奪還
久那と女が対峙するところまで着く。
「おい、お前は……」
一体誰なんだよ、と言ってその女の方を見た。
女は、卑弥呼が来ていたような白い衣を着ていた。髪は長く黒い。背は女にしては長身、久那よりも5,6センチほど高い。
そして、その女の左手には、
「剣……ッ!」
真剣。銀色の白く光る細長い鉄。その長さは女の半身ほどもある長さだった。
女はその剣の柄を持って久那の正面に立っていた。
どうして……そんな状況に……。
「久那から離れろーッ!」
とっさにその二人の間に剛実が入ってきた。
剛実は女の方を向き、手を横に広げて、足幅を横に広げて久那を防衛するポーズをとる。
「た、剛実!」その突然の状況に久那が口を開く。
「あ、あんた離れなさいよ! あんたそのままだとやられちゃうわよ!」
「それはこっちのセリフだッ!」剛実が叫んだ。
「いいからお前は離れてろ! 俺はそこのやつを止めとくから!」
「あんた状況分かってんの!」
「分かってねぇ! ……ただ、お前を守らねぇといけねぇことだけは分かってる!」
「あんたねぇ……」そう言い、久那はうつむく。
「久那ちゃん! 大丈夫ですか!」久那より1,2メートル向こうにいる絢が言う。
俺と、俺の乗るヤマタクレイはちょうど絢の隣にてその情景を眺めていた。
その隣のホノニギさんも同じくそこを見据えていた。
「大丈夫よ。何ともないわ……」久那が平然と言う。
「くふぅ~……。それは何よりです……」絢は安堵する。
「おい久那……一体全体何がどうなってんだよ」
「…………」久那は答えない。
「……あいつに殺されそうになったのか」俺は訊く。
しかし久那は答えない。
「私は、あいつを倒そうとしたのさ」代わりに、女が答えた。
「倒そうとしただと!」俺と絢と剛実、3人が驚く。
「私は『父上』の娘の『次女』ツクヨミ。父上の命を受けモサク一族に仇なすものを、ヤマタ国のものを倒す者だ!」
「ツクヨミ……。お前が……」
リングクレイを動かし、ヤマタ国に襲来し、そしてヤマタ国に攻撃し、……そして久那を連れて行った奴だ。
久那を連れ去らったのはこのツクヨミで、そして今ツクヨミはその連れ去らった久那を倒そうと……殺そうとしていた。
「許さねぇ……。ふざけるなよ……。どうして久那を! どうして久那をさらって! そして殺そうとなんて!」
「さらって? なんの話だ?」
「この野郎ぉ……ふざけやがって!」
俺は動こうとする。ヤマタクレイは動こうとする。
その時、
「待て」剛実が叫んだ。
「武、お前はそこに居ておけ」
「な、なんでだよ! 戦うのは俺の役割だろ」
「いや、……今回はお前はここで待っていてくれ。今回は俺が戦う」
「何言ってんだよ剛実、無茶を言うなよ!」
「お前にはまだ戦うべき奴がいるんだろ。『父上』のイザナギとか言うやつと戦うんだろ。お前はその戦いに備えて今回は俺に任せろ」
「でも……クレイがなきゃ……」
「相手はクレイに乗るやつじゃないんだろ。えと……ケンカク操作だっけ?」
「遠隔操作です!」絢が言った。
「まぁ……とにかくクレイに乗るやつじゃないから何とかなるんじゃないのか?」
「いや……リングクレイ操られたらどうにもならないんじゃねぇのか」
そのリングクレイに立ち向かおうとしたヤマタ国の誰かさんがいたかもしれないが。
「ここではリングクレイは操れん」突然、ツクヨミが口を開いた。
「あいにく、広いところでないとリングクレイは操れんしな」
「ほら、武。ツクヨミもリングクレイ動かせないって言ってるし」
…………。
おい剛実、お前はこれを敵の罠だとか思わないのか?
でも、これは真実なのか罠なのか。もしかしたら真実のような気もする。
しかし……敵の言うことを素直に聞くのは危険な気がする。
「……どうする、絢」
「そうですねぇ。ひとまずツクヨミの言うことを受け入れて……、それでもしリングクレイが来たら武くんがそのリングクレイを倒すってのはどうでしょうか」
「おお……。そりゃいい考えだな」
それならツクヨミの言ったことがわなだったとしてもなんとかなるなぁ。
「まぁ、それはそれとして……剛実を戦わせるってのはなぁ」
「剛実くん武くんより強いから何とかなるんじゃないですか?」
「いや、そういうことじゃなくて。……ヤマタクレイで生身のツクヨミと戦ったらすぐに決着がつくと思うんだが……」
「武くんそれ卑怯じゃないですか……。体格差とかいろんなハンデがありありだと思うんですが……」
こんな時に卑怯うんぬん言ってられないと思うが……。
しかし、何にしても生身の剛実を戦わせたくない。
ヤマタクレイに乗る俺ならまだしも、剛実は生身だ。やられたら死ぬ。
それに加えて剛実は実戦経験がない。確かに剣道の腕はピカイチだが、それが実戦と結びつくかどうかは不明だ。
つまり、どう転ぶかわからない。
そんなことに、親友を突っ込ませるわけにはいかない。
「剛実。お前の気持ちはうれしいが。……やっぱり俺が戦わねぇと」
「いや、俺が戦う!」
「何言ってんだお前。生身で戦ったら死ぬかもしれねぇんだぞ!」
「俺は死ぬわけねぇじゃねぇか!」
「そんな自信どっから出て来るんだよ! そんな確証どっから出てくるんだよ!」
「お前からだよ!」剛実が叫んだ。
「俺は死なねぇ! 何があろうと死なねぇ! そのために俺は強くなってきたんだ! もう俺はあの時みたく討ち死にしようなんか思わねぇ! 俺は命を懸けて戦おうなんて思わない! 命なんて懸けるもんか! 俺は生きるんだ! 命なんか掛けなくたって俺は勝ってやるぜ!」
「剛実……」
あの時。当時の剛実と180度変わった剛実が叫んだ。
そうか、そうだよな。
命を懸けるなんて馬鹿な話だ。
そんなのあのワタツミと同じだ。……人のために死ぬなんて。
人のために生きなきゃならない。
「お前は……生きるんだよな」
「もちろんだ! 武!」
「そうか……、それなら戦って来い。久那の仇を取って来い」
「仇って……私生きてるんだけど……」久那が呟いた。
「それじゃあ行ってくるぜ。戦ってくるぜ、武」
「ああ、絶対勝って来いよ。生きて帰って来いよ」
「もちろんだ!」
そう言って剛実が行こうとしたとき、
「剛実くん」ホノニギさんが剛実の背に声をかける。
「どうしましたか、ホノニギさん?」
「これを使ってください」
そう言ってホノニギさんは剛実に短刀を渡した。
「これは……」
「これでツクヨミと戦ってください。相手は真剣を使っていますから……。短刀なので短いですが、うまく使って戦ってください」
「ホノニギさん……ありがとうございます!」
剛実はそう言って、その剣を両手で持ち、鞘から剣をを抜く。その鞘から銀色の剣が出てきた。
剛実はその剣を左手に持ち、
「それじゃあ行ってきます!」
と言ってツクヨミのもとへと走っていった。