帰還
「足が痛てぇー!」
荒野の中を俺は――ヤマタクレイは歩く。……鉛のように重い体を引きずりながら。
「くそう……もうこんなんじゃ歩けねぇぜ」
「武くん、それじゃあ私がおんぶしてあげましょうか?」
「おんぶ?」
「さぁ! 私の背中に身を任せるです!」
絢は身をかがめ、おんぶのポーズをする。
俺は――ヤマタクレイはその背中に身を任せ、
プチ、
「絢ぁああああー!」
絢は虱のようにみじめに圧死しましたとさ。
おしまい。
「それで終わっちゃったらバッドエンドでしょーが!」
そうだよなぁ。
でも、そういう終わり方もみてみたい気がする。
……こういうブラックな終わり方じゃなくとも、
たとえば、剛実が山の王者に君臨し、そして山の動物を従えて世界中を征服して、最後に高らかに『ターケタケタケタケ!』と叫んで締める終わり方とか……。
もしくは、卑弥呼の引きこもりビームにより、世界中の人間が引きこもりになって終わるとか……。
そ、そんな終わり方は嫌だ……。
「何やら武くん……妙なことをいろいろ考えてるようですが……」
「もう頭が痛くて……妙なことしか考えられねぇんだよ……」
とにかく、早く休息したい。
と思って、俺はその場でバタンキューと倒れる。
ドスン、
「うわわわ、武くん!」
「パトラッシュ、僕はもう疲れたよ……」
「逝っちゃだめですよ! 武くん!」
うー、眠い。そして暑い。
読者の皆様の中で忘れている方もいるかもしれないが、……俺は今制服を着ている。
さすがに学ランを脱いで、Yシャツと中のシャツを脱いで上は裸になっているが、それでも暑い。これ以上何を脱げって話だ。皮膚でも剥げというのか……。
「ほ、ほら武くん、早く立ってくださいです! 立て! 立つんだ武!」
「うー……」
何とか頑張って立つ。
「あとヤマタ国までどれくらいまでなんだ?」
「えと……、結構歩いたからもうすぐじゃないんですか?」
「そうか……」
それじゃあ、
「走っていくぜ!」
「えっ?」
俺は猛スピードで正面に見えるヤマタ国に向かって走っていった。
「ま、まってくださいです武くん!」
俺が走って数秒もしないうちに、絢の姿が点のように小さくなっていた。
「さぁ! あの太陽に向かって走ろうぜ! 絢!」
「待ってくださいですよ! 武くんのヤマタクレイじゃ私追いつけないじゃないですか!」
俺たちは荒野をがむしゃらに走った。
そしてヤマタ国に着く。
「おお、武殿」とのん気な声が聞こえる。声の主は引きこもり女王卑弥呼だ。
「はぁ……はぁ……、卑弥呼、お前帰ってたのか」
「おお、そうじゃ。……わらわの方が早かったようじゃのぉ」
卑弥呼はツクヨミとの戦いのときに現れて、自分がおとりになって、俺をイザナギのところへ行かせ戦っていたんだったなぁ。
「……卑弥呼、お前大丈夫だったのかよ」
「ああ……。そうじゃのぉ……、まぁ、のぉ……」卑弥呼がのらりくらりと言う。
「そんなことよりも武殿、お主は大丈夫なのか」卑弥呼は話を変えた。
「ああ! 俺は勝って来たぜ!」俺は高らかに言う。
「イザナギを倒したぜ! これでヤマタ国に平和が戻るぜ」
「おおおおおー! ヤマタ国に平和が! それはなんと……、武殿! 主は……本当に素晴らしい男じゃ! このヤマタ国のヒーローじゃ! 武殿、お主には何と言ったらいいか……」
卑弥呼は号泣していた。
「うう……武くん……」
隣にいたスサノさんも号泣した。
ヤマタ国を統べる兄弟は二人して泣き崩れていた……。
「ところで武殿、絢殿はどうした?」
「えと……実は……」俺は口ごもる。
「絢殿に何かあったのか……」
「絢は……絢は……もう……帰ってこないんです……」
「そ、そんな……」
「戦いの中、巻き込まれて……それで……」
「ううー! そんな馬鹿なぁ……」
「馬鹿なぁ……」
絢、お前はもう天に昇っているか――――
どうか、俺たちを温かく見守ってくれ――――
完。
「勝手に殺すなーです! それとかってに終わるなーです!」
絢が駆けつけてきた。
「絢! お前生きてたのか!」
「絢殿……お主生き返ったのか!」
「も、もしかしてゾンビなんじゃ……」
「勝手なこと言うなですー! だから私は死んでなんかいないですよー!」
絢は怒った顔で俺の方を見る。
「絢、なーにそんなに怒ってんだよ」
「そりゃ怒りたくもなりますですよ! ……武くんに放ってかれて、荒野の中を一人走ってきて……おまけに勝手に死んだことにされちゃってたら誰でも怒りますよ!」
「まぁまぁ絢、俺たち勝ったんだし、細かいこと気にすんな」
「何が細かいことですか! 思いっきりマクロな話ですよ!」
絢は体中をじたばたさせている。怒りがヒートアップして暴走機関車みたいになっていた。
「とにかく武殿、絢殿、まずはヤマタ国の中へ戻ろうかのぉ。……それからいろいろ話をしようじゃないかのぉ」
「ああ、そうだな。ついでにお茶とか出してもてなしてくれ」
「お主は女王に向かって何を言っておる……。まぁ、今日はお主は頑張ったから、それくらいはしてやろう」
「よし! それじゃあ行こうぜ! 絢」
「はいです!」
俺たちはヤマタ国の内部へと歩いていった。
久禮堂にてクレイを戻し、俺はクレイから離脱する。
「ふ、ふぅ……」
ああ……、やっとクレイの中から出られた。
すんごい解放感だ。……そういえば俺は昨日からずっと、およそ一日ほどヤマタクレイの中にいたんだよなぁ……。
それで……ラスボスのイザナギと長い長い戦いを繰り広げてたんだなぁ。随分俺は酷なことをしていたんだなぁ。
と言うわけで、もう体はタコのようになっていた。
ぐにゃり、と地面に倒れる。
「うわぁ! 武くんがタコになってます!」
「うん、今の俺はタコなんだ……。無セキツイ動物なんだぜ」
「タコ焼きにして食べちゃうです!」
「フッフッフ……まんまと罠にはまったようだな。私のカラダを食べたものは……24時間以内に顔がタコに変化してしまうのだ!」
「な、何ですって!」
「ほぅらみろ! お前のくちびるがみるみるうちにタコくちびるに……」
「キャアー! です!」
「……お前たち何してるんだ」
突然誰かの声がした。その声の方を見ると……そこにあの『大将』が立っていた。
……なんか妙なところを見られてしまった。
「お前たち、もう戻ってたのか」
「あ、ああ……。無事に勝って帰って来たぜ!」
「そうか、それはよかったな……」大将の顔は自然と微笑んでいた。
「チュー、うわぁ! くちびるが チュー! タコくちびるに!」
「お前まだそのネタやってるのかよ!」
絢が必死になってタコくちびるをしていた。
「お前には散々助けられて、それで最後にはヤマタ国を救って……、ホントありがとうよ武、もうお前はガキじゃねぇかもしれねぇなぁ」
「な、何大将らしくねぇこと言ってんだよ……」
べ、別に嬉しくなんかないんだからな!
「そういえば、お前の連れのやつは大丈夫なのか?」
「俺の連れのって……剛実のことか?」
剛実……
剛実だああああああああああああああああ!
あいつどうなってんだああああああああああああああああ!
「早く剛実のところいかねぇと剛実がああああああああああああ!」
「た、武くん落ち着いてくださいです! 剛実くんの怪我ならちゃんと手当てしましたから……」
「そ、そうなのか……」俺は少し安堵する。
「まぁでも……まだ起きてなかったから大丈夫でしょうかねぇ。……もしかしたらもう起きてるのかもしれませんけど」
「そうか……とにかく剛実のとこへ行こうぜ! 早くあいつの顔拝まねぇと気が済まねぇんだよ」
「もぅ、武くんせっかちですねぇ……。さっきまでタコになってたのに……」
「今の俺はイカだ!」
「あんまり変わってないような気が……」
「とにかく行こうぜ絢! 剛実は何処に居るんだ!」
「ホノニギさんの研究所です!」
「よし! 行こう!」
「おう! です!」
俺たちは久禮堂を駆けて出ていく。
「よくやったな、武」
大将がそう言ったような気がした。