最後の夜
宴が終わった後。
「主たちよ」卑弥呼の声が後ろから聞こえた。俺たちは後ろを振り返る。
「明日、帰るんじゃな。元の時代とやらに」
「ああ」俺は返答する。
「気を付けるんじゃぞ。主らならきっと元の時代へ帰れるはずじゃ」
「卑弥呼に言われなくてもなんとかやってやるよ」
「そうか……それなら心配無用じゃな」
「ヒメノミコト様~最後にサインくれませんですか」少し酔いがさめた絢が言った。
「さいんか、そういえばはじめお主がここに来た時言っておったのぉ。そういえばあれはたった5日ほど前のことじゃったが随分前のことのように思えるのぉ……。随分いろいろなことがあったからのぉ」
「それでそれでサインは!」
「卑弥呼! サインをくれ!」
「ま、待て待て……お主たち落ち着かんかい……」
卑弥呼からサインをもらった。絢がなぜか偶然持ってきていた色紙に卑弥呼はサインをした。
「くふぅ~、これがヒメノミコト様のサインですかぁ。すごいです!」
「すげぇなぁ。これ売ったらいくらぐらいするんだろぉ」
「わらわのサインはそんなに価値があるのか……。というかそれを売るのかね……」
しかし……よく見ると卑弥呼のサインは、
「なんか汚い字だなぁ」
「な⁉」
ミミズがにょろにょろうごめいたような字だった。
「もしこれが卑弥呼のサインじゃなかったら俺即刻捨ててるぜ……こんなもん」
「こ、こんなもんとは! せっかくわらわが書いたのに!」
卑弥呼は怒った顔をして俺を睨んだ。
「でも……もう私たちこのヤマタ国からさよならしないといけないんですよね……。ヒメノミコト様とお別れしないといけないなんて……」絢はしんみりした顔で言った。
「おお、絢殿……。わらわと離れるのは寂しいのか……」
「俺は全然寂しくない。むしろ清々する」
「お主は黙っておれ!」卑弥呼は俺の方を向いて言った。
「……まぁ、明日別れることになるが……、わらわは主たちのことは忘れんぞ。忘れようにも忘れられんくらいいろいろあったからのぉ。主たちにはいろいろ世話になったのぉ。モサク一族のことも……主たちのおかげでことが収まったし……」
「そんな辛気くさいこと言うなよ卑弥呼。俺たちはただ、俺たちのためだけに頑張ってただけなんだからよぉ」
「いいや……お主は自分のために頑張ったわけじゃないだろう。……お主はいつも人のために頑張っていた。お主はまさに救世主じゃ」
「救世主って……そんな……」
「とにかく、明日は頑張るんじゃぞ武殿。わらわも祈っておるからのぉ」
「卑弥呼に祈ってもらわなくても、俺は頑張るよ。……元の時代に戻るために頑張ってきたんだからな」
俺たちは暗く黒く広大な夜空を眺める。
その夜空にはいくつもの銀の粒が散りばめられている。そして、真上には真ん円の月。――俺たちがタイムスリップした時は新月だったが、今はその反対の満月だ。
「星と月がきれいですねぇ。さすが昔ですねぇ」
「お主たちの時代の夜空はこうではないのか?」
「星はこんなにたくさんは見えないですねぇ……」
「星が見えないとのぉ。時が経つと星が少なくなっていくのか?」
「そう言うわけじゃないんですけど……とにかく見えなくなってしまっています」
「見えなくのぉ……」
俺たちの時代ではこんな満天な夜空を眺めることはできない。それは隠されてしまっているからなのだろうか。この弥生時代ではそんな元の時代で隠されていたものが見えるような気がする。
それは夜空の星だけでなく……心とか、自分とか……それとあいつらのこととか。
「そろそろわらわたちも寝ないとのぉ。主たち、何度も言うようじゃが明日は頑張るんじゃぞ」
「おう、頑張るぜ!」
俺たちは広場を後にして村へと帰っていった。
竪穴住居の中。
俺たちは眠りにつく。
「明日は寝過ごしちゃいけませんねぇ。起きたとき昼になってたら何もかもおじゃんですねぇ」
「そんな情けないことには絶対なるなよ……」