負傷
「んの野郎ぉー!」
喉から、枯れるほどの声を上げて俺は、ヤマタクレイに乗って剛実のもとへと走る。
ガン――――、
怒りに任せて、剛実とツクヨミの間に剣を振った。
その剣を振った場所には、一筋の剣の跡が残った。
「この野郎ぉ! 何で剛実を! 剛実が……剛実が何をしてっていうんだよ!」
お前なんか……お前なんか……お前たちなんか……
「殺してやる――――ッ!」
剣を大きく振りかぶる。
この一振りで、人間一人は容易く殺せるだろうか。
この一振りで、人間一人、潰せるだろうか。
目下のツクヨミを見据え、俺は意を決し、覚悟をし、それを――
「駄目です! 武くん!」ホノニギさんが叫んだ。
ホノニギさんは剛実のもとへと駆けよって剛実を抱きかかえていた。その背後には絢と久那もいた。
「殺したらいけません……。殺すのは……最悪の採択です……」
「そんな……事なんか……今は関係ない!」
「武くん!」絢が叫んだ。
「武くんは……そんなことしないです」
体中が心中がこんがらがり混線し混乱しどうにもなってしまいそうな状態の中――絢の言葉が響いた。
……俺は何をしているんだ。
殺して何になる。怒りに任せてどうする。
俺は振りかぶった剣をそっと降ろし、そして剛実の方を見た。
「ぐ……ぅ……」
かすかに、剛実の声が聞こえた。
「剛実くん!」
「剛実くん!」
「剛実!」
一斉に声をかけられる剛実。その剛実の腹には紅いものであふれていた。
「早く手当をしないと……ヤマタ国へ戻って手当てをしましょう」
と言って、ホノニギさんは剛実を肩に背負い、立ち上がる。
「でも、ホノニギさん……」言った久那は、正面のツクヨミを見据えた。
「早く行ってください、ホノニギさん」俺は言った。
「ツクヨミは俺が止めます。……殺したりはしませんから安心してください」
ホノニギさんは一瞬戸惑った顔をしたが、
「武くん……気を付けてくださいね」
「はい」
そう言って、ホノニギさんは剛実を肩に背負い去って行った。
後に残ったのは、俺とツクヨミ。
「ホノニギさんにはお前を殺さねぇって言ったけど、……正直俺はお前を殺したいほど憎い。ホノニギさんに歯向かって、そして……剛実をやりやがって……」
憎い。憎い。憎い。憎い……。
こんな深い憎悪を抱いたのは、初めてだ。
「でも……剛実はお前を殺さずに勝った……。だから俺はお前を殺さない。剛実の信念は、剛実の意志は……俺が継いでやる!」
殺したいけど、殺せない。
だって、剛実なら何があろうとそうすると思うから。
はぁ……。俺はまだまだだなぁ。剛実には全然届かないや。
ここにきて少しは自分が強くなったかと思ったが……そうでもなかったなぁ。
届かない。剛実には一生かかっても届かないのかもしれない。
でも、届かなくとも、俺はその方向へと進んでいく。剛実の道はまっすぐで正しい。だから、その道を通って行けば俺も剛実のようになれるかもしれない。
……剛実のような性格にはなりたくないけど。
俺は剣を正面に構え、
「さぁ、どうするツクヨミ。俺はお前を殺さねぇけど、でも、無防備のお前はこのヤマタクレイには勝てねぇだろ」
俺は正面の虚空に剣を振り、威嚇をすると、
「待て――」
突然、後方より声がした。
そこはホノニギさんが去って行った入り口の方。ホノニギさんと絢と久那はすでにそこから去っていて、そこに今いるのは……
「わらわが、ツクヨミの相手をする」
そこに卑弥呼がいた。
「ひ、卑弥呼! なんでお前がここに!」
「わらわはヤマタ国の主じゃ。だから武殿、お主は先に行け!」
そう言って卑弥呼はツクヨミの方へと近づき、ツクヨミと対峙する。
「でも……卑弥呼……、お前大丈夫なのかよ……」
この間『引きこもりビーム』を放ったとか聞いたが……大丈夫なのだろうか。
「安心しろ。ツクヨミのことは……私に任せろ。これは私の、私たちの問題だ。だから行ってくるのじゃ!」
卑弥呼が正面の大きな赤い色した扉を指差した。
「イザナギを……倒してきてくれ……。それがヤマタ国の女王の……ヤマタ国の人々の……願いじゃ!」
「卑弥呼……」
俺はそれを聞いて、その紅い扉を向き、
「イザナギを倒してくる。……そっちを任せたぞ卑弥呼」
「おお。行って来てくれ、武殿。終わらせてきてくれ、武殿」
ヤマタクレイは進行する。
イザナギを倒すため。
赤い扉の前に着き、それを拳で強引に押して開く。そこには暗い道がある。イザナギのもとへと続く道。
俺はそこへ歩いていく。ツクヨミのいた広間を後にする。
「剛実……」
頭には血にまみれた剛実の姿が浮かぶ。剛実は……大丈夫なんだろうか。
生きていると思うが、あんなに血を流していた……
剛実……
お前は俺のおかげで変われたというが、
俺はお前のおかげで変われたと思う。
……それが親友ってやつなんだろうか。
「行こうか」
すべてを終わらせる。
すべてを最善で終わらせるため、俺は行く。