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第14話「演じる自分、演じきれぬ思い」

◆早苗◆


「はあぁ」


 身に着けた錬技衣を見おろして、早苗はため息をもらす。


 早苗は錬技衣が好きではない。生地が厚いとはいえぴったりとした錬技衣は、身体の線がはっきりとでる。思い知らされるのだ、己の貧相な身体を。

 こと和葉と並ぶとそれは顕著だった。まさしく大人と子供。誰も気にしていないと思いつつも、少し悲しくなってくる。その和葉が、左腕の半症を理由にまわりの眼を気にしているのも、ますます悲しみを助長する。


 しかし、ため息の本当の理由はまた別のところにある。


 八束で用意された錬技衣の機能が問題なのだ。

 拘束着を思わせるベルトや金具も、ここがそういう都市(まち)だと思えばまだゆるせる。が、各所に備えつけられた安定化装置がいただけない。

 維持のしやすさと対症性能を優先した、不活剤強制注入型の規格品。

 半症の抑えから蝕変の遅延まで用途は広い。ただしゆり戻しが酷いため、慢性化しやすいという重大な欠点を抱えている。


 求められているのは罹患者の安定ではなく、周囲にとっての安定。

 そういうことなのだろう。


 プログラムの性質上、一般生徒との規格共通が必要なのは分かっている。しかし、これを使われるかと思うと、考えただけでぞっとする。

 草野の薬物による精神抑圧型がまだマシなものだったのだと、いまさらながらに思い知らされる。

 もっとも早苗の場合、理灯の手まわしで自前の安定化装置を併用している。そのためと言うべきか、これを使われる危険性は低かった。


 だが安心にはほど遠い。


 技能教練ではあることが当たり前になっていた、兄との繋がり(リンク)。それを、ここでの技能教練の時間は閉ざすことが決まっていた。機密防止のためとはいえ、やはり心細い。

 危ないと感じたら結んでいいとは言われているが……。


 和葉が規格と異なる安定化装置を着けているのは、せめてもの救いだった。


 着替えを終えた兄が錬技室へと入ってくる。


「……むぅ」


 その顔を見たら妙な声がでた。

 今日はというか、あの挨拶からこちら、どうも様子がおかしい。

 どうもと言葉を濁すほど、原因に思い当たらぬわけでもないのではあるが。


「草野のと違って慣れませんか?」

「え? あ、大丈夫です。安定化装置の質の悪さに軽く絶望していただけですから!」


 声を和葉に聞かれていたらしい。

 気遣いが必要以上に胸を打つ。

 とり繕うように、錬技衣を理由として持ち出していた。


「あ、やっぱりこれの質って悪いんですか。アザミもサーフェナイリス工場とか言って笑ってたんですよね」

「正直言って、企業寄りの効率型です。というかそもそもこれ、稜江の防疫局向けマイナーチェンジ版ですから。表面上別物ってかたちにしてありますけど、カートリッジとか共通ですし」

「智子ちゃんって私以上にアングラ寄りですよね。でもお陰でひとつ賢くなりました」


 和葉と言葉を交わしながらも、意識は兄へと向いてしまう。


 常より不機嫌そうな兄だが、いつも早苗はそのなかにある違いを見抜いてきた。だが今日はそれすらも読みづらい。早苗には感情を隠そうとしているように見えた。

 あまり良くない方向にことが進んでいる。

 早苗には予感があった。

 そしてその予感は廊下で別れる前よりも、後の今の方が増しているのだ。


 和葉からの誘いも兄は断るものだと思っていた。

 早苗も和葉への執着がなにを意味しているのか、それくらいは分かっている。


 先輩というよりも姉に近かった。

 楽しかった記憶はたくさんある。苦い記憶はもっと多い。

 今ではどれも大切な思い出。

 誰よりも生きることに必死で。早苗とユウゼイ、そして永山に生きる楽しさを思い出させてくれた。

 でも一年前、唐突に蝕変に飲み込まれて死んでしまった。


 ――秋津由依(あきつゆえ)


 引きずっているのだ。過去を。どうしようもないほどに。

 自分で思っている以上に。


 兄が早苗のもとへとやってくる。何事もなかったふうを装いながら。

 だから早苗も演じるのであった。なにも知らない愚かで無力な自分を。



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