最終決戦 急
「――――――――――――――――俺は」
絢を。
あの交通事故以来みょうちくりんになった絢を。
破天荒になった絢を。
幼馴染の絢を。
チビではしゃぎたがりで、子供みたいな絢を。
俺は――――
「――――守る!」
あの日、そう誓ったんだ。
絢に命を救われた俺は。
もう、悩むことはない。
――――俺はただ、戦う。
真っ直ぐに走る。突っ込む。正面にぼやけて見えるイザナギクレイに向かって。
イザナギはヤマタクレイの突然の疾駆に驚いたが、すぐに剣を持ち直す。
カチィ――――ン!
剣と剣が交差する。
剣と剣が押し合う。
俺はただがむしゃらに押した。何も考えず、頭をからっぽにして突撃する。
俺の師範は言っていた。勝てそうもない相手と戦うときは、気持ちだけは負けたらいけないと。
俺の、この気持ちは、この思いは、イザナギには負けない!
「ぬぉおおおおおおおおー!」
カチン、カチン、
ドスン、
いくら攻撃が当たらなくとも、いくら攻撃が当てられても、痛くても、苦しくても、倒れそうになっても、何があっても……俺は剣を持つ――戦う!
「まるで獣のようだな、お前は……」イザナギがつぶやく。
「おま……え……に……いわ……れたく……ない!」
たとえ獣になろうと、俺はお前を倒す。
俺は……
――――ならば、僕も力を貸そう――――
この声は……
――――僕も力を出し切ろう。燃え尽きよう。もともと死んだ身なんだから――――
「お前は……」
あの時聞こえた、ヤマタクレイの声だ。
「お前は、誰なんだ……一体……?」
――――僕は燐だよ――――
燐。そうだ燐だ。いつも俺はそれを呼んでクレイを起動させている。
燐――――確かその名前は、何かの話で出てきたような。
――そうだ、イザナギの息子の名前は……
確か燐だったはず……。
「お前は、イザナギの息子なのか」
――――ああ。もっとも、今はもう亡霊だけどね――――
そうだ、……燐はイザナギによって殺された。……イザナギの妻が出産で死んで、生まれた燐が……イザナギに殺されたんだ。
「お前は……イザナギを倒したいのか」
――――ああ。初めに言ったじゃないか。僕は父親を恨んでいるんだ――――
亡霊、なんてものが存在するかどうか今は置いとくとして。
とにかくヤマタクレイには燐の亡霊が宿っている。
クレイは霊的なもので動くとかなんとかホノニギさんが言っていたが、このことなのだろうか。
クレイは――亡霊を力の糧として動く機械人形。
――――とにかく戦おう。これで終わらせよう。―――――
――――爆ぜよ、邪馬太久禮!――――
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ヤマタクレイが、紅く光る。
まるで爆発するかのように、燃えるかのように――――紅く紅く燃える。
これは絢の力じゃない。
これは――燐の力。
「行くぜ! 燐!」
――――ああ!――――
イザナギクレイは赤くなったヤマタクレイに驚き、少し後退する。
「これは……燐の力か……」
――――父上よ、これで仕舞だ――――
――――安らかに燃え尽きろ――――
「燃え尽きろだと……。俺はまだ燃え尽きないぜ。この世界を救うまでは! 俺は! 死んでも燃え尽きねぇ!」
イザナギが来る。
俺は剣を振りかぶり。
ヒュン――――――――
ドシャァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアン!
剣は刹那のうちに、イザナギクレイの頭上に炸裂した。
「うわぁ、」
イザナギクレイが一瞬よろめく。その一瞬のすきを逃さず――
「てやぁー!」
ガシャァアーン!
立て続けに頭上に炸裂する。
「うぉおおおおー!」
イザナギクレイ目がけて剣を振るい続ける。
攻撃のほとんどがイザナギクレイに当たる。
「く……このガキがぁー!」
負けじとイザナギは剣を振るう。
二つの剣が交差する、当たる。
二つの剣がつばぜり合いになる。俺はグッと剣を押す。
力は拮抗していた。
「俺は負けねぇーーーー!」
「俺は負けねぇーーーー!」
ヤマタクレイの中が燃えるように熱い。
相手のイザナギクレイは動かない。――くそう、なんて野郎だ……。燐の力があっても防がれるなんて……。
でも俺は……
「負けてたまるかぁー!」
シュン――――
ヤマタクレイは消える。否、光の速さで動いた。
光速。二回目の光速だ。
ヤマタクレイはイザナギクレイの背後の空中に現れる。
「とりゃぁああああー!」
俺の空中からの面打ち。落下の力を利用し、イザナギクレイの頭上に強烈な攻撃を食らわせる。
ガシャァアアアア――――ン!
「ぬわぁー!」
その衝撃に、イザナギクレイはよろめく。
「おりゃー!」
ドン、
剣を横に薙ぎイザナギクレイの胴を打つ。
ドドドドドッ――――、
ついに、イザナギクレイが地面へと倒れた。
「やったぜ……」
だが、まだあいつは立ち上がるだろう。あいつの強さからいえば――こんなのまだまだどうってことない負傷だろう。
前途多難。とにかく、戦い続けないと……
と思っていたら、
「あ、あれ……」
一瞬、力が抜けたような気がした。
いや、気がしたじゃなくて……今まで暑かったあたりが急に暑くなくなっていた。
ヤマタクレイを見ると、先ほどまで赤く光っていたヤマタクレイはもう光っていなかった。
「そんな……」これじゃあ……力がなきゃ……こっちは不利になる。
「おい! 燐!」
叫んでみるが返事がない。
どうしたんだ……。まさかエネルギー切れか……。絢のときもそうなったし、おそらく……そうかもしれない。
「火は落ちた……か」
イザナギクレイはすでに立ち上がっていた。
「なかなかいい戦いをしてくれたようだが……もうおしまいのようだな、流山武、それと燐」
「く……」俺は奥歯をかんだ。
「俺は……まだ終わってねぇ! 何があろうが、俺は戦い続ける!」
「それならば戦ってみろ。身を滅ぼすまでなぁ!」
それから、どれほど経ったんだろう……。
もう、時間の間隔が分からない。辺りの情景が分からない。
情景がぼんやりとしている。散々叫んでいたせいか、喉はもう死んでいる。
そして何よりも、体中の機能が――壊滅している。
「は……ぁ……ぁ」
フラフラとイザナギクレイに向かう。
それをイザナギクレイは――剣先でちょんと小突く。……それだけでヤマタクレイは倒れこんでしまう。
うう……。俺は、戦わないと、絢を、守らないと……。
「お前は、どうしてまだ戦うんだ……」
「……れは……絢を……まも……る」
「あや……それはお前の守りたいものか」
「ああ……そうだ」
「お前はどうして、それを守りたいんだ?」
「俺は……おんがえしを……」
恩返し。ずっとそういう風に思って絢を守ってきた。
しかし本当のところ俺は……ずっと絢たちと居たいからそんなことを言っていたのかもしれない。
ずっとあいつらと変わりなく……。
いつかは変わってしまうかもしれないが……でも、少しでも俺は長く……あいつらと居たい。
「俺は……ずっと……ずっと……あいつらと居たい……だから……守る!」
その声に、イザナギは……
剣をおろし、足元のヤマタクレイを見た。
「俺はお前に負けた」イザナギクレイが言った。
「俺は……何も守れなかった。守れなかっただけじゃない……。滅ぼしてもしまった。でも、お前は違う。……ずっと、何があろうと守り続けようとしている。……ガキに負けるなんて俺は本当に堕ちちまったな」イザナギは自嘲気味に笑う。
「負けたって……まだ俺は勝ってねぇぞ。俺が死んだら、守るもんも守れなくなるじゃねぇかよ」
「そうだな……」
そう言うと、イザナギは剣を構える。
「お前を殺したら、お前の守るものが守れなくなる。それでどちらも負けになる」
イザナギは剣を振りかぶる。
……俺は動こうにも、もう動けない。
体がしばりつけられたみたいに動かない。
そして……
「死ねぇええええー!」
イザナギクレイの剣が真下のヤマタクレイの腹へと落ちていく。
「…………」
「…………あれ……?」
俺はまだ生きていた。
イザナギクレイの剣は――ヤマタクレイの腹の近くで、止まっていた。
「駄目だ……」イザナギは言った。
「もう、俺は嫌だ……。誰も殺したくない。……もう、誰も殺したくない。もう、誰かが死ぬところなんか、殺されるところなんか……見たくねぇ!」
イザナギクレイは頭を垂れていた。
イザナギも頭を垂れているのだろうか。
「お前……それがお前の本心か」
「ああ……」イザナギが言った。
「でも……俺はお前を殺さないと……」
「それはお前の……本心じゃないんだろ」
「いや……本心かどうかわからない」イザナギが言った。
「俺の中には、修羅に堕ちた俺と、昔の俺がいるんだ……。修羅の俺が暴れて、昔の普通の俺が嘆いて……俺は、もう俺自身が分からない……もう俺は……」
俺は思った。今日俺と対峙していたイザナギは……修羅に堕ちたイザナギではなかった。
イザナギの言うところの”昔の普通の俺”だった。
「戦えよ……」俺は言った。
「自分と……自分の中の……修羅と……」
「…………」イザナギは黙っていた。
静寂の中、俺は意識を失った。
その後のことは空白だ。
どちらが勝ったか――わからない。