最終決戦 破
剣と剣の打ち合う音が部屋中に響き渡っていた。
「テヤァー!」
イザナギクレイに向かって俺は剣を振る。有効打突に向かって着実に確実に剣を向かわせる。
だが……どの剣もイザナギによって受け流されたり避けられたりする。……まるで、俺の動きが読まれているかのように。
相手は強い。予想以上に強い。
まるで剛実のような……いやそれ以上の実力かもしれない。
俺が打つと――それを受けて――そして、
ダン――――、
ドドドドドッ――――、
反撃を食らう。
その強烈な反撃は、ヤマタクレイを遠くまで飛ばし、そして仰向けに倒された。
「ぐぐ、……くそっ」
歯を食いしばり、立ち上がると正面にイザナギクレイが俺の立ち上がりを待っているかのように立っていた。
「まだまだだな、流山武。お前はまだ幼い、ヒヨっ子だ。ガキだ。そんなお前のままじゃ到底俺を倒せやしない。……修羅に堕ちた俺は、人間なんかに敵わないんだよ」
「このやろぉ……」
剣をぐっと握る。……しかし、どう行けばいいかわからない。
どこへ行けば……俺は……。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
とイザナギは言い、そしてイザナギクレイが駆けてくる。
俺は……勝つ方向へ……行く!
カンッ――――
イザナギの剣を防ぐ。
カンッ――――
次の攻撃も、
カンッ――――
また次の攻撃も防ぐ。
そしてそのイザナギの攻撃を剣に受けて、そして剣を円を描くよう動かし、そして正面へと運び……
「タァー!」
イザナギクレイの頭上目がけて振るが、
ヒュン――――
イザナギクレイが頭を後ろへ動かして、それを避けた。
そして、呆気にとられた俺に、
「ヤァタァー!」
ガシャン――――、イザナギクレイの剣がヤマタクレイの頭上に炸裂する。
「ぐわぁぁ……」
頭が……よろめく……
と思っていると、
ダン――――、
腹に、重いものが当たった。……それはイザナギクレイの剣で、
ドシャン、とヤマタクレイは地面に倒れた。
「く……」
「亀の甲より年の功というだろう。所詮お前は俺には敵わないんだよ。俺とお前とでは生きた時間が違う……生きた時代が違うんだよ!」
く……なんて強さだ。
敵いそうもない……強大な相手。
「敵わないなら……敵わないなら……」
俺は疾駆する。
「敵わないなりに敵ってやるー!」
剣を振る。幾度もめげずに。
下手な鉄砲数撃ちゃあたるというが、俺はどの鉄砲玉も手を抜かず撃ってやろうと思った。
たとえ敵わなくとも、可能性があるなら――戦うまでだ。
「ぬぉりゃぁー!」
幾度も幾度も幾度も――打ち続けた。
何度も何度も何度も――打ち続けた。
腕が痛い、足が痛い、打たれた場所が痛い……つまりは体中が痛い。
しかし……俺は手を緩めることはしなかった。
たまに攻撃を受けて倒れそうになっても、気力と踏ん張りで何とか持ちこたえていた。
これほど本気に戦ったのは初めてかもしれない。俺は相手のイザナギには度々嫌悪を抱いていた。――ヤマツミの死、ワタツミの死……そして聞かされた息子の死。
それにどんな理由があろうと、それで世界が救われようと……それは最悪なことだ。
戦いの中、イザナギに対する嫌悪感はゾクゾクと湧いてきていた。戦いとは相手を倒すことである。相手を倒すには、もちろんのことながら、『相手を倒す』ことを思わなければならない。『相手を倒す』気持ちは十二分にある。その気持ちはたとえどんな理由があろうと消えなかった。
『悪』はどんなことがあっても悪だ。それを倒さなければならない。
倒す――殺すのではなく、俺は同時にイザナギを正しい方向へと導きたいとも思う。
多分このまま倒したままでは――何も解決しないと思うから。
そういえば子供のとき――剛実が事件を起こしたことがあって、俺は剛実を殴ってやったことがあったなぁ。……俺は今、それと同じことをやっているのか。やはり、俺はガキなのだろうか。昔っから、やり方もやることも変わらない。
でも――決してこれは間違ったことではないと、俺は思う。
間違ってるのは、イザナギだ。
「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ――――――――――――――――!」
イザナギを押していく。たとえ攻撃されても、めげずに押していく。
「俺は、お前が、狂ったお前が! 大っ嫌いだぁー! この人殺しがぁー!」
自分でも何を言ってるかわからなくなっていたが、俺はイザナギに対して怒っていた。
その怒りの中、自分の中には冷静な自分もいた。
さすがにこれだけ戦ってきたんだ。怒りに任せてへまをやらかしなんかしない。
そして、冷静な自分が一瞬のすきを見つけた。
――――そこだ!
俺はすかさず剣を振る。
ガン――――!
当たった。イザナギクレイの頭上に剣が当たった。
だが、俺はそれで気を緩めない。怒るなら逆に冷静にもならないといけない。
俺は剣を振りかぶり、もう一撃剣を入れようとする
カーン――――、
剣は防がれた。
「一度当たったぐらいで調子に乗るんじゃねぇぞ」
間髪入れずイザナギクレイの攻撃が来る。
カンッ、カンッ、何とかすべての攻撃を受けきる。
しかし……こちらからはなかなか攻撃ができない。
それに……攻撃ができたとしても、致命傷が与えられない。
致命傷、どうにかして強い攻撃を……。
強い攻撃……?
「あ……」
今日はこの場に絢がいなかったんだ。
……それじゃあいつもの絢の力ってのは……注がれないってことか。
最終決戦なのにそれがないとは……なんとツキのない……。
「まぁ、とにかく……。俺だけでやらねぇと」
そうだ。そもそも戦うのは俺なんだ。……あいつに戦いなんか、させるわけにはいかない。
「ヤァー!」
声を出し、疾駆する。
足はもうぼろぼろだった。……さっき頑張りすぎてもう体が使い物にならない。
しかし、これが最後だ。……なんとしてでも、たとえこの体がぼろ雑巾になろうとも戦いきってやる!
そしてそれから……どれだけ経っただろう。
もしかしたら数分しかたっていないかもしれないが……。
「はぁ……はぁ……」
「もうおしまいか、流山武」俺をあざ笑う声が聞こえる。その声の調子から、まだイザナギは余裕と見える。
対するこちらは――ぼろ雑巾となっていた。
立っているのがやっとだった。
「さぁ、かかって来いよ流山武」
「言われなくともぉー!」
俺はイザナギクレイのもとへ駆けていく。しかし、その駆けは、
ドン――――!
ヤマタクレイは地面へと倒れた。
「これが力の差だ」イザナギが言った。
「く……どうして……」
俺はあいつを倒したい。どうにかしてあいつを……。あの狂ったやつを。
これが……俺の思い!
「てやぁああああー!」
立ち上がって、そのままイザナギクレイ目がけて突進していく。
しかし……またも倒されてしまう。
「まだまだぁー!」
俺が倒すんだ。たとえ俺がお前より弱くとも……、この思いだけは、負けない!
ドン――――!
「ぐはぁ……」
「その程度か」イザナギがぴしゃりと言う。
「お前の思いなど、どうせ付け焼刃みたいな思いだろ。そんな脆い思い、俺の強靭な思いの前では折れてしまうよ」
「付け焼刃じゃねぇよ……この思いは本物だ……」
「本物なわけがねぇ。現実を、真実を知らなかったお前たちが……本物を知るわけがない!」
俺のこの思いは……偽物だとでもいうのか。
この思い。イザナギを倒して、ヤマタ国を救って、みんなと一緒に未来に帰りたい。
それのどこが……偽物だというんだ。
「俺の……思いは……想いは……本物だ!」
ピカァァン!
突如、ヤマタクレイは光る。
それは刹那の間の出来事。
ヤマタクレイは、光のごとく移動する。『光速』を出す。
イザナギクレイの後方のやや上空へ移動し、
「くらぇええええええええええええええええー!」
落下する力も加え、俺はイザナギクレイに剣を振る。
これで――決まってくれぇ!
ヒュン――――、
「へっ……?」
剣の先には、正面には、イザナギクレイがなくなっていた。
「ど」
どういうことなんだと、言おうとした瞬間、
「――――甘いんだよ、ガキ」
ガシャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンー!
「ぬわぁぁぁぁぁああああああああー!」
頭上に、重いものがのしかかった。
まるで、隕石が頭上に堕ちてきたかのように。
俺は意識のないまま……地面へと倒れた。
一体、何が……。
ぼんやりと見える景色には、イザナギクレイの姿があった。
おそらくイザナギクレイの攻撃だろう。……しかし、なんで……。
「『光速』は俺でも使えるさ。ヤマツミも使っていたようだしな。目には目を、歯には歯を、『光速』には光速だ。お前の光速と重ねて俺が光速を使ったんだよ」
そんな……。
俺は光速を……俺のとっておきの技としてとっておいていたが……。相手が使えるかどうかは盲点だった。考えていなかった。
そして俺は……まんまと餌食になってしまった。
致命傷を受けてしまった。
めまいがする。頭痛がする。そして何よりも……痛い。脳震盪でも起こしたのだろうか。
とにかく、今の俺は動けなかった。
「く……ぅ……」
「ヤマタクレイを倒せばヤマタ国の脅威がなくなる。ついでに操縦者も殺せば……。ワタツミがお前を殺そうとしたが、お前は間一髪生き残ったようだな。ここは俺とお前の二人だけだ。だから殺されそうになってもだれも助けに来ない」
そう言って、イザナギクレイが近づいていく。
「さぁ、お前は何処に居る。ヤマタクレイの腹の何処に居る。俺がその心臓を抉ってやる」
「あ……ぁ」
二度目の死線。だが今回は意識がもうろうとしていて……状況がよくわからない。
しかし今の状態の俺は……まな板の上の鯉だ。
今度こそ、殺される。
「あと一分待ってやろう。それまでに走馬灯でも見ておくんだな」
走馬灯。
俺がたどってきた日々。
それはどうしようもなく平坦で平穏な日常の数々だったが、今となっては掛け替えのないものだ。
それを噛みしめる時間をくれるという。
しかし……1分とは少ない。せめて「3分間待ってやる!」とか言ってほしいものだ。
これじゃあ大して思い出せないんじゃないのか。
まどろみの中。
俺は一人の人物を思い出した。
――――絢。
俺は、とうとうあいつを守れなかった。
恩返しをしなければならなかったのに。
せっかく助けてもらった命なのに。
ここで尽きてしまうとは。
「絢……ご……め……ん……なさ……い」
この懺悔は、絢に届くだろうか。