快復
「おお、主たち。茶の用意ができたぞ。わらわの宮殿へ来るがよい」
「うるせぇ卑弥呼、お前はすっこんでろ! 俺たちは今から研究所に行くんだよ!」
「そうです! 急いでるんです!」
「そ、その……、おやつの栗もあるんじゃが!」
「栗は天津甘栗しか食べねぇんだよ! じゃあな!」
「さらばです!」
武と絢は去っていった。
後に残ったのはヒメノミコト一人。
「……………………………………………………………………………………引きこもってやるぅううううー!」
ヒメノミコトは宮殿へと泣いて帰っていった。
「剛実!」
「剛実くん!」
「おう! 武! 絢ちゃん! 帰ってきたのか!」
剛実は起きていた。
剛実は、部屋の中央の茣蓙の上に座っていた。腹には包帯がぐるぐると巻かれていた。
「……大丈夫なのか、剛実」俺は恐る恐る聞いた。
「ああ! 大丈夫だぜ! こんな傷ツバつけときゃ治るぜ!」
剛実……やっぱ剛実は剛実なんだな……。
俺の心配は……杞憂だったか。
「剛実ィイイイイイイイイー!」俺は剛実に抱きついた。
「うわ、武、腹はやめろ腹は! 痛いって、痛いって!」
「俺は心配したんだぜぇー!」
「な、何男同士で抱き合ってんのよ……武」久那があきれた目でそれを見ていた。
「男同士の友情ですか! 熱いですねぇ!」
「熱いを通り越して気持ち悪いわよ……。あんたたちホモじゃないの?」
「ほ、ホモじゃねぇー!」俺は瞬時に剛実から1.5メートル離れる。
「武! 俺は武のことが好きだぜ!」
「気持ち悪いこと言うなぁー!」
「愛の告白だわね……」さらにあきれた目で俺たちを見る久那。
「晴れて二人は夫婦ですか……」
お、おい……。お前たち何を勝手に考えてるんだ……。
晴れて二人は夫婦って……。
「お帰りなさい! あなた♡」
女装した剛実の姿……。髪はくくられ、顔は厚化粧、服装は裸エプロン。
「ご飯にします? お風呂にします? それとも、あ・た・し♡」
「うわああああああああああああああああああああああああー!」
突然頭の中がテレビの砂嵐の映像になる。
――これ以上はお見せできません――
「き、気持ち悪い……。な、なんてことを俺は……」
「た、武くん……大丈夫ですか?」
「大丈夫か武!」剛実がこっちを向く。
「わっ! こっちを見るな剛実!」さらに1.5メートル剛実から離れた。
「た、武……。どうしたんだ? 俺を避けてるみたいだが……」
「倦怠期ですか?」
「倦怠期じゃねぇ!」
いい加減、別の話題にしてくれ……。
「と、とにかく剛実、無事でよかったな……」剛実から3メートル離れた位置から言った。
「おう! もう体はぴんぴんしてるぜ!」
「あんな怪我してたのによくそんなに元気になれるものだわねぇ……」
「ああ! 俺は不死身だ!」剛実が言うなら、そうなのかもしれない。
「……と、そういえば武、武の方は大丈夫だったのかよ?」
「あ、そうだな……」
まずは俺の話をしないと……。
「結論から言うと……俺たちは勝ったんだよ」
「おお! 勝ったのか!」
「ああ。だからヤマタ国に平和が戻って俺たちは心置きなくもとの時代に帰れるってわけなんだ」
「おお! そうなのか!」
「……剛実、今何の話してんのか分かってんのか?」
「おお! さっぱりだぜ!」
「さっぱりなのかよぉー!」
た、剛実……。俺はお前の将来が心配だ……。
「えと……とにかくすべてが丸く収まったって話だろ?」
「ああ……まぁそうなんだが」まだ元の時代に帰るという難関が残っているが……。
「それでさぁ……」
そこで俺の口がこもってしまった。
……イザナギから聞いた、未来の話をするべきか。
今、冷静になって考えると……。あの未来の話と言うのは……すごく残酷な話だ。
そして……俺たちがいずれ享受する未来の話……。
そんな話を絢たちにするべきか……。ホノニギさんはそんなことを考えて……未来の話について渋っていたのだろうか……。
でも……、それを知ってしまった俺は……どうにももどかしい気持ちになる。……このまま未来の話をしないでおくのも、逆に苦しい気がする……。
「イザナギ……から、未来の話を聞いたんだよ」
「未来の話って……ホノニギさんとイザナギ……というかレッカさんがいた未来の話ですか?」
え……、今レッカって……。
「おい絢……。レッカって……。イザナギのこと、知ってたのか?」
「実は武くんを助けに行く前にホノニギさんから未来の話を聞いたんですよ」
「ええっ!」俺は驚く。
……なんだ、ホノニギさん話したのかよ。
絢にせがまれてとうとう話してしまったのだろうか……。
「そういう武くんも未来の話を聞いたんですか?」
「ああ……。俺はイザナギから聞いたんだがよ……」
「ああ……なるほど。それで知ってるんですね……」絢は納得したようだ。
「……? おい、未来の話ってなんなんだぁ?」一人蚊帳の外のヤツがいた。
「……剛実はホノニギさんから未来の話を聞いてないのかよ?」
「あのとき剛実怪我して寝てたから聞いてないのよ」
「そうだったのか……」
「で、未来の話ってなんだよ? ドラえもんでも出てくるのかよ」
「そんな愉快な話じゃねぇよ……」
「じゃぁ……どんな話だっていうんだよ」剛実は真面目な口調で言った。
「それはだなぁ……すごく……残酷な話なんだ……」
俺はイザナギから聞いた未来の話を始めた。
「……はぁ。未来ってそうなってるんだなぁ」剛実が他人事みたいに言った。
「お前は……どう思う。……未来の世界について」
「どう思うって……どうも思えねぇだろ。未来の話なんて」
「どうも思えないって……?」
「そんな未来の話なんかしたって鬼が笑うだけだぜ武! それよりも今を生きようじゃねぇか!」剛実が自信満々に言った。
「剛実……」
ホント、お前らしいな……。
お前がもし、その未来の世界に生きてたら、モザークとかも倒せてしまうかもしれない。
「そうですよね! 未来のことは未来のことです! それにもしモザークとか言うのが現れたら武くんがそんなのやっつけてくれますです!」
「えっ! 俺が!」
俺は剛実が何とかしてくれると思ったが……。
絢は俺が何とかしてくれると思っているらしい……。
「ふざけんなよ! 俺がそんなんにかなうわけねぇだろ!」
「敵うです!」
「敵わねぇ!」
「敵うです!」
「敵わねぇ!」
「本当ですか?」
「…………」
俺は……剛実ほど強くない。
今回だって、クレイを動かせなければ俺は……モサク一族に敵わなかった。
でも……俺は……。
「俺は……イザナギから未来の話を聞いてさ、俺はイザナギに『お前は間違ってるぞ!』って言ったんだよ。『世界を救いたきゃ……そのモザークっていうのを倒せよ!』って言ったんだよ。……もし、本当にそのモザークってのが来たら……。俺は戦わなきゃいけねぇと思う。敵う敵わないの問題じゃなくて……進む方向の問題だと思うんだ。だから……俺はモザークってのには敵わないのかもしれないけど……それでも戦おうと思う」
俺はその長い答えを言い終えた。
「武くん……」
「……なんだよ」
「すばらしいです!」絢が拍手した。
「感動しましたです! 感動した! です! まさか武くんがこんな立派なこと言ってくれるとは……武くんは知らないうちに成長をしていたんですねぇ……」
「お前はちっとも成長してないけどな」特に身長とか。
「余計なお世話です!」絢は少し怒った顔をした。
「未来ねぇ……。本当にホノニギさんが言ってたような未来が……来るのかなぁ」久那がつぶやく。
「さぁなぁ。案外ホノニギさんの出まかせかもしれねぇぞ」
「それはないと思うけどねぇ……」久那は俺の方を向いた。
「でも、武たちを見てたら、ホントにそんなのどうってことないように思えてくるわ」
「どうってことないねぇ。まぁ、深く考えないのが俺たちの性質みたいなもんだからなぁ」
「ああ! そうだぜ!」深く考えない人の最もな例がそこにいた。
「そういえば武、ホノニギさんは……どこに行ったのよ?」
「ああ……、ホノニギさんは……」
俺が言おうとしたとき、
外ががやがやと騒がしくなった。
「い、イザナギだぞ!」
「イザナギが捕えられているぞ!」
そんな感じの声がたくさん聞こえる。
「た、武……イザナギが捕まったって……」
捕まったって……どういうことだ。ホノニギさんがあとは何とかすると言っていたが……。
「何が起きてるんでしょーかねぇ。見に行ってみましょうよ!」
絢はそう言いながら研究所から出る。
俺たちも続いて外に出た。