日食
日は蝕まれ始めた。
辺りはかすかに暗くなっていた。
俺の乗るクレイの手には、昨日の土の方舟が抱えられていた。
「お、重いぜ……こりゃ」
両手にある箱船はお米の袋くらい重かった。その重さで俺の腕はグイグイと引っ張られている。
「武くーん! しっかり運んでくださいです!」
箱船から絢ののん気な声が聞こえる。
お前たちは座っているだけだろうが……こっちは頑張らなきゃならねぇんだぞ。せめてねぎらいの言葉でも掛けてくれ……。
ガクン、
転びそうになって箱船が少し傾いてしまった。
「こらぁー! 武くーん! なんてことしてくれるんですか! 私たちが船から放り出されたらどうするんですか! しっかり前見て真っ直ぐ舟を持って歩くです!」
ねぎらいの言葉どころか……けなす言葉を吐いてくるなんて。
「こっちは大変なんだぜ……もぉ」俺は力なくそう零す。
「武! 舟のことは着にすんなぁ! 俺が何とかしとくからよぉ!」
うう~……剛実……。お前はいい奴だ。やっぱ持つべきものは友達だ。
絢なんか友達じゃねぇ。
「お前なんかずっとこの時代に居ろ! 絢!」
「な、何を突然言い出すんですか武くん。こんな今更になって……」
「うるせぇ! とにかくお前はここから降りろ!」
俺は箱舟をぶんぶんと振ってやった。
「わわ!」
「くふぅ~」
「うぉ~」
「な、何よ一体!」
箱舟の中の皆さんが騒いでいた。
中でどんなことになってるんだろうか……。
「武! 何してくれてんのよ! 危うく私剛実に踏みつぶされるところだったのよ!」
「おい久那……俺はお前を踏みつぶしなんかしないぞ」
「あんたにその気がなくても踏みつぶされるのよ! このデカブツ!」
「で、デカブツ……」剛実の首をかしげる様子が想像できた。
「た、武くん……なんで私を振り落そうとしたんですか。……箱船が遊園地のバイキングみたいになっちゃいましたですよ! ホノニギさんも頭撃ったみたいですし……」
「なにぃ、ホノニギさんがけがをしただと! 絢! お前のせいでホノニギさんが頭うっちまったんだぞ! お前がホノニギさんに謝れ!」
「なんで私が謝らないといけないんですか! 武くんがいけないんですよ!」
俺と絢はそういう感じでくだらない言い合いをしていた。
そんなことをしていたら……。
「あ、あのぉ~、皆さん……」ホノニギさんが突然声を発した。
「早くいかないと……太陽が……」
「太陽……」
俺たちは一斉に太陽を見上げた。
その太陽の一部が――闇に侵されていた。
「あれは……」
「くふぅ~、日食ですか!」
日食。ガキの頃テレビで見たことあった……あの日食。
太陽と月が重なって、太陽が欠けるように見える自然現象。
それが現在進行形で始まっている。
「早くいかないと……タイムスリップできなくなるかもしれません」
そうだ……日食のときにタイムスリップしないと俺たちは……。
「元の時代に戻れねぇー!」
俺は走る。荒れた大地を一心不乱に。
「ぬぉおおおおおー!」
太陽はだんだんと陰りを見せる。
「武くん、そこでいいです!」ホノニギさんが叫んだ。
「そこから……武くんの思いで、この大地を飛び……太陽へ飛び、元の時代に帰るんです!」
「よっしゃぁー! 分かったぜホノニギさん」
俺は目をつむり集中する。
俺の心にはただ一つ、『元の時代に帰る』それだけを思う。
元の時代……。
いつも同じように繰り返される日々。
命を狙われるようなことはめったにない。日常を生きていくだけで、生きていられる平和な日々。
そんな日々で俺は……絢と剛実と久那とで……。
「生きていくんだぁー!」
ゴゴゴゴゴゴ……。
大地が震えている。
ヤマタクレイの背中に着いた翼からの……噴射によって。
「な、何なんだこりゃ……」
翼からはロケットシャトルのごとき噴射が行われている。
これで、空が飛べるのだろうか。
いや、これで飛ぶんだ。
――――行くぞ、流山武――――
「この声は……燐!」
――――さぁ、念じろ。お前の意志を――――
「俺の意志……」
さっきよりも、
強く、
強く、
未来へ、思う。
翼のジェット噴射は大きくなる。
ヤマタクレイは地面を走り、走り幅跳びのように大地をジャンプする。
そのジャンプした体は、ジェット噴射によりふわりと浮かび、
姿勢を整えたヤマタクレイは、大きな轟音を鳴らしながら、空へと飛び立った。
「く、くふぅ~! 飛んだですよ! 飛行機みたいですねぇ!」
「ほんとだなぁ……空に近づいてるぜ!」
「こんな素早く高く飛ぶなんて……やはりクレイはまだまだ未知のものですねぇ」
ヤマタクレイの抱える方舟の中でみんな歓声を上げていた。
「…………」
一人だけ歓声を上げていない奴がいた。
「久那ちゃんどうしたですか? 顔が何だか真っ青なんですけど……」
「私飛行機とか無理なのよ……」
「ああ。そういえばお前、修学旅行の時、ぶるぶる震えてたもんなぁ」
「そんな昔のこと引っ張ってこないでよ、もぉ……」
「ほらほら久那ちゃん、怖がらないで、怖がらないで。私の胸の中でじっとしてると怖くないですよぉ~」
「絢のちっさい胸じゃ……怖さなんか収まらないわよ……」
「な⁉ 久那ちゃん何を言うですか!」
「あーもーなんで空なんか飛んでんのよ! 早く降ろしなさいよ武! 落ちたらどう責任とってくれるのよ!」
おいおい……降ろしたら元の時代に帰れないじゃないか。
頑張ってる俺の身にもなってくれよ……。
ヤマタクレイと箱船はすでに地面から数100メートルほど離れている。
もう空の中だ。空を飛ぶ鳥だ。
その飛ぶ鳥は太陽を目指し飛ぶ。
その太陽は……
「太陽が黒くなりましたです!」
日食により、黒い円と化していた。
すべてを飲み込んでしまいそうな漆黒。その漆黒の縁は金の細い線の円。
その不気味な円は、俺たちの目の前へと来ている。
「さぁ! 元の時代に帰るぜ!」
「おう!」
「おうです!」
「お……おう……」
「はい!」
俺は手を伸ばす。目の前の漆黒の太陽へと。
ヤマタクレイの手が――漆黒に触れる。
「あ――――」
手は漆黒にのまれ、
体は漆黒にのまれ、
箱舟は漆黒にのまれ、
そして、俺たちは……。
「ん……」
ここは……どこだ。
辺りは真っ白の空間。
確か……俺と絢が弥生時代にタイムスリップしたときもこんなところに来たような覚えが……。
――――流山武―――――
「この声は……」
燐の声か……。
――――武くん――――
ん……この声は。
確かこの前夢で聞いた声だ。
確か……燐の母親の声だったはずだ。
――――あなたにはこれから数多の困難が待ち受けているかもしれません――――
――――しかし……あなたはそれを乗り越える力がある――――
――――あなたには、その力があることを忘れてはいけません――――
――――どうか、これからのあなたの未来、精一杯生きてください――――
「ああ……。精一杯生きてやるさ」
まどろみの中……俺の頭の中はフラフラと揺れているようだった。
まるで酒を飲んだ時のようだ。くらくらする。
そして……次第に意識がなくなっていく。
もう一度目を開けたとき、俺は元の時代に帰ってるだろうか。
俺はゆっくりと目を閉じ、眠りについた。