急襲
「ど、どうなってんだよ! リングクレイって……」
リングクレイってのは確か、初日に来たクレイの一種で……確か遠隔操作で動くクレイだったなぁ。
初日に来たのは確かめちゃデフォルメってた人型の埴輪だったが、今眼前に見えるのは馬型の埴輪だった。
まぁ、馬だろうがなんだろうが……襲ってくるなら何とかしないと。
しかしこんな時間に来るとは……
「くふぅ~、夜襲ですか。モサク一族もオツなことしますですねぇ。小田原の役ですか!」
「いいから早くクレイを動かさねぇと……。絢! 行くぞ!」
「はいです!」
俺と絢は立ち上がる。
「剛実、頑張って来いよ!」剛実が声をかけた。
「ああ!」
「やってやりなさい! 武!」久那が声をかけた。
「ああ! 行ってくるぜ!」
「くふぅ~! 任せるです!」
俺と絢は後方の剛実と久那とその背後にいる宴にいたヤマタ国の人たちに手を振って。広場を後にして久禮堂へと向かう。
誰もいない真っ暗ながらんどうの久禮堂の中。
「燐! お前の力を貸してくれぇ!」
俺は目の前のヤマタクレイに向かってそう叫んだ。すると俺の視界は白で埋め尽くされ……全部が白になり、そしてその白が消えたときには、俺はヤマタクレイの中にいた。
「さぁ、行くぜ。リングクレイめ、倒し尽くしてやるぜ!」
ヤマタクレイが大地を踏みしめ、ドシンと歩きだす。
「た、武くん!」絢の声が聞こえた。
「絢、今日はお前ヤマタ国の方に居ろ。……どうせ相手はリングクレイだからお前の力入らないと思うから」
「はいです!」
絢と別れ、ヤマタクレイは走っていく。
さぁ、やってやるぜリングクレイ。
さぁ倒してやるぜリングクレイ。
初日のときとは違う『俺』を見せてやる!
俺はヤマタ国の門へと駆けていく。
そして、門からヤマタ国の外へと出る。
「さぁ! どこだリングクレイ!」
夜だからか、若干の眠気が俺に襲ってきていたが、しかし相手はリングクレイ。初日のときは6体ほどしか来ていなかったから、今回も少数だろう。所詮遠隔ロボット、雑魚だ。
さぁ、さっさとリングクレイを倒して広場に戻……
「へ……」
そこには、100体の馬型のリングクレイがいた。
「ふざけんなぁああああああああ!」
ひゃ、100体だと……
ふざけるなよ……。この前6体だったじゃん……。
モサク一族さん本気出し過ぎですよ……。
しかし……そんなことも言ってられない。とにかく100体でも1000体でも倒さないと……。
「行くぜ!」
掌を天に突出し、剣を手に取り、俺は動く。ヤマタクレイは動く。
100体のリングクレイの元へと。
「はぁ……はぁ……。さすが馬……。すばしっこいぜ……」
何とか30体ほど倒しただろうか。
俺は骨を折っていた。苦労していた。苦闘していた。
馬のクレイは、初日に現れた人型埴輪のように、剣を一発振り入れればがしゃんと潰れてしまうのだが。
しかし……初日のやつとの違いは、その移動速度と移動方法である。
馬のクレイは移動をする際、そのボディを浮かせて移動していた。
人型クレイのぴょんぴょんと飛び跳ねる動きとは違い、馬のクレイは体を地面から浮かせ(どういう原理で浮いているか皆目見当がつかないが)、そしてそのまま目標地点へと、スライドする。馬のクレイはボデイを浮かせ、数秒ほどスライドした後、休憩するかのように地面に足をつける。どうやらずっと浮いておくことはできないようだ。まるでトノサマバッタのような飛び跳ねる動きだった。俺は馬のクレイが足を地面に付けたときを見計らって馬のクレイに攻撃を仕掛けていたが、
「くそう……避けやがって!」
俺が剣を振り下ろす前に馬のクレイはスーッと通っていってしまう。俺は慌ててそれを追いかける。そしてなんとか追撃をする……。
そんな感じで30体を倒したわけだが……。
正直きつい。相手がすばしっこいというのは厄介だ。
俺は今馬のクレイと戦ってるのと同時に、ヤマタ国の防衛もしている。戦いつつ、ヤマタ国を守っている。
ヤマタ国にリングクレイを侵入なんかさせたら大変なことになる。初日のリングクレイは少数だったのでそんなこと考えなくてよかったが、
……今回は100体だからなぁ。
油断したらどどっとたくさんのリングクレイが入り込んでしまう可能性もある。それだけは避けなければならない。どうにか死守をしなければ。
防衛と攻撃。
確か、『攻撃は最大の防御』とか言うよなぁ。
つまり『防衛と攻撃』をこなすには攻撃しかない。
100体すべてを倒せば防衛も攻撃も終わりである。
「行くぜ、ヤマタクレイ。たったとカタつけてやろうぜ!」
眠い眼を拭い、
重い疲れを振り払い、
暗い不安を忘却し、
「うぉりゃー!」
俺は駆けだす。
……90体目。
な、何とか90体まで行ったけど……。
う、腕が……棒のようだ。
しかし……まだ10体残ってる。
とにかくあとちょっとだ……頑張らねぇと。
「――――はっ!」
剣を馬クレイの背中へと叩き入れようとしたとき――
ヒュン、と剣が空気を切った。
「あ……」
馬のクレイは剣を避けてスーッと前へ進んでいた。
「ま、待てぇ!」
馬クレイは早いが、数秒進んだ後、休憩のためか地面を足に着け少しの間待機するため、速く走っていけば馬クレイの元へたどり着ける。
今まで何度も剣を避けられてきたが、何とか走って追撃してやっつけていた。
しかし……
「は、速ぇ……」
いや、速いんじゃない。
俺が遅くなったんだ。
俊敏な馬のクレイと疾駆しながら戦ってたせいで、足が棒のようになっていた。
うう……こりゃ久しぶりに筋肉痛かなぁ……。
そんな足では満足に走れない。届かない。
何とか力を入れて走っているが、なかなか馬のクレイの元に届かない。
速くしないと……速くしないと……。
もう俺の追っていた馬のクレイはヤマタ国の門の近くまで来ていた。
このままでは門を通ってヤマタ国の中へ入っていってしまう!
それは駄目だ!
「うぉおおおおー!」
渾身の力を振り絞り、馬のクレイの元へと駆け、そして剣を振りおろす。
ガシャァアアアアアアアアアアアアアアアアン――――!
馬のクレイは停止をした。
「ふぅ……」
何とか阻止できたぜ――
と思ったのもつかの間。
「な⁉」
ヤマタ国を背にし後ろを振り向くと、そこに5体の馬のクレイがいた。
「この野郎ぉー!」
すかさず5体の馬のクレイに向かって攻撃する。
ガシャン――――、ガシャン――――、ガシャン――――、ガシャン――――、
5体の馬のクレイはあっという間に割れていく。
しかし、その馬のクレイたちの向こうから――4体のクレイが来た。
「ま、またかよ……!」
残り4体……棒になった足と腕を力任せに振って応戦する。
「やぁ!……」
一体の馬のクレイを割ろうとしたとき、体がよろめいてしまった。
そして、そのよろめきとまどろみの中――、
3体のクレイが、ヤマタクレイの横を通って、ヤマタ国へと向かっていった。
「う……うぁああー……」
くそぉ……待ちやがれ。
そこには……そこには……
ヤマタ国の人たちと、あいつらがいるんだぞ……。
腹にずしりと来た、何ともいえない苦しみを押さえて、俺はヤマタ国へと向かった。
「く、くふぅ~⁉ リングクレイがこっちに来てますです!」
久禮堂より戻ってきた絢が叫んだ。
「なんですって!」
北東の方には、3つの大きな影が並んでいた。
それの影は次第に大きくなっていき、次第に近づいていき、
ドシャァーン、
「な、何の音ですか……」
「まさか……建物が壊れたんじゃ」
その音に、広場にいた人たちは一瞬にして固まった。
そして数秒後、その固まった人たちは弾けるように爆ぜるように慌てふためいた。
広場では人々が大混乱に陥っていた。
「ええじゃないかですよ! ええじゃないか!」
「それは江戸時代のでしょうが……」久那が呟いた。
しかし、あたりの人たちの慌てようはかなり熱狂的であった。
「み、皆さん! 落ち着いてください!」スサノが皆に叫んでいた。
「ね、姉さん……どうしましょうか」スサノは小さな声で隣の姉のヒメノミコトに尋ねる。
「うむ……。わらわの『伝家の宝刀』が使えればいいのじゃが……、昨日使ったせいでしばらく力をためておかないと使えなくなってしまったからのぉ。もうお手上げじゃ」
「そ、そんな……」
慌てふためく人々の中、スサノとヒメノミコトは落胆していた。
「な、何だこの音は!」
その音に驚いて起き上った大将のタヂカラヲは、
次の瞬間、吹っ飛ばされた。
「ぐぁ……一体……何が……」
辺りには宿舎の残骸たる木々の破片と、
倒れた兵たちの姿があった。
そして、大将が顔を上げて宿舎の入り口の方を見ると、
「う、馬……⁉」
兵たちも続いてその馬のクレイを見た。
「うわぁああああああああー!」
兵たちはそれを見た途端逃げだして行った。
「お前たち、それでもヤマタ国の兵なのかよ……」
ため息をついた大将は、体の痛みをこらえ立ち上がる。
腰に携えていた剣を引き抜き、
「ヤマタ国は俺が守る!」
その馬のクレイと対峙する。
「だから無茶すんなってぇー!」
その声の後、馬のクレイはガシャンと割れた。
ヤマタクレイの剣が馬のクレイの割れ目に刺さっていた。
馬のクレイはそれ以降、動くことはなかった。
「おお……ガキ、助かったぜ」大将が苦笑いしながら言った。
「ったく……どっちがガキなんだよ……」
武がそう言うと、ヤマタクレイは崩壊した宿舎を背にして駆けて行った。
残る馬のクレイは3体。
「くふぅ~、馬のクレイがこっちに来てますですよ⁉」絢が言った。
「くそぉ、こうなりゃ俺が助太刀するしか……」
…………。
「……あれ? 久那ちゃんは?」
「えっ? 久那は……」
辺りにいない。
どこにもいない。
「ど、どこ行ったですか久那ちゃん!」
「トイレにでも行ったんじゃないのか?」
「こんな時に行くわけないでしょうがです!」
辺りには慌てふためく人たちの情景。その中を見張っても久那の姿は見えない。
「まさかヤマタ国の人たちの動乱に巻き込まれてどっか行ったんでしょうか……?」
「とにかく久那を探さねぇと……あの馬のクレイもこっちに来てるし早くしねぇと……」
二人は久那を探すため広場を駆けまわった。
うわぁ……。
卑弥呼の宮殿が半壊していた。
「正直なところ、全壊した方が引きこもりのためになると思うが」
まぁ、そんなことは言ってられない。
とにかくずんずんと卑弥呼の宮殿に頭突きをしている馬のクレイをなんとかとめないと。
「てやぁー!」
馬のクレイの背中目がけて剣を振り下ろす。
そして馬のクレイは沈黙した。
「さて、あと1体か……」
もう苦しくて痛くて疲れてどうにもならないが、とにかくあと一体倒せば終わる。
あと1体は……
正面の方を見ると、一つの大きな影が見えた。
「あっちは広場の方じゃねぇかよ!」
馬のクレイが広場に向かって進行していた。
「おお……もうこっちに来たのか……」ヒメノミコトが悲愴な顔で言った。
「姉さん……」
「スサノよ……今まで苦労かけてすまなかったのぉ」
「そんな……姉さん。突然何を言い出すんですか……」
「今言っとかないと後で言えないかも知らないからのぉ」
「姉さん……」
「ちょ、ちょっと皆さん! そんな悲観したこと言わないでくださいよ! 今武くんが頑張ってるんですから武くんを信じてあげてくださいよ!」ホノニギが言った。
「そぉじゃのぉ。今は武殿を信じねばならんのぉ」
とヒメノミコトが言ったとき、
ドン、
馬のクレイが広場の入り口に着いた。
「うわぁああああああああああああああああー!」
人々の混乱が、動乱が、狂乱が大爆発した。
「み、皆さん、落ち着いてください!」皆を押さえようとするホノニギさん。
そして、目の前の馬のクレイが動き出そうとしたとき、
「――――ぬぉりゃぁぁぁあああー!」
ヤマタクレイが駆け、
そして馬のクレイに一撃を加えた。
「な、何とかなりましたねぇ……」
その情景を見て慌てふためいていた人々は途端に安堵した。
「やはりわらわのヤマタ国は永久に不滅じゃのぉー!」
「姉さん……途端に機嫌がよくなりましたね」
ヤマタ国の人たちは、リングクレイの進撃が収まり安堵していたが、
その人々の中、剛実と絢は未だ慌てていた。
「ふぅ……はぁ……」
久禮堂の中、俺は地面にへたり込んでいた。
さすがに今回のはきつかった。……まぁ、何とか100体倒し終えたが……
あとは広場に戻らねぇと。
そう思って体を起こそうとしたとき、久禮堂の扉が開き、絢と剛実が入ってきた。
「お、絢。剛実。来てくれたのか」
駆けてくる絢と剛実の方を見る。その顔は……なぜか蒼白だった。
……そんなに俺のことを心配してくれたのか。それとも広場に馬のクレイが来たのが恐怖だったのか……
しかし、それもこれも終わったはずのことなのに……その二人の顔の蒼白には一片の安堵もない。
「……おい、何かあったのか?」俺は訊いてみる。
「久那ちゃんがいないです!」
「えっ?」
「久那のやつが……どっかいっちまったんだよ!」
「えっ……」
おい、もうリングクレイは倒したじゃねぇかよ。
なのに……こんなオチって……。
俺は疲労に襲われ、まどろみ、眠りについた。