02-07 下山
山頂付近に巨大な鳥がたくさん飛んでいる。
その鳥たちは岩を掴むと高く飛び上がり、岩場にそれを落とす。
どうやら、このあたりは彼らの生息区域のようだ。
この辺りでサラマンダー以外に襲われなかったのは、彼らを恐れて近づかなかったからだろう。
普通、こういう所ならドラゴンでもいそうな気がするが、彼らに駆逐されたのかもしれない。
夜中の間ずっと騒がしくしていたはずなのだが、危なげなく飛んでいる。
きっちり寝てたのだろう、図太そうだ。
岩落しは彼らの狩りのようだ。
岩を落とした所に飛んでいき、何かを食べている。
これだけの巨鳥がわざわざ岩を叩き付けないと倒せない相手とか、どんな強敵なんだか。
一気に抜けないと危なさそうだ。
さすがに一息で飛びぬけるだけの体力はないが、幸いここは山の上。
羽を広げて羽ばたかず浮いていけば、それほど労力かけないで飛んでいける。
後は、巨鳥の狩りに巻き込まれないようにだな。
少し待てば終わるかな?
いや、日中響いていた地鳴りの正体がこれだろうし、まだまだ終わらないだろう。
安全地帯は巨鳥の飛んでいる更に上だが、流石にそこまで飛べない。
どうしよう?
………………アレしかないか、仲間のそばには岩を落とさないようだし。
体温はきちんと下がっている…はずだ。
それに体が大きい分感覚が鈍い…といいな。
様子を見ているとまた1体が岩を落とし、降り立った。
距離的にちょうど良い。
今だ。
その巨鳥目掛けて一直線に飛んでいく。
近づいてみると巨鳥が食べている物がわかった。
巨大なミミズ、しかも岩の殻に覆われている。
その殻を割るのに岩をぶつける必要があったのだろう。
割れ目から器用に剥がしながら啄ばんでいる。
その背に飛び乗った。
「お邪魔します」
つい口にして自己嫌悪に陥る。
一言断るなんて人間的な……。
相手にしてみれば良くわからない鳴き声が聞こえた感じだろうが。
それに巨鳥と比べればハエのような物だ。
気付いたのか気にしないのかわからないが、そのまま食事を続けている。
食べ終わると翼を広げ、また空へ飛び立った。
おれの狙いはこれだ。
落ちないようふかふかの羽毛にしっかり掴まる。
みるみる地上が遠ざかっていく。
岩を持っているだろうに、あっという間に他の巨鳥たちと同じ高さまで上がった。
よし、ここから飛び上がれば狩りに巻き込まれずにいける。
巨鳥の背を蹴って飛び立つ。
上空は風が強かったが、何とか風に乗って山を滑り降りていく。
とりあえずの目的地はあの海辺。
この調子ならすぐに森までたどり着けそうだ。
そう、甘く思ってました。
「うわっ!」
突然の強風に吹き飛ばされ、空を転がっていく。
なんとか体勢を立て直し、気を取り直してまた風に乗り滑り降りていく。
今度は順調に進んだ。
順調すぎた。
「ぐっ……うっ……くっ……」
気が付けば洒落にならないスピードになっていた。
空気の抵抗で体が悲鳴を上げ始める。
このまま行けば地上に激突する。
だが、空気の受ける面を増やしてブレーキかけたら酷い事になりそうだ。
なんとか他にスピード緩める方法は無いか。
滑り落ちている以上、どんどん速くなっていく。
早くなにか方法を見つけないと……ん、落ちてる?
なら上れば重力で引っ張られてスピード落ちるかな?
翼の傾きを微妙に変えて浮き方変えるんだよな、たしか。
悲鳴を上げている翼を少しずつ微調整していくと、体が持ち上がっていく。
よし、もうちょっと。
「えっ、うわーーーー!!」
持ち上がり過ぎてぐるぐると宙返りし始めた。
地面と空が交互に見える。
目が回ってきたが、地面から空に移る時に翼の角度を変えてなんとか脱した。
今まで出ていたスピードそのままに空へと向かっていく。
だが、目論見通りだんだんと遅くなっていく。
ある程度遅くなったら、下へ進む向きを変える。
今度は体が悲鳴をあげる前に、上向きへと変えた。
だが、無理な動きが祟ってきた。
このまま森まで行っても、ちゃんと止まれるか怪しい。
岩場は越えられたし、この辺りで一度降りよう。
そう考え、森の手前にある高原に降りていく。
といってもそのまま降りなかったが。
岩場とは違い、草が在ってそのまま地面に降りれば周りが見えない。
それだと不意打ちをくらいかねない。
疲れてはいたが、出来るだけ周りが見える場所を探す。
山の上から転がってきたのか岩がぽつんと在ったので、その上に降り立つとすぐ座り込んだ。
お腹も空いているが、とりあえず休憩…したかったけど、その前にやることが出来た。
するするとヘビが上がって来たのだ。
それほど大きくなかったが、こっちを丸呑みできるほどの大きさはある。
毒ももってるかもしれない。
というわけで炎を吹く。
体の倍ぐらいの炎が伸びる。
ヘビは驚いて逃げていった。
これでゆっくり出来る。
蒼天の下、風が吹き抜ける。
少しばかり日向ぼっこをして、それから食べ物を探し始めた。
枯れた草などを探しては、岩の上に積み上げていく。
これに火を点ければ、手軽なおやつになる。
ある程度溜まった所で火を点けると煙が上がった。
「ゲホゲホッ!!」
煙でむせ、体が痺れてきた。
なにか悪い物が混じっていたのだろう。
それほど量が無かったからすぐに燃え尽き、煙は風に散った。
吸った量も少なかったので程なく動けるようになったが、気をつけないと。
おやつにありつけなかったので、また枯れ草などを集める。
今度は1つ1つ火を点け、安全を確認する。
いくつかまた痺れたり、むせ方が酷かったりする物があったのでそれらを除けて火を点ける。
燃え上がったのをもぐもぐと食べる。
サラマンダーのと微妙に風味が違うような気がした。
小腹を満たしたので森へ向けて飛び立つ。
高くは上がれないので、滑り降りるにも限度がある。
ふと、日が翳った。
嫌な予感に見上げるとタカが落ちてきた。
慌てて火を吹き上げると、タカも慌てて舞い上がった。
だが、諦めた訳ではないようだ。
また落ちてきたので、また火を吹き上げる。
何度も、何度も。
ようやく諦めて他の所へ飛んでいった。
一息つこうと、降りると今度はフェレットが襲ってきた。
やっぱり、この状態のおれは食物連鎖の下の方なんだな。
かといって高熱モードで居ると色々と問題あるから仕方が無い。
フェレットを撃退して、どこか安全に羽休めできるところがないか探すと小さなヤギの群れを見つけた。
ちょうどいいかな?
パタパタと飛んでいき、その背中に降りる。
「おじゃ――」
つい言いかけて慌てて止める。
少しうつらうつらしていると、いつの間にか場所が移動していた。
まあ、当ても在って無い様な旅なので別に良いんだが。
とりあえずそこから近い森の方へと飛んでいく。
森に着いたのは日も暮れかけた頃。
遠吠えなども聞こえ、ざわざわした感じが闇の中に満ちていた。
―――
「…長老、今なにか飛んでいったように見えたんだが……」
自分達と比べ遙かに小さい青いものが長老の背中から離れていったように見えた。
見間違えでなければ、たぶん鳥のような形をしていた。
長老はうなずく。
「そうじゃのう」
「そうじゃのう…じゃねえだろ!
ちっ、落とし前つけさせてやる!」
憤る若い衆を長老が遮る。
「まあ、待て」
「なんで止める?
この山最強の俺らの長を足蹴にしたんだぞ!」
「その本人が気にしておらんのだから別に良いじゃろう」
「しかし俺らの気が!!」
首を横に振り、威圧感を込めて長老は告げる。
「手出し無用じゃ」
「ぐうっ!!
…………わかった。でもなんでだ?」
「あれは雛じゃ」
「雛?……ってあの雛か!
あれが?!」
それは小さく弱弱しいが、巨大な力を秘めたもの。
100年に1度現れ、幸いにも災いにもなるという。
長老は深くうなずく。
「うむ、そうじゃ。
かつて見たのとは少し違うがのう」
「なら、保護しようぜ」
「ならぬ。
わしらが手出しをして災いにでもなったらなんとする?」
「……こっそり見守るのも?」
「わしらがこっそりできるかのう?」
「うっ!!」
「放って置くのが一番じゃ。
気遣い出来る子のようじゃから悪いのにはならんじゃろう」
そう言って見送る。
「あっ、吹っ飛んだ…」
「…なるようにしかならんじゃろう」