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クレイ=大地の傀儡=  作者: カッパ永久寺
五日目 決戦
46/75

真剣

 真剣勝負。

 真剣の真剣による真剣なる勝負。

 薄暗い遺跡の中、剛実がツクヨミのもとへと寄り、そして対峙する。

 剛実の左手には短い剣、短刀。

 対するツクヨミの手には長い剣が……。

「これって分が悪かねぇか……」

 俺がワタツミの槍でかなり苦戦したことを踏まえると、長い武器ってのは厄介だと思う。

 大丈夫なのだろうか。

「それでは行こうか少年。ここからは真剣の勝負。負ければ死ぬ勝負。紅い紅い血が流れる勝負、血戦だよ。降参をするなら今のうちだよ」

「降参だとぉ! そんなこと男がするか!」

「フン、そうかい。それなら女の私も降参なんかしないよ。死ぬまで戦ってやる」

「俺は死なずに勝ってやる!」

「死なずに勝つ……。なんて傲慢な。それともバカなのか、少年君」ツクヨミが剣のように鋭く言った。

「ああ。確かに俺はバカかもしれねぇ。でも、俺は自分が間違ってるなんて思ってねぇ! 俺は、俺の信念を貫き通すだけだ!」

「信念……」ツクヨミがつぶやく。

「信念なんて……軽々しく呟くな。お前たち人間が……何もかも満たされた人間が信念なんでほざくんじゃない!」ツクヨミが叫んだ。

「お前たち人間って……お前も人間だろ?」剛実が言う。

「違う……私たちは人間じゃない。人間に似ているが、人間と違う存在……それがモサク一族だ!」ツクヨミが言った。

 モサク一族というのは、人間じゃないというのか。

 ツクヨミの容姿を見ても、どう見ても人間だったが……。しかし、『人間に似ているが、人間と違う存在』と言っていた。つまり、どういうことなんだ……。

「民族的な違い、のことでしょうかね……」ホノニギさんが俺に言った。

「モサク一族、その一族にはかつてたくさんの人がいて、そしてヤマタ国のようにくにを形成し暮らしていたと……ヤマタ国の老人から聞いたことがあります。……今ではイザナギの家族だけとなってしまいましたが、昔はちゃんと部族として成り立っていたそうなんです」

「モサク一族って……昔は人がいっぱいいて、くにみたいになってたのかよ……」

「そうだと言われています」

「でも……どうしてその一族が今はイザナギの家族だけになったんでしょう」

「さぁ……。部族がなくなるのはいろいろ理由がありますからねぇ。たとえば飢饉とか戦争とかで人が減ったとか……」

「私たちのモサク一族は……食べ物がなくなり、壊滅状態になったんだ」

 俺たちの会話を聞いてか、ツクヨミが言った。

「食べ物がなくなり、みんな争い合うようになって……気づいた時には生きていたのは私たちの兄弟だけだった。大人たちは……飢えか争いでみんな死んでしまった……。私はその時、まだ子供だった。兄のワタツミ兄さんとヤマツミ兄さんもまだ子供だった。そんな子供の私たちだけが残って、そして……私たちは空腹の中さまよっていた。私たちはまだ生きるすべを獲得していない幼い頃だった。だから私たちは……あの時死ぬはずだった……」

 ツクヨミは一呼吸おいて、

「でも、私たちは生き延びた。……私たちに『父上』と『母上』が現れた。父上と母上は私たちの救世主だった」

 その話の途中、ホノニギさんは怪訝な顔をしていた。

「『父上』と『母上』が現れたって……、『父上』と『母上』はモサク一族の、ヤマツミとかの本当の両親じゃないってことなのか……」

「ええ……。ヤマツミ、ワタツミ、ツクヨミ……と、両親とは血がつながっていません」ホノニギさんが言った。

 『父上』と『母上』は義理の両親だったのか。

「『父上』と『母上』は私たちに優しく接してくれた。私たちのために生き、私たちのために働き。そうやって『父上』と『母上』と仲良く過ごす日々が続いた。しかし……その後、母上は悪魔の子を(はら)んだ……」

「悪魔の子って……」

「『母上』が悪魔の子を産んだ日、生んだとき、母上は……黄泉へと帰ってしまった……。悪魔の子が母上を殺したんだ。悪魔の子が母上を……」

「そんな……」

 悪魔の子と言われる子を母上が生んだとき、母上が死んだ……というのは……。

 出産の際に母上が死んだってことなのか……。

 出産。

 確かにそれは古来から死のリスクが高いと言われ、それにより妊婦が死ぬこともある。こんな医療も発達していない弥生時代じゃなおさらのことだ。

 しかし、その子を悪魔の子と言うのは……

「父上は悪魔の子を殺した」

「えっ……」

「は……」

「ぇ……」

 殺した――って……。

「母上を殺した悪魔の子、カグヅチを殺したんだ。そして、その日から『父上』はヤマタ国を滅ぼすことを決めた!」

「えっ……?」

 どうしてそこで、ヤマタ国の話が突然出てくるんだ……?

 ホノニギさんは怪訝な顔をしたままだった。

「父上は言っていた。ヤマタ国を滅ぼせばすべてが救われると! すべてが報われると!」

「どうして……ヤマタ国を滅ぼすとすべてが救われるんだよ……」

「それは私たちにも知らない。ただ、私たちは父上を信じるのみ! 父上の信念を信じるのみだ!」

「月子ちゃん――――ッ!」

 突然、ホノニギさんが誰かの名前を呼んだ。

 誰の名前だろう。

 その名前を呼びかける相手は――

「月子ちゃん。僕です。ホノニギです。……覚えていますか」

 ホノニギさんはツクヨミにそう声をかけるが、返事はない。

「レッカさんの友人のホノニギです。ほら、たまにここにきて、遊んだり、ご飯を食べたりしましたでしょう。……覚えてませんか」

 ツクヨミは答えない。

 ホノニギは押し黙るツクヨミの方へと近づいていく。

「月子ちゃん。あなたはレッカさんに……お父さんに操られているだけです。あなたは傀儡(くぐつ)なんです……。お父さんが言っていた信念には、あなたたちが報われる結果は絶対にありません。お父さんが救われることもありません……。ただ、世界が救われるかもしれないだけです。でも、世界が救われても、……こんな世界の救い方じゃ何も意味がないんです……。こんなの……何も意味がないんです。信念なんて……そんなもの……クソ喰らえです!」

「お前は……お前は……! 父上の信念を侮辱するのか! 許せん! 赦せんぞぉー!」

 そう言って――

「死んで父上に詫びろぉおおおおー!」

 その刹那、ツクヨミの剣が、ツクヨミの剣閃が――ホノニギさんのもとに――。

 シャー、

 

 カチィイイイイン!

「お前が戦ってるのは……俺だ」短刀を持った剛実が言った。

 ツクヨミの剣は、剛実の担当によって防がれていた。

「ホノニギさん、下がってください」

「はい……」ホノニギさんは言われるがまま、スタスタと下がっていった。

「俺は頭よくねぇから、あんまりさっきの話分かんねぇんだけどよぉ。……でも、どうしてお前はその父上ってのに従ってんだよ! 自分の子供を殺した狂ったやつなのに、それに父上の信念ってのもホノニギさんの話じゃ『何の意味もない』もんじゃねぇかよ。それでどうして父上に従うんだよ!」

「父上は……私たちを救ってくれたんだ。だから……私たちはそれに報いなければ……」

 ああ……。そうか。

 恩返し。

 ……確かに、誰かに助けられたら、その恩を返したいと思う。

 俺もその気持ちをずっと引きずっている。ずっと報いようとしている。

 でも……俺が報いようとしてるのは、相手が絢だからである。

 それに……ツクヨミのは報いでもなんでもない。それは報いでなくて『服従』だ。本当に相手に報いようと思うなら……そんな間違ったことをしてはいけない。『服従』することが、相手のためになるわけないのだから……。

「その報いのために……ヤマタ国を滅ぼそうなんて……そんなの報いじゃねぇ!」剛実は叫んだ。

「お前だって分かってるだろ! こんなバカな俺だって分かるんだ! これが間違ったことって……分かってんだろ!」

「間違ってなんかない……父上の信念は……間違ってなんかない!」

 ツクヨミが剣を振った。

 だが、その剣の薙ぎは防がれた。

「当たんねぇぞ、そんなもん」剛実が不敵に微笑む。

「このやろぉー!」

 カン、カン、カン、カン、

 ツクヨミは次々と次々と剣を薙いでいくが、そのどれもたけみの短剣によって防がれる。

「す、すごいです! さすが剛実くんです! 全部華麗に捌いちゃってますです!」

「ほんとだわ……剛実ってあんなすごかったかしら……」久那が言った。

「剛実が押してるぜ……。あいつ真剣なんか使ったことねぇのに……」

 やはり剛実は武道ものでは何をやらせてもすごい。

 剛実はぐんぐんとツクヨミを押している。

 いや、押しているというより、……間合いに入って行っているというか。

 剛実はツクヨミの長い剣をしり目に間合いを縮めて言っている。

 確かに剛実の持ってる短剣は短いから、それくらい近づかないと攻撃が当たらないのだが……。

「あ、そうか……」

 剣道では、間合いを近づけ過ぎたら剣は当たらない。狭くてうまく剣を当てられないのである。

 剛実が間合いを詰めたせいで、ツクヨミは剣を振ってもうまく当たらない。間合いが近すぎてうまく当たらないのだ。

 その点、剛実の短剣は間合いが小さい方が当てやすいので、こっちは有利だ。

 やはりさすが剛実だなぁと思った。

 ツクヨミは剣を振り続け、剛実はそれを防いでいく。

 そして剛実は、隙を見計らい、そして隙を見つけ、少し剣を振り上げ、

 ガン、

「うっ……」剛実の攻撃が当たった。

 ……攻撃が当たったと言ったが、その攻撃は剣劇ではなく、打突だった。剛実は剣の柄をツクヨミの肩に向けてぶつけたようだ。

 剣の刃で攻撃せず、柄で攻撃するとは剛実らしい。……情けをかけて、それで攻撃を決めるとはすばらしい。

「うっ……。お前……どうして情けをかけた……」

「どうしてって、殺したくなかったからに決まってんだろ。血も見たくなかったしな」

「ハッ……日和ったことを言いやがって……」

 そう言って、ツクヨミは起き上がる。

「これから本気でやるぞ、少年」

「ああ! こっちはいつでも本気だ!」

 カン、カン、カン、

 互いが剣を打ち鳴らす。

 拮抗した状態。しかし、剛実が若干押している。

 そして、剛実は左手の剣を下に引き、右手を鋏のように開き、上方に構え、ツクヨミの左手、剣を持つ方の腕を捕えた。そして、ツクヨミが剣を振った勢いを殺さぬまま、剛実はその手を背負い、そして――

 ドン、と地面にツクヨミが投げ飛ばされた。

「ぐ……ハッ……」

 倒れるツクヨミ、すかさず剛実はツクヨミのそばにより、ツクヨミの剣を奪った。

 そして、その剣先をツクヨミに向け、

「降参しろ!」そう告げた。

 ツクヨミは険しい顔をしていた。

「さすが剛実くんです! 完全勝利です!」

「ホントさすがだぜ……。剣を使わず伸すなんて」ホント剣士の鏡だなぁと俺は思った。

 そんな中、そのツクヨミに近づくホノニギさんがいた。

 ホノニギさんはツクヨミの方へと寄った。

「月子ちゃん……」ホノニギさんが呟いた。

 ――――そのとき、

 ツクヨミの顔が一瞬にして鬼のように赤くなり、そして目が鬼のように恐ろしくなり、ホノニギさんをギラリと見つめ――、

「うぁああああああああああああああああああああああああー!」

 ツクヨミが、疾駆した。

 ホノニギさんに向かって真っすぐに、

 剛実の構える剣も振り払い、

 そして、手には銀の刃物。

 ――あれは、剣を隠し持ってたのか……。

 そう思ったのもつかの間、その刃物はホノニギさんに向かっていき、

「ぐぁー!」

 その間に、――剛実が入ってきた。

 手には剣を持っていた。が、それを構える間もなく――、

 刃物は、剛実の腹へと……

「うがぁぁああああ……ぁ……」

 紅い(しずく)(こぼ)れる。

「たぁ……た……けみ……剛実……!」

 頭が真っ白になり、俺は親友の名を叫ぶだけで精一杯だった。

 絢と久那は、悲観な顔で泣いていて、

 ホノニギさんは、口を開けたまま動けず、

 雫はぽたぽたと絶え間なく落ちていき、そして紅い溜りを形成し、

 その溜りに、剛実が倒れた。

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