戦場
ヤマタクレイは駆けていた。俺の意志に沿って。俺はあの土の部屋の真ん中に、クレイの真ん中に立っていた。右足を前に、左足をかかとを上げ後ろに。剣道のときの足の構えだ。自然に俺はその構えを取っていた。戦うため、あのリングクレイと戦うため。俺は一番戦いやすい態勢をとっていた。
ヤマタ国の内側の門を通り、そして外に出るための外側の門を通り、何もない荒野へと出た。
そのなにもないと思われた荒野にはあの巨大埴輪リングクレイが6体……いや6体の組が3つの6×3の合計18体あった……
なんか増えてないか? さっき宮殿の2階から見たときは6体だったはずだが、なぜか3倍に増えている……俺たちがごたごたしてる間に増員されたのか。
どちらにせよこの18体のリングクレイと戦わなければならない。ヤマタ国のため、俺と絢の命を守るため、戦わねば。
――――さぁ、掌を天に――――
「手を天に……」
俺は手のひらを広げ、それを真上にに、垂直に突き出す。
ヤマタクレイは同じく土くれの腕を、土くれの手のひらを広げ天に突き出す。
天をつかむように、空の上の雲をつかむかのように。
そしてその手のひらに、一筋の光が落ちる。
真っ直ぐな光の棒が、真っ直ぐにヤマタクレイの手に落ちる。
やがてその光は、一筋の剣へと変わる。
ヤマタクレイはその剣を、ぎゅっと握りしめた。
「こ、これは……」
太陽の光を受けて白く光る両刃、てっぺんが三角に尖り、ややこしい紋様が描かれた金色の柄と鍔……両刃の剣、剣、全長4メートルほどの長い剣。それをヤマタクレイが天に向けて掲げていた。
なるほど、
武器が揃ったか。
俺は何のためらいもなしにその剣を両手で構える。俺は操作してる(念じている)だけなので、剣の重さを感じなかったが、心なし自分が剣を握っているかのように感じた。
不思議だ、まるでヤマタクレイが俺であるかのような、俺がヤマタクレイであるかのような不思議な感覚に陥っている。正面の水晶が外の景色を鮮明に映し出す。未だに進行を続けるリングクレイの姿を。
前方に6体のリングクレイ、その数100メートル後ろにもう6体のリングクレイ、そのまた数100メートル後ろ、あまりに後ろなので小さくしか見えないが、もう6体リングクレイが並んでいた。
もしかしたらそのもう100メートル後ろにまた6体のリングクレイがあるかもしれないが、それは詮のないことである。それぞれの6体のリングクレイは先刻宮殿の2階からみたとおり俺から正面に見て横に3列、縦に2列、間隔をあけて並んでいた。俺は、ヤマタクレイは、剣の切っ先を3体のリングクレイのうちの真ん中のリングクレイに向けた。
前方の3体のリングクレイを見据える。もちろんのことながら俺はこんな大人数と戦ったことがない。しかも真剣で戦ったこともなかった。竹刀でしか闘ったことがなかった。言うなればまったくの未経験、未体験である。
手にするのは剣、俺は剣道をしているが、剣道は刀を使う剣術とは全く違うものである。刀は人を斬るものだが、竹刀じゃ人は斬れない。打つことしかできない。つまりは剣道はできるが剣術は知らない。竹刀は扱えるが『刀』は扱えないのである。
ヤマタクレイが手にしたのが刀じゃなくてむしろ良かったと思う。まぁ、『剣』というものも使ったことはないが、両刃の剣ならいろいろと融通は利く……のだろうか……。
どちらにせよ戦ってみないと分からない。
手元の剣をぎゅっと握った。
「武くーん! 武くーん!」
学校のアナウンスのような響いた声が聞こえた。絢の声だ。
「おお、絢、お前どこにいるんだよ」
「こっちですよ! こっちですよ!」
こっちって、どっちなんだ……俺は何となく後ろのヤマタ国を見てみた。
後ろのヤマタ国の門にある櫓に人影があるように見えた。しかし小さくてよく見えない……。
と思ったら、映像が櫓のところをズームした。本当に自由自在なんだなぁと思いながらその映像、櫓の方を見ると予想通り絢が手を振っていた。
「絢! そこにいたのか」
「はいです! 武くん!」絢が手を振りながら言った。
「武くん、僕たちは久禮堂からヤマタクレイを追ってこの櫓に上ったんです」
櫓にはホノニギさんと、その後ろにスサノさんがいた。スサノさんはなおも青い顔をしていた。
それにしても……どうして絢の声が聞こえるんだ? 櫓からここまでは数100メートルぐらいあるのに。
「この勾玉が通信機の役割をしてるみたいです」絢はあの光る桃色の勾玉を正面に突き出した。
「そうだったのか……」
なるほど、通信機か。どういう原理で通信してるか全くわからないが、あの勾玉が絢たちの声をヤマタクレイに伝えていることは分かった。通信機があるならホノニギさんとも通信できるので便利だ。
「ホノニギさん! ヤマタクレイが計18体ほどいます!」
「はい、随分と数がありますが……リングクレイは動きが遅いので集中して戦えば大丈夫です」
「集中……ね……」
集中、精神統一、自然体、剣道は精神を鍛えるものだともいわれるが、確かに精神の弱い奴なんか戦うこともできない。逆に強じんな精神力はとんでもない力を発揮する。
剛実ならそんな強靭な精神を持ち合わせているだろうが……。しかしここにはあいつはいない。俺が何とかしなければ……。この俺が、俺自身が。
目をつむる。暗い視界が辺りを覆う。
立ち向かえ、立ち向かうんだ。いつものように、あの時のように……。たとえ敵わぬ相手でも立ち向かえ……。
俺はあいつを守らなければ……。
俺は目を見開く。眼前にはふざけた感じのデフォルメされた埴輪の姿、リングクレイがあった。
「武くん、リングクレイは無人の遠隔操作型ロボットです。ですから思いっきり倒して大丈夫です」
「無人のロボットか……」
それならこの戦いでは血は流れないのか……。自分が倒されたら血は流れるだろうが……。
そうと分かれば……思いっきりやってやる!
「リングクレイめ……一網打尽にしてやるぜ!」
ヤマタクレイは両手の剣をいっそうしっかりと握った。
「うおりゃああああああああああああああああー!」
大きな声を上げ駆ける。疾走する。正面のリングクレイに向かって。
そして剣を大きく振りかぶり、三つに並んだリングクレイの真ん中のリングクレイに一思いに、力の限り振り下ろす。
ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアンー!
陶器のツボが立て続けに割れたような奇妙な音が辺りに響く。
見ると、リングクレイの真ん中に、真っ直ぐに、垂直に太い割れ目ができていた。そして、その辺りにはリングクレイの破片が飛び散っていた。
リングクレイはヤマタクレイの攻撃を受け沈黙した。
「はぁ……はぁ……。やってやったぜ……」
俺はリングクレイのに刺さっている剣をぐっと引き抜いた。するとリングクレイはまきを割るがごとくパカッと真っ二つに割れた。
ヤマタクレイはすぐさま剣を持ち直し、その切っ先をもう一体のリングクレイへ向ける。そして先ほどと同じく大きく振りかぶり、リングクレイを割った。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおー!」
俺は次々とリングクレイを割っていく。1体、2体、3体と。まるでもぐらたたきだ。リングクレイは動きが鈍く遅い格好の的であった。
見る見るうちにリングクレイが破壊されていく。後にはその残骸、破片しか残っていなかった。
あんなに恐怖していたリングクレイがこうもあっけなく倒されるとは……。
と、そんなことも考えていられなかった。
同じく計6体の第2陣のリングクレイ群が進行してくる。もはや雑魚だと分かったリングクレイは俺の手により、リングクレイの手により、ガシャンガシャンと壊されていく。その破壊行為に不意に快感を覚えてしまった。
続く第3陣、その奥にはただ荒野が広がっており、どうやらこれでリングクレイは全部らしい。軽い足取りでリングクレイに向かいまた同じくリングクレイを破壊していく。
1体、2体、3体と……。
ものの5分もかからないうちにリングクレイ軍団を殲滅してしまった。相手が言うほど強くなかったのか、油断してたのか、それとも俺が強かったのか、なんにせよ勝利である。
「やったです! 武くん!」
「あ、ああ……」なんだか実感がわかなかった。これが勝負というやつなんだろうか。
「リングクレイ全滅、さすがです武くん……」
「長年やっていた剣道がこんなところで役に立つとはなぁ……。芸は身を助けるというか……」
しかし少し疲れた。今までいろいろあったのも含めて疲れた。早くゆっくりとしたいものだ……
「武くん、それではヤマタ国へ帰還しましょうか」
「おう!」俺はバッチグーのポーズをして、後方のヤマタ国のほうを向こうとした……
カアアアアアアアアアアアアアアアアン!
剣と剣がぶつかり合う音が辺りに響いた。
ヤマタクレイは相手の剣の攻撃を受け、数メートル後退した。
「な……な……」反射的に構えた剣をグッと握る。
目の前には一つの土の人形があった。
大男か雪男か怪人か、大きな人間の男の形をした土の人形。その容姿を一言で表すなら『土男』。全長はヤマタクレイより少し大きいくらい。大きな頭、太い腕と手、太い胴、太い脚。顔はヤマタクレイと同じく穴と溝で描かれた簡素なもの。その顔は、どこか不気味で、どこか朗らかで、どこか残酷であった。
その『土男』は両手に剣を持っていた。二刀流。2つの剣は2つともそっくり同じもので、その長さはちょうどヤマタクレイが持っている剣の半分ほどの長さであった。そしてその2つは細く、そして軽そうに見えた。
『土男』は右手の剣を俺の喉元を狙って突き出した。その右手の剣で『土男』はさっき俺を狙ったみたいだ。ヤマタクレイと『土男』との距離は約10メートルほど。少し相手と離れた間合いだった。
「た、武くーん!」絢の声が聞こえたが、今はそれに耳を傾けている場合ではなかった。
『土男』は右手の剣を俺の喉元狙って突き出したまま突進してきた。その大きな体を、大地を震わせながら俺の元へ飛び込んでくる。
俺はとにかく防御の姿勢を取った。喉元を狙う相手に、喉元を取られないように、喉元に注意して構えた。
『土男』が突進する。力任せに、力いっぱいに飛び込んでくる。俺はそれを力いっぱいに防ごうとする……。カチン、と剣同士が当たる音がする。俺は『土男』の攻撃を防いだ。……が、『土男』は攻撃を防がれてもなお突進する。ごり押し、剣の切っ先を力いっぱい突く。
「くッ……」押しても押しても動かない、競り合い。
そして『土男』は一瞬だけ力を抜く、力を入れて押していた俺はその一瞬で相手の方へ少し倒れる。
その隙をついて、ヤマタクレイは倒れかかったヤマタクレイを力いっぱい瞬発的に押した。倒れかかったヤマタクレイは突如反対方向に倒れそうになる。
「うう……。くそぅ……」倒れそうな体を何とか踏ん張って立て直したが、もしこのとき敵が攻撃なんかしていたらおしまいだった。敵さんの気まぐれでなぜか攻撃をされなくて俺は奇跡的に生きていた。
「フフフ……。フフフ……」マイクか何かで拡声されたような、不気味な声が『土男』の方から聞こえた。声がするということはもしかしてアレには人が乗っているのか? このヤマタクレイのように。
「フフフ……。ヤマタクレイ、案外骨のあるやつなんだなぁ……」『土男』の中の人の不気味な声が聞こえる。
「ようやく人が乗ったようだな。だが、人が乗ったところで我々モサク一族の足元にも及ばぬ」
「な、なんなんだお前は……。名を名乗れ!」俺は『土男』に向かって叫んだ。俺の声も『土男』のように拡声されて伝えられた。
「そ、その声……き、君はまさか山仁くん⁉」
ふいに突然に何の前触れもなくホノニギさんの声が聞こえた。俺にはなぜホノニギさんが叫んでるのかわからなかった。そんなことを考えてる暇はなかったから。
「我が名はヤマツミ、そして私が今乗っているのは『ヤマツミクレイ』……。我が父上、イザナギ様に使える使者。このヤマタ国を滅ぼすためこの地に参った」
「ヤマタ国を滅ぼすだと!」俺は怒鳴った。
「そうさ、父上の本懐を遂げるため私は戦っている……たとえこの身が滅びようともな!」
「山仁くん! 君は君のお父さんに操られているんだ! だから……こんな無意味な争いはやめるんだ!」
ホノニギさんは柄にもなくヤマツミ(なぜかホノニギさんは山仁くんとか言ってるが)に突っかかっていた。ホノニギさんがあんなにも感情的になるとは思わなかった。
「黙れ! 父上のことを悪く言うやつは許さんぞ!」突っかかるホノニギさんに対抗するようにヤマツミが激しく言った。
「山仁くん……」その激しい言葉に打ちひしがれるようにホノニギさんが言った。
「さて……」と、ヤマツミの乗る『ヤマツミクレイ』が一歩前に近づいた。
「お前には、死んでもらわないといけないなぁ……」
『死んでもらわないといけない』……俺の周りにはあまりラジカルな性格のやつがいなかったせいか、『死ね』なんて言葉を言われたことはなかったと思うのだが……。その言葉を一生のうちに、本気で、マジで言われるとは思ってなかった。
『死ね』という言葉がこんなに残酷で、こんなに冷酷な言葉だとは思わなかった。だってそれは、相手の死を50パーセントほど確定させてしまうような残忍な言葉なのだから。
ヤマツミが乗るヤマツミクレイは両手の剣をぐっと握り、そしてその大きな体躯に似合わないような素早い疾走をする。俺を殺すために、俺を死なせるために。
恐怖で足がすくむ、そんな経験は剣道では何回か経験していたがそんな経験と比べ物にならないほどの恐怖が俺を覆う。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおー!」
怖いなら叫ばねば、心だけでも、精神だけでも相手より強くいなくては。
必死に叫び、がむしゃらに叫び、そして頭をからっぽにする。
そして、ヤマツミクレイが目の前に来る。ヤマツミクレイは疾走する。そして右手の剣を振りかぶり、ヤマタクレイの頭部目がけて振りおろした。
俺はそれをぐっと防御する。カンッ、と剣がぶつかる。
その次にヤマツミクレイは左手の剣を間髪入れずに水平に胴を狙って横に薙ぐ。俺はそれをさきっと同じように剣で防いだ。またカンッ、と音が鳴る。
ヤマツミクレイは次々と、右手左手交互に剣を振っていく。そのスピードはかなり速い。右手左手交互に振っても1秒もかからない。その神速の薙ぎを奇跡的に俺は防いでいる。
剣道では二刀流というものは扱いにくいものだが、ヤマツミクレイが扱う剣は細く短く軽い剣。剣道で二刀流すると、竹刀のバランスやら重さやらを制御するのが難しく大変だが。あの剣だと重さは関係なくなる。これなら、2本の剣はただの腕の延長みたいになってしまう……。
そんな二刀流のヤマツミクレイの攻撃をずっと防御しているせいで、精神的に滅入ってしまっていた。いつまで俺はこの攻撃を防がなければならないのか……。
そしてその攻撃に終わりが迎えられる。ヤマツミクレイは突然攻撃をやめ、後ろに一歩引き下がった。そしてそこから、右の足を下げ、そしてヤマタクレイに向かって回し蹴りをした。
突然の変則的な攻撃に防御がついていかず、ヤマタクレイはその蹴りをダイレクトに受けてしまった。腹のあたりに攻撃を受けたらしい。
「ぐ……。ぐおお……」どうやら……ヤマタクレイのダメージは俺にも食らうようになってるらしい……。そこまでシンクロさせなくてもいいものを……と、痛む腹を押さえてつぶやいた。
「オリャアー!」と、ヤマツミクレイは間髪入れずに、無慈悲に、ヤマタクレイに蹴りを入れた。
今度はヤマツミクレイはヤマタクレイに正面蹴りを食らわせた。その蹴りの衝撃は遠くへ吹っ飛ばされたかのような強い衝撃だった。
実際、ヤマタクレイははその蹴りで、地面に仰向けに倒されてしまった。
うずくまるヤマタクレイ、たった二発の蹴りでうずくまったヤマタクレイ……。だって俺は剣道家だもの……。剣はつかえても足や拳はつかえない。剣を持った、剣を扱った戦いでないと困る。
ヤマツミクレイは俺の元へ近づいていく。そして右手の剣をヤマタクレイに突き出す。
「さぁ、死にな」俺はその残酷な言葉を現実的に受け止められなかった。
何とか立ち上がらなければ……。何とか立ち上がらなければ……。
ヤマツミクレイの剣が電光石火のごとく、ヤマタクレイの喉元に突き刺さろうとする……
と、その時、
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
突然、何かが燃えた。
心が、体が、自分が、ヤマタクレイが、すべてが燃えた。
熱い、周りが、体が、熱い。
「な、なんだこりゃあ……」その声の主はヤマツミであった。ヤマツミクレイは攻撃を忘れて目の前のヤマタクレイを見つめていた。
何が起こっているんだ……と、ふと体を起こしてみた。なぜかさっきのヤマツミクレイの蹴りの痛みがなくなっていた。というより、体から力がみなぎっていた。
起き上ってみてみると、ヤマタクレイの体が、赤く光っていた。
まるで火のごとく――光っていた。
「こ、これは……」俺はただ立ち尽くしていた。一体何が起きているんだ。
そして突然、ヤマタクレイは剣を正面に構えた。そして眼前のヤマツミクレイに向かって、思いっきり打ち込んだ。
ガンッ、と、ヤマタクレイの剣がヤマツミクレイの頭上に当たる音がした。きれいな『面打ち』だ。ヤマタクレイの突然の変化に驚いていたヤマツミクレイにそれはきれいに当たった。
俺は……何も動かしていないのに……。
ヤマタクレイが、勝手に動いた。
「ど、どういうことだ……」俺はさっきからずっと混乱していた。
「く、くふぅ~」と、絢の声が聞こえた。
「あ、絢!」俺は絢の方を向いた。
「た、武くん……ま、勾玉が……」
絢の方を見ると、絢の持っていた勾玉が赤くピカピカと光っていた。
「ま、勾玉が……一体……」
「武くんと、絢さんの力がリンクしているんだ……」突然、ホノニギさんの声がした。
「へ?」
絢の力……絢に力が……。
あの絢に……あんな小動物みたいなやつに……力があるというのか……。
「う……ぐぐぐ……」そんなことを余所に、ヤマツミクレイが攻撃を受けた頭を押さえながら立ち上がった。
「く……なかなかだぜヤマタクレイ。だが……俺は負けるわけにはいかねぇ……父上のために!」
ヤマツミクレイがさっきよりも速くヤマタクレイの元へ駆けていく。
そして、右手の剣を横に薙ぐ。
しかし、今の俺には、今のヤマタクレイには、そんな動きはスローモーションのように見えていた。俺には力がそそがれていた。ヤマタクレイには力がそそがれていた。不思議な力が、燃えるような炎のような力が流れていた。今の自分なら何でもできそうな気がした。どんな敵でも倒せそうな気がした。
スローモーションに見えるヤマツミクレイの薙ぎを、俺はジャンプで躱した。
「な!」
ヤマタクレイは跳んだ。その大きな体を、カエルのように飛び跳ねた。そして飛び跳ねると同時に剣を振りかぶり、そしてヤマツミクレイの頭上目がけて振りおろした。
ガアアアン! さっきよりも大きな音でヤマツミクレイの頭上に面打ちが炸裂した。落下運動も利用したヤマタクレイの面打ちは効果抜群であった。
「うううう……ぐぐ……」ヤマタクレイは頭を抱えてうずくまっていた。
「カグヅチ……やはりこれはカグヅチの力か……」ヤマツミクレイの中にいるヤマツミが言った。
「はぁ……はぁ……」俺は息を切らしていた。いくら力がそそがれていると言っても、その力のせいで体中が、操縦席中が熱くて苦しかった。
「お前、名はなんという」突然、ヤマツミが訊いてきた。
「名前……名前は武だ……」俺はぜぇぜぇ言いながらヤマツミに告げた。
「武……武か。次会う時まで覚えておこう」
「へっ?」
と、その時突然、ヤマツミクレイが消えた。
「な……どこ行った……」俺は辺りを見回した。いったいどこに行った。
「どうやら逃げてしまったようですねぇ……」と、後方より声が聞こえた。ホノニギさんの声だった。
「逃げただとぉ!」俺は叫んだ。
「山仁くん……いえ、ヤマツミはまた来るかもしれません。ヤマツミクレイに乗って」
「ヤマツミクレイ……襲ってくるのはリングクレイだけじゃないのかよ」
「モサク一族はヤマタ国を滅ぼすためクレイを使って襲ってきます。この戦いはどちらか滅ぶまで終わらないのかもしれません」
「戦い……か……」
戦い……俺は戦いをしたんだったな……
どうにも……絵空事のような、夢うつつのような、バーチャルのような、ゲームのような感じだった。これが本当に戦いなのだろうか。実感がわかない。何よりいろんなことが整理できていなくていまだに混乱している。
そして何より、暑い。
「武くん、詳しい話はまたあとでしましょう。今は早くヤマタ国に戻って体を休めてください」
「はぁ……早くこんなせまっ苦しいところから出たいぜ……」
俺はだらだらと汗をかきながら、ヤマタ国へと戻っていく。
終わってみればあっという間のことだった。ひょっとしたら剣道の試合よりも時間が短かったのかもしれない。
早く戻って……シャワーでも浴びたいものだぜ……
ヤマタクレイは、ドシンドシンと荒野を歩いていた。