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第16話「最後の勝利者とならんがために」

◆ユウゼイ◆


 初日の日程を消化したユウゼイは、久遠研究室の作戦本部へと顔をだしていた。作戦本部なんて大層な言い方をしているが、その実、ただの研究室である。


 ガトウ・サーフェニクス社の一件で、久遠研究室は八束防疫局派へと大きな貸しを作ることに成功した。稜江が切り崩しつつあった防疫局の利権を、一夜にしてその手に還したかのだから、当然と言えば当然だ。

 代償は計り知れないほど大きいが、得たものは多い。防疫局派の管理する棟のひとつに築いた、この久遠研究室の領地(テリトリー)もそのひとつだ。


「浅野宮子と勝手な取引をしたこと、まずは謝っておく」

「ああ。そのことなら別に気にしなくてもいいわよん。どうせ今のあたしたちの手には負えない化け物ちゃんだし」


 頭をさげるユウゼイに、ひらひらと手を振る理灯(みちひ)

 重大な案件がまるで些末事のように流された。


「そうですね。時間を得られたのは勿論のこと。カーラがそれを必要としているという事実が、なによりも貴重な情報です。ユウもそれが分かっていて、取引をしたのですよね」


 多目的眼鏡(ウェア)の弦を押さえ首肯するのは、研究室副室長である荒木義徳(あらきよしのり)。研究者というよりは技術者に近く、またユウゼイにとっては戦いの師でもあった。

 もっとも、その関係は根本のところで理灯とのもの以上に即物的だが。


「先生にそう言ってもらえると、少し気が楽になる。ところで、頼んでいた調査の進捗(しんちょく)は?」

「いやー、流石に今日の今日じゃ表面的な情報ばっかりよ。というか宮子ちゃんの方はその表面的なものすら満足に集まってないんだけどね……」


 そう言って理灯が送ってきたのは和葉の経歴だった。


 国内第三位の大企業伊隅(いすみ)財閥、その本拠地である瀬戸内コンプラクチャ『伊隅環京(アーコロジー)』出身。上級社員の両親のもとでエリートとしてなに不自由なく暮らしていたが、三年前に蝕害に巻き込まれ感染。伊隅により高額で買い取られるも、輸送車がテロに巻き込まれ、そのどさくさに紛れ逃走。その後防疫局に保護されるが、すでに重度の半症をともなっていた。八束学院に入院、宮子と出会い今日にいたる、と。


 事前情報と大きな違いは見られない。

 両親の現在や交友関係、売買に関わった人員名簿、テロ実行組織にまで言及した資料が添付されているが、眼を通すだけ無駄だろう。

 念のためAIに情報を洗わせてみたものの、返ってきた答えは重要度低(ネガティヴ)


 表面的などと理灯は言っているが、引っかかるときは凡そこの段階で引っかかる。情報の隠蔽に特級ハッカー(ウィザード)が関与していようと、だ。

 その程度に、理灯の情報分析能力は人の枠を超えている。

 理灯が表面的と否定的な物言いをする場合、大概においてそれはシロか、あるいはどれだけ掘っても底を見せないホンモノか。さもなくば。


「外からじゃなく内から、か」

「やけにこだわるわねー」

「まあ、な」


 和葉が構成員(カーラ)であることは間違いない。

 それは宮子へのある種の信頼だった。天敵に等しい最悪の相性の女だ。鼻持ちならず、他人を貶めて楽しむ、人の形をした外道。

 それでも信念のようなものを感じた。それがどれだけ糞っ垂れな代物かは知らないが、優先すべきなにかをもっている。ユウゼイに早苗があるように。


「惚れたとか?」

「死ねよ……」

「いやん」


 恥らうように身をよじる。意味が分からない。年を考えろとでも言ってやろうか。


「理灯先生。ユウをからかって遊ぶのもほどほどに。ユウも。理灯先生がシロの経歴をわざわざ確認させたりしないことくらい、分かっていますよね」

「答えを先に言うのは禁止ですよ、荒木センセ。まあここまで話しちゃったら最後まで言っちゃうけど、宮子ちゃんが学院に来てからの和葉ちゃんの素行は、綺麗過ぎるのよ。なにもなさ過ぎる。等級AAが日常的に接触しているのに、ね」


 そうと知る者が見て、初めてその異常性に気づける――。

 それはつまり、理灯と同等以上の情報処理分析能力をもつなにかが、和葉の裏にはいるということ。紛うことなきクロだった。


「……仮想の非制限空間、か」

「先も言っていましたね。ユウ、彼女がカーラとなったのが入院してからと、そう考える根拠はなんですか」

「もっともらしく言えば経験。本当のところは勘」

「同じじゃなーい。数学では零点ね。まあ、うちはその手の正しさで動いてるわけじゃないし、及第点ってところかしらん。材料はそろってるしやれると思うけど、時間はかかるわよー。カーラ自体はあたしたちの敵ってわけじゃないから、手をだしてこないなら放置が最良なのよ。その絡みで言えば背後組織の方が問題」


 カーラの依頼主、か。


「宮子の八束への潜入経路からなにか探れないのか?」

「うーん、普通の構成員ならそれでいけると思うんだけど、あの子ってカーラとタイプ違うのよね」

「はっきりしないな」

「はっきりしてたら素っ裸にひん剥いちゃってるわよん。まあいいわ。都合がいいから、ユウちゃんにはこれからしばらく宮子ちゃんの監視をお願いするわね。逐一報告を忘れないこと。重要度の高いものはルーク経由でまわしてちょうだい」

「ん? なんでルキアスなんだ。確かに今回のは早苗に繋がせるわけにもいかないが」


 出てきた名前に内心首を傾げる。

 機密性の高い問題であるからこそ、宮子の件もふたりにしか伝えていなかったわけで。そこにルキアスをはさむ意図はなんなのか。


「そういえば、ユウにはまだ教えていませんでしたね。ルークは特務諜報局(シノビ)の出なんです」

技術広報部(ニンジャ)か」


 日本の先端技術の粋を集めた国家運営のパフォーマンス集団。それが今日、ニンジャと呼ばれる者たちだ。

 今どき珍しい電脳加工のいっさいを排したニンジャショーは、先端技術(エッジテク)と生の臭いに敏感な富裕層の心をがっちりと掴み、こと国外で熱烈な支持層を獲得していた。

 だがそれは彼らの本質ではない。広報こそが隠れ蓑。その先端性は、異なる分野でこそ真価を発揮する。彼らは名に恥じることない正真正銘の諜報員だった。

 思えばあの人好きする容姿も、宣伝向けの遺伝子型(デザインモデル)なのだろう。


「あいつの資料のどこにも、そんなものは記載されていなかったな」


 ただの確認だ。記載されておらず、けれどその情報は伝えられる。口外無用の機密案件。データに残すこといっさいを禁じられるというところに、厄介事の火種を感じる。


「記録に残さないことが先方からの条件だったんですよ。古巣との間で少々ごたついていたものですから、うちで貰うことにしたんですが。不良在庫のひき抜きにしてはすいぶん高くつきましたよ」


 先生の古巣ということは、感染による武力広報(サムライ)への移管とかそのあたりになるのだろう。軍関係のごたごたとか、厄介を通り越してきな臭くて仕方がない。


「電脳戦の腕は私が保証しますよ。ルークは基底戦闘の方を好いているみたいですが」

「サナちゃんの機密管理(プロテクト)は信頼できるけど、ユウちゃんのは不安なのよねえ」


 理灯の余計なひと言を無視する。


「先生がそう言うなら情報面はルキアスに任せるさ。それと、別件でもうしばらく時間もらえないか。近々宮子に攻撃を仕掛けようと思うんで、その設計を手伝って欲しい」

「休戦、というわけではないのか……。取引に反していないとはいえ、そんなことをして大丈夫なのですか?」

「多分、な」


 練技室でのやり取りが思い出される。


「俺たちのことを絡めなかったのは意図的なものだ」


 そして恐らく、和葉の安全を絡めなかったのも。


「あいつはその時がくるまでは俺のことも殺さないだろう」


 力でねじ伏せられると、そう確信しているのだ。あるいはユウゼイの心すらも。

 ユウゼイもまた、本当に宮子を殺そうとしているわけではない。機会と時期の双方が整うのであれば、そのかぎりではないが。


「まあ、なんだ。あいつなりの思惑があると俺は睨んでる」

「ユウがそれでよいというのなら、協力しないわけにはいきませんね」

「ありがとう先生、いつも助かる」


 今やれることをしておかなければならない。いずれ再び敵として相見えることを考えて。


「となると、先の戦闘の分析が急務ですね。それに装備も見直した方がよさそうです」

「あーっ、あーっ! ユウちゃんに荒木センセ取られたあ」


 より多くの観測(テータ)を集めておく必要があった。



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