ヤマタ国
「ん……。んん……?」
辺りの異様な明るさに俺は目を覚ました。
明るい……。夜なのにどうしてこんなに……。ついさっきまで真っ暗闇の住宅街にいたはずなのに。
上を見上げると、そこには太陽が昇っていた。
そして、あたりは一面、荒れた大地であった。
「…………」
これは夢なのだろうか……。自分がいきなりある空間からある空間へ移動されたような、不思議な感覚に陥っている。これは夢なのだろうか。これは随分と不思議な夢ということなのか……。
「ん……くふぅ~……」
隣で絢の『くふぅ~』という鳴き声が聞こえた。この夢の中には絢が登場しているらしい。
隣の絢に目をやる。絢は辺りをキョロキョロと見回していた。
「どこですかここは?」絢が訊いてきた。
「どこなんだろうなぁ……。ここは。もしかしたら夢の中かもしれないなぁ……」
「夢の中ですか……?」
本当にここは夢の中なのだろうか……。とりあえず確かめてみなくては……。
俺は手で手刀を作り、絢の頭上目がけて……
「面ぇええええええええん!」
俺の手刀の面打ちが、絢の頭に炸裂する(もちろん手加減はしている)。
「あいたッ!」絢は頭上の面が打たれた箇所に両手をかぶせうずくまる。
「な、何するですか武くん! 痛いじゃないですか!」すごい剣幕で絢は言った。
「い、いやぁ……。夢かどうか確かめるためにさ、痛みを加えたら夢から覚めるんじゃないかと思ってなぁ……」
「それじゃあ自分の頭でやりなさいです!」
絢は仕返しにと俺の腹のあたりにぽこぽことパンチを入れている(全然痛くないが……)。
夢じゃなかったのか。確かに感覚的には『現実』と思うのだが……。あまりにも突然にこんな不思議なことが起きてしまっては困惑せざるを得ない。
「いったい俺たちどこに連れてこられたんだ……」
「確か……私たちは『巨大土人形』が発した光に包まれて……そしてそのあと目が覚めた時にはここにいて……」
絢は少しの間考え込んでいた。
うーん、とうなる絢。
そして絢は、
「武くん、これってもしかして怪奇現象ってやつじゃないですか?」と言った。
「怪奇現象?」
「はいです。もしかしたら私たちは宇宙人にさらわれてここに運ばれたか……もしくは神様か何かに『神隠し』されたか……あるいは何かの偶然でタイムスリップしてきたとか……」
しばらく絢はいろいろなことを熱弁していた。
「絢……、お前はオカルトにも興味があったのか……」
「いやぁ。こんなのちょっとしたテレビの受け売りですよ」
様々なことを一人でべらべらとしゃべっていく絢。その話を聞きながら宇宙人だとか神隠しだとかタイムスリップだとかについて考えてみたが……さっぱりなにも思いつかない。
辺りは本当に何もない荒れた大地だった。こういうのも砂漠というのだろうか。草木がなく、生き物も見つかるのは遠くを飛んでる鳥ぐらいだった。本当に殺風景な景色であった。
俺たちがそんな殺風景な風景を眺めていると、
「おーい!」
遠くで人間の声がした。俺と絢は同時に声のするほうへ顔を向けた。荒れた大地の遠くのほうに、点のように小さく見える『人』らしきものがそこにあった。その点は徐々に大きくなり、人の形をしていき。その姿かたちがわかるぐらいに大きくなっていった。その人の姿は二つ。二人が並んで歩いていた。その二人の、容姿を見てみると……なんと兜と鎧をつけていた……。
その兜と鎧は、戦国武将が付けるような大層なものではなく、地味な褐色で、あまり頑丈そうに見えない随分と貧相な兜と鎧だった。まるで小学生の学芸会で使う衣装のような貧相なものに見えた。その二人は鎧の下に白い薄い布の服を着ていて、そして足には何も履かれておらず、裸足であった。
その姿はまるで、というか見たまま、歴史の教科書に出てくる弥生時代の人の風体だった。まるで博物館にある弥生人の人形がそのまま動いたような何とも言い難い奇妙で珍妙な姿だった。
その二人は、俺たち二人のところまで歩いてきて、
「おい、お前たち。いったい何者だ?」
と二人のうちの一人が言った。
「おい絢……なんか歴史の教科書に出てきそうな人たちが目の前にいるのだが……」俺は隣の絢に訊く。
「ふぅむ……、服装から推測して、たぶん弥生人かと思いますです」
弥生人、やはりそうだったのか。しかし、なんで弥生人がここに……?
本当にここはなんなんだ……?
「お前たち、まさかモサク一族の者か?」
「モサク一族?」突然聞きなれない単語を耳にする。
「モサク一族って……一体何なんだよ」俺は弥生人の二人に訊いてみた。
「お前たち……モサク一族を知らないのか……?」
弥生人の二人のうちの一人が呆れたような不思議がるような口調で言った。もう一人の方は首をかしげていた。
「まぁ……とにかくここにいては危険だ。私たちと共に一度ヤマタ国に来たほうがいい」
「ヤマタ国?」また聞いたことのない単語が出てきた。絢のほうを振り向いてみると、絢も『ちんぷんかんぷんです~』といった顔をしていた。絢がわからないことは必然的に俺にもわからないことになる。とにかく俺たち二人ともちんぷんかんぷんだった。
「そうだ、ヤマタ国だ」弥生人の一人が言った。
「もうすぐこの辺に輪偶久禮が襲来してくるかもしれないからなぁ」
「りんぐくれい?」俺はまたしても聞いたことのない単語を耳にする。まるで歴史のテストを受けているかのようだ。次から次へと分からない単語が出てくる。
「…………」弥生人の二人は呆れた顔になる。正確にはもっと前から、俺がモサク一族とかいうのを訊いたときから呆れた顔をしていたが。
「お前たち、ホント一体何者なんだよ……」弥生人の一人が溜息交じりに言った。
「そっちこそ何者なんですか」俺は不敵に弥生人の二人に言う。基本的に俺は部活の先輩以外の、大人の人にはずうずうしい性格である。
どっちも相手を不思議に思っている……。俺たちは突然現れた弥生人に困惑し、対する弥生人は何にも知らない俺たちに困惑している……。未知との遭遇ってやつなのか……。
「……とにかくヤマタ国に行こう……。詳しい話はそれからだ。付いてこい」
二人の弥生人はそのままの方向で二人並んで歩みだして行った。俺と絢はその後ろ姿に顔を向ける。
「どうしますか武くん」絢が訊いてきた。
「とりあえず付いていこうか……なんだかよくわからないけど……」
俺と絢は二人の弥生人の後を追って荒れた大地を歩いて行った。
そして何時間か歩いた後……
前のほうを見ると、木の板の柵に囲まれた、集落のようなものが見えてきた。
「あ、ありゃなんなんだよ……」
「あれがヤマタ国だ」弥生人の一人が言った。あれがヤマタ国とかいうやつか。周りは門以外すべて木の板で囲まれており、門には木製の櫓が立っていた。
その風景はまさしく、歴史の教科書にあった、弥生時代の『くに』の風景だった……
まるでジオラマを見てるような不思議な感じがする。目の前にあるのはあるのはもしかして弥生時代の『くに』なのだろうか……? それとも映画のセットなのだろうか……?
なんだか狐につままれたような感じだ。ここは夢なのか、現実なのか、現実だったとして、目の前にいる弥生人やヤマタ国とかいうのはなんなんだ? ドッキリなのか、映画のセットなのか、それとも……
そうこうしているうちにヤマタ国の門の所まで来る。門には鎧と兜と槍と盾を装備した弥生人がいた。俺たちを導いた弥生人二人は門にいる武装した弥生人と話をしていた。
困惑する俺。一体全体どうなってんだ!
「な、なぁ……絢」俺は絢に尋ねる。
「ここって一体何なんだ」
俺がそう尋ねると、
「謎はすべて解けたです!」
絢は名探偵気取りでそう言った。
「えっ?」俺は驚いた。
「ここは弥生時代です! 私たちはタイムスリップしてきたんです!」
…………。
なんだってぇぇぇぇええええええええええええええええー!
「た、タイムスリップだと……」俺はさらに困惑する。
「そーです武くん! 私たちはあの『巨大土人形』の光に包まれて弥生時代にタイムスリップしてきたんです!」
「そ、そんな……。そんな馬鹿な。タイムスリップって、そんなゲームやら漫画やら小説やらに出てくるようなことが起こるなんて……」
「私は化学やら科学やらのことはよくわからないですけど、でも今の状況を見るとタイムスリップしてきたとしか言いようがありませんですね」絢は得意げにそう言った。
……絢の言ってるようにもしかしたら俺たちは弥生時代にタイムスリップしてきたのかもしれない……。しかし、そんなトンでもなことを信じれるわけがない……。いや、信じたくなかった……。信じられなかった……。
俺たちがそんなSFに巻き込まれるなんて……。太古のロマンを求め絢に連れられ巨大土人形を見に行ったら、俺たちがその『太古』へタイムスリップされてしまった。ミイラ取りがミイラというか……。絢についてきた俺にとっては理不尽な話である。俺たちこれからどうすればいいんだ……。
「くふぅ~それにしてもすごいです!」そんな俺をしり目に騒ぐ絢。
「タイムスリップ……しかも弥生時代……太古のロマン万歳です!」
なんだか絢は随分とハイテンションだった。お前……、不安のふの字が頭の中に入ってるのか……と聞いてみたいものだ。こんなことになってもこんなに元気とは……。いや、考古学オタクの絢にとって太古の昔にタイムスリップするというのは、死ぬほど喜ばしいことなんだろう。考古学者が長い間研究してきた研究の答えが今ここにあるのだから。こんなに喜ぶのも無理はない。
とはいえ……仮に俺たちが弥生時代にタイムスリップしてきたと考えて、俺たちはどうすればいいのだろうか。元の時代に帰れるのだろうか。帰る方法があるのだろうか。ずっとここで暮らさなきゃいけないのだろうか……。
いろんな不安が押し寄せる。いろいろなことがありすぎて処理しきれない。何もかも取り留めのないことことで頭がショートしそうだった。
しかし立ち止まってもいられない、何とかしなければ、不用心で無鉄砲なあいつの保護者として。
まぁ、今はとりあえず成り行きに任せておくとして……後々いろいろ考えないとなぁ。
そうこうしていると、弥生人の二人が戻ってきた。
「お前たち、実は門の兵いわく、ヒメノミコト様がお前たちのことを呼んでいるそうだ」弥生人の一人が俺たちに言った。
「ヒメノミコト?」また知らない言葉が出てきた。まるでどこか見知らぬ国へ来たみたいだ。正確には見知らぬ時代なのだが。
「ヒメノミコト……姫命……倭姫命……垂仁天皇の皇女のことじゃないんですか?」
「お前が何を言ってるかさっぱりわからないんだが……」誰か普通の人間はいないのか、ここには。
「お前たち、ヒメノミコト様のことも知らないのか……。お前たちは一体どこから来たんだ……」
「ええと、奈良県の古山市出身なんですけど」俺は答えた。
「ナラケン? フルヤマ? それってどこにあるんだ?」弥生人の二人は首をかしげていた。
「武くん……弥生時代の人にそんなの伝わるわけないじゃないですか」
「……そういやそうだな……」俺は少し照れながら言った。
「お前たちはホントにモサク一族の者じゃないんだな?」
モサク一族、というのは確かさっきの会話で出てきていたような気がする。モサク一族……なんか名前からして胡散臭そうな一族だなぁ……。
「なぁ、そのモサク一族ってどんな一族なんだ?」俺は弥生人の二人に訊いた。
「ここから北東にある洞窟に住んでる一族のことさ、俺たちはその一族と戦ってるのさ」
「戦ってる⁉」
戦い、闘い、戦争、殺し合い、そんなものテレビを通してしか今まで、一生の中で見たことがなかった。そんな俺にとっては戦争とは遠い昔か、遠い向こうの国のことでしか思っていなかった。
しかしここは弥生時代、くにとくにとの争いが絶えない時代……そんな時代に俺たちは放り出されたのだと改めて思う。
「戦ってるって……どうして戦ってるんだ……?」俺は訊いた。
「さぁ……何故だか知らんがあっちが攻撃してくるからなぁ……この国を守るため戦っているのさ」
国を守るためか……この目の前に見える国とやらを守るため命を懸ける……それは尊く、美しく、たくましいことだと思う。おそらくここの兵たちはヤマタ国を誇りに思って戦っているのだろう。二人の弥生人を見てなんとなく感覚的にそう思った。
「モサク一族ですか……よさく~が~きを~きる~」
「それは与作だ!」
「くふぅ~」絢は未だに、今でもハイテンションだった。そんな俺たちのやり取りを弥生人の二人は呆然と見ていた。
「……話がいろいろと逸れたが、とにかくヒメノミコト様がお前たちを呼んでるから、今すぐ宮殿に参ったほうがいい」
「そのヒメノミコトってやつは誰なんだ? どうして俺たちを呼んでるんだ」
「さぁ……詳しいことは知らんが、とにかくヒメノミコト様のところへ行くといい」
ヒメノミコトってやつはどんな奴なんだ?『様』ってついてるからみんなから敬われてるのかなぁ。それにしてもどうして俺たちを呼んでるんだろう。よそ者と思われる俺たちが……どうして……
「さぁ、ヒメノミコト様の宮殿まで案内するから付いてこい」
弥生人の二人は門を通って歩き出した。俺たちもとりあえずそのあとを追って歩き出した。
これから何が起こるのだろうか……