《契約範囲 前編》
《#31 契約範囲 前編》
(何を我慢するんだ・・・?)
針を突き刺したように鋭く過ぎった頭痛は一瞬だけだったものの、それはASライフルを構えていた俺に「理想と異なる行動」を伝えるには充分すぎた。
それまで相手を考えることなくただ倒す為だけに戦闘に向けられていた灰色の意識が一気に鮮明になるのを感じ、視界には今まさに放とうとしていたASライフルが映る。
(俺は、何を・・・?)
ミサイルで追い込み、ASライフルで無抵抗にしてトドメにミサイルで木っ端微塵にする・・・・・今までの戦いではそんな残忍なやり方など頭に浮かばなかったし、むしろ生き抜くだけで精一杯でそれ意外など殺さないようにして戦うことくらいだった。
そしてなによりこんな無抵抗に等しい人を更に追い詰めるようなことは望んでいない。にも関わらず意識がハッキリしているのに俺の腕は照準を獲物に定めたままで銃口を下ろそうとはせず、どんなにトリガーから指を離そうと指示しても指一本ピクリとも動かすことができずにいた。
(俺は・・・殺したい訳じゃ、ない・・・!)
『だが殺らなければ殺られるのが戦いだ』
何度も聞いた覚えのある声が混乱している俺を諭すように囁き、相反する意志・・・一致しない体と心がストレスとなって押し寄せる。
自分の体の筈が言うことを聞かず、、まるで金縛りにあっているようだ。もはや吐き気がこみ上げる。
(止まれ・・・・!)
視線をその先にあるASライフルを握る副腕に集中させながら必死に腕に力を込めるよう命じるがせいぜい流されないようにするのが手一杯だ。
この拮抗ぶりはどれだけ引いても成果を得ない同格同士の綱引きにも似ている。しかしそれは返せば少しでも気を抜けば一気に崩されるという意味もあるのだ。
(止まれよっ・・・!)
この引っ張り合いに夢中だったせいで俺は気付けなかったのだが、眼下では敵を囲っていたミサイル群はマスターの指示を失ったことにより本来優先されている「対象の撃破」の命令に従い方向を変えて一斉に敵へ飛びかかっていた。
(止ま・・・れっ!)
まさにぬかに釘と言わんばかりに明確な手応えや感覚を持たない体だったが渾身の集中力とフレームハートの時と同じようにイメージで機体の制御を行う。神器を扱う体が思う通りに動かないならフレームハートを通して動かせばいい。
咄嗟に浮かんだ余り深く考えていない案だったものの理論的には間違ってない筈だ。
「止まれぇぇぇ!!」
目を見開いて獣の咆哮にも似た叫びを上げながら見えない鎖に繋がれた体を無理矢理動かす。
フレームハートはその意思に反応し、アドバンスド状態によって発光していた内部構造の光を消失させると同時に機体は拘束から解き放たれて副腕とそこに握るASライフルの銃口を敵から背けた。
「貴様・・・!?」
「っ!・・・上手くいった!?」
どうやらフレームハートを通して命令を送り込むという考えは成功したらしい。
気付けば神器だけでなく体の自由も戻ったらしく、俺は成功を確認すると共に“自分の体であること”を証明するべく手を握ったり開いたりする。幸い何の後遺症や違和感無く体は言うことを聞いておりむしろ緊張状態による全身の汗の方がよっぽど気になってしまうくらいだ。
しかしその直後、俺の身に新たな違和感が訪れ、視線を体から周囲へと向ける。
そこには俺の視界からゆっくりと・・・・いや、段々と上へ向けて加速していく景色が映っていた。
首を上げてその様を見つめていく。
「景色が伸びてる・・・?」
いや、伸びているにしては別段伸縮しているといった所は見受けられない。となると・・・・
「・・・・・・・」
ゆっくりと視線を足元へと向けるとそこには加速して近づく地表が見える・・・・つまりは。
「落ちてる・・・?」
聞くまでもなかった。
「嘘だろ!?」
重力によって下方へ加速していく負担に耐えつつ機体制御もできず激しく揺れる機体の中でレバーによる操作を試みるが、どのボタンを押してもうんともすんとも言わず、レバーをがむしゃらに前後へ動かすがそれにも応答しない。
完全に制御不能。
何故?などと問う暇もなく下では今まさにミサイルが敵機に食いつこうとしており白桜はその群れの真っ只中に落ちようとしている。
「馬鹿が!自分の機体のエネルギー残量も計算できんとは!」
「エネルギー・・・残量・・・」
下から聞こえる男の声に白桜の示すパネルを確認するとそこには残量ゼロを表示したゲージがノイズ混じりに映し出されていた。
なるほど、機体が落下してるのはそのせいか。・・・・って悠長に構えてる暇じゃない!
このままではエネルギーシールドも使えずミサイルを文字通り直撃することになり、まず間違いなく命はないだろう。
助けを求めて再度レバーを動かすもののやはり何の反応も示さない。これはつまり――
『契約範囲というのは平たく言えば神器の活動可能範囲のことです』
『神器の・・・活動範囲?
確かに初めて聞いたな』
『そこから外れるとどうなるの・・・?』
『神器は契約範囲にいる限り定期的に世界からのバックアップを受けるので例え一時的にエネルギーがゼロになっても時間が経てば回復します・・・が、外れている間は本体に残る残量エネルギーのみで活動することになります』
つまりいつの間にか契約範囲から外れていた、ということだ。最後に確認した時はまだ半分切っていなかったというのにこの短時間でそんなに使用したというのか?それともあの時点で範囲から・・・・・・いや、あの時は傍に連雀がいたのだ。むしろあの直後にバックアップを受けていてもおかしくない。となるとあの後だけでそんな膨大なエネルギーを使った、ということだ。
「警告音の一つも鳴らしてくれれば・・・!」
「ふっ、予定変更だ・・・データなどよい・・・・・この命、神器一機を道連れにしてくれる!」
「なっ・・・!?馬鹿かあんたは!」
既に自由落下を開始した機体はキチンと頭から垂直に落ちることはせず背中から落ちていた為、敵の表情を伺うことは叶わなかったがその声は死に対しての恐怖心はなく、逆に誇っているように聞こえた。
恐らく残ったライフルでこちらを攻撃するつもりだろう。分かっていても動かせないのだからどうしようもないのだが。
いっそ白桜を解くこともできたがそれこそ地面激突で俺の体が木っ端微塵だ、それは勘弁被る。
「くそっ、神器もダメ、生身もダメって・・・・どうすりゃいいんだよ」
もはや打つ手が見つからない。加えて敵の姿が見えない以上俺には死を覚悟するタイミングすら理解できず、次の瞬間には熱線が体を貫く可能性すらあるのだ。まさしく生きた心地がしない。
妙に冷めている気もするがここまで八方塞がりだと諦めモードに入りたくもなる。いや、もしかしたらこれが俺に対する罰なのかも――――
「藍川!」
目を閉じて自嘲する俺の耳に聞き覚えのある女性の声が響き、それと一緒に機体に衝撃が走って強制的に意識を引き戻される。
#31 前編 完
《#31 契約範囲 後編》




