再び山へ
……と、忘れていたが。
「疲れたぁぁぁぁああああああああああああああああー!」
俺は力の限り叫んだ。
さっきから再三言い続けているが……体中が痛い、眠い。つまり超超超ー疲れたんだ!
「だ、大丈夫ですか武くん」
「大丈夫じゃねぇ。今すぐぶっ倒れそうなんだ……」
「と、とにかく早く休んだ方がいいですねぇ……」
「ああ……早く寝たい……」
5日間ぐらい健康ランドにこもりたいぐらい疲れていた。
「と言うわけで! 俺は寝る!」
グー……。
「た、武くん! こんなところで寝ちゃだめですよ!」
「こら武! 起きなさいってば!」
「死ぬなぁー武! 生きろ! 蘇ろぉー!」
そして、俺は夢の中へといざなわれた。
――――おい、流山武――――
声が聞こえた。
この声は、確か……。
「燐……」
どうして、燐の声が……。俺はヤマタクレイには載ってないと思うが……。
――――よく戦った。そして、よく勝ってくれた――――
「ああ。俺は勝ったぜ……。結果的には一応……」
最後敵が土下座していたりしていたが……まぁ勝った。
――――これで、僕の信念もかなう――――
信念……。
「お前の信念って……」
――――俺の信念は、父親を倒すことだった――――
――――倒すと言っても、別に殺そうとは思っていなかった――――
――――ただ、あのバカ親父を……殴ってやりたかっただけだった――――
「はは……殴ってか……。結局剣で叩いて勝ったんだけどなぁ……」
――――そうだな。まぁ、剣で叩くのも同じことだろう――――
――――とにかく、信念を果たせた。ありがとう――――
「ありがとうって……礼を言うのはこっちだぜ。お前のおかげで勝てたようなもんだし……」
――――いや、でも俺は一度……消えかけたし――――
「消えかけた……って?」
確かイザナギと戦ったとき……最後のあたりで燐の力が切れた……ような感じがした。
力が切れた……つまり……消えた?
力を使い果たして消えかけたのか?
「お、おいお前消えかけたって……」
――――安心しろ。力なら戻った――――
「も、戻ってたのか……。それならよかった……」
――――もっとも、僕一人だったらとっくの昔に消滅していたかもしれない――――
――――でも僕は……母上のおかげで、消滅することはなかった――――
「は、母上……」
母上……燐の母上、と言うことはイザナギの妻……。
燐を生んだときに……死んでしまった燐の母。
「母上のおかげでって……その母上ってのは……」
――――母上はここにいる――――
「ここにって……?」
――――遠い空から、ヤマタ国を見守っている――――
――――僕は死んでしまった。でもこうして今、母上と会えている――――
燐の言う母上とは、どんな人物なんだろうか。
――――どうか、あなたたちの世界に幸せを――――
「えっ……?」
その声は、女性の声だった。
「武くーん、すっかり眠っちゃってますねぇ」
村のコウキ一家のとなりの竪穴式住居にて武は寝ていた。
剛実が武を背負いここまで運んできた。
「そうね……ふぁぁーあ……」
「久那ちゃんおっきいあくびです。……まさか夜通しで付きっきりで剛実くんの看病を?」
「⁉ そ、そんなことしてないわよ!」
「してたんでしょう?」
「違うわよ……。ただ、なんか昨日は寝付けなくて……」
「そういえば昨日は私も夜通しで遺跡の方に向かってましたから……眠いです!」
絢はふぁ~あ~とあくびをする。
「私たち徹夜してたのね」
「テツヤ?」剛実が訊き返す。
「そういやあんたは徹夜してなかったわねぇ……」
剛実はなぜか元気いっぱいの表情をしていた。
「久那ちゃん、眠いから私たちもここで寝ませんか?」
「そうね……なんだか寝にくそうなところだけど……背に腹は代えられないからねぇ」
そう言って二人は茣蓙の上に寝そべる。
「剛実、あんた襲ったりとかしないでよね」
「おそったり? ああ! 何かが襲ってきたら俺が守ってやるぜ!」
「……あんたに言う必要は無かったようねぇ」久那はため息交じりに言った。
武が奥で熟睡していて、
絢と久那も眠りにつき、
剛実は、
「さてどうしようか」
そう言って辺りを見回しながら、
「とりあえず散歩でもしようかなぁ」
と言って外に出た。
外に出て、左のコウキ一家の竪穴住居の方を向くとそこに一人の少女、ウズメがいた。
剛実とウズメは目があった。
「たけみおにいちゃん」ウズメが言った。
「おお! ウズメちゃんじゃないか!」剛実はウズメに近寄る。
「おなかだいじょうぶ」
「おなか? ああ、この傷のことか。大丈夫だよ、大したことないよ」
「これからやまにいくの」
「山? あの山か?」剛実は東の山を指差した。
ウズメはコクリとうなずく。
「山菜でも摘みに行くのか?」
ウズメは再びうなずいた。
剛実はそうか、と言って少し考え、
「俺も付いてっていいか」そう言った。
「俺も今暇だから、ウズメちゃんのお手伝いでもしようと思って」
それを聞いてウズメは、
「いいよ」そう言った。
「そうか、それじゃあ山に行こうか」
ウズメはウンとうなずく。
二人は東の山へと向かっていった。
「…………」
「…………」
東の山を二人は黙って歩いていく。
会話がない。
ウズメは無口で、剛実の方は小さいウズメとの距離感がつかめず困惑していた。
「えと……今から山菜取りに行くのか?」
その問いにウズメはコクリとうなずく。
「山菜かぁ。山菜ならおれも知識はあるぞ! 修行中の食事には欠かせないからなぁ!」
剛実はあははと笑う。
ウズメは無表情のままだった。
「おまいりもするの」
「おまいり? お参りって……」
「たけたけさま」
「…………あ、ああ……タケタケ様ねぇ……」
剛実は照れくさそうに頭をかいていた。
「たけたけさま、まだかえってこないの」
「ええと……。うん、まだだよ……」
「たけたけさまにあいたい」
「…………」ウズメの一言で剛実は後ろめたい気持ちになった。
その気持ちを抱えたまま二人は黙ってあの滝と川の流れる平地へと来た。
ウズメは黙々と山菜を摘んでいた。
剛実も山菜を摘む。
「あ、フキだよ! いっぱいあるよ! ウズメちゃん!」
「…………」ウズメは無反応。
「あ、ワラビだよワラビ!」
「…………」ウズメは無反応。
「ギョウジャニンニクだよ! これでギョウザできるかな……なんちゃって」
「…………」ウズメはなおも無反応。
剛実はウズメの方を見る。
ウズメは黙々と作業している。
(どう接したらいいかわからん……)
すると突然ウズメが立ち上がり、
「ぜんぶもってる」剛実にかごの中の山菜を見せる。
「うわぁ……」
そこにはいろいろな種類の山菜があった。
「ウズメちゃん、山菜取り上手いんだな……」
ウズメはコクリとうなずく。
「もう、それだけあれば大丈夫だな。もう山を下りようか?」
「……まだ」
「まだ?」
「たけたけさまのおまいり」
「あ……」
そうだったと剛実は思った。
タケタケ様のお社? みたいになってる剛実が初めにこの地に落ちた洞窟の前へと二人は着いた。
「――――――――……」
ウズメは両の手のひら同士を合わせ合掌し、そして目をつむり、”おいのり”をしていた。
「ウズメちゃん、タケタケ様に会いたいの……?」剛実は尋ねてみる。
「…………」ウズメは黙ったままお祈りしていた。
(……今のうちに)
剛実はゆっくりと後ろへ下がり、草むらへと隠れた。
剛実はそこで懐に入っていた木彫りの仮面を取り出した。
そしてそれを顔に取り付け……
ウズメは目を開ける。
その目の前に……タケタケ様が降臨していた。
「ターケタケタケタケタケタケ!」
「たけたけさま」ウズメがつぶやく。
「たけたけさまかえってきてくれたの」
「ターケタケタケタケタケタケ!」
「え……」ウズメは少し動揺した。
「ターケタケタケタケタケタケ!」
「そ、そうなんだ」
「ターケタケタケタケタケタケ!」
「もうずっとあえなくなるの」ウズメが少し不安そうに訊く。
「ターケタケタケタケタケタケ!」
「そうなんだ……」
「ターケタケタケタケタケタケ!」
「え……きみのこころのなかでいきつづけるって」
「ターケタケタケタケタケタケ!
「うん……」ウズメは目に涙をためていた。
「ターケタケタケタケタケタケ!」
「もういっちゃうの……」
「ターケタケタケタケタケタケ!」
「うん……さようなら」ウズメはあふれ出そうな涙を押え手を振る。
「ターケタケタケタケタケタケ!」
タケタケ様は帰っていった。
「俺、『ターケタケタケタケタケタケ!』しか言ってなかったが……」
草むらに隠れたタケタケ様……こと剛実は木彫りの仮面を取る。
「まぁでも、俺もウズメちゃんとお別れになるんだな……」
剛実はちらりと草陰からウズメの後ろ姿を見た。
背中がひくひくと動いていた。
「ウズメちゃん」
「……たけみおにいちゃん」ウズメは答えた。目にはもう涙はなかった。
「お祈りは終わったの?」
「たけたけさまがきたの」
「そう……」
「おわかれをいったの」
「そうか……」
剛実は赤くほてっていたウズメの顔を見た。
「それじゃあ、村に戻ろうか」
「うん」
二人は山を下りていった。
「おぅい! みんな起きろぉ!」
「ぬわぁ!」
「うわぁ!」
「な、何なのよ一体」
一同は声の元の方を見る。そこには剛実とウズメが立っていた。
「た、剛実……何大声出してんだよ……。俺たち起きちまったじゃねぇか……」
「いやぁ、あんまり昼寝してたら夜寝れなくなると思ってなぁ」
「余計な世話だぜ……。寝れるときは寝れるだけ寝させてくれよ……」
「まぁまぁ武くん、せっかく剛実くんが起こしてくれたんですから起きましょうです」
一同は起きる。
俺は、半分ほど体力を回復させていた。まだフルチャージじゃないが、これなら歩くことができる。
「剛実くんとウズメちゃんはどこ行ってったんですか?」
「ああ。山で山菜を取りに行ってたんだ」
「たけたけさまとおわかれしたの」ウズメが続いて言った。
「…………」
「タケタケ様とお別れって……」
おい剛実、お前は一体何をしたんだ……。
剛実の方を見る。剛実は照れくさそうに頭をかいている。
「お別れと言えば……私たちも明日でお別れですねぇ」
「……そうだなぁ。俺たち元の時代に帰るんだなぁ……」
ようやく、ついに、元の時代に帰れる。
……昨日までモサク一族との戦いであまりそのことは頭に入っていなかったが、しかし、モサク一族のこともすべて収まり元の時代に帰れる。
俺は確か初めの日『これは夢だ!』とか言って現実逃避していて、早く元の時代に帰ろうとあがいていたが……いろんなことがあって、戦いがあって……このヤマタ国での生活に『慣れた』とは言えないが……正直、ここでの生活も悪くない……こともない、いや、昼食がないことを考えれば……まぁそれを引き抜けば……そこまで悪くないと思えてきた。
だってここ学校ないもん!
……平穏な日常と言うのも悪くないが、こんな変わったところでの生活も悪くないと思えてきた。まぁ、何よりもここには……あいつらがいるからやっていけるのだが。
絢、剛実、久那……4人が一緒にこうしているのも久しぶりだったかもしれない。ずっと4人でこうしていられるならここもいいところかもと思えてしまう。
まぁでも、……俺たちは俺たちの時代に帰らないとなぁ。
俺たちの時代でこれから起こる『未来』を享受しなければ。その未来を捨てることなんてできない。
イザナギの話じゃないが……未来を生きなければ。
「今日のうちにホノニギさんから明日のことについて聞いておかないといけませんねぇ」
「明日のことって……元の時代に帰ることか? 確かクレイに乗ってタイムスリップするんだな」
「明日の『日食』の時ですよ」
「日食か……」
本当に日食のときにクレイに乗ってタイムスリップできるんだろうか……。
そ、そういえば……
『100パーセントは保証できません、せいぜい30パーセントぐらいの確率と思ってください』
とかホノニギさん言ってなかったけ!
確率低っ!
さ、30パーって……。ジャンケンで勝つぐらいの確率か……?
俺、ジャンケンは絢と剛実以外を相手にすると弱いんだよなぁ……。
それに絢はジャンケン滅茶苦茶弱いし。
こりゃ失敗するんじゃないのか。
てゆーか失敗したらどうなるんだよ!
白亜紀にタイムスリップとかやめてくれよな!
「……俺たち、タイムスリップできんのかなぁ」
「何武くん弱気になってるんですか! モサク一族を倒した武くんなら怖いものなしじゃないですか!」
「そんなこと言ってもなぁ……」
「まぁ、武。そんな難しいこと考えるな! 失敗したら失敗した時だ!」
「そんな軽く言うなよ……」
「まぁとにかくホノニギさんに会いに行きましょうです。もう夕方ですから早く行きましょうです」
「ああ……。ホノニギさんならなんかいいアドバイスとかくれるかもしれないしなぁ……」
俺たちは竪穴住居を出る。外は夕焼けで真っ赤に染まっていた。