第16セクション---意外な人物
「はあああっ!」
ゴギャッギャ
左手に構えているSIGを狙いも定めず立て続けに引き金を引き、無造作にエネルギー弾をばら撒く。しかしうまく弾丸がヒットしてウイルスの身体を極小のポリゴン片へと粉砕、消滅できたのは数体だけだった。ウイルスは身軽に飛び回り、弾丸を避ける。
俺は空になった弾倉をリリースし、同時に腰からスペアを引き抜く。
「ちっ、最後か」
六本あった予備のマガジンがいよいよ最後の一本になってしまった。もう無駄弾は撃つことはできない。
俺の周囲にはおびただしいい数のウイルスが身を低くして構えている。こちらに少しでも隙が出来ると、すぐに飛びかかれるような体勢だ。まだこいつらが地上を歩く奴でよかった。空なんて飛ばれようものならもう打つ手がない。
黒く輪郭がぼやけている狼の姿をとるウイルス。
戦闘を開始して既に小一時間が経過している。先ほどから何度もウイルスの爆砕音が響いているが、ウイルスの数は減ったようには見えない。逆に戦闘音を聞き付けて集まって来ている。敵は増える一方だ。
対する俺はエネルギー残量がもう少ない。このままではあと五分も持たない。限界寸前だ。
「ったく、お前らは何なんだよ!」
ギギギギギギギギギギ
俺の問いに答える訳もなく、ウイルス達が俺に飛びかかる。
「っく・・・・」
フォトンブレイヴを綺麗な軌跡を描きながら振るう。赤いエネルギーの刃に捉えられた数体のウイルスが爆散し、細かい結晶のようなプリゴン片の残滓がきらきらと宙を舞う。
前後左右から飛びかかってきたウイルス全てに対応することは出来ない。遂にウイルスが俺の右腕に噛みついた。
「ぐあっ!このっ!」
噛みついているウイルスの顔面に銃口を突き付け、トリガーを引いた。ウイルスの顔面から胴体まで穴が開き、そのまま爆散した。
俺は一瞬訳が分からなくなった。
「・・・どういうことだよ」
通常ウイルスに触れると一瞬で身体のエネルギーが消失し、身体が砕けてしまう。しかい、俺はウイルスに噛みつかれたにも関わらず身体は消失していない。噛まれた部分が一部ドット化してぶれているぐらいだ。身体は正常に動いている。
このウイルス達は何なんだ。触れても大丈夫なウイルスなど今までに見たことも聞いたこともない。
ギャガヤッヤギャガヤガヤギャガヤギャ
ギギギギギギギギギギギ
耳触りな鳴き声をあげてウイルス達が次々と飛びかかってくる。考えさせてくれる暇は貰えないようだ。
「くそが!」
考えるのを一旦後回しにする。今はこのウイルスの群をなんとかする方が先だ。
――― リミッター解除 圧縮エネルギー充填開始
各機関に問題無し インフィニティモード発動 ―――
視界に赤色の文字で表示され、身体からエネルギーが消費されていくのが分かる。同時に、周囲に赤色のエネルギーで形成された幾本もの刀が宙を舞う。
「全方向一斉射出!」
俺の合図と共に、刀はくるくると舞いながら縦横無尽にブーメランのように偏見自在に飛び回り、ウイルスを翻弄、斬り刻む。
さすがのウイルスもこれには対応しきれないようで、次々と爆散、消滅していく。
「多すぎる」
粉砕消滅出来たのはここから見えるほんの一部で、次々と違う場所から新たなウイルスが雪崩のように押し寄せてくる。さっきの攻撃で、少なかったエネルギー残量がさらに少なくなった。もう一度フォトンブレイヴの刃を形成できるかどうかも分からない。
「・・・・」
言葉を無くし、もう武器を構えるしぐさも見せず俺はただウイルスを睨んだ。こいつらがいるせいで俺達は戦わなければならないんだ。こいつらさえいなければ皆平穏な暮らしができたはずだ。
どうにもならない事を頭の中でぐるぐると考えていた俺はふと不思議なものを見た。それは、細い路地裏から現われ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。ウイルス達も新たな標的が現われたことによって歓喜に似た悲鳴を上げている。
それは人だ。確かこのサーバーにいたブレイカ―は全てウイルスによって消滅したはずだ。どこかに生き残りがいたのか。いや違う。俺は知っている。あいつの顔を。
「何であんたがここに」
その人物、男は俺の問いには答えず、ゆっくりとした動作で俺の前に立ち、ウイルス達を見まわす。
「いやあ、絶景だね。君達が生きている世界がこれほどまでに過酷だったとは。少々君達に対する感情を改めなければならないね」
その男は身に付けている白衣のポケットからカメラを取り出し、風景やウイルス達をバシャバシャと撮り始める。ぼさぼさの髪をがりがりとかきながらまるで子供のように目を輝かせている。
なぜこの男がこんな所にいるんだ。
「おい!」
男は写真を撮るのをやめ、こちらを振り向いた。その顔にはいつものようにいらつく笑顔が浮かんでいる。
「東風 直人。なんでお前がここにいるんだ」
この男は、世界で初めて完全なる人工知能をプログラムし、《インフェルニティ》の世界を創った天才科学者。俺達の生みの親であり、このデジタル世界の神でもある存在だ。
だがこいつはデジタルデータのポリゴン塊で形成されている俺達と違って、生身の人間だ。現実世界のこいつが何故こんな所に。
「いやあ、実験だよ。生身の人間がこちらの世界に来られるかっていう」
東風 直人は相変わらず笑顔を絶やさない。