私は恋に堕ちた (入れ替わり家族と萌の関係。萌視点)
「入れ替わり家族と萌の関係」本編はムーンにて掲載予定です。
本編は会話文多めの、砕けた感じの文になります。
修業時間が終わり、私は左手に鞄を持ち、気のあう友人と昇降口を目指した。
課外活動をしていない私たちは、談笑しながらそのまま校門をくぐる。
その直後、一陣の風が吹き抜けて、私は目をギュッと閉じて乱れる髪を抑えた。
「あっ、あんた見たでしょ!」
友人の一人が突然大声を出した。
一体何を見たと言うのか。
すると少し離れた場所から「僕は何も見てないよ。ピンクのレースなんて見てない!」と返事がきた。
ピンクのレース?
ハンカチでも落ちているのかと、辺りを見回す。
あぁ、ピンクのレース。
今日、履いて来た。
おどおどする男子は、女子に詰め寄られて、ピンクのレースなんて見てないからと叫びながら走って逃げた。
大丈夫かと声を掛けてきた友人に、私は何でもないように「うん」と返事をした。
スカートが捲れて、中を見られたぐらい何だと言うのだ。そんなに騒ぐ事なのか。
「ありがとう、大丈夫だよ」と言って、私は笑って見せた。
気付いたのは体育の時間だった。
今日は珍しく、体育館を男子と女子で半分づつ使用していた。
「ねぇねぇ、あの人かっこ良くない?」
友人に腕を引かれて、男子コートに目を向ける。バスケットボールをする男子の中で、誰よりも早く抜け出しボールを受け取り、素早くドリブル、相手を交わしシュートする。汗を飛び散らせながら、爽やかに疾走する彼が居た。
あれは、あの日校門の前で女子に詰め寄られて、おどおどしていた男子生徒じゃないのか。
頼りなかった眉毛はキリリとしまり、堂々と人の壁に向かって行く。その姿がかっこ良くて、たちまち女子生徒の間で話題になった。
私の鼓動もトクンと跳ねた。
それが何か、分からなかった。
良い子を演じるのが苦しくなって、私は時々屋上に上がる。
本当の自分をさらけ出せないなんて、なんて苦しいんだろう。
螺旋のような階段をトントンとリズム良く上がって行く。
もうすぐ開放的な世界に浸れる。
誰も居ない一人の場所。
でも、そこには先客が居た。
街を見下ろす背中は、最近話題の彼のもの。私は、物思いに耽るその背中にそっと近付いた。
「小ぃせぇなぁ」
不意に聞こえたその言葉に、何が小さいのかと思わず疑問を投げ掛けていた。
驚いて振り返るその顔がおかしくて、私は微笑を浮かべる。
「あぁ? 俺の手も足も、小っさいと思って」
と彼は答えた。
何を言っているのだろう。私たちはまだ成長途中なのだ。女の子ならともかく、男の子ならまだまだ大きくなれるだろう。
「バスケ、格好良かったよ」
と言えば彼は驚いて「どこで見た?」と訊いてくる。体育が一緒だったのを忘れたのだろうか。女の子には興味がないのだろうか。そう思うとなぜか胸がきゅっとした。
「皆、格好良いって言ってたよ」
私が言うと、「ドリブルもシュートもあと少し足りない、小さい身体に腹が立つ」と言って彼は、空を仰いだ。
本当にこの人は、あの日友人に詰め寄られて顔を赤らめていたあの子だろうか。今まで同じクラスに居た影の薄いあの子だろうか。
彼もまた私のように、本当の自分を隠して偽りの自分を演じていたのだろうか。
物思いに耽る横顔は、とても大人びて見えた。
数日後、珍しく私は一人で下校した。
帰宅途中、路地裏にうずくまる人影を見つけた。
酔っ払いか、はたまたケンカでもしたのだろうか。
よく見ると制服がうちの高校の物のようだ。私は面倒事に巻き込まれたくなくて、見なかった振りをして足早に立ち去ろうとした。その人物がふいに顔を上げ口元の血を袖口で拭った。
彼だ。
気付いたら、私は駆けだしていた。
「大丈夫?」
声を掛けながら彼の口元にハンカチを当てようとした。けれど私の行動は、彼の手に止められた。
大丈夫だと、よろよろと立ち上がる彼。
私は拒絶されたみたいで、少し傷ついた。
一人で帰れると言う彼に、無理やり付き添って、私は歩きだした。
そっとうかがう彼の顔は、今に見てろと闘志を剥き出しにしていた。
格好良いと思った。
彼の後を黙って着いてい行く私に、彼は「帰れ」とは言わなかった。
それが嬉しくて、不謹慎だと思いながら顔がほころぶのを止められなかった。気付かれないように私は下を向く。
彼はそんな私に気付くことなく意思の籠った瞳で真っすぐに前を向いていた。
胸の中に芽生えた感情を、私は知っている。
あなたを、好きになってもいいですか?




