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梢の果実

 (今日こそリーナに告白しよう! 今日ならあの魔法が成功するだろう)魔法使いのセルジュは少年期の終わりの初々しさの残る表情で思案していた。リーナは幼馴染の弓の得意な猟師の少女だが、そろそろ少女期の終わりが近づきつつある。こないだ破談になったとはいえ縁談の話があったと聞いてセルジュは焦ったものだ。

(あの魔法を成功させることができればリーナは僕のプロポーズを受け入れてくれるだろう・・・)セルジュは明るくて元気なリーナの口癖の「食べてる時って幸せ。私、食べるために生まれてきたみたい」を思い出して頷く。とはいえ内気で優しくて真面目なセルジュはつい気後れしそうになる自分を自分で励まさなければならないのだった。


 リーナの家に着くとセルジュはリーナをリーナの家の中庭の背はあまり高くないけど、がっしりした枝のたくさんある木の前に連れ出した。セルジュは言った

「これからこの木に魔法をかけるよ」

「セルジュの魔法を見るのは小さい時以来だね! どんな魔法か楽しみ」そう言うリーナはボーイッシュなショートヘアと日焼けして浅黒い肌の顔に溌剌とした瞳を輝かせるのだった。

 セルジュは渾身の思いを込めて魔法の杖をふるった。すると見る間に木は霧のようなものに包まれて見えなくなった。そして霧が晴れると木には様々な種類の果物が生っていた。

 リンゴに葡萄に梨、桃、オレンジ、パイナップル、バナナ、キュウイ、そしてイチゴは葡萄のようななり方をしていた。それ以外にも果物屋さんに置いてあるような果物は全てあった。リーナは興奮して

「すごい! セルジュ。美味しそうだね! それじゃああと、料理とかも出せない? 私、食事まだだから、食事になるようなものが欲しくなっちゃった」

「料理はさすがに・・・」

 セルジュは青ざめた。料理を出すとなると果物とは比べ物にならないくらいの高度な技量と強い魔力が必要となる。そして相手を想う強い思いも。この世界で魔法を発動するためには魔力以外に強い思いが必要だった。僕の思いが足りないのだろうか? セルジュはプロポーズを諦め意気消沈し、家に帰った。そして数日後、南の国にある魔法大学へと旅立って行った。


 リーナの家の中庭の魔法がかけられた果物の木には、そのうち南の国の名前もわからない珍しい果物が生るようになった。もちろんお馴染みの果物もなる。ある日、リーナの魔法使いをしている叔父さんがリーナの家を訪ねて中庭の果物の木を見て驚いて言った。

「あの木にかけられた魔法には相手を想う強い思いが込められているね。リーナ、もしかして、あの木に魔法をかけた人にプロポーズされたのか?」

 リーナは魔法の仕組みなどまるで知らなかったので、叔父さんに言われてやっとセルジュの気持ちに気づき動揺した。

 そしてある日、果物の木に生っている様々な果物がその形のまま宝石へ変わり食べられなくなってしまうと、落胆するとともに不吉な予感がした。

 リーナは簡単に旅支度を整え、弓と矢筒を背負うと南の国の魔法大学へ向かって走り出した。


 一方、セルジュは魔法大学で同級生の女の子に「女の子は果物より宝石を喜ぶのよ」とか「オシャレな服やアクセサリーなんかの方が想いは伝わるわよ」と言われて、何が正しいのかわからなくなっていた。頑張ってリーナの家の中庭の木になっている果物を宝石に変えてみたけれど、なんだかすっきりしない。思いの強さも魔法の勉強も空回りし、ファッション雑誌をめくってみたり、スランプの人にありがちなことだが、「世界には真理はないのではないか?」などと変に哲学的になったりしていた。

 しかし、ある日の昼下がり、学校の中庭でぼんやりしているセルジュの元へ嵐のようにリーナが駆け込んで来た。リーナはセルジュに抱きついて涙を流した。そして安心して「お腹空いた」とリーナにしては弱々しく笑った。

 その時、答えが見つからないで空回りしていたセルジュの思いと魔力が一つになり、どんな料理でも魔法で出せるようになった。リーナが美味しそうな顔で料理を食べるのを見届けると、魔力の消耗の激しさにセルジュは気絶した。


 それからセルジュとリーナは故郷へ帰り結婚した。リーナの家は広かったので、セルジュはリーナの家で一緒に暮らした。中庭の木には食べられる果物が生っている。リーナは料理が得意なので、果物だけの木で充分だったのだ。魔力の消耗は激しいがたまに魔法で料理を出すこともある。しかし、セルジュは思う、リーナの料理の味は魔法では出せない。リーナこそ魔法使いだ。リーナの作る料理には特別なおいしさの魔法がかかっている。

 そして、一度収穫された宝石の果物たちは売れば高価になるけれど無雑作に子供のおもちゃにされたのだった。


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