朝の牢
俺たちはホノニギさんの研究所へと向かった。
が、中には誰もいなかった。
「ホノニギさんどこ行ったんでしょうねぇ」
「また久禮堂に入るんじゃないか」
と俺たちは久禮堂へと向かったが、
途中で卑弥呼のやつと出会った。
「おお、お主たちよ。どうしたのじゃ」
「いや、ホノニギさんを探してんだけどよ」
「ホノニギか、ホノニギなら今久禮堂で作業してるようじゃが」
「そうか……久禮堂で」
「なんだか忙しそうにしておったぞホノニギは」
「ホノニギさん忙しいんだ……」
「くふぅ~、忙しいなら邪魔しちゃ悪いですねぇ」
「そうだよなぁ。それじゃあ一旦村に戻っとくか」
「そうですねぇ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ武……」それを制する久那。
「ん? どうしたんだよ久那」
「村に戻るって……さっきお別れしたのに村に戻るってなんかおかしくない?」
「うん……言われてみりゃそうだなぁ」
感動の別れをした後ですぐに戻ってくるなんて間が抜けている。
まぁ俺たちの行動なんて9割ぐらい間が抜けてるからから大して問題ないと思うんだが……。
「お主たちよ」突然卑弥呼が言った。
「お主たち……時間があるなら監獄の方へ行ってみてはどうかのぉ」
「監獄って……」
「イザナギがいるところじゃ」卑弥呼が真面目な顔で言った。
俺たちは広場の片隅の高床式住居の前へと来た。
その建物の前には兵が居て、入り口を厳重に守っていた。
卑弥呼がその兵たちと話をすると、兵たちは守っていた入口から離れ脇の方へと移動した。
「さぁ、行くぞ」卑弥呼が偉そうに言った。
俺たちは入り口から中へと入っていった。
中は暗い。
暗いうえに誰もいない。
脇にはからの牢屋が並んでいる。その牢屋の鉄格子に挟まれながら俺たちは着きあたりまで進んでいく。
卑弥呼は突き当りから右手の牢屋の方へ体を向ける。
そこには……
一人の男の背中姿があった。
「イザナギよ」卑弥呼が言った。
卑弥呼が言った後、イザナギは振り返る。
イザナギは俺たちの方を見た。俺たちの方を見てイザナギは一瞬驚き、そしてかすかに笑った。
「今日、武殿たちが……未来に行くそうじゃ」卑弥呼が言った。
「”武殿たちが未来に行く”……それは傑作だな……」イザナギは自嘲するように笑った。
俺たちはその肩を震わせて笑うイザナギをただじっと見ていた。
誰も何も発しない。
「お前たち、元の時代に帰るのか」イザナギが言う。
「ああ……。そうだよ」俺は言った。
「そうか……。でも、お前たちは覚悟ができてるのか? お前たちがいずれ背負う……未来の厄災についてよぉ」
「覚悟なんて……今はそんなもんない。だけど……俺は何があっても真っ直ぐ正しい道を行く。そして……大切なものを守る。それは絶対に曲げない。……だから、未来で何が起ころうが……心配ない」
俺はそう答えた。
これが俺の思いだ。心からの、思い。
「なかなか……クサいこと言うじゃねぇかよ、流山武。まぁ、そんなクサいこと言えるのも悪いことじゃねぇな。……大人になったらそんなこと言えねぇからな。でも――」
イザナギは顔を上げ、真っ直ぐに俺たちを見据える。
「その意志、偽るな――」
イザナギがしゃがれた声でそう言った。
「その思い、決して偽るな。何があっても、いつになっても……決して、断じて、絶対に変えちゃいけねぇ。変わっちゃいけねぇ。……お前は、絶対に偽るなよ!」
イザナギが力強くそう言った。その声は監獄中に響き渡った。
「ああ。絶対偽らねぇさ。この思いは不滅だ! 永劫だ!」
「そうか……そう答えれるなら、大丈夫だ。お前はガキだ。でも……だからこそ真っ直ぐだ。その真っ直ぐな心だけはいつになっても忘れるなよ」
「ああ。絶対に忘れないさ」俺は答えた。
「ははは……それじゃあ、元の時代でも頑張るんだぞ、流山武。元気でやれよ。それと藤ノ木剛実、お前は何も言わなくていい。そのまま進んでいけ。そして乙女山久那、お前も、偽るなよ。そして……」
イザナギは絢の方を見た。
絢はそのイザナギの顔を見て、にっこりと笑った。
「くふぅ~! なんかひげボーボーですねぇ。これじゃあ思いっきり犯罪者じゃないですか!」
「はは……。俺は本物の犯罪者だからなぁ」イザナギはぼうぼうに生えたヒゲをいじり答えた。
「……姫野絢、お前は……いい嫁になるぞ」
「くふぅ~、いい嫁って、イザナギさんナンパですか!」
「何を言っている……誰がこんなガキに欲情するかよ……」
「くふぅ~! ガキっていったです! ガキは武くんだけで十分です!」
「はは……それだけ元気がありゃあいい。お前はそのまま元気でいろよ」
「はいです!」絢が答えた。
「それじゃあ……もういいたいことは言ったし、お前たちもやることがあるだろうし、もうお前たちは帰れ」
「帰れって! そんな冷たいこと言うなです!」
「絢殿、それと皆、もう帰ろう」卑弥呼が言った。
「そうだな……」
俺たちは右の入り口の方を向いた。
「それではのぉ、イザナギ」卑弥呼が言った。
「ああ。今度は俺が死ぬとき……よろしく頼む」
「お主が死ぬのはもう少し先じゃ。残りの日々をせいぜいのんびりと生きておくんじゃな」
「ああ」
卑弥呼とイザナギとの問答の後、俺たちは監獄の外へと出た。