真剣
真剣勝負。
真剣の真剣による真剣なる勝負。
薄暗い遺跡の中、剛実がツクヨミのもとへと寄り、そして対峙する。
剛実の左手には短い剣、短刀。
対するツクヨミの手には長い剣が……。
「これって分が悪かねぇか……」
俺がワタツミの槍でかなり苦戦したことを踏まえると、長い武器ってのは厄介だと思う。
大丈夫なのだろうか。
「それでは行こうか少年。ここからは真剣の勝負。負ければ死ぬ勝負。紅い紅い血が流れる勝負、血戦だよ。降参をするなら今のうちだよ」
「降参だとぉ! そんなこと男がするか!」
「フン、そうかい。それなら女の私も降参なんかしないよ。死ぬまで戦ってやる」
「俺は死なずに勝ってやる!」
「死なずに勝つ……。なんて傲慢な。それともバカなのか、少年君」ツクヨミが剣のように鋭く言った。
「ああ。確かに俺はバカかもしれねぇ。でも、俺は自分が間違ってるなんて思ってねぇ! 俺は、俺の信念を貫き通すだけだ!」
「信念……」ツクヨミがつぶやく。
「信念なんて……軽々しく呟くな。お前たち人間が……何もかも満たされた人間が信念なんでほざくんじゃない!」ツクヨミが叫んだ。
「お前たち人間って……お前も人間だろ?」剛実が言う。
「違う……私たちは人間じゃない。人間に似ているが、人間と違う存在……それがモサク一族だ!」ツクヨミが言った。
モサク一族というのは、人間じゃないというのか。
ツクヨミの容姿を見ても、どう見ても人間だったが……。しかし、『人間に似ているが、人間と違う存在』と言っていた。つまり、どういうことなんだ……。
「民族的な違い、のことでしょうかね……」ホノニギさんが俺に言った。
「モサク一族、その一族にはかつてたくさんの人がいて、そしてヤマタ国のようにくにを形成し暮らしていたと……ヤマタ国の老人から聞いたことがあります。……今ではイザナギの家族だけとなってしまいましたが、昔はちゃんと部族として成り立っていたそうなんです」
「モサク一族って……昔は人がいっぱいいて、くにみたいになってたのかよ……」
「そうだと言われています」
「でも……どうしてその一族が今はイザナギの家族だけになったんでしょう」
「さぁ……。部族がなくなるのはいろいろ理由がありますからねぇ。たとえば飢饉とか戦争とかで人が減ったとか……」
「私たちのモサク一族は……食べ物がなくなり、壊滅状態になったんだ」
俺たちの会話を聞いてか、ツクヨミが言った。
「食べ物がなくなり、みんな争い合うようになって……気づいた時には生きていたのは私たちの兄弟だけだった。大人たちは……飢えか争いでみんな死んでしまった……。私はその時、まだ子供だった。兄のワタツミ兄さんとヤマツミ兄さんもまだ子供だった。そんな子供の私たちだけが残って、そして……私たちは空腹の中さまよっていた。私たちはまだ生きるすべを獲得していない幼い頃だった。だから私たちは……あの時死ぬはずだった……」
ツクヨミは一呼吸おいて、
「でも、私たちは生き延びた。……私たちに『父上』と『母上』が現れた。父上と母上は私たちの救世主だった」
その話の途中、ホノニギさんは怪訝な顔をしていた。
「『父上』と『母上』が現れたって……、『父上』と『母上』はモサク一族の、ヤマツミとかの本当の両親じゃないってことなのか……」
「ええ……。ヤマツミ、ワタツミ、ツクヨミ……と、両親とは血がつながっていません」ホノニギさんが言った。
『父上』と『母上』は義理の両親だったのか。
「『父上』と『母上』は私たちに優しく接してくれた。私たちのために生き、私たちのために働き。そうやって『父上』と『母上』と仲良く過ごす日々が続いた。しかし……その後、母上は悪魔の子を孕んだ……」
「悪魔の子って……」
「『母上』が悪魔の子を産んだ日、生んだとき、母上は……黄泉へと帰ってしまった……。悪魔の子が母上を殺したんだ。悪魔の子が母上を……」
「そんな……」
悪魔の子と言われる子を母上が生んだとき、母上が死んだ……というのは……。
出産の際に母上が死んだってことなのか……。
出産。
確かにそれは古来から死のリスクが高いと言われ、それにより妊婦が死ぬこともある。こんな医療も発達していない弥生時代じゃなおさらのことだ。
しかし、その子を悪魔の子と言うのは……
「父上は悪魔の子を殺した」
「えっ……」
「は……」
「ぇ……」
殺した――って……。
「母上を殺した悪魔の子、カグヅチを殺したんだ。そして、その日から『父上』はヤマタ国を滅ぼすことを決めた!」
「えっ……?」
どうしてそこで、ヤマタ国の話が突然出てくるんだ……?
ホノニギさんは怪訝な顔をしたままだった。
「父上は言っていた。ヤマタ国を滅ぼせばすべてが救われると! すべてが報われると!」
「どうして……ヤマタ国を滅ぼすとすべてが救われるんだよ……」
「それは私たちにも知らない。ただ、私たちは父上を信じるのみ! 父上の信念を信じるのみだ!」
「月子ちゃん――――ッ!」
突然、ホノニギさんが誰かの名前を呼んだ。
誰の名前だろう。
その名前を呼びかける相手は――
「月子ちゃん。僕です。ホノニギです。……覚えていますか」
ホノニギさんはツクヨミにそう声をかけるが、返事はない。
「レッカさんの友人のホノニギです。ほら、たまにここにきて、遊んだり、ご飯を食べたりしましたでしょう。……覚えてませんか」
ツクヨミは答えない。
ホノニギは押し黙るツクヨミの方へと近づいていく。
「月子ちゃん。あなたはレッカさんに……お父さんに操られているだけです。あなたは傀儡なんです……。お父さんが言っていた信念には、あなたたちが報われる結果は絶対にありません。お父さんが救われることもありません……。ただ、世界が救われるかもしれないだけです。でも、世界が救われても、……こんな世界の救い方じゃ何も意味がないんです……。こんなの……何も意味がないんです。信念なんて……そんなもの……クソ喰らえです!」
「お前は……お前は……! 父上の信念を侮辱するのか! 許せん! 赦せんぞぉー!」
そう言って――
「死んで父上に詫びろぉおおおおー!」
その刹那、ツクヨミの剣が、ツクヨミの剣閃が――ホノニギさんのもとに――。
シャー、
カチィイイイイン!
「お前が戦ってるのは……俺だ」短刀を持った剛実が言った。
ツクヨミの剣は、剛実の担当によって防がれていた。
「ホノニギさん、下がってください」
「はい……」ホノニギさんは言われるがまま、スタスタと下がっていった。
「俺は頭よくねぇから、あんまりさっきの話分かんねぇんだけどよぉ。……でも、どうしてお前はその父上ってのに従ってんだよ! 自分の子供を殺した狂ったやつなのに、それに父上の信念ってのもホノニギさんの話じゃ『何の意味もない』もんじゃねぇかよ。それでどうして父上に従うんだよ!」
「父上は……私たちを救ってくれたんだ。だから……私たちはそれに報いなければ……」
ああ……。そうか。
恩返し。
……確かに、誰かに助けられたら、その恩を返したいと思う。
俺もその気持ちをずっと引きずっている。ずっと報いようとしている。
でも……俺が報いようとしてるのは、相手が絢だからである。
それに……ツクヨミのは報いでもなんでもない。それは報いでなくて『服従』だ。本当に相手に報いようと思うなら……そんな間違ったことをしてはいけない。『服従』することが、相手のためになるわけないのだから……。
「その報いのために……ヤマタ国を滅ぼそうなんて……そんなの報いじゃねぇ!」剛実は叫んだ。
「お前だって分かってるだろ! こんなバカな俺だって分かるんだ! これが間違ったことって……分かってんだろ!」
「間違ってなんかない……父上の信念は……間違ってなんかない!」
ツクヨミが剣を振った。
だが、その剣の薙ぎは防がれた。
「当たんねぇぞ、そんなもん」剛実が不敵に微笑む。
「このやろぉー!」
カン、カン、カン、カン、
ツクヨミは次々と次々と剣を薙いでいくが、そのどれもたけみの短剣によって防がれる。
「す、すごいです! さすが剛実くんです! 全部華麗に捌いちゃってますです!」
「ほんとだわ……剛実ってあんなすごかったかしら……」久那が言った。
「剛実が押してるぜ……。あいつ真剣なんか使ったことねぇのに……」
やはり剛実は武道ものでは何をやらせてもすごい。
剛実はぐんぐんとツクヨミを押している。
いや、押しているというより、……間合いに入って行っているというか。
剛実はツクヨミの長い剣をしり目に間合いを縮めて言っている。
確かに剛実の持ってる短剣は短いから、それくらい近づかないと攻撃が当たらないのだが……。
「あ、そうか……」
剣道では、間合いを近づけ過ぎたら剣は当たらない。狭くてうまく剣を当てられないのである。
剛実が間合いを詰めたせいで、ツクヨミは剣を振ってもうまく当たらない。間合いが近すぎてうまく当たらないのだ。
その点、剛実の短剣は間合いが小さい方が当てやすいので、こっちは有利だ。
やはりさすが剛実だなぁと思った。
ツクヨミは剣を振り続け、剛実はそれを防いでいく。
そして剛実は、隙を見計らい、そして隙を見つけ、少し剣を振り上げ、
ガン、
「うっ……」剛実の攻撃が当たった。
……攻撃が当たったと言ったが、その攻撃は剣劇ではなく、打突だった。剛実は剣の柄をツクヨミの肩に向けてぶつけたようだ。
剣の刃で攻撃せず、柄で攻撃するとは剛実らしい。……情けをかけて、それで攻撃を決めるとはすばらしい。
「うっ……。お前……どうして情けをかけた……」
「どうしてって、殺したくなかったからに決まってんだろ。血も見たくなかったしな」
「ハッ……日和ったことを言いやがって……」
そう言って、ツクヨミは起き上がる。
「これから本気でやるぞ、少年」
「ああ! こっちはいつでも本気だ!」
カン、カン、カン、
互いが剣を打ち鳴らす。
拮抗した状態。しかし、剛実が若干押している。
そして、剛実は左手の剣を下に引き、右手を鋏のように開き、上方に構え、ツクヨミの左手、剣を持つ方の腕を捕えた。そして、ツクヨミが剣を振った勢いを殺さぬまま、剛実はその手を背負い、そして――
ドン、と地面にツクヨミが投げ飛ばされた。
「ぐ……ハッ……」
倒れるツクヨミ、すかさず剛実はツクヨミのそばにより、ツクヨミの剣を奪った。
そして、その剣先をツクヨミに向け、
「降参しろ!」そう告げた。
ツクヨミは険しい顔をしていた。
「さすが剛実くんです! 完全勝利です!」
「ホントさすがだぜ……。剣を使わず伸すなんて」ホント剣士の鏡だなぁと俺は思った。
そんな中、そのツクヨミに近づくホノニギさんがいた。
ホノニギさんはツクヨミの方へと寄った。
「月子ちゃん……」ホノニギさんが呟いた。
――――そのとき、
ツクヨミの顔が一瞬にして鬼のように赤くなり、そして目が鬼のように恐ろしくなり、ホノニギさんをギラリと見つめ――、
「うぁああああああああああああああああああああああああー!」
ツクヨミが、疾駆した。
ホノニギさんに向かって真っすぐに、
剛実の構える剣も振り払い、
そして、手には銀の刃物。
――あれは、剣を隠し持ってたのか……。
そう思ったのもつかの間、その刃物はホノニギさんに向かっていき、
「ぐぁー!」
その間に、――剛実が入ってきた。
手には剣を持っていた。が、それを構える間もなく――、
刃物は、剛実の腹へと……
「うがぁぁああああ……ぁ……」
紅い雫が零れる。
「たぁ……た……けみ……剛実……!」
頭が真っ白になり、俺は親友の名を叫ぶだけで精一杯だった。
絢と久那は、悲観な顔で泣いていて、
ホノニギさんは、口を開けたまま動けず、
雫はぽたぽたと絶え間なく落ちていき、そして紅い溜りを形成し、
その溜りに、剛実が倒れた。