第14セクション‐‐‐黄昏の都市
ゲートをくぐり、アルファの世界に降り立ってすぐに俺は小さな違和感を覚えた。
空が一面、薄い赤味を帯びた黄昏の色に染まり、眼の前に広がる都市を不気味に照らし出している。
メタリックな金属感を持つ高層ビルが天まで高々とそびえ、それらを幾本もの空中回廊がつないでいる。
構造物の間は様々なカラーに発光するホロパネルが表示され、とても綺麗だ。
「ここがアルファのサーバーか」
「・・・・はい、皆いなくなっちゃった」
ここから見えるだけでもこの都市はかなり広い。
しかし、都市のメインストリートらしき大通りや道の両脇に立ち並ぶ様々な商店には全く人気がない。建物だけを残してブレイカ―だけが消えてしまったようだ。
「初めてのパターンだな」
ウイルスに浸食されたサーバーは、ブレイカ―や動く物に限らず、構造物全てが極小のポリゴン片となって爆散する。しかしこのサーバーは、動く物だけが無くなり、構造物は残っている。
特別なウイルスだとは聞いているが、こちらには全く情報が無い。慎重にいかなければ。
「とりあえず、今回の仕事はウイルスの削除だ。行くぞ」
「分かってるわよ」
「よ、よろしくおねがいしますう・・・・」
俺達はウイルスを探すために、周囲に少量のエネルギーを散布した。これでエネルギーを求めて徘徊しているウイルスが多少なり引きつけられるだろう。
その間しばらくかかるので、俺達は地形を把握するために大通りを歩いた。俺達の住んでいるサーバーよりもかなり技術が発展している。
「アルファ、ウイルスの特徴を教えてくれないか?」
「は、はい。ええと、狼です」
「狼?」
「はい。黒い狼なんです」
なんだそりゃ。今までのウイルスの形状としては、もやもやとしたほとんど実体がないようなものだった。しかし、今回のウイルスは黒い狼の姿をしているらしい。今までにない新しいパターンについて行けるかどうか心配だ。
「ネルク、そろそろ索敵範囲に異常が現われる頃よ」
「ああ、気引き締めるぞ」
そろそろ撒き餌用のエネルギーを散布してから五分が経過する。レーダーの索敵範囲に集まってきたウイルスが表示される頃だ。
俺は腰からSIG・SAUER・P226を抜き、睨むように周囲を警戒する。紅も同じように、腰からワルサーP99を二丁抜き構える。
「前方一時と十一時の方向に反応。八体来るわよ」
「了解」
紅の言った通り、猛スピードでこちらに向かってきている黒い影が小さく視認出来る。あのスピードならあと数秒で接触するだろう。
ジャキッ!といい音をたてて銃をコッキングすると、弾倉から初弾がチャンバーに送り込まれる。
「アルファ、これから戦闘を開始する。建物の陰に隠れててくれ」
「は、はい!」
小さな体でちょこちょこと走り、傍の店に掛け込んだ。姿を透過していてくれればまず見つかることは無いだろう。
ウイルスはもうすぐ眼の前だ。体の色は真っ黒だが、アルファの言った通り四本の脚が生え走っている。輪郭はボヤボヤとぼやけているが、今までに見たことのない狼の姿を取っている。
「ほんとに狼みたいだな」
射程範囲に入ったウイルスに銃を向け、引き金を引く。ガアンッ!と音が響き、ウイルスへと向かって赤いエネルギーを纏った9ミリパラベラム弾が発射される。
今までのウイルスはこの一発でヒットしてばらばらに削除されたはずだ。しかしこのウイルスは俺達の予想を越えた。
狼型のウイルスは銃弾をひらりと避け、距離を詰めてくる。
「マジかよ。こいつ避けたぞ!」
「新種なの?」
そう呟きながら紅は構えているワルサーP99を撃つが、俺と同様軽く避けられる。
狼型のウイルスは高速で周囲を走り回り、ジャンプして俺達の攻撃を避け続ける。今までこんなにアクティブなウイルスは初めてだ。
ガガッガガ・・・
機械音めいた咆哮を上げて八体の内の一体が俺に向かって飛びかかってくる。
「っ!・・・・」
左手のSIGを地面に捨て、代わりにベルトにカナビラでぶら下がっている黒いバトンを握った。スイッチをスライドさせるとヴォン、という振動音と共に赤いエネルギーの刃が伸びる。エネルギーを剣の形に形成する武器。もともとエネルギーを刀に形成して戦う俺のために作られた俺専用の武器だ。
赤いエフェクトフラッシュを纏ったエネルギーの刃は飛びかかってきた狼型のウイルスの胴体を軽く薙ぎ払い、真っ二つに切断した。途端に切断されたウイルスがぱっと弾け、【 Delete 】の文字が表示される。きらきらとポリゴンの斬死が宙を漂う。
「紅!銃の使用をやめろ!近距離の方がやりやすい」
「そんなこと見りゃ分かるわよ!」
紅は銃をホルスターに仕舞い、頭上に両腕を掲げる。先端が尖った緑色のエネルギー弾がいくつも形成され、くるくると宙で回転し始める。
「いっけえ!」
発射されたエネルギー弾の数は約25発。その全てが周囲に向かって一度に放たれた。
ガガガガガ・・・ガガ・・・・・
俊敏なウイルスも逃げ場をなくし、次々と貫かれていく。ウイルスがその体を四散させる音と【 Delete 】の文字が立て続けに表示される。
「ナイスッ紅!」
逃げ場を失った残り二体をフォトンブレイヴで切り裂き闇に葬った。
「ふう、なんとか第一戦は勝利したわね」
「ああ、なんとかな」
予想外の事態だ。今までにウイルスがあれほどまでに動きまわり、俺の攻撃をかわされたのは初めてだ。進化を遂げたウイルスとみていいだろう。
今回はなんとかなったが、次はどれだけの量で来るかわからない。あれに大群で来られると確実にやられる。
「あ、あの大丈夫ですか?」
店の店内に隠れていたアルファがおそるおそる顔を出す。一時の危険は去ったが、いつ次の敵が来るか分からない。しかも敵の力もまだ未知数なため、下手に動き回ればかなり危ない。
「とにかく、一時状況を把握したい。どこか都市を見渡せる場所は無いか?」
「は、はい。た、確かこっちです」
アルファの案内のもと俺達は移動を開始する。