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クレイ=大地の傀儡=  作者: カッパ永久寺
一日目 初陣
7/75

輪偶久禮の進撃

「な……なんだあれは……」

 目の前の異様な、不思議な光景に、唖然とし、呆然とし、立ち尽くす。

 遠くのほうでみえる光景。俺は視力は両目2.0だから遠くの情景をはっきりと見ることができるのだが……その自分の眼で見た、なんともいいようのない光景は俺の網膜に、神経に、脳髄に、しっかりと刻まれた。

 ――――大きな埴輪が、歩いていた。

 その異様な情景を一文で表すならこういうことだろう。

 大きな埴輪、それが6体、バレーボールの陣形のごとく縦に2列、横に3列、その埴輪1体分ぐらいの間隔を縦と横に空けて、整列して、進行(・・)していた。

 その大きな埴輪は、あの諸悪の根源、俺たちをこんなところまでタイムスリップさせやがった野郎『巨大土人形』ぐらいの大きさで、そしてその形状は、複雑な装飾を施された『巨大土人形』と対照的で、『見るからに埴輪』な形状であった。……胴は円柱形で、頭のところが丸くなっていて、目鼻口は適当に穴をあけたような感じで描かれていて、そして取っ手をつけたような手、いや腕は太い棒状でL字に曲げられており、その右腕は天を向き、左腕は大地を向いていた。簡単に言えば、デフォルメされた『はにわ』というやつだろうか。あのようなデフォルメされた形状の埴輪をテレビかゲームかで見たような気がする。色は『巨大土人形』と同じく、茶褐色だった。

 そんな大きな埴輪、リングクレイとか言ってたやつが歩いていた。いや歩いていたというのは少し違う。埴輪は埴輪なのでもちろん足なんてものはなくて、リングクレイの足元、円柱の底面を飛び跳ねさせて中国妖怪のキョンシーよろしく前進していた。たぶん、おそらく、そのリングクレイの進行、リングクレイの跳ねて動く挙動によって、この辺りに大きな振動が発生していたのだろう。

 そのリングクレイは、はるか向こうの大地から、ゆっくりと、ゆっくりと、ドンッー!、ドンッー! ……と進行していた。まるで台風が日本本土に上陸するときのようなゆっくりとした進行だった。

 俺と絢はその大きな埴輪、リングクレイの進行を、遠くのことのように、他人事のようにボーっと見ていた。

 しかしそのリングクレイは確実に、着実に、ヤマタ国の方向へ向かっていた。まるで、それが決定事項であるかのように。運命であるかのように。

 「…………」今まで元気だった絢も声を無くした。

 たしか、弥生人の人が『モサク一族の輪偶久禮(リングクレイ)と戦っている』と言っていたなぁ。あんなものとあの弥生人の人たちは、ヤマタ国を守るため戦っているのか……。

 ヤマタ国の入り口の門のあたりに、小さな人だかりがあった。ヤマタ国の兵たちがヤマタ国の防衛のため戦っているのだろうか。

「ど、どうなってんだよありゃ……」

 恐怖、感嘆、不安、いろいろなことが頭をよぎる。

「くふぅ~、すんごいことになってますねぇ~」絢はそう言った。

「な、なぁ絢、埴輪って動くもんなのか……?」

「動くって……どうやって動かすんですか……」

 俺と絢はずっとリングクレイを見据えていた。

「そんなことより武くん、早くあのでっかいのやっつけてくださいです!」

「やっつけろだって……ふざけるな! そんなことしたら俺が踏みつぶされちまうぞ……」

「くふぅ~、ぺちゃんこですか。一度人間がぺちゃんこになるところを見てみたいです!」

 絢は陽気に残酷なことを言いやがった。実際に人間がぺちゃんこになることはあるのだろうか。もしかしたら本当にそんなことが起こるかもしれないと思うと生きた心地がしなかった。

「くふぅ~絶体絶命です~」

 絶体絶命、弥生時代にタイムスリップしてきた俺たちは突如として大きな埴輪、リングクレイとの戦いに巻き込まれてしまった。戦い、命がけの戦い、守るための戦い。

 残酷に進行するリングクレイ。それは、俺たちとの、ヤマタ国との距離を着々と近づけてきた。このままでは……俺たちの命が危ない……。何とかしなければ……。何とか、あいつの命を守らなければ……。





 大きな倉庫、大きな『人形』を収めるための、大きな『人形』のための堂。

 久禮堂(くれいどう)――、そこには巨大な土人形と、ヤマタ国の女王ヒメノミコト、その弟スサノと、何人かの兵士がいた。

 その堂の真ん中に、巨大な武人の土人形がそびえ立っていた。高さは6メートルほど、横幅は3メートルほどであった。

 その人形を囲うように、木の板の足場が堂の壁面に取り付けてあった。足場は土人形の首元の少し上あたりぐらいの高さにある。その上に、ヒメノミコトとスサノは立っていた。

 ヒメノミコトは……祈っていた。祈祷していた。鬼道していた。起動していた。

 巨大土人形、『邪馬太久禮(ヤマタクレイ)』に。目をつむり、両手を何かを捧げるように挙げ、何かをブツブツと唱えていた。

 その隣にいたスサノは、ただじっと姉の所業を見据えていた。

 ヒメノミコトは息を大きく吸う。そして息を数秒止め意識を集中する。

「大地の神、邪馬太大主神(やまたのおおぬしがみ)よ、わらわに力を、わらわらに力を、ヤマタ国に力を……」

 ヒメノミコトは、重い口どりでそう唱えた。

 すると、邪馬太久禮はそれに応えるかのように、それに共鳴するかのように、一瞬ピカッと、雷のごとく光った。

「邪馬太久禮が……共鳴した……」スサノは静かにそういった。

 邪馬太久禮は、エンジンのかかった車のように、何かの力が宿ったかのように見えた。

 だが……それは線香花火のごとくすぐに消えてしまった。邪馬太久禮は元の静止した状態に戻った。

「きょ、共鳴が解けただと!」普段温厚なスサノが、突然ひどく驚いた。

 その情景を見て、下にいた何人かの兵士たちは、おどおどと騒いでいた。

 頼みの綱が切れたかのように。命綱が切れたかのように。

「そ、そんな……。そんな馬鹿な……。三日前も、先週も、その前の週も、そのまた前の週も、毎回毎回なんとかできたのに……。どうして……今日は……」

 普段顔色を変えないヒメノミコトはこの時ばかりはひどい顔をしていた。

「力が……もう尽きたんでしょうか……」スサノは言った。

「そんなことはないはずじゃ……。この力は有限ではないはずじゃ……」

「でも、三日前から姉さん辛そうにしてたじゃないですか!」スサノは姉にきつく叫んだ。

「……それでも……私はやらねば……。私がやらねば……ヤマタ国は……」

「姉さん!」スサノがすかさず叫ぶ。

「うッ……」

 ヒメノミコトは突然、その場にうずくまった。

 ヒメノミコトは苦しんでいた、体の痛みに、精神の痛みに。

 そして何より、非力な自分に苦しんでいた。

「姉さん!しっかりしてください」スサノは姉の元へ行き、姉を介抱する。

 スサノが触れた姉は、体が熱く、顔色が青かった。

「わらわは……無力なのか……」ヒメノミコトは消えるような声でそう言った。

「……今の姉さんには、どうすることもできません……」

「そんな……。私が無力じゃと……」

 プライドの高い、高貴で傲慢な女王。

 その女王が国を守れないとなると……無力ということになると……プライドはガタ落ちである。

「そんな馬鹿なあああああああああああああッー!」

 ヒメノミコトは久禮堂じゅうに響き渡る大きな声でそう叫び、そして泣きながら駆けていった。

 ヒメノミコトは、久禮堂から出て行った。

「姉さん……」弟のスサノはその姉の姿をボーっと見ていた。


「さぁ、武くん! あのでっかいのコテンパンにしてください! なんてったって武くんは剣道ぐらいしか能のない剣道家野郎ですから!」

「できるかよ! そんなこと!」俺は答える。

 俺と絢は、まるで現実逃避するかのように不毛なことを言い合っていた。

「目には目を、歯には歯を、大きいものには大きいものです! 武くんがあれくらい大きくなればいいだけです!」

「俺がウルトラマンにでもなれっていうのかよ!」

 向こうにいる大きい埴輪、リングクレイは確かに大きいが、それでもウルトラマンにしてみれば片手で持てるほどの大きさである。リングクレイの大きさはせいぜい一戸建ての家ぐらいの大きさなのだから。それでも一戸建ての家がドンドンと動いていることを考えると怖いものだ。

「タララタッタラー! ビッグライトー!」

「それただの懐中電灯じゃねぇか!」

「ただの懐中電灯じゃありませんですよ! 未来の懐中電灯ですよ!」

 そりゃまぁ、この時代から考えると未来なんだけどなぁ……。

 俺たちがいろんなことを訳もなく言い合ってると、

「おーい!」

 と、下から、宮殿の入り口から人の声がした。

「……ん?」

 俺と絢は二階から、入り口にいる一人の男を見下ろした。

 その男は細身で、身長は高く、顔だちは整っていて、どことなく真面目な、インテリ系な、それでいて少し無邪気な子供の様にも見えた。なんだかいかにもいい人そうな好青年のように見えた。服装はもちろんのこと、弥生人の服装であった。

 その好青年さんは、顔を上げ俺たちのほうを見て微笑んだ。

 俺は二階の縁側の一番淵、前にある(ふち)からヒョイっと飛び降りた。

 飛び降りた、といっても二階からなので、大した高さもなかったので、下の入り口の足場も、自分もあまり衝撃を受けなかった。そして、目の前の好青年さんと自然に対峙した。

「こんにちは、未来からの使者さん」

 好青年さんは微笑みながらそう言った。

「あのぉ、どちらさんですか」俺は尋ねた。

「僕はホノニギと言います。このヤマタ国の土師(はにし)の者です」

「はにし?」

「土師、まぁ技術屋みたいなものです」

「はぁ」ホノニギさんという人の話はいまいち要領が得られなかった。なんだか頭が(かしこ)そうな人だなぁと思った。俺は頭が賢い奴とはあまり話をするのが苦手だ。

「俺の名前は流山武だ。なんだか知らないが弥生時代にタイムスリップしてきたようなんだ」

「タイムスリップですか……。ははは……。そうですか……」

 ホノニギさんはなんだか意味ありげに微笑んだ。俺がふざけたことでも言ってると思ってるのか。実際弥生人の人たちにはそう聞こえても何とも言えないのだが……。

「それよりも、今はアレをなんとかしないといけませんねぇ」

 ホノニギさんは、遠く向こうより進行しているリングクレイを指差した。

 リングクレイはなおも進行を続けていた。

「なぁ、あのリングクレイって前にもここを襲ったことがあったのか?」俺は何気なく聞いてみた。

「ええ、三日前にもここに来ました。その一週間前も……リングクレイがここを襲い始めたのは確か一か月前ぐらいだったと思います」

「そうなのか……」

 一か月前、随分と最近の話だったんだなぁ。そして三日前にもあったとは……なんだか取り計らったかのように、何かの因縁かのように、タイムスリップされたように思えてしまう。……これは偶然なのか、必然なのか……

「まぁ、ヒメノミコト様のヤマタクレイのおかげで何とかなってるんですが」

「ヤマタクレイ? 確か卑弥呼のやつがなんか言ってたような……」

 『ヤマタクレイを動かすぞ』とかなんとか言ってたような。

「武くんはヒメノミコトさんにあったんですか?」

「今しがた会ったんだが……なんか客人の俺たちを放ってどっか行ったんだが……」

「そうですか……。おそらく状況から考えると、今は久禮堂に行ったんですかねぇ……」

「なぁ、リングクレイが襲来してるのに卑弥呼さんは何をしてるんだ?」

「ヒメノミコト様は今、闘ってるんですよ」

「闘ってる?」俺は訊いた。

「ええ。ヒメノミコト様はこの国を統べる女王様ですから、今もヤマタ国を守るためにきっと……」

 ホノニギさんがそう言い終えた途端、向こうのほうから卑弥呼さんが走ってくるのが見えた。

「わらわは無力じゃああああああああああああああー!」

 そしてそのまま卑弥呼さんは、どこか見知らぬ小屋の中へ入っていき、そのまま引きこもった。

「…………」

「…………」

 その一連の、突然の出来事に俺とホノニギさんは声を失った。

「あ、あれはなんだったんですか……?」

「ヒメノミコト様はガラスでピュアで豆腐な心の持ち主で、一度気を止んでしまうと……引きこもりになってしまうんですよ……」

 引きこもり。

 そんなやつ、平成の世ぐらいしかいないと思っていたが、弥生時代にもいただなんて。

 しかもそいつは女王卑弥呼であった。

「しかし、ヒメノミコト様があんな状態じゃヤマタクレイが動かせませんねぇ……。これは困ったことになりましたねぇ」

「困ったことって、そのヤマタクレイが何とかならなきゃ、向こうのリングクレイと闘うことができないのか?」

「目には目を、歯には歯を、クレイにはクレイを。あれと対等に戦えるのは今の時代ではリングクレイしかありません。僕たちはそれにすがるしかないんですよ」

「はぁ……」

 俺はため息交じりにそう言った。よく考えると、これって絶体絶命ってことじゃないのか……?

 リングクレイが来てから絶体絶命とは思っていたが、頼みの綱のヤマタクレイも卑弥呼の野郎のせいで駄目になってしまった。

 どうするんだよこれ……。俺たちは一体どうなってしまうのか……。

「まぁ、とにかく久禮堂に向かいましょう……。状況がわからないとどうにもなりませんから」

「久禮堂――ってのはどんなところなんだ」

「ヤマタクレイが鎮座するところです。おそらくそこにスサノさんもいるでしょうから行ってみましょう」

「はい……」

 俺の頭の中には曖昧(あいまい)な『絶望感』が渦巻いていた。なんだか酔ってきたような気がする。あまりのことに。あまりにいろいろありすぎて。

「くふぅ~」

 上からそんな雰囲気をぶち壊すかのようなふざけた声が聞こえてきた。

「降りられないですよ~こんなところから~」

 絢は二階の縁側にいた。どうやら俺のようにそこから飛び降りれなくてその場にいたらしい……。って飛び降りなくても中から降りてくりゃいいものを……。

 歴史のことは詳しいくせに、たまに天然なところがあるんだなぁ……。あいつは……。


 絢が給電の二階から降りた後。

「さ、早く久禮堂へ向かいましょう」ホノニギさんは俺たちにそう言った。

「はいです!」絢が元気に言った。

 俺たちは、ヒメノミコトの宮殿の前方に位置する巨大な倉庫らしき建物『久禮堂』へと向かった。

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