第17セクション‐‐‐システム=神
俺の眼の前に現われたのは、世界で初めて完全なる人工知能をプログラムし、《インフェルニティ》の世界を創った天才科学者。俺達の生みの親であり、このデジタル世界の神でもある男、東風 直人だった。
俺は奴の言った言葉に眉をしかめた。
「実験?」
「うんそうだよ。実験さ。その実験はこの通り成功して、僕がここにいるってわけだ」
東風直人の身体を見てみると、確かにデジタルデータで構成されている。
しかし、奴は俺達人工知能の生みの親。自分に似た人格パターンを積んだ人工知能を造ったとしても不思議ではない。
「わざわざ実験のためにこんなウイルスに浸食されてるサーバーに来たってわけか」
「いや、このウイルス達は僕が放ったんだよ」
俺は一瞬奴の言った言葉が理解出来なかった。
奴がウイルスを放っただと。何を考えてやがる。ウイルスは俺達にとっての敵。存在を脅かすものだ。それをたかが実験のためにこのサーバー一つを潰しただと。
俺の心にふつふつと怒りが込み上げてくる。
「君も不思議に思ったでしょ。攻撃したら避ける、噛まれても死なない。このウイルスは特殊に開発した害のないものだよ」
「害はないだと。ふざけるな!だったらこのサーバーにいた人達はどうした!皆ウイルスに浸食されて消えてんだろ!問題大ありじゃねえか!」
「大丈夫だよ、このサーバーはコピーを取ってあるから。実験が終わればすぐに元に戻すよ」
東風直人は笑顔のままだ。
我慢の限界だ。いくら俺達がデジタルデータの塊である人口生命体だとしても、俺達は今この時をちゃんと生きている。それを、物のように扱うなんて許せない。確かにコピーを取っていれば、元通りにはなるかもしれない。しかし、元に戻るのはコピーをした部分だけであって、全てが元に戻るわけではない。
「てめえはいつか言ったよな。自分は俺達の生み親だと」
「ああ言ったね。だからこうしてサーバー内の問題を解決するべく、現場検証をしているんじゃないか」
東風直人は自分のやっていることを悪いことだとは思っていないようだ。
俺は口を閉ざし、フォトンブレイヴを抜いた。エネルギー残量が少ないせいでかなり短い短刀ぐらいの刃が出現する。SIGの方はもう残弾が尽き一発も撃てないため、その場に捨てる。
俺はフォトンブレイヴ一本だけで東風直人と対峙する。
「いくらお前が俺達の創造主だとしても、もう我慢の限界だ」
「僕は争いごとが嫌いなんだけどねえ」
奴は小さなため息を漏らす。
俺は歯を強く噛み締め、腰を低くして構える。対する東風直人はただその場に立っているだけだった。その余裕の表情に俺の我慢はブチ切れた。
「殺す」
ブーツのかかとで思いっきり地面を蹴る。地面を蹴った力とスピードにシステム補正がかかり、俺は風をきりながら疾駆する。俺がフォトンブレイヴを振り上げても奴は何もしようとしない。代わりに驚くべきものが俺の攻撃を弾いた。
「なっ!」
俺と奴の間に割って入ってきたのは一体のウイルスだった。俺の攻撃を体で受け止めたウイルスは機械質な咆哮を上げてその体を四散させた。
そんなばかな。システムを浸食し、破壊するウイルスが奴を守っただと。俺の量眼が大きく開かれる。
「言ったでしょ、このウイルスは僕が作ったって。いわばこの子達は僕の身を守る盾だよ」
両手を広げて自信満々に言う。
俺はバックダッシュで距離を取り、歯噛みする。こいつらを全て倒さないと奴に刃を届かせることは出来ないのか。
軽い絶望感を感じる。残り少ないエネルギーでこの数百にも及ぶ数のウイルスを倒しきるなど到底不可能だ。
俺ががむしゃらに突っ込もうとすると、いきなり奴が手元に操作メニューを引き出し、何かを操作し始めた。そのメニューはいつも俺達が目にしているようなものではなく、もっと複雑な文字がずらずらと並べられている。
「ぐっ!」
奴が何かを操作した瞬間、俺の身体が凄まじい重力によって地面に張り付いた。抗えない力が俺を路上に縛り付ける。指一本たりとも動かすことができない。
「君のオブジェクトをそこの座標に固定したよ。僕にとって君は大切な子だ。殺しはしないよ。実験が終わるまでそこで見ていてもらうだけだから」
そう言うと、東風直人は身体の向きを変える。すると、さっきまで集まっていた大量のウイルス達が散り散りとなって姿を消していく。あんなにうるさかった大通りが一気に静寂で包まれる。
ちくしょうちくしょうちくしょう
何も出来ない。身体を地面から力まかせに引きはがそうとしても体はびくともしない。まるでこの地面と一体化しているような感じだ。いくつもの電磁パルス信号が身体の中を這いまわり、思考を無理矢理停止させようとする。必死で抵抗するがシステムがそれを許さない。
俺達にとって神と同等の存在から「ここから動くな」と命令させれば俺達の身体はそれに従うしかない。人工知能は抗ってもどうしようもない。
システムは俺達にとって抗えない神なのだから。
ちくしょう・・・・・
俺はゆっくりと眼を閉じた。
◆◇◆◇◆
「あ、あの・・・・紅さん・・・」
アルファが目を涙で濡らしながら手を引いて歩いてくれている紅の方へと視線を向ける。先ほどから一度たりともこちらを振り向かず、少しも歩く速度を落とさずウイルスを避けて進んでいる。その肩は僅かに震えているようにも見える。
「ネ、ネルクさんは・・・・ネルクさんは無事でしょうか・・・」
二人を逃がすために囮となった彼の最後に見た後姿を思い出す。あのときだけでもかなりエネルギーを消費していたはずだ。あんなにも多くのウイルスと一人で戦えるものではない。
アルファの心は不安でいっぱいだった。
「大丈夫。あいつは絶対帰ってくる」
前を向いたままの紅からそっけない返事がかえってくる。だがその声も僅かに震えている。彼女にとって彼は大切な人のはずだ。彼を置いてきて何も思わないのだろうかと思ってしまう。
アルファは少し歩く速度を速めて紅の顔を下から覗きこむ。そして息をのんだ。
「・・・・紅さん・・・」
紅の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。開かれた両目からは絶え間なく涙が溢れ、何かを我慢するように唇を噛んでいた。
本当は自分だってあの場所に残りたかったはずだ。最愛の人を失う大きな悲しみの気持ちは、たとえ創られた知能だとしても変わらない。
「大丈夫、あいつは絶対帰ってくる」
紅は自分にも言い聞かせるように二、三度その言葉を繰り返し、歩くスピードを少し速める。アルファは黙って彼女の後を付いて行くことしかできなかった。
グガガガガガガガガガ
ガガッガガッガガガ
突如頭上から狼の姿を取る三体のウイルスが飛び降りてきた。感情的になりすぎていて、近くに来ていたことにも気付けなかった。
「くっ」
紅は袖で涙を乱暴に拭い、エネルギーでいくつもの杭を頭上に形成する。怒りと悲しみの感情が混ざり合い、緑色のエネルギーが無造作に辺りに放出される。
このままではこの無造作に散布されているエネルギーを嗅ぎつけてウイルスが集まって来てしまう。
「紅さん!・・・・お、落ち着いて、ください」
しかし、アルファの言葉は彼女に届いていなかった。アルファの声どころか、この周囲の音全てが彼女には聞こえなくなっていた。
憎しみや悲しみ、怒りと嫌悪、それら負の感情が彼女の耳を塞いでいた。
「あんたらさえいなければ・・・・ウイルスなんていなければ!」
「きゃっ!」
紅の身体から膨大なエネルギーが放出され、その勢いによって周囲のオブジェクトを構成するポリゴンが一瞬ぶれた。突如吹き荒れた突風のようなものに押され、アルファは小さな悲鳴を上げる。
紅がさっと振り上げた左腕を合図に、頭上に浮いていた幾本もの杭が一斉にウイルスに向けて飛翔する。
驚くべき反応速度で回避をするウイルスだが、なにぶん杭の数が多い。逃げ場を失い次々とその体を四散していく。
広範囲の敵においての攻撃は、ネルクよりも紅の方が勝っている。しかしどうしても補えないものは、エネルギーの貯蓄量だ。特別な権限を持つシグナルと違い、一般のブレイカーである彼女は圧倒的にエネルギー量が劣る。
今の攻撃で紅のエネルギーは半分以上が失われた。このままエネルギーを垂れ流しにしていたら数分と持たず彼女の身体は生命維持が出来なくなるだろう。
だが、紅はエネルギーの放出を止めようとしない。集まってくる新たなウイルスの集団を睨みつけて、再び杭を構成する。
読んでいただきありがとうございます。
投稿がかなり遅くなってしまいました。
読者の皆様には大変迷惑をおかけします。
次話の投稿まで、また間が空くと思います。
早く次話を読みたい方もいるかもしれませんが、なにとぞご容赦を。
これからも私の作品をよろしくお願いします。