お兄ちゃんとケンさん 4 sideケン
奏さんが、俺達にコーヒーとケーキを置いたところでお互いに自己紹介を始めた。
「佐野芸能プロダクション、代表取締役社長 佐野 人徳です。彼が、今回歌手デビュー致しました藤城 桜也です。そして、こちらが私の息子であり彼のマネージャーをしております佐野 賢人です。」
俺と社長が、奏さんと彼らのマネージャーに名刺を渡した。
「私、彼ら…KINGのマネージャーをしておりますビリーレコードの高波 拓斗と申します。そして、彼がヴォーカルでありリーダーの奏。奥からギターのキアノ、ベースの煉、ドラムのライスです。何の連絡もなしに彼らが楽屋まで押しかけてしまった非礼をお許し下さい。どうしても、藤城さんに今すぐ会いたいと駄々こねまして。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
そう言って、高波さんは頭を深く下げると俺達に名刺を渡した。
俺達は、名刺を頂くと彼に「どうぞ、楽になさって下さい。そのケーキは、奏が作ってきたものなんです。よろしければ、食べてあげてください。身内贔屓するわけではありませんが、彼のケーキはそこらのケーキ屋よりおいしいんですよ。」そう言われ、思わず奏さんをジッと見つめてしまった。
あの、奏さんが俺と同じ趣味を持っていたとはっ!!
「顔と趣味が合ってないって思っただろ?」
俺の視線に気づいた奏さんが、苦笑いしながら俺が考えていることとは逆のことを口にした。
「あ。不躾に見てしまい、申し訳ありません。ただ、自分もお菓子作りが趣味でして…。身近に、同じ趣味を持つ男性がいなかったもので感激していたのです。」
「マジで!?お前も作るの?他のヤツらとか、お菓子とかに興味ねーんだわ。だから、一人で作ってもマジつまんねーの。で、何を作るんだ?洋菓子?和菓子?俺は、どっちでも作れる。今度、俺と一緒に作らねぇ?いつ空いてる?できるだけ、お前の都合に合わせるから。なんなら、夜からでもいいぞ?」
奏さんの顔が一気に華やぎポケットからスマートホンを取り出した。
キラッキラして眩しい。この人、そんなにお菓子作りが好きなのか。
俺、奏さんが笑うところ初めて見た。テレビにしてもミュージックビデオにしてもクールな感じで笑顔を見せることはない。音楽雑誌での取材でも、掲載されている写真はどれも笑顔とは無縁だ。また、整った顔をしてるからめちゃくちゃカッコイイ。
だけど、笑顔は女の子みたいに可愛い。もしかして、ギャップ萌えってこういうことを言うのか?
「奏。その話は後でしてください。貴方、藤城さんにお会いしてみたかったのでしょう?今日は、幸運にも社長さんも来られていますので話が早いですよ。」
高波さんにそう言われ、奏さんは背筋をピンと伸ばした。
「あ。そうだった。えーと…単刀直入に言う。俺が作った楽曲を藤城君に歌ってほしいんだ。今まで、誰かに歌ってほしいとか楽曲を提供しようとか全く思わなかったんだけどさ、藤城君の歌声を今日初めて聴いて曲と歌詞が物凄い勢いで頭に浮かんだんだ。それで、KINGとは違うバンド名でヴォーカルに迎えたい。アイツらも、藤城君の後ろで演奏やってみたいって言ってるし。ついでに、俺は鍵盤奏者。実は、歌よりピアノを弾く方が得意っつーか…好きだったりするんだ。」
・・・マジでか。
奏さんは、後ろにいるメンバーを親指で指しながら軽い感じで言ってるけどそれって凄いことじゃないのか!?KINGは、世界が認めたロックバンドって言われてる。実際、日本国内だけでなくアメリカやヨーロッパを中心にファンは多い。そんな彼らが、桜ちゃんをヴォーカルに迎えたいって…。しかも、奏さんがヴォーカルじゃなく演奏にまわるとは。
つまりは、海外でも活躍するロックバンドが桜ちゃんの歌唱力を認めたってわけで…。
あまりの衝撃で頭が真っ白になってしまって、思わず社長と桜ちゃんの顔を見た。
俺とは違い、二人は取り乱すこともなく冷静に奏さんの言葉を聞いていたようだ。社長は思案顔。
「その話は、ビリーレコードの社長…金輪さんはご存知なのでしょうか?」
社長が顎に手をあて考える仕草をしながら口にした言葉に答えてくれたのは、高波さんだった。
「えぇ。ご存知ですよ。藤城さんがOKしてくれるのであればすぐにでも交渉・契約に運んでも構わないと。」
「しかし、桜也は声優としてはそこそこ名は売れ出してはきていますが、メディアに露出するのは今日が初めてですし…なにしろ歌手デビューしたばかりです。」
「ご心配には及びません。弊社は、奏を信用していますが危ない橋を渡ることは致しません。いくら、奏のインスピレーションが湧いたからといって将来性のない者にKINGをバックにして歌わせるような愚かなことは致しませんから。私から見ても、藤城さんは業界トップに立てる方です。歌番組の演出まで変えて歌手デビューをしただけあります。それに、佐野社長自ら挨拶に回られるんですから期待以上の新人歌手だと私は認識しております。」
高波さんが言うように、社長自ら新人歌手や新人俳優と一緒に挨拶に回るということは無いに等しい。ウチの会社では、マネージャーと二人で挨拶が基本。期待の新人で、課長クラスがマネージャーと同行して挨拶に回る。だから、番組関係者のほとんどは桜ちゃんがこれから世間を賑わす大物アーティストになるだろうことは予想がついたのだろう。
「褒めて頂いて光栄ですが、僕の意見を言わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。こちらからのオファーですので貴方の意見を尊重致しますよ。」
にっこり笑顔で高波さんは言っているが、“OKの返事しかいらないからな”“KINGの奏からオファーしてるんだぞ、空気読めよ”…という無言の圧力がヒシヒシと伝わってくる。もし、断ったら仕事干してやるぞ!!的なオーラも漂ってきてマジ怖い。芸能界って怖いな~。ま、桜ちゃんの仕事を干せるような権力者なんていない。むしろ、干そうとしてきたヤツが逆に潰される。桜ちゃんの後ろには、とんでもない人達がたくさんいる。ウチの親父然り。
「僕は、声優の藤城 桜也として歌うなら問題ありません。僕が歌う曲がアニメやゲームに使われることが前提です。そうでなければ、この話はなかったことにしてください。」
その言葉に飛びついたのは、奏さんだった。
「つまり、二次元が舞台ってか。俺、あんまりゲームとかアニメとかよくわかんねーけど楽しそうだな。アニメの主題歌とか歌うんだったら、そのキャラにコスプレして弾いたらウケるんじゃね?煉、アニメ好きからしたらどうよ?」
煉さんって、アニメ好きなんだ…
しかも、なぜか感極まって目頭押さえてるんだけど。
「アニヲタにして冥利に尽きる」
それほどまで!?
「では、道筋も見えてきたことで本日はここまでといたしましょう。後日、また打ち合わせのご連絡をさせて頂きます。佐野社長もそれでよろしいでしょうか?」
高波さんの言葉に、親父は頷き本日は解散となった。
次、ケンさん視点でお兄ちゃんの過去に入ります。
長かった…。