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第12話「赤く染まった運命」

◆ユウゼイ◆


 それから何を話したのかほとんど覚えていない。

 ユウゼイに代わって早苗が喋り通していたような気もする。

 聴覚記録は残っているだろうが、開く気にはなれない。


 空いている席に自由に座れ、と。憤懣(ふんまん)を通り越し疲れさえ見せる教官の声に背を押され、ユウゼイは最後列奥から三番目の席へと向かった。

 通路をはさみ、侵されざる純潔(サンクチュアリ)の右隣だ。


 なぜそんな危険地帯に踏み込むのか。


 サンクチュアリ――この場では浅野宮子(あさのみやこ)を名乗っているようだが――が、視線でそこを示したからにほかならない。

 さもなくば、誰が好んで断頭台にのぼるだろう。

 当然のように早苗がその右に座った。


「夏木、そんな後ろではなく前に来たらどうだ」

「お気遣いありがとうございます。でも俺はまだここの流儀を知らないので、しばらくは後ろから全体の様子を見させてもらおうかと思っています。それに、その手の役割は俺よりもルークの方が適任ですからね」


 もっともらしい口実をでっちあげて黙らせる。

 ただでさえ面倒な状況なのだ。これ以上手間を増やさないで欲しい。


 教官としても、厄介な客人への形だけの対応だったのだろう。そうかとそれだけを答えに、ユウゼイへの関心を解く。

 そして静まりきらぬ院生(サフェル)を無視し、今日の予定を伝え始めた。


「また会えるなんて、運命かしら」


 教官の注意がほかへと移るやいなや、宮子が囁くように話しかけてきた。

 声は違うが、受ける印象は変わらない。

 あまりに無警戒なその姿。今なら殺せるのではないかというかすかな期待。


 胸糞が悪い。

 この女はすべてを承知のうえで、こうした態度をとっているのだろう。ユウゼイの逡巡(しゅんじゅん)を嗤っているのだ。

 仕込んだナイフに手をかけている自分が、途方もない馬鹿に思える。


「そいつはずいぶんと赤く染まった運命だことで」

「古い迷信によると、結ばれる運命にあるふたりは赤い糸で繋っているらしいわ。告白?」

「悪いが、そういうのは一人で間に合ってる」

「先輩、お知り合いですか?」


 タイミングを計っていたのだろう。口早に割り込んできた。


 ちらりと早苗を窺う。

 不信感はあるが、それは自分に対してのもの。宮子の正体に気づいた様子はない。

 こうしたことには聡い早苗にしては珍しい。直に対面した自分だからこそ、そうと分かったのだろうか。


「ああ。以前戦場で、な」

「酷い人。わたしのことを紹介してはくれないの?」


 本当に、という早苗の視線を、宮子の声がぬり潰した。

 それ以上この話題を続ける気がないことを嗅ぎとったのだろう。寂寥感を滲ませた、甘えるような呟きだった。傲慢を体現したような笑みは鳴りをひそめ、殊勝さが際立っている。


 ぞくりとした。いや、ぞっとした。

 とんだ食わせ物だ。理灯(みちひ)以上にたちが悪い。こんな奴相手に、本当に自分が悪いのではないかと錯覚まで起こしそうになる。


「したければ勝手にすればいいだろ」

「あら。それじゃあ遠慮なく」


 吐き捨てたユウゼイの言葉に、宮子は勝ち誇るように口もとを歪める。

 果たして自分はどんな顔をしているのか。早苗のもの言いたげな視線が痛い。


「はじめまして、わたしは浅野宮子。宮子でもアザミって呼んでくれても構わないわ。そして、この子がわたしの大切なオトモダチの――」


 左隣、壁際の席の少女を抱き寄せる。


「わわっ、近藤和葉(こんどうかずは)、です。和葉って呼んでもらえると嬉しいな」


 ひそめていてなお快活で真っ直ぐな声。透き通った笑みが宮子とは対照的だ。

 しかし――。

 無意識に左腕をかばう所作。制服のゆったりとした袖にすら見える不自然な突起は、真衣の無自覚的顕在化現象たる半症がおよぼす最重篤ケース――身体の真衣変異に違いない。


 見知った笑顔が重なる。


「これはご丁寧に。私は片桐智子(かたぎりともね)です、って先ほどすでにすませていますね。私も智子でいいですよ。宮子さん、和葉さん。あ、でもでも。先輩は絶対に譲りませんからねっ!」


 意外な展開だったのか。それとも同じことを考えたのか。少し慌てる様子を見せた早苗であったが、すぐに自分のペースを取りもどす。

 それにしてもと、ユウゼイは思う。


 ――なんだこの茶番は。


 腹はくくったが、それはこういうことを予期してのものではない。

 初めて対峙した時から変わらぬ、理解しがたい宮子の言動。かき乱される思考に、ユウゼイは激しい苛立ちを募らせていた。

 紛らわせるように調べ始めた近藤和葉に関しても、目ぼしい情報は得られない。

 完全なノーマーク。それは宮子も同様だった。


 理灯の情報収集能力を疑うわけではない。

 しかし、看過できない脅威が何食わぬ顔で紛れ込んでいる事実に、ユウゼイは八束の闇の深さを思い知らされることとなった。



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