最終決戦 序
「……よく来た。ヤマタクレイ。そして……流山武」
正面にみすぼらしい容姿の男がいた。
おそらく、その男こそがイザナギだ。すべての元凶、諸悪の根源だ。
俺は恐る恐るイザナギの方へと近づいていく。
「お前がイザナギか」上ずった声で言った。
「ああ、いかにも。私がイザナギ……。このモサク一族の首領、モサク一族の父だ」
「父上……か……」俺はつぶやく。
「ああ。俺はそう呼ばれている」
正面のイザナギはこちらに近づいてくる。
「一つ訊くが……お前は流山武というのだな」
「ああ、そうだ」
「……本当にそうなんだな」イザナギはいぶかしげにきく。
「そうだけど……なんなんだよ」
「いや、なんでもない。俺の知っている奴の名前と似ていたからなぁ」
イザナギは顔を下げてひっそりと不気味に狂ったように笑っていた。
どうして笑っていられるんだ、こいつは……。
本当に、本当に……このイザナギというものが分からない。
「お前は……なんでヤマタ国を滅ぼそうとするんだ」俺はきく。
「単刀直入だな……。ホントお前は無鉄砲だ。……前にも言っただろう。俺はこの世界を救うためヤマタ国を滅ぼすのだ。……ヒメノミコトを殺すのだ」
分からない……こいつの思考が。理解できない。
悪い奴の思考なんて理解できるわけがないが……。
「お前は……ホノニギさんとどういう関係なんだよ。ホノニギさんがお前のことを『レッカさん』と言っていたが……」
「レッカさん、か。……いやはや、懐かしい響きだ」イザナギはクスリと笑った。
「ホノニギからは何も聞いてないのか」
「…………ああ。何も聞かせてくれなかった」
「そうか……。それなら俺から話してやる。……俺がすべてをな」
「すべてを……」
「ああ。俺の元いた時代の話をな」
「元いた時代だと⁉」俺はその言葉に驚愕した。
「ああ。俺の崩壊した瓦解した終焉した終息した……救いのない世界の話をな」
イザナギは、自分の元いた時代の話を淡々と話し始めた。
「これでおしまいだ」イザナギは言い終えた。
「…………」
「これが俺の元いた時代だ」
これが……イザナギが、いやレッカが……それとホノニギさんがいた時代。
そして……いずれ俺たちが通る……未来の話。
こんな……こんな残酷な話が、未来が……待ち受けているのか。
「本当にこんなことが……あったっていうのかよ!」
「ああ。これが事実で真実だ」
「ふざけんなよ! そんなことがほんとに……」
「ホントにあったんだよ――――――――――――――――ッ!」
イザナギの叫び声が部屋中にこだました。
「殺されたんだぞ! 俺の親友が……。そして……毎日毎日テレビでは戦争の報道。征服されていく街……そして見せしめに殺される人々……。もうこの世の終わりだったんだぞ!」
そんな世界が――――あるなんて。
イザナギの蒼白した顔はそんな残酷な世界を物語っていた。
これは――真実だ。……いずれ訪れる、俺たちの未来だ。
イザナギの顔は、しばらくすると途端にもとのへらへらとした顔に戻っていた。……そんなイザナギの光景は狂っているようにしか見えなかった。
「さぁ、次は……俺がこっちに来た時の話でもしようか。……俺が最悪に、修羅に堕ちた話をな……」
イザナギはまた話し始める。
「そうして、俺は……ヒメノミコトを殺すことを決めたんだ」
イザナギの話が終わった。
……全部つながった。話がつながった。
これがイザナギの狂いの原因だったのか……。
「ヒメノミコトを殺せば……俺のもとの世界にいたモザークはいなくなる。そうなると世界は救われるんだ。……俺にはもうそれしか道がないんだ」
そういうことだったのか……。『信念』というのは……。
俺にはイザナギの心情というものが推し量れないが、……イザナギはそんなことになるほど心に傷を負っていたのか。
元の時代での戦争、妻の死……。
それらは今の俺には、子供の俺には想像できないものだ。……戦争なんて、死なんて……そんなものとは遠くかけ離れている俺たちとは、違う世界の話だ。
イザナギにはイザナギの理由があった。それは俺たちガキには……到底背負えない、到底理解できない重い重い話だ。……途端に、イザナギという人物、レッカという人物が……可哀そうな、報われない人物に見えてきた。狂うほどに、不幸を背負ってきた男……今ならそんな風にも思える。
あれだけ敵対していたイザナギというものがなんだったのか……俺には解んなくなってきた。何が正しいのか何が悪いのか……。判断のものさしが、判断の天秤が狂いに狂っていた。
「お前ならどうする。お前なら……お前が俺の立場になったら、お前は……ヒメノミコトを殺すか?」
突然の問いかけ。刀のように切れるような言葉。
もし……俺がそうなったら。
殺す、ということは最悪の解決だが……。
もし……イザナギと同じ立場になったら……。
想像してみよう。
もし俺が……絢と剛実と久那を人質にとられて、犯人が『ヒメノミコトを殺せば助けてやる』と言ったら……。
俺はどのような選択をするか。
俺には……絢も剛実も久那も大切だ。……そんな大切なものが誰かの手によってなくなるなんて、許されない。もし、そんなことになったら……俺は……。
判断なんてする必要ない。俺は手に剣を持って、そしてヒメノミコトの宮殿に忍び寄り……そして後ろから……
「何やってんだよ武ー!」
「駄目です武くん! ……武くんはそんなことする人じゃありませんです!」
「そうよ武! 馬鹿なことするんじゃないわよ!」
「安心しろ武! 俺たちが人質なんかなるもんか! 俺が犯人倒してお前のところへ戻ってきてやるぜ!」
「てゆーか武くん、そんなことしてないで早く犯人を倒しちゃってくださいよ! そっちの方が手っ取り早いですよ!」
そうだ……。
やっぱり……おかしいじゃねぇかよ。……イザナギ!
「イザナギ! お前は間違ってるぞ!」俺は叫ぶ。
「倒す相手を間違ってんだよ! なんでヒメノミコトを倒すんだよ! あいつが何か悪いことしたっていうのかよ! 引きこもりは犯罪じゃないんだぞ!」
イザナギは顔を上げて俺の話に興味を示した。
「いいか。お前が倒すのはヒメノミコトじゃないんだ! 倒すのは……そのモザークとかいうやつなんだよ! 世界を救いたきゃ……そのモザークっていうのを倒せよ!」
イザナギはその言葉を聞いて、大きく口を開け、腹を抱えハハハハと甲高く笑った。
「戯れたことを言うな、ガキ。……モザークは世界を征服するような奴なんだぞ。そんな相手に敵うわけがないだろ」イザナギはなおも笑っていた。
「敵わないからって、諦めるっていうのかよ! お前の……お前の守りたかった世界ってのはそんなもんだったのかよ!」
「黙れッ――!」突如怒りの顔を現したイザナギが叫んだ。
「お前には俺が分からないんだよ。……俺はもう人間じゃないんだ。俺はもう……俺はもう……。人間じゃない俺はもう、破壊することでしか成すことができないんだよ! もう俺は壊れきってるんだよ!」
壊れきっている。狂っている。――人間は壊れたらどうなるのだろうか。あの時の剛実のように、はたまたつい先刻、剛実の負傷を見て怒り狂った俺のように……そんな感じになるのだろうか。
「俺の剣道の師範が言ってたなぁ。人は悪い方向に行ってしまうとずっと悪い方向に行ってしまうって。どこかで元に戻らない限りずっとそうなってしまうって。お前は狂ってしまって、そしてずっと狂ったまま進んでいってそして今の状態になってしまったのか。……お前は一度、方向を戻さないといけないんだろうな。道を戻さないといけないんだろうな。……もうここまで来たら、戻ることはできないかもしれないけれど……」
俺は前に出て、
「俺はお前を戻す! お前の道を戻してやる!」
「俺の道を戻すだと。……お前はガキだな。なんでもできると過信して、痛い目を見るガキだ」
「俺はガキでも……お前みたいに、諦めたりなんかしねぇ!」
イザナギはうつむき、
「フハハハハハ……お前は本当に馬鹿な奴だ、ガキだ。……そんなに言うならやってみろよ、ガキ! 修羅に堕ちた俺を戻してみろよ!」
「ああ……やってやるぜ!」
俺がそう言うと、イザナギは後ずさる。イザナギが後ずさった後には大きな土の人形があった。
「――――行くぞ、イザナギ。イザナギクレイ、起動」
後ろの土の人形――イザナギクレイが赤く光る。
そして、イザナギは白い珠となり、イザナギクレイの中へと収められる。
ドン――ドン――
イザナギクレイが前へ出る。
頭上に髷のようなものが乗った顔、顔のパーツはおおよそヤマタクレイのものと変わらない。体には全体に鎧が付けられてある。袴もある。そして手には槍――ではなく矛が握られていた。
「これがイザナギクレイだ。俺の傀儡だ」
イザナギクレイは前へと歩み寄る。
俺はいつものように掌を天に突出し、剣を手に持つ。
それを正面のイザナギクレイに向けて構える。
「ほう……。剣か」イザナギはつぶや。
するとイザナギは手元にあった矛を――投げ捨てた。
「……お前、なんの真似だよ」
「いや……武器が違うというのは卑怯だと思ってな」
そう言うとイザナギクレイは掌を天に突き出す。――俺と同じように。
すると、イザナギクレイの手に剣が授けられる。
イザナギクレイはそれをヒュンと目の前で振った。
「おい……わざわざ武器を変えるなんて、余裕こいてんじゃねぇよ」
「余裕? いつでも俺は本気だ。お前相手ならなおさらだ。もともと俺は剣の方が得意なんだよ。だからお前とはこれで戦う」
「ほう……お前も剣が得意か」
「お前よりかはな」イザナギが不敵に笑う。
「さぁ、始めようか。流山武。終わりの始まりをよぉ!」
「おお!」
武とイザナギは互いに叫びあい、そして戦いの幕が開かれた。