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クレイ=大地の傀儡=  作者: カッパ永久寺
一日目 初陣
8/75

クレイ、起動

 一同は、久禮堂へと向かい、そしてその中へと入っていった。

 そこには、なんとあの『巨大土人形』が仁王立ちしていた。

「な……なんでここにアレが……」わずか数時間後の再会であった。

 あの日(と言うか今日)箸墓古墳で仰向けに倒れていた、あの全長六メートルの巨大な武人の埴輪、『巨大土人形』がそこに立っていた。

 なんだかその土人形の顔を見てると、とたんに殴りたくなってきた……

「このやろぉおおおおおおー! 俺たちをこんなところにタイムスリップさせやがってぇええええええー!」俺は我を忘れ、巨大土人形に襲いかかろうとした。

「駄目ですよう、武くん」それをなだめる絢。

「く、くそう……。この野郎……」俺はやりきれない思いを心の中に収めた。

 久禮堂は『倉庫』というより『工場』といった感じの建物だった。高い天井と壁に取り付けられた足場、すべてがあの土人形を取り囲むように設置してあった。

「武くん、あれがヤマタクレイです」ホノニギさんが言った。

 なるほど、あの巨大土人形はこの時代では『ヤマタクレイ』と呼ばれているのか。しかし、なんでこの時代にも『巨大土人形』があるんだろうか? 考えても栓のないことだが。

「くふぅ~、またあの土人形と出会えるなんて運命を感じますねぇ~」絢はのん気に言った。

「でも、この土人形……ヤマタクレイってなんだかあのリングクレイとどことなく共通点がありますねぇ。名前は同じ『クレイ』って言葉が入ってますし。同じ土製ですし。大きさも同じぐらいですし」

「いいところに気づきましたねぇ。確かにリングクレイとヤマタクレイの素体は同じですからねぇ」ホノニギさんは嬉しそうに言った。

「でも、なんでリングクレイとヤマタクレイってあんなに似たところがあるんだ?」

「それはですねぇ……」

 ホノニギさんは話を続けようとすると、

「ホノニギさん!」と、上から声がした。

 声の発する方を見ると、そこには壁に取り付けてある足場の上にいるスサノさんの姿があった。

「あ、スサノさん」ホノニギさんはスサノさんの方を向いた。

「ホノニギさん、姉さんを知りませんでしたか」どうやらスサノさんとホノニギさんは知り合いらしい。「ヒメノミコト様ならさっき走ってましたけど……今は部屋にこもって『天の岩戸状態』なんですけど……」

「そうですか……」スサノさんは呆れながらそう言った。

 スサノさんは随分と蒼い顔をしていた。まるでひどい病気にかかったかのように、まるで何かに追い詰められたかのような顔をしていた。

「ホノニギさん……。皆さん……。もう、このヤマタ国はおしまいです……。もう私たちはおしまいです……」

 スサノさんの口から、残酷な現実が告げられた。

「姉さんが……ヤマタクレイを動かせなくなったんです。……ヤマタクレイが動かせなくなっては、リングクレイと太刀打ちできません。……もうここは四面楚歌です……」

「スサノさん……」ホノニギさんは消えるような声で言った。

「ホノニギさん、そしてみなさん……ここから逃げてください。ホノニギさんにはすいませんがヤマタ国の人たちを避難させるようにしてください……」

「スサノさん、ヒメノミコト様のほうは……」

「姉さんは私が何とかします……。後のことは私たちに任せてください……。ですから皆さんは、ヤマタ国の人たちは逃げてください……」

 辺りは静かだった。そして沈黙が辺りを制していた。

 俺には分からなかった。スサノさんが何を言ってるかどうか。いや、分かることができなかった。

 俺が馬鹿だから、俺がこの時代の人間じゃないから、俺が子供だから……

「畜生……」俺はつぶやいた。どうしてこんなことに……。どうして俺たちがこんなことに……。

 巻き込みやがって。いきなりこんなことに。こんなところに……。

 ふざけるな……。ふざけるな……。

 俺たちは……ただ普通に、普通に生きていただけなのに……。


 俺は睨んだ。あの人形を。あの土の傀儡(くぐつ)を。

「このやろおおおおおおおおおおおおー!」

 俺は叫ぶ。そして駆ける。スサノさんがいる足場へ。

 足場の隣にかかっていた梯子を、猿のごとく素早く登り、そして死んだ顔をしたスサノさんの前に立つ。

「スサノさん! あんた何言ってんだよ! あんたそれでも女王卑弥呼の弟かよ! 何が逃げろだ! ふざけるな……。突然こんなことに巻き込まれた俺たちの身になってみろ!」

「チョー最高です!」と、絢が言った。

「お前は黙ってろ!」

「くふぅ~」こんな時にも陽気な絢に八つ当たりで喝を入れてやった。

「武くん……言いたいことは分かりますが……。ですが今はもう……」

「俺たちは闘うんだ! 戦うんだ! 逃げたらだめなんだ! 敵に背を向けるなんて男失格だ! 俺は戦う。誰が何と言おうとも逃げねぇ……。あのリングクレイとかいう埴輪をぶっ倒してやる!」

 頭に血が上っている。だがこれはいい状態だ。戦うときには恐怖、葛藤、不安を排除せねばならない。そうでなければ目の前の相手を倒すことなんて、殺すことなんてできない……。

「このヤマタクレイが動けば……あのリングクレイが倒せるんだろ……」

 俺は諸悪の根源、ヤマタクレイの元へ近づく。

「俺がヤマタクレイを動かす……」俺はそう言った。

「な、何を言ってるんですか武くん!」上からホノニギさんの声がした。

「うるせぇ!卑弥呼がいねぇなら俺が動かしてやる!」

 ……とはいうものの。

「で、これどうやって動かすんだ……? ゼンマイ仕掛けか?コントローラか? それともこれに乗り込むとか……?」

「……コントローラ、遠隔操作ですよ」ホノニギさんは冷静にそういった。

「クレイはいわば遠隔操作型ロボットなんですよ……。クレイは霊力に反応して動く操り人形なんです」

「そうなんすか……」俺は応えた。

「くふぅ~、鉄人28号みたいです!」絢がはしゃぎながら言った。

「クレイは、ヒメノミコト様の不思議な力により起動、そして遠隔操作されていたんですよ。でも、ヒメノミコト様の力が切れて今はもう……」

「卑弥呼以外に誰かクレイを動かせないのか?」

「……あれは、ヒメノミコト様か、モサク一族の者しか動かせないんですよ……。あれは……」

 あれだけ威勢を張って駆けて行ったが、これでは八方ふさがりじゃないか。所詮俺たち現代人には蚊帳の外の話だったのか……。

 小さな自分。立ち尽くす自分。

 太古の昔に取り残された俺たち二人にはどうすることもできないのか……。

 

 すると……

 ピカアアアアアアアアアアアアン!

 クレイが突如、白く明るく光った。

「な、なんだ!」

 慌てふためく俺と、スサノさんと、ホノニギさん。そして絢はひとり、白く光るクレイと対峙していた。

 よく見ると、絢の胸のあたりが、クレイと共鳴するかの如く白く光っていた。

「くふぅ~、な、なんなんですかこれは!」

 絢は首にかけられていたペンダントのようなものを取り出した。そのペンダントは牙のような形の桃色の勾玉だった。その勾玉はなおもピカピカと光っていた。

「絢さん!」ホノニギさんが突然叫んだ。

「絢さん!その勾玉を掲げてください!」

「え、これをですか?」

「ええ、もしかしたらクレイが動くかもしれません」

「クレイが……動く……」俺は呆然と立ち尽くしていた。

 そのとき、


 ――――ふふふ――――


 突然、声が聞こえた。


 ――――まさか、巡り巡ってあんたに会えるとはねぇ――――


「え……」不思議な声が聞こえた。その声色はどことなく子供の声に聞こえた。


 ――――これは偶然か、それとも必然か、それとも奇跡か。しかし僕にとっては都合がいい――――


 ――――とにもかくにも……あんたに力を貸してほしい――――


「力を貸してほしい……?」俺はその不思議な声に訊いた。


 ――――あんたに、モサク一族を倒してほしい。あの醜い、憎い一族を倒してほしい――――


 ――――あんたも今ちょうど、モサク一族のリングクレイと戦おうとしてるんだろ?だったらあんたにも都合がいいんじゃないのか?お互いの利が一致する。いいこと尽くめじゃないか――――


 ――――僕はあんたに『力』を貸す。文字通り『力』をね。そしてその代りあんたには私に力を貸してほしい。僕の望みを、僕の執念をかなえてほしい。本当は、あんたにこの執念を託すのは随分とおかしな話なんだけど、背に腹は代えられない――――


 絶え間なく聞こえる不思議な声。


 ――――僕は、あんたに力を貸してほしい――――

 ――――モサク一族を、倒してくれ――――


 ドシンッ!

 と、何か大きな音、何か大きなものが動いた音がした。

 ヤマタクレイが、動いた。起動した。

「くふぅ~動いたですぅ~すごいですぅ~」絢が掲げていた勾玉はなおも光っていた。

 スサノさんとホノニギさんと俺は、そのヤマタクレイの動きに息をのんでいた。

 ヤマタクレイはその土くれの足をドシンと前に一歩出して、そしてそのあと、回れ右をした。重い体をゆっくりと、どっしりと重く旋回させ、俺のほうを向いた。


――――さぁ、乗って――――


「の、乗ってって……」

 真正面にはヤマタクレイの顔、空洞の目鼻口。

 そのヤマタクレイが、話すがごとく、あの声が聞こえる。

 ヤマタクレイが俺を見つめる。


 すると俺は、あの箸墓古墳のときのように、白い光に包まれる。

「う、うわぁああああああああああああああああー!」

 辺りが、体中が白に包まれていく。

 目の前がホワイトアウトする。

「あ、あれ? た、武くん」そんな絢のおどけた声がした気がする。


 その白い光がなくなり、あたりが普通の景色に戻る……と、

 辺りの景色はさっきの木製の建物『久禮堂』ではなく、土でできた小さな部屋になっていた……。

 なんなんだここは。部屋はかなり小さく二畳ぐらいの大きさ、部屋というよりトイレぐらいの大きさだった。床は石畳、どこかの異国の街路のようにきれいに石が並べられた床だった。

 そしてその床の上には、正面に大きな球状の水色の水晶が、円柱形の青い台座の上に据えてあった。

 随分と不思議なところに連れてこられたもんだなぁ……と思っていると、

「武くん!」

 と、俺を呼ぶ声がした。声から、ホノニギさんの叫びだと分かった。

「ホノニギさん!」

 と、叫んでみるが、もちろんのことそのホノニギさんが見当たらない。何となくその声はこの部屋の外から聞こえたように思えたが、この部屋には出口がない。壁面は四方とも、真っ直ぐな、フラットな土壁であった。天井も平らな天井であった。

 部屋は四方八方面に囲まれていた。隙間なく、きっちりと。

 息できんのかよこれ……。まったく隙間がないんだが……。ていうか、光源がないのにどうしてあたりの景色が見えるんだ……。確かに辺りは薄暗いが……

 いろんな物理法則を無視したこの部屋……いや、そもそもこんなところに突然連れてこられたこと自体物理法則を無視しているのだが……。ここで、俺は何をすればいいのか。

 とりあえず、部屋の中央へと向かってみた。部屋の中央にはマンホールのような、不思議な文様が書かれた円いタイルがあった。俺は何となくそこに立ってみた

 すると、正面の水晶がピカッと光りだした。

「うわっ!」俺は驚き後ずさりした。突然光るものを今日は四回ほど目撃していると思うのだが、慣れないものは慣れないものである。

 水晶は電球のように光り続け、そして前方に一つの光を放った。

 その光は正面の土壁に当たり、そしてその壁一面に一つの映像を映した。

 まるで、プロジェクターのように映像を表している。俺は映画観賞でもしているのか……。

 その水晶が映し出す影像はついさっきまでいた『久禮堂』の映像であった。

「くふぅ~、武くん~どこですかぁ~」正面の壁に絢の顔が映し出された。

「お、おーい絢!」画面の絢に叫んでみる。

「あ、武くんの声がするです!」画面の絢が正面を向いた。

「武くん! 君は今ヤマタクレイの中にいるんです!」

「ヤマタクレイの……中……?」俺は辺りを見回した。

 ここがヤマタクレイの中なのか。ていうか中に入れたのか……まぁ、ここは入口も出口もないんだが。

「武くん、今君はヤマタクレイのコクピットにいるんです。ヤマタクレイを操縦する操縦席なんです」

「そ、操縦席……。ヤマタクレイは遠隔操作型のロボットじゃなかったのか」

 操縦席……。どこにも座るところはないんだが。

「いえ、ヤマタクレイはもともとは搭乗型ロボット、つまりパイロットが乗り込んで動かすロボットだったんですが、何分操縦できる人がいなかったもので、今までずっとヒメノミコト様が遠隔操作してたんです」

「そうなんですか……」俺は言った。

「でも操縦できる人がいなかったって……ヤマタクレイは操縦できる人ってのが決められてるんですか?」

「決められているというより、前例がないんです。もともと搭乗型ロボットとして設計されたんですが、いざ動かそうとしてみると、誰も操縦席に乗れる人がいなくて」

 ……そりゃ全面が面で囲まれた、入り口も出口もない操縦席にいったい誰が乗れるっていうんだよ。

 そんなことできるのマジシャンぐらいだ。

 しかし今現在俺がその操縦席にいる……。つまり俺のように不思議な光に包まれてここに転送(ワープ)されたやつじゃ操縦できないってことか? 随分と理不尽なロボットだな……

 今更だが、このヤマタクレイをロボットというのはなんかおかしな感じがする。『味噌汁』をわざわざ『ミソスープ』というような、『コンピュータ』を『電子計算機』と言うような、なんだかちぐはぐな感じがする。弥生人のホノニギさんが『ロボット』と言うのがなんだか不思議に感じるのは俺の錯覚なのだろうか……。まぁ、大したことじゃないし、どうでもいいか。

「でも、どうして俺は乗れたんだ?」

「それは分かりません、このヤマタクレイは何分、謎の多いロボットですから。設計図を描いた人も誰かわかりませんし……」

 俺はその謎の多いロボットに乗せられてるのか……。随分と理不尽な話である。ここに来てから理不尽な話ばかり起こっているんだが。

「武くん……。僕は考えたんですが……というより万策尽きてこれしかもう思いつかないんですが……武くん、君にヤマタクレイを操縦してもらいたいんです!」

「ええっ⁉」俺は正面の映像に叫んだ。その映像はちょうどホノニギさんの顔を映していた。どうやらこのプロジェクターみたいなやつは俺の思うようにカメラが移動して映像を映すみたいだ。

 俺が上を見たいと思えば映像が上の映像へ切り替わり、

 俺が下を見たいと思えば映像が下の映像へ切り替わり、

 俺が絢を見たいと思えば映像が絢の映像へ切り替わり、

 俺がホノニギさんを見たいと思えば映像がホノニギさんの映像へ切り替わり。

 簡単に言ってしまえば俺の目のようなものだった。正確にはクレイの目なのだろうか。

「クレイを操縦って……俺車の免許も持ってねぇのに……」

「武くん、僕たちにはもう君しかいないんです。ヤマタクレイを動かせる君しか、頼るものがないんです……ですからお願いします武くん、僕たちのヤマタ国を守ってください……」

 そう言われては、

 困るじゃないか……。

「分かりました。俺がやればいいんでしょう。……このヤマタクレイを動かして、そしてあのリングクレイを倒す。それでヤマタ国が、俺たちの命が守られるんだろう?」

「はい……そうです武くん。君のような青年にこんなことを頼むのは大人げない話ですが……」

 正面の映像より、ホノニギさんのうつむいた表情がうかがえた。みんな心配なんだ……卑弥呼がいなくなって、誰もクレイが動かせなくなって……。

 だから俺が何とかしなければ、自分で何とかしなければ……。

「俺がヤマタ国を守ります、だから安心してください!」

「くふぅ~武くん言うことが武士です~! カッコいいです~」

 若干一名、なんの心配もしていないやつがいた……。

「武くん、それではヤマタクレイを動かしましょう。クレイはあなたの意志に応じて動くロボットです」

「俺の意志に通じて……」

 俺の意志に通じてってことはつまり、俺の思ったように動くってことなのか。変なハンドルやスイッチで動かすものじゃなくてやかったぜ。そういう系は俺は苦手だ。

「武くんが前に進みたいと思えばヤマタクレイは前に進み、武くんが後ろに行きたいと思えばヤマタクレイは後ろに進みます。ですから武くん、くれぐれも集中して、そして冷静にヤマタクレイを動かしてください」

「分かりました」俺はホノニギさんに返事した。

「なぁ、ホノニギさん」

「なんですか武くん」

「ヤマタクレイに乗って戦うってことは……俺は死ぬかもしれないってことなのか?」

 俺はホノニギさんに訊いた。

「クレイは丈夫なものですが……どうなるかわかりません……。それに搭乗して戦うのは初めてですからどうなるかわかりません。リングクレイとの戦いでの戦死者はあまりいないのですが。……それもヒメノミコト様がヤマタクレイを動かして戦っていたから被害が少なかった話ですから。ですから武くん、くれぐれも気を付けてください。リングクレイは単体ではあまり脅威ではありませんが、団体で来られると厄介です。常に自分の命を最優先して戦ってください。くれぐれも無茶はしないでください……。武くん、どうか生きてヤマタ国に帰ってきてください」

「おう! 分かったぜホノニギさん! ヤマタ国は俺が守るぜ!」

 俺は胸をたたいてそう言った。こんなときは威勢を張ってないとやってられない。はっちゃけてないとやってられない。

 案外絢も不安を隠すためあんなにもはっちゃけているのかもしれない。真偽は不確かだが。

「さぁ、クレイを動かすぜ!」

「……頑張ってください……」

「へ?」突然、消えるような声で誰かがそう言った。

 声の主は、スサノさんだった。

 スサノさんは、受験に失敗した受験生のごとく、青い顔をしていた。

「私たちは、無力でした。でも、それでもヤマタ国を守りたかったんです……。ですから武くん、頑張ってください……お願いします」

「ああ、頑張ってやるぜ!」

 俺は親指を立てて威勢のいいサインをする。

「く、くふぅ~! ヤマタクレイがバッチグーしてます!」と絢が言った。

 どうやら俺が親指を立てたら、ヤマタクレイもそれに呼応して親指を出したらしい。

 いったいどんな情景になってるんだろう。……どうやら映像はヤマタクレイの『目』なのでヤマタクレイ自身を見れないそうだ。映像には、親指を立ててバッチグーをしている絢の姿があった。

 ドンッ!、ドンッ!

 さっきから気にしていなかったが絶え間なくリングクレイの進行する音と振動が伝わっていた。

「武くん、そろそろクレイを動かしましょう、僕たちには時間がありませんから」

「ああ」

 俺は集中する、剣道の試合前のときのように、息を吸い、酸素を体中に満たす。そして、

「ヤマタクレイ、発進!」

 俺はそう叫び、前に進むようヤマタクレイに念じる。

 ヤマタクレイは俺の意志に共鳴し、大きな土くれの足を動かす。

 俺の思った方向に。

 俺の思った通りに。

 ドシンと動く。

 俺は念じる、『前に進め』と、ヤマタクレイに。ヤマタクレイは念じたとおりに動く。

 ゆっくりと、ゆっくりと……

 と、

「と、止まれ!止まれぇえええ!」

 正面の映像に久禮堂の高い木の壁が映っていた。

「あ、武くん、すいません。入り口を開けるのを忘れてました」

 という、ホノニギさんの声が聞こえた。


 ホノニギさんとスサノさんの手により、久禮堂の大きな扉が開けられる。

 久禮堂の入り口の扉は大きな、ヤマタクレイが出れるぐらいの、ヤマタクレイが出るための観音開きの扉だった。その最下端に、人間が通るための小さい扉もついていた。

 その大きな扉は、スサノさんとホノニギさんが力を入れて頑張って開かれた。目の前には、というか映像にはヤマタ国の風景が移された。

 そして、久禮堂の前にまるでクレイが通るため通されたような道があることに気付いた。

 そうか、この道を真っ直ぐ通って外に出るのか。


 ――――行くぞ、武――――


 またあの声が聞こえた。


 ――――俺の名前は(りん)だ、これからよろしくな――――


「あ、ああ……」なんだかわからないが、謎の声こと『燐』に呼応した。

 ……ていうか、なんで俺の名前を知ってるんだ。まぁ、今はそんなことどうでもいいけど。


 ――――心を燃やせ、心を鬼にしろ。そして倒すんだ。それが戦いだ――――

 

 時折聞こえる燐の声ってのはもしかしたらこのリングクレイのナビゲーションのことかもしれない。でも、ナビゲーションにしては、なんだかぶっきらぼうだ。

「なぁ、お前ってナビゲーションなのか」燐に訊いてみる。

 …………。

 燐は何も返答しなかった。

 随分と気分屋なナビゲーションなんだなぁ……

「まぁ、とにかく出撃だ! 俺の初陣だ!」

「くふぅ~頑張ってくださいです~」なんだか絢の励ましがありがたかった。

 俺は駆ける、大地を駆ける自分を、大地を駆けるヤマタクレイを想像する。

 俺とヤマタクレイは一つになっていた。ヤマタクレイは俺の防具になった。

 ヤマタクレイは重い体をドシンドシンと言わせながら、大地に震動を起こしながら、駆けていく。


 ――――死ぬんじゃないぞ――――


 そんな声が、聞こえた気がする。

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