作り笑い
梅雨空は俺の心を落ち着かせる。今日の雨は糸のように降り、紫陽花は暗い空模様に似合っていた。
一年でも一番好きなこの季節には普段家に引きこもりがちな俺も街へ出かける。青いレインコート姿で、雨に洗われた街並みを見渡すと、自動販売機の近くに二百円落ちているのを発見した。
まとまったお金があれば新しい服が買いたかった。真冬は冬用のロングコート、春先はスプリングコートと花粉対策用マスク、雨の日はレインコートでいいけれど、それ以外の時のコーディネイトがなかなか面倒だった。肌の露出が少ない服装が理想だ。
二百円じゃ適当な服は買えないなと思いながら繁華街の近くに来ると「スクラッチあります」のポスターの貼ってある宝くじ売り場が目に付いた。
雨の日に宝くじを買おうと思う人が少ないのか? 人気のない売り場なのか? その宝くじ売り場は閑散としていた。
売り子の中年のおばさん二人はペットボトルのお茶を飲みながら、意地悪そうな顔で誰かの噂話をしていた。
「すみません」声をかけるが噂話に夢中で気づかない。
もう一度、少し大きな声で「すみません」と呼びかけたらやっと振り向いた。
「スクラッチ一枚ください」
「二百円になります」
俺は少し伸びた爪でスクラッチくじの銀色の部分をこすると五百円当選していることがわかったので、その当選金で、さらに二枚スクラッチくじを買い、お釣りの百円玉で銀色の部分をこすった。
すると今度はビリ等の二百円の当選だった。
俺はさらに一枚買う。売り場のおばさん達は面倒くさそうに見ていたが、次に千円当てると不審そうにヒソヒソと話し合いスクラッチくじをトランプのようにシャッフルして、ババ抜きのように慎重に選び、新しく買った五枚のくじを渡してきた。
明らかにその目は「早くすっからかんになれ!」と言っていた。俺の見た目は良くないかもしれないが、一応、客なのだからそれはないだろうと思った。
次の五枚の中の一枚がかろうじて二百円の当選だった。
俺はもうさすがにゲームセットだろうと思いながら、もう一枚買った。
一万円の当選だった。これで新しい服が買える。
売り場のおばさんは当選金を渡す時、怒った目で睨み付けながら、口角だけは上げた三日月形の口元で作り笑いを浮かべ「おめでとうございます」と言った。そしてあくまで俺をすっからかんにするつもりか立ち去りかけた俺の背中に「一等は百万円ですよ! もっと挑戦してはいかがですか!」と呼びかける。
凶悪な作り笑いが怖かった。俺は気が小さいんだ!! 一万円当選の喜びよりも恐怖から俺は服を買いに行くのも忘れて繁華街を抜けて走り去った。
街外れの墓地で雨に打たれながらぼんやりしているうちに落ち着いてきた。
墓地は落ち着く。俺が俺らしくいることができる。
墓地の向こうの仲間と一緒に住んでいる廃墟へ向かう。
ゾンビ仲間にあのホラーな宝くじ売り場の話を聞いてもらって慰めてもらおう。