今度は違う世界で
世界が滅亡するのが今日と分かっている世界。
僕、高木智也はその世界で生きている。
生きていると言っても、この世界で生きていたいとは既に思っていないのだが......
だって、終わると分かっていたら、自分の大切な人といる時間を大切にする人が多いのだと思っていたのだから。
でも、それはただの勘違いで、現実は人に別れの前の感動すら与えようとしない。
だって、僕が目にしている光景は、人と人との殺し合いと、それらから逃げる軟弱な人達だけだ......。
この世界には僕を含めて人と呼べる人はいない。
いるのは、殺人鬼だけだ。
逃げ延びてる人も、誰かを助けようとせず、見殺しにしてるのだから同じだ。
「早く滅びろ。こんな世界......」
気づくと僕はこの言葉を言っていた。
もう、どうでもいい。そう思って曇り空を見上げる。
どうして人はこんなにも変わってしまったのだろうか?
「てめーも死ね!」
不意に、包丁を持った若い男の人が、僕に襲い掛かってくる。
僕はこのまま死ねば楽になる――と思っていても、やはり自己防衛の意識が優先してしまい、男の左に回り込んで、顔面に膝蹴りを入れて、身を守ってしまう。
男は顔を抑えて鼻血を止めようとするが、無駄だと判断したのか、また包丁を掴もうとする。
「まだ、やるか」
男を見下して、静かに呟き、包丁を掴む前にそいつを思い切り蹴り飛ばす。
「グァ、うぅ」
男はうめき声を上げながらも、その場所で動けなくなった。
僕はそれを確認して、男の持っていた包丁を手に取る。
包丁には血が付着していて、襲ったのは僕が最初じゃない事が分かる。
『殺される前に殺してしまえ』という考えが、今の世界の現状だろう。
これで僕は何回、命を狙われて、返り討ちにしたのだろうか。
数える気もないが、ふと最初の事を思い出した。
最初の事件が起こったのは家だった。
一週間前、テレビで隕石によって、地球が滅びるのが正式に分かったと言うニュースが流れた。
当然、最初は誰も動かなかった。
むしろ、今まで通りの生活だっただろう。僕には不安はあったが、父も土曜日だから普通に出勤していたし、妹の由利もニュースは見ていたが、気にする様子もなく母の手伝いをしていた。
これが当たり前の風景を、当たり前のように見ていた、最後の日だった。
そのニュースが出て次の日。
父が仕事で家を出て1時間後だった。
鍵が開く音を聞いて、自分の部屋から玄関を見に行ったところで立っていたのは血を浴びて、所々から血を出していて、どこから持って来たのか、赤い包丁を持った父の姿だった。
「この世界はもうダメだ。周りの人間も豹変している。殺される。だったら......」
「おい、親父!?」
「家族は先に......」
僕を見て急に独り言を始めた父が、家の中に靴のまま入り、そのままリビングへ走りだした。
そして、中を見ると父が豹変していた。
父親はキッチンに行くと、皿洗いをしていた母親を真っ先に、持って来た包丁で腹部を横に裂いたのだ。
「由利!離れろ!!」
妹の名前を大声で叫ぶ――が、
「お父、さん?なんで、嫌だ......」
完全に足がすくんで、父に話しが通じないのが分かって、涙目で僕を見る。
「やめろ、親父!」
由利を救おうと、僕は大声を張り上げて、キッチンまで走り出そうとした。
それでも、父は躊躇わずに、由利の首に包丁を刺した......
「......由利?」
急所に一撃で、刺したのが分かっても、現実を見る事が出来なかった。
嘘だ。違う。なんで?
「次はお前だ」
なっ!?あいつはもう僕の知っている親父じゃない!?
変わってしまったんだ。
だったら――
――だったら殺してしまおう。
この考えが思い浮かんだ途端に、僕は父の元へ思い切り走った。
「このやろう!」
僕は父を怒りに任せて殴り飛ばした。
そして、倒れたところを父が落とした包丁で腹部を狙って、思い切り突き刺した。
親父は殴られた時にうめき声を出したものの、腹部に刺さったら、直ぐに意識を失った。
殺すのは簡単だった。
だって、手に残るのは豆腐を刺したような感覚だったんだから。
それに、最初から父は切られたような跡が残っていたんだから、既に気力だけで動いていたのだろう。
目に見える光景は血で赤くなったキッチンだった。
......何をやってるんだ僕は。
誰一人と守れず、それどころか、父を殺してしまった。
その現実を受け入れられず、僕は家を出る事にした。
そして、外に出たら既に周りは荒れ放題だった。
警察も仕事を放置しているし、何よりも、人の目に力がない。
ニュースの影響が強すぎたんだと思う。
2日目でこの有り様だったのだから。
だから僕は、心配になって、しばらくの間は人を救ったりしてきた。
それでも、人間の持つ光は闇より弱く、助けたところで結局は守られないと生きられない人は、今の世界じゃ殺されるのが分かってくると、救う理由さえ見失ってしまった。
そして、友達だと思っていた人に襲われた途端に完全に、人と関わりを持とうと思わなくなった。
僕はこの世界で大切な物を全てを失った。
もう疲れた......
残り何時間で、隕石は衝突するんだろう。
いや、そもそもこの世界は、既に滅びているのではないだろうか?
だって、今見ている世界は地獄と同じだって思えるんだから。
人の本性は最悪だ。
どす黒くて、自分が一番だと考えて、法律に縛られない世界になった途端に殺し合いの始末だ。
今まで見てきた人はみんな、本性を隠して生きてきたんだ。
そう。全ては見せかけの世界だったんだ......
僕はこの見せかけの世界に生まれたくなかった。
もしも、違う世界がいくつもあるのだとしたら、見せかけの世界では生きたくない。
争いがない世界とは言わないが、人の本性が残酷でない世界がいい。
だから僕は祈る――
『――今度は違う世界で生きたい』