宴 其の肆
ホノニギさんの研究所での話が終わった後、俺たちはそのまま広場の方へと向かった。広場は中央の大きな焚き火で赤く染まっている。今日は宴。勝利祝い、凱旋祝いだ。
焚き木を囲い踊るヤマタ国の人々。
ドンドンガチャガチャと様々な楽器の音が鳴り響く。
その中を俺たちは通っていく。
「武様だぞ!」
「このヤマタ国を救ってくださった武様だぞ!」
「ありがとうございます武様!」
「武様!」
広場の人たち全員がこっちを見てる……。
そして「武様」とか囃している……。
「すごいです武くん! なんか悪い宗教団体の教祖みたいです!」
「もっといい例えで言ってくれよ……」
単純に、ヒーローみたいに崇められている。
「さぁ、武様! こちらへ!」
「とと……何を……」
俺は広場の人に引っ張られ広場の中央へと連れられる。
そして俺の周りを取り囲む。
そして俺を持ち上げ……
「ワッショイ!」
「ワッショイ!」
俺は胴上げされた。
「な、何すんじゃー!」
「ワッショイです武くん!」
「ワッショイだ武!」
「おいお前たち……何とかしてくれよ!」
「今日は勝利祝いですからパーッと行きましょうですよ! パーッと!」
「だから降ろしてくれぇー!」
俺はしばらくの間胴上げされ続けた。
「うう……なんで胴上げなんか……」
「まーまー武くん。今日はパーッと行きましょうですよ。なんなら私が胴上げしましょうですか?」
「お前じゃ俺を持ち上げれねぇよ……」
俺は絢の襟首をつかみ絢を持ち上げる。
「お前が胴上げされろ!」絢を宙に放り投げる。
「うわぁ! 八つ当たりですー!」
「今度は武だぁ!」
「ぬわっ!」気づくと俺の襟首が剛実に掴まれていた。
「やめろぉー!」俺は宙へと垂直に飛ばされる。
そして落下し、剛実に受け止められた。
「そりゃぁー!」
「うわぁー!」
また投げられた。
「ホント子供みたいにはしゃいでるわね……」久那がつぶやく。
「ですね……」
おい絢、お前がそれに賛同するな……。
その後広場にて俺たちは宴を楽しんでいた。
広場の中央に運ばれた多量で豪快なワイルドな料理を俺たちは奪い合いながらがつがつ食べていた。料理は素朴なものが多い、が、逆にそれがうまかったりする。イノシシかブタかわからない獣の肉の丸焼きや色とりどりのフルーツなど、あまり食べないようなものが目白押しで飽きなかった。
「くふぅ~! やっぱり弥生時代はいいですねぇ。武くん! ここに永住しましょうです!」
「おい! 明日、元の時代に戻るってのにお前は何を言うんだよ……」
こいつだけここに残してやろうか……。
「俺もここがいいぜ!」
お前も残っておけ……。
「いいわねここ。お酒飲んでもとがめられないもん」
お前も残っておけ……って、酒!
「おい久那! お前何飲んでんだよ!」
「ああ。これなんかもらったから飲んでるんだけど、お酒みたいだったわねこれ」
「久那ちゃん! 飲んだら乗るな飲むなら乗るなです!」
「大丈夫よ。ただお酒でうがいしてるだけだから……たまに飲んじゃうけど」
「悪い政治家のいいわけです……」
久那の頬はもう真っ赤にほてっていた。
「絢もお酒でうがいしてみる?」
「うがいって……久那ちゃんもううがいじゃないでしょそれ……」
「まぁ飲みなよ絢」
「お、おい久那……絢に酒は飲まさない方が……」初日に酔っ払って大変なことになったんだぞ。
「いいじゃないの。さぁグイッと」
「くふぅ~」
気づいた時には絢の口の中に酒が運ばれていた。
そして絢は……
「はれ~、ここはどこれすか~。もうもとのひだいにかへったれすか~」
酔っぱらっていた。
「おお、皆の者、楽しくやっておるかのぉ」
突然、卑弥呼のヤツが現れた。
「お、卑弥呼。お前も宴に来てたのか。お前何もしてないのに」
「何もしてないとな……わらわはあそこで……」
一瞬卑弥呼が口ごもる。
「ああ……そういやお前あの遺跡で……ツクヨミと戦ったんだったな」
「そうじゃ……お主のために体を張ったんじゃぞ」
そういえばそうだったなぁ。
「そういえば……そのあとお前どうなったんだよ。まさか怖くなって逃げたとかじゃないだろうな……」
「わらわはヤマタ国の女王じゃぞ。わらわがそんなことをするわけない」
「そーれすよ~はけるく~ん。じょおうさまはじょう(情)に厚いんですよ~じょおうらけに~」
「お前は黙ってろ……」
「わらわはそのあとツクヨミと話をしたんじゃ。……じゃがツクヨミは……話の途中、……死んでしもうたのじゃ」
「⁉ 死んだ……」
また……死んでしまったのか。
モサク一族が……。
「死んだって……どうして……」
「分からん。誰かの手によるものかもしれんし、自分の手によるものかもしれんし……病のせいなのかもしれん……。とにかく死んだんじゃ」
「そんな……」
「モサク一族は……もう、イザナギだけとなってしまったのじゃよ」
死んだ……殺されたのか……。
しかし突然死んだなんて……。
「イザナギの仕業なのか……」
「分からん。……さっきイザナギに訊いてみたのじゃが、何も答えんかったのじゃ。……もしかしたらツクヨミ自身が、毒を飲んだりしていたのかもしれん。ヤマタ国と戦ってきた罪悪感からか、イザナギの重圧からか……その辺は分からんが」
もし卑弥呼の言ってる通り自らの手で死んだのなら……それは自殺となる。
自殺……自害……。
怨嗟が……人を殺したというのだろうか……。
「お主たちには言っておかねばならんなぁ。……実はわらわは元はモサク一族だったのじゃ」
「えっ? ……なんだって」
「わらわは小さいころモサク一族の遺跡にて暮らしていたのじゃ。しかし……そこで紛争があって、その紛争から逃げるため、スサノと共にこのヤマタ国に来たのじゃ。ヤマタ国に来たわらわはヤマタ国の人たちに保護されて……それで今まで生きてきたというわけなんじゃ」
「そ、そうだったのかよ……」
「それとのぉ。わらわはヤマツミ、ワタツミそしてツクヨミとは……血のつながった兄弟なのじゃよ」
「ええっ!」
そうだったのか……。
そんな因縁があったなんて……。
「兄弟同士で戦っておったというのは……なんだかおかしな話じゃったのぉ。じゃが、もうその3人の兄弟はもういない。……残ったのはわらわとスサノだけじゃ」
卑弥呼は息をつく。辺りは静かに黙っていた俺たちと対照的にがやがやとやかましかった。
「これからわらわたちは……ヤマツミ、ワタツミ、ツクヨミのために生きていかねばならんのぉ……」
卑弥呼はしんみりした顔で夜空に散りばめられた星々を眺めていた。
「まぁ、今日はそんなしんみりした話はよそう。今日は勝利祝いじゃ! ジャンジャン騒ぐぞ!」
卑弥呼は子供のように広場の中央へと走っていった。
「俺たちももう少し楽しもうか」俺はみんなに言う。
「そ~れすねぇ~もっと酒を~」
「お前は横になってろ……」
今日の宴はそのあとかなり長い間続いた。