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第18話「それぞれの目的」

◆ユウゼイ◆


 取引から三日が経った。

 宮子に約定を違える気配はなく、ユウゼイもまたその取り決めに則った振る舞いを続けていた。必然、四人でいる時間は長くなる。早苗と和葉はかねてよりの友人であったかのように打ち解け、ユウゼイの心に安堵と苛立ちの根をおろさせていた。


 その夜。仮想での定例連絡会を終えたユウゼイは、同室の早苗にひと言告げて、理灯(みちひ)の研究室を訪ねた。

 扉にたどり着くよりひと足先に、仮想経由でセキュリティの認証をすませる。錠の解除される微音に続き、静かに扉がスライド。歩みをそのままに部屋へと立ち入ったユウゼイは、その場で足を止めた。


 派遣が決まるまでは空き部屋だった研究室には、すっかりと生活感がこびりついている。主を得て一週間にも満たぬなどと、誰が信じるであろうか。


 今現在、久遠研究室の有する領域は、部署の規模を考えれば桁違いに広い。もとより派遣に際して防疫局から分捕った区画は多かったのだが、ガトウ社の一件がそれに輪をかけた。

 広大な区画。そのあまりある部屋は、すべて保安を目的に用意されていた。もっと露骨に言えば、戦場として使用することが想定されている。

 初期に予定されていた自室を理灯が使わないのも、そのためであろう。

 理灯は一日の大半を、この研究室で過ごしている。


 機材に埋もれるようにして備えられた、一目でそうと分かる間に合わせの寝台に、理灯は座っていた。


「邪魔したか」


 首筋に見える親和樹脂(ハーフバイオ)部品(サイバーウェア)(ソケット)に、見慣れた妙な形状の注射器の芯(プラグ)を挿している。


「いまさら気にしてどうするの」

「面倒な身体だな」


 機材の山から椅子を引っ張りだし、適当な距離をおいて腰かける。

 非人間的な有機生体電脳性能(スペック)をもつ理灯だが、それゆえに制約も多い。


「思ったことないわねえ。生まれた時からだし。案外、有機生体電脳()の基礎領域にでもそういうふうに書き込まれ(インストールされ)ているんじゃないかしら。それに、あたしにとっては便利な身体よ」


 そしてユウゼイにとっても、早苗を守るのに都合のいい身体だ。


 国内第二位の巨大企業体『四峯(しほう)財閥』。統べる四峯(よつみね)の名を持つ一族の分家のひとつに、久遠(くおん)家はある。

 一族の歪みの捌け口となり没落した、表の世に出ることのない四峯の末席。


 だが久遠家はそれをよしとしなかった。再興の切り札とすべく造り出された数多の合成人間。遺伝的には久遠の血を継ぐ、次代を担わされた子供たち。けれど、人を超えた力をもたされた代償と言うべきか。彼らのほぼすべてが、成人を迎えることなく死亡した。

 久遠理灯はその数少ない生き残りのひとりだった。


 しかし理灯は生家を離れここにいる。


 自分を縛るすべてを過去にする。だから自分に協力しろと。

 永山を欠き秩序を失いつつあった草野(かやの)にふらりと現れた理灯は、ユウゼイへと声をかけてきた。

 つきあいは以来一年ほどだが、人間性は別として共犯者としてはユウゼイもそこそこ信用している。


「先生はいないのか」

「ルークと(さや)を連れて調べものに行くって」

「調べもの、ね」


 三上彩の適性は後方支援なのだが、ルークとの(ペア)となると途端に血生臭くなる。荒木は技術者ではあるものの、生粋の武闘派だ。穏やかな調査でないことは、火を見るより明らかだった。


「で、こんな時間にどうしたのかしらん。夜這い?」

「最近面倒なのがひとり増えたんでね。そういうノリは食傷気味だ」

「あらあら残念。というかご愁傷様」


 大変そうねとおもてに気遣いを装っているが、およそ本気だった試しがない。さりとて、理灯のそんな習性を(ただ)したところで意味はない。時間の浪費だ。

 ユウゼイは胸のうちでため息をこぼし、この場へと足を運んだ目的を果たす。


「そろそろ、方針をはっきりとしてもらいたくてな」


 本来なら仮想ですますところだが、今回は早苗を交えてはできない話もある。それに仮想は理灯の庭だ。直におもむいた方がユウゼイにとってはなにかと都合がよかった。


「まあ、そうねえ」


 ユウゼイの意図は伝わっているだろうに、その声は浮かない。八束送りにされてからというもの、終始こんな感じではぐらかされている。気のせい――ではないだろう。

 やはり外から攻めてみるべきか。

 用意してあった切り口をユウゼイは言葉にする。


「ガトウへの襲撃からこちら、稜江とカーラとの戦闘は連日続いている。一進一退の攻防、ということになっているが、等級AAが遊んでいられる程度にカーラは余裕だ」

「とはいえ、稜江も全国から兵を集めつつあるから分からないわよん。今日も大規模な増援部隊が八束入りしていたわねー」


 連絡会で並列化した資料に、確かそのデータがあった。AIに該当箇所を抜かせれば、なるほど理灯の言うように大部隊だ。しかし同時に、要となる対蝕害(サーフェナイリス)装衣歩兵が全体の一割にも満たないことも分かる。

 それに、中身の質にも疑問は残る。


「装備におんぶにだっこで、一方的な戦場しか知らない玉無し兵士だろ。ひと山幾らの量産品が、山の数増やしたところでカーラ(本職)相手に役に立つのか? お行儀のいい都市戦をやるかぎり、等級AAの独壇場だ」

「どうかしらー。虎の子の等級AAを三人も投入させたみたいだし」


 初耳だった。口振りからして連絡会の後に入ったふうではない。資料になかったのは、データが出揃っていないということか。

 連絡会で、手中にある情報すべてに言及することは不可能だ。まして、会はユウゼイら実動部のみで行われるわけではない。だからそこに偏りが、それこそ恣意的なものだとしても、あることに文句を言うつもりはなかった。


「そりゃ楽しみが増える。……カーラの等級AAA(トリプル)が八束入りしてるって噂はどうなった?」


 ここ二日ほど、学院でも密かに話題になっていたものだ。それらしき情報が出回り始めたのが、ガトウ襲撃事件の後からである、というところまではユウゼイも掴んでいるのだが。


「未だ噂の域を出ず、ね」

「カーラの等級AAAは単体でこの都市(まち)くらいなら壊滅させられるって聞いたな」

「あながち嘘でもないんでしょう?」


 何の話だと一瞬の疑問。だがすぐにそのことだと思いいたる。


「永山のことか。そうだな、軍でも動かないかぎりどうにもならないだろう、あれは。『特区には軍の介入を許さない』って企業と政府の間の密約のお陰で、草野はこれまでずいぶんと得をしたもんだ」

「それも防疫局って後ろ盾があったからこそだと思うけどね」

「分かっているさ。この一年で骨身に染みた」


 それはユウゼイが理灯を共犯者と呼ぶゆえんでもある。


 ユウゼイは己の惰弱さを理解していた。しょせんは等級A。暴力で為し得ることには限界があった。永山の死がもたらした草野の秩序の崩壊。そのなかでユウゼイの力で変えられたものなど、なにもなかったと言っていい。

 それが、理灯と行動をともにするようになり一転する。

 ユウゼイが振るうことのできる力は変わらない。だと言うのに、生じた結果には天と地ほども開きがあった。


 防疫局という看板のもつ意味。そしてその意味を正しく理解し扱う、理灯の政治的手腕。

 ユウゼイは理灯を見て力の使い方を学んだ。その価値を知った。

 そんな理灯相手だからこそ、ある程度は利用されること許容している。少なくとも、利害の一致している間は。

 ……殺したくなるほど煩わしいことも多いが。


「ま、等級AAAをカーラが投入したとして、そこまではしないでしょうけどね。そんなことすればカーラが世界から敵視されちゃうもの。カーラが大手を振って歩いていられるのは、あくまでも他者の道具として振舞っているから」

「悪意の代行者か」

「分かりやすくていいわね」


 解放派(モークシャ)と呼ばれる新人類主義過激派の一派が起こした草野の蝕災テロも、カーラの技術供与がなければ成り立たなかったと言われている。

 憎悪と怨恨の最終処分場。

 ユウゼイが宮子に抱く敵意のなかにも、紛れもなくそれは混在している。

 だが、気に食わないからと(わめ)いたところでなにも得るものはない。気に入らなくとも利用できるのなら利用すべきだ。


 状況は大きくカーラに傾こうとしている。その流れのなかで自分たちがいかに動くのか。まさに今が分水嶺だろう。ユウゼイはそれを暗に問い続けていたのだが――。


「それで、どうなんだ」


 一向に本題へと移らない理灯に、直接的なアプローチへと方針を変更する。


「なにが?」

「……そこまでしてはぐらかしたいのか?」

「面倒くさいんだもーん。と言うか、知らない方がいいわよん?」


 知らない方がいい、か。

 それこそいまさらだとユウゼイは思う。一年前、すでに踏みだしてしまっているのだから。


「始めたのはあんたと、俺だ」


 理灯から躊躇いの気配が消えた。ともにいつものふざけた調子も。


「ユウってばなんだか凄く男の子ね。ま、そこまで言うなら教えようかな。いい頃合かもしれないし」


 頃合とはなんの話だ?

 そんなユウゼイの疑念をおき去りに、理灯はさらりとその目的を口にする。


「稜江にはこのまま退場してもらおうかと思ってる」



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