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Chimera Park On-line  作者: カカセオ
第2章
13/20

02-01 帰宅

 鳥が飛んでいる。

 大空を、高く高く。

 地上の喧騒など気にも留めず、自由に舞っている。

 ぼくも鳥に生まれたかった。

 こんなもの(人間)に生まれたくは無かった。

 仰向けに転がされたまま動かない体。

 その上を飛んでいく鳥たち。

 地べたから見上げることしか出来ないその姿が、とても羨ましく、とても妬ましい。 

 この日からぼくは学校へ行くのを止めた。



―――



 ガチャっと家のドアを開け中に入る。

 ドアを閉めて鍵をかけた時、パタパタと足音が近づいてきた。


「あー、やっぱりだ!

 今度はどこに行ってたのさ!」


「…どこでもいいだろ」


「もう、いろんな人に迷惑かけてるんだよ?

 あっ、そうだ。お母さん、お兄ちゃん帰ってきたよ!」


 パタパタと大声を上げながら駆けて行く妹の姿を見て思う、相変わらず姦しいと。

 靴を脱ぎ、荷物を降ろす。

 妹に呼ばれた母親が顔を出した。


「あら草太(そうた)、お帰りなさい。

 失踪届け、また取り下げないといけないわね」


「いいんじゃないの、急がなくても。

 どーせ、また居なくなるしー」


「こらっ、そういう事言うんじゃないの!

 あっ、夕飯食べたの?」


「…まだ」


「じゃあ、用意しておくわね。

 それまでにお風呂入っておきなさい。

 上がったら、お湯張替えておくのね。

 洗濯物は入れて回しておいてね」


「…わかった」


 言われたとおり風呂場へ向かう。

 手前には洗面所と洗濯機がある。

 衣服を脱いで洗濯槽に入れ、水と洗剤を入れて回し、風呂場に入る。

 お湯をかけ、体を擦るとぼろぼろと垢が剥がれ落ちた。

 頭にもかけて皮脂でがちがちに固まった髪を梳かしていく。

 体毛が薄いのか、まだ生える年齢ではないのか髭などは無い。

 一通り洗い終え湯船に浸かったが、洗い足りないのか垢が浮いてきた。

 お湯を一旦抜いて張り替えるしかないだろう。

 もう一度体を洗い、お湯を抜いて浴槽を軽く洗い流してからお湯を入れる。

 時間がかかるので先に風呂から上がり、体を拭く。

 洗濯槽の水が真っ黒になっていたので水を一旦抜いてまた回す。

 一緒に回すと汚れそうなのでバスタオルは洗濯籠に入れる。

 着替えは持ってきていないのでそのまま部屋に向かうと、途中で妹にバッタリと出会った。


「?! 私はもう中学生なの!

 年頃のレディが居るのにそんな格好で歩き回らないでよ!!」


「……淑女(レディ)?」


 その言葉に鬼の形相となって後ろへ振り向く妹。


「ふんっ!!」


「――っ!!!!」


「馬鹿っ!変態っ!露出狂っ!つるっぱげっ!」


 そして、後回し蹴りで急所を蹴り抜かれ悶絶するおれを置いて去っていった。


「あっ、ご飯出来てるから早く来てね」


「……あ……ああ」


 何とか立ち上げり、壁を手繰って部屋へと向かった。

 部屋の中は半年前とあまり変わりなかった。

 とりあえず着替え、居間へと向かう。

 途中風呂場に寄り、お湯を止める。

 居間のテーブルに並べられていたのは、秋刀魚の干物と大根の味噌汁、米の飯、大皿で青椒肉絲(チンジャオロース)とエビチリ。

 相変わらず量が多い。

 まあ、残ったら明日の朝食や昼食でまた出てくるのだが。

 食事中、妹がぺちゃくちゃと話しかけてきたので適当に答えていく。

 ついでに、思ったことも言っておく。


「レディを名乗るならああいう事は止めた方がいい。

 技のキレ上がってたがよくやってるのか?」


「あれはお兄ちゃんが悪いんじゃない!!

 それに、HANT(ハント)でやってるから人に迷惑かけてないよ!」


 答えになってないような答えを返す妹。

 とりあえず疑問に思ったことを聞き返す。


「…はんと?」


「Hunter and Nature Troopsのことよ。知らないの?」


 と馬鹿にしたように言ってきた。

 聞いたことがあるような気がする。

 いや、見たのか?

 ようやく頭の片隅にあった記憶を掘り起こした。

 全身を使うタイプのVRMMO。

 VRのゲームをして身体能力が上がるのはよく聞く話だ。

 ゲーム内での体験が記憶として残るので体の使い方が身に付くからというのと、VRセルが体が衰えないよう電気信号を流して動かすのにゲーム内での動作が多少フィードバックされるという2つの理由がある。


「…けど、あれって18禁じゃなかったか?」


 記憶の中では確かにそうなっている。

 加速時間式、表現も含めて18歳未満禁止。

 だが、妹は更にさげすむ目でこちらを見てきた。


「うわー、遅れてるー。

 法律変わったの、知らないの?」


 妹曰く、医者かVR診断士の診断でVR適正が良以上かつ未成年者は保護者の同意があれば年齢制限無く加速時間式をやれるようになったという。

 VR診断士とは医師の負担軽減の為、その法改正で追加されたものらしい。

 どっかの論文で脳や精神への影響がどうたらと、これは妹もうろ覚え。

 1年以上前に議論がなされ3ヶ月ほど前から施行されたというが、生憎と話題になっている頃は人里はなれた場所にいたので知りようがない。

 表現の方も年齢別のフィルターがかけられる様改良され、2ヶ月ほど前からHANTは全年齢対応になったという。


「…へー」


「うわ、すっごく気のない返事。

 すごく面白いんだよ?」


「でも、作り物だろ?

 それに、そんなに面白いのなら人間も多そうだ」


「すっごくリアルだよ!

 まあ人は多いけどさ、特に序盤は。

 でも、世界広いし進めてけばそんなに会わなくなると思うよ?」


「おまえの事だから全年齢になってすぐやってるんだろ。

 今どの程度なんだ?」


「初心者抜けて中級者になりかけくらいかな?」


「…で、会わなくなるってのはどの程度になればだ?」


「……上級者くらい?」


「…話にならないな」


「頑張ればすぐ上級者になれるってば」


「…そんな金どこにあるんだ?」


「うっ!!」


 VRゲームはまずVRセルが無ければする事ができない。

 VRセルは高く、庶民にはそうそう手が届かない。

 だが、やる方法はあった。

 1つはレンタル。

 これもそれなりに金がかかる上、自宅に置くので結構な場所をとる。

 もう1つはVRセンター。

 一昔前のインターネットカフェのように時間単位で利用する所だ。

 ただし、VRセルを満たす液体―通称VR液は浄化装置を通すとはいえ使いまわされるので、それを気にする者は利用しない。

 この家の近所にもVRセンターはある、妹はそこでやっているのだろう。

 毎日やるだけの金は無いからたぶん週1ぐらい、長時間割引も使用で。


「…まあ、お兄ちゃんならこっちの方がいいよね」


 と言って1枚のチラシを出してきた。

 いまどき珍しい紙媒体だ。


「…で、なんだこれ?」


CPO(しっぽ)っていうの」


「…しっぽ?」


「Chimera Park On-line。

 HANTの運営が今度始めるので、すっごくお兄ちゃん向き。

 だって人間が出ないもの」


「…人間が出ない?」


「そう。

 PCもNPCも全部動物みたいなのなんだって」


「…へー」


「また気のない返事。

 もー。これが合えばもう遠くまで行かなくていいでしょ」


 小学校最後の思い出の所為で、人間の存在自体がストレスとなる。

 それは家族も例外ではなく、それから逃れるためにふらりと家を出て人間の居ない場所へと向かう。

 初めての時は1年以上外に出ていた。

 出かけた時は死んでもいいという気持ちだったが結局死なず、気もすんだので戻ってきた。

 帰ってきたときは大いに泣かれ怒られたが、無事を喜ばれた。

 結局またストレスを溜め、ふらりと出て1年ほど戻らなかったのだが。

 次に戻った時、ぎりぎりまで溜めずに適度に抜く事と行く前に知らせる事を約束させられた。

 なお失踪届けは万が一の無縁仏防止の為だという。

 家族が嫌いでも、困らせたいわけでもない。

 ただ人間が、人間である事が堪らなく嫌なのだ。

 周りに人間が居なければ、自分が人間だと自覚しなくて済む。


「…そうだな」


「でしょー。

 それにスタートキャンペーンで安くやれるらしいの。

 サービス開始は明後日からだから、ちょうど良く帰ってきたよね」


「…そうだな」


「中学校からの課題、とりあえずお兄ちゃんの机に置いてあるから」


「…わかった」


「そういえば高校はどうするのかしら?

 今年受験でしょう。通信制でも受けておくの?」


 母親がそう口を挟んできた。

 学歴が就職に関わるので親としてはその辺りが気になるらしい。

 だが、中学卒業できるかすら不明だ。

 小学5年生以来1日たりとも学校へは行ってない。

 小学校からは自動的に卒業証書が送られてきたが。


「…内職だけで生活出来ればな」


 細かい事をこつこつやるのは昔から好きで得意としている。

 だが、物を作るのも人間的行為。

 無心になってやれても我に返ると自己嫌悪に陥る。

 だが、それでも人間と相対するよりは幾許かましなので逃亡資金稼ぎによく利用している。

 なお、パスポートは抑えられているの国外に出た事はまだ無い。


「出来なくは無いかもしれないけど、難しいと思うわ。

 とりあえず考えておいて」


「…わかった」


 食事後すぐに部屋へ向かい、机の上に山のようにある課題に手をつける。

 片付けている最中、ふと渡されたチラシに目をやる。


「…Chimera Park On-lineか」


 とりあえずは明日、VR適正診断を受けようと思った。



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