この思考こそが、宮子をして自分本位と言わせるゆえんなのだろう。

 まったく、染みついた癖というものは。手前のなかだけで完結して、満足した気になっていては、宮子に嗤われるのも道理だ。苦笑がもれる。


「考えたことはあるし、話し合ったこともある。それこそ数え切れないほどにな」


 山崎への言葉は、ユウゼイ自身へと向けられた皮肉でもあった。

 今となってはそれが片手落ちであったことを、ユウゼイは認めるほかない。


「だが、山崎の期待するような答えは生憎と持ちあわせていなくてね」

「先輩っ、そこはビシッっと言ってくれないと私の立場というものが!」


 場に適した言葉はいくらでも浮かんだ。いつものように適当に流してしまう、それもありだっただろう。しかしユウゼイが選んだのは白でも黒でもない、灰色にすらなりきれぬ、内面を垂らし込んだような言葉だった。


「……それは後でふたりのときにでも、な」


 ユウゼイの中で、宮子の言葉が尾をひいていた。

 自分にとって早苗はなんなのか。自問が、山崎を欺く建前として口にする嘘にすらためらいを抱かせた。

 ユウゼイとて専門家(プロ)だ。感情で仕事を落とす愚は理解している。ゆえにこれは理性が導き出した結論。山崎の抱く懐疑を許容した果ての言葉であった。


 宮子の隠す気のない忍び笑いが耳に届く。


『兄さん……?』


 レスに、見上げる視線に混じる困惑に、ユウゼイは卑怯と知りつつもその頭に載せた手を、答えの代わりとする。


「草野では長いこと、その日を生きるのに忙しかったのさ」


 周囲の空気を無視するようにユウゼイは続ける。


「だから俺たちのする話といえば、どうやって生き延びるかにつきた。そいつは、今も変わらない。立ち止まる予定なんざ入っちゃいないんだよ」


 己でそこまでと線を引けば、待っているのは停滞だ。ユウゼイの声に、どこか言い聞かせるような響きが混じった。

 しかし、応じる山崎の声は硬い。


「そんな理屈は学院じゃ受け入れられないよ。大多数の罹患者(サフェル)はなにかを変えられるだけの力なんて、持ってはいないんだから」


 隠す気がなくなったのか、ユウゼイの素性を暗に含んだ物言い。そこには自身を大多数の側においた山崎の、確かな反発が込められている。


「諦念が人の心を壊死させる、か。……山崎、いいのかそれで。ことの本質を見誤った果てで、待っていてくれるのなんて、気の利いた破滅くらいなもんだ」


 力なんて、そんな便利なものではない。それだけで為し得るものなどたかが知れている。いかに使うかこそが問題なのだ。

 山崎は罹患者であることに固執し強者を羨むあまり、己の持つものをかんがみる、そのことを失念している。

 しかし、ただそれを指摘し諭したところで、意味などありはしない。


「あたしは諦めてなんていない、だからこそ……」


 準戦闘態勢にあるユウゼイの真衣知覚が、山崎の呟きをとらえる。

 生身の耳であれば、聞きとることは適わなかったであろう呼気に混ざる短い言葉に、山崎の頑なさがのぞく。


 恐らく山崎は勘違いをしている。

 なにを餌に釣られたかは知らないが、自らの手で勝ち得たと信ずるそれは、稜江がそう仕向けただけの紛い物だ。救いを待つだけの人間に、本当の救いなんて訪れない。あるのはただ救われたという勝手な思い込みだけ。

 浅ましい欺瞞だ。


 では、自ら求め足掻いた人間は報われるのか。ユウゼイは由依を、和葉を思い浮かべる。

 あるいは、そうであって欲しいというユウゼイの願望に過ぎないのかもしれない。


「俺にとっては大多数なんてどうでもいいんだ」


 事実願望でしかなかったとして、ユウゼイが今の生き方を改めるのか。答えは否だ。

 たとえそれが、外れ者として生きてきた矜持が見せる夢幻であったとしても、ユウゼイの求める安寧はその先にしかあり得ない。


ユウゼイ(なつき)くんって、意外と冷たい人だったんだね」

「意外、ということもないだろう。どうせ見たままのくだらない人間だ」


 ユウゼイの突き放すような物言いを、山崎は額面通りに受けとったようだった。

 そんなものだ。誰もが由依や和葉のようになれるわけではない。

 すべては想定の範疇。見飽きた現実に、もはやさしたる感慨も抱きはしない。ため息すらこぼれぬまま、淡々と形式的な確認を口にする。


「まあいい。それで、いい加減その物騒な代物の説明を、期待してもいいのかね」


 だがすべてを言い切るより早く、山崎が反応をしめした。

 それは意図してのものというよりも――。


「動くなよ」


 ユウゼイの低く小さな呟きが、山崎をぬい止める。

 表情も態度もそれまでとなにも変わらない。殺す意思を見せた。たったそれだけのこと。


「もしそいつが早苗(ともね)に向いてみろ、間違って殺しちまうかもしれん」

「自分が可愛いのなら、そこの気違い(サイコ)の言葉は聞いておいた方がいいわよ」


 宮子が言葉を継ぐ。必要以上の優しさと嘲りを込めて。


「それから、和葉を狙うのもやめておいた方がいいと思うわ。あなたが蝕変願望のある奇特な人間なら別だけれど。そうではないのでしょう?」


 山崎は視線をユウゼイと宮子の間で往復させると、壊れた自動人形(アンドロイド)よろしくぎこちない頷きをくり返し肯定をしめした。

 それにしても、と。予想以上の反応に、ユウゼイは眉をひそめる。


「いつ、から。気づいて……いたの?」


 そんなことも分からないほどに、自分のことで手一杯だったということなのだろう。

 しぼり出す途切れ途切れの声。頬は血の気を失い、活力のある瞳が今は薄く涙にぬれている。


 ユウゼイは悟る。目の前にいるのは新兵ですらない。脅えきったただの雌ガキだ。

 稜江が初めから山崎を使い捨ての駒として見ていることは知っていた。しかしこれでは駒にもならない。単なる消耗品。時間稼ぎに使えれば重畳。


 この場でユウゼイの怒りを買い、殺されること、それこそが山崎に与えられた最大の仕事であるようにすら思える。

 本部を制圧できればそれで良し。ユウゼイが短慮を起こせば、それはそれで稜江派の口実になる。時間稼ぎはそのついで、か。


『殺すのをためらった? ふふ、あなたってば単純なんだから。なんならわたしがやってあげましょうか?』


 甘く誘う無声通信(ささやき)擬似聴覚()に、ユウゼイは山崎へと問いを返す。


「あんたこそ、いつから稜江の犬に成り下がったんだ?」


 すでに殺気はおさめていた。そうでもしなければ会話になりそうもなかったのである。



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