鬼門
鬼門。
艮の、すなわち北東の方角のことをそういうらしい。(出典:絢ペディア)
俺たちは北東へと向かっていた。
北東のモサク一族の本拠地へと。
鬼門のモサク一族の本拠地へと。
モサク一族、極悪非道なる父上からなる家族。
『鬼』のような一族。
その一族と俺は戦う。
何もない広大な荒野。
そこを歩くのは巨大な土人形のヤマタクレイと、その後方に続く3人、ホノニギと絢と剛実である。
「ホノニギさん、方向はこっちで合ってるんですか」
「ええ。そっちの方をまっすぐ行けばいいです」
ホノニギさんは手に方位磁石を乗せて、その指針より北東を読み取っていた。その方位磁石はなんとホノニギさん自作の方位磁石らしい。方位磁石って作れるんだなぁ。絢が「3大発明を先取りです!」とか言ってはしゃいでいた。
絢は相変わらずはしゃいでいた。
対する剛実は険しい顔をしていた。
やはり久那のことが気にかかるのだろう。
久那、は大丈夫なのだろうか。
いくら人質と言っても、捕えられているのはモサク一族のもとである。自分の息子であるヤマツミを殺すような……狂ったやつである。
久那……無事でいてくれよ。
それは気休めな思いかもしれないが……しかし今は憂う気持ちを拭い向かわなければ。
剛実に対し、ホノニギさんは朗らかな顔をしていたが、その朗らかな顔の裏に何か深く昏いものが見えた。
モサク一族を倒すことは、ホノニギさんにとってどのようなことなのだろうか。
……ホノニギさんは、ヤマツミと面識があったようだし……もしかしたら『モサク一族』と面識があるのかもしれない。
昔、モサク一族と仲良くしていたが、今は決裂してる……とかいう話なのだろうか。
それならば……これからモサク一族の『父上』イザナギと戦いに行くということは……
ホノニギさんにとっては……どんな意味があるのか……。
「ホノニギさん」
「なんですか、武くん」
「その……ホノニギさんは『父上』のイザナギのことをどう思っていますか」
「…………」ホノニギさんは黙ってしまった。
話が直球過ぎたのだろうか。
しばらくしてホノニギさんは顔を上げて、
「……『父上』のイザナギは……ヤマタ国の人たちにとって許せない存在です。ですから武くん、倒してきてください」
「……倒してって、『殺せ』ってことですか」
「いえ……別に殺さなくても、降伏させるだけでいいです。とにかくイザナギの暴走を停止させてください。殺すなとは言いませんが、殺せとは言いませんが……とにかく、武くん、……あの人を止めてください……」
「ホノニギさんはイザナギを止めてほしいんですか」
「止めることが……僕の義務なんです。でも、僕じゃ止められないから、こうして武くんに頼っているんです。……武くんたちにこんなことを頼むのは筋違いかと思いますが……でも、僕は……どうしてもあの人を止めなければならないんです。だから……お願いします」
「ホノニギさん」項垂れるホノニギさんの顔が正面の壁に映る。
「……ホノニギさんの頼みなら受けますよ。ホノニギさん、イザナギを止めてやりますよ。俺に任せてください」
「武くん……」ホノニギさんが顔を上げて言った。
しかし……なかなかたどり着かないものだ。
いくら歩いても本拠地が見えてこない。
「くふぅ~……まだですかぁ~、長いですねぇ……」力なく言う絢。
「大丈夫かよ、絢」
「武くんはいいですねぇ、クレイに乗ってるからそんな疲れないでしょ」
「いや……これ結構疲れるんだぜ」
「そうなんですか?」
「ああ……こういう疲労とかも伝わるというか、リンクしてるというか……とにかく歩いてるのとあんま変わりないように感じんだよ」
「へぇ、そーなんですか」絢が言った。
クレイは俺の体の延長線みたいなものだ。大きな鎧と言った感じだ。
それゆえに感じたくないものまで鮮明に確実に伝わってくる。それがいいのか悪いのかよくわからないが、まぁ、こういうものだと割り切るしかない。
そしてそれからしばらく歩いた後。
「ん? ありゃぁ……」
遠くの方に、一つの遺跡のようなものが見えた。
石で組まれた、ピラミッドのような遺跡。
その遺跡の大きさは、京セラドームほどの大きさだろうか。
「あれが……モサク一族の本拠地ですか」俺はホノニギさんに訊く。
「ええ。あれがモサク一族の棲む家です……。おそらくあそこにツクヨミとイザナギ……そして久那さんがいるのでしょう……」
ついに本拠地に来たか……。
俺たちはその遺跡の方に向かってしばらく歩いていく。
そしてそれから10分ほど後。
モサク一族の本拠地の入り口へと着いた。
「随分大きな入口だなぁ……」
遺跡自体の大きさもさることながら、その入り口もかなり大きい。
正四角の形をした入口。その入り口はヤマタクレイを横に2体、その上に2体載せても入るぐらいの大きさだった。
ここからクレイが出ていくために、こんなに大きな入口になってるのだろうか。
俺たちはその大きな入口に恐る恐る入っていく。
遺跡の中。
遺跡の中は広い。そしてがらんどう。ホールのような広い場所。
ホールに見えるそこは玄関兼通り道らしい。
通り道の脇には……どこかで見たことあるような土の人形。
「くふぅ~、あれは馬のリングクレイ、あれは人型、あれは家型、あれは円筒型……いろいろありますねぇ」
たくさんの様々な形状のリングクレイが並んでいた。
「ここにあるやつがヤマタ国を襲撃していたのか……?」俺は辺りのリングクレイを見回しながら言う。
「どうなんでしょうかねぇ。……もしかしたらここ以外にもあるのかもしれません」
「ここ以外にもって……」
リングクレイってのはどんだけあるもんなんだろう。
昨日、100体もリングクレイが襲来してきていたし、そもそも俺たちが来る前にも何回かリングクレイをヤマタ国に送っていたし……。それを考えると、そのリングクレイを格納する倉庫みたいなのがあってもおかしくないような気がする。
「ここにあるのは単なる飾りのリングクレイなのかもしれませんねぇ」
「飾りって……そんな悪趣味なもん飾らねぇで欲しいぜ……」俺はため息を付いた。
「ホノニギさん! ちょっとここのリングクレイ調べてもいいですか!」
「おい絢……お前一体何しに来たと思ってるんだよ!」
「あ、久那ちゃんのことすっかり忘れてたです」
おいおい……ここに来た趣旨を忘れてどうする……。
そんなアホな絢はほっといて俺たちは進んでいく(後ろから絢が「待ってくださいですぅ~!」と言いながら来る)。
そして、しばらく進んだ後。
「おっきな扉ですねぇ……」
目の前に、赤色の観音開きの大きな木製の扉があった。
その扉の大きさは、ヤマタクレイより一回りか二回り大きいぐらいの大きさだった。
「鍵がかかってませんねぇ。ここから中へ入れると思いますが……」
ホノニギさんはそう言って、扉の右側に手をかける。
「すいませんが剛実くん、反対側の方をお願いできますか」
「お安いご用です!」
そう言って二人が扉に手をかけて、扉を開けていく。
開けていくと、ギギギギギ……と音がした。
そしてその中には、
「ん?」
中はホールのような広い空間。
その中には一人の女の人。
そして、その女の人の正面に、久那が対峙していた。
「く、久那!」
「久那ちゃん!」
「久那ァアアアアー!」
一体何が起きていたのか。それとも起きているのか。
俺たちはその二人のもとへと駆けていく。