タイムスリップ
黒いコンクリート道路の両脇に田んぼ、もしくはこの町の特産品の柿の木が並ぶ田舎道を、軽い荷物、姫野絢を乗せて自転車をこぐ。確かに辺りは真っ暗だった。あたりには何も、何者も見えない。静かで、寂しい夜の道。そこには二人の非行少年少女がいるだけだった。
夜空に浮かぶ月はなぜか今日に限って新月だった。その情景は何か不吉なことが起きる前兆のように思えてしまった。何か悪いことが起きなければいいのだが……。なんだか先が思いやられる……。
そんな夜の情景を後ろにいる少女、姫野絢は、長い黒髪をなびかせぼんやりとみていた。
「今日はいい夜です」
絢にはこの情景がいい夜に見えるらしい。俺には不吉に見えるこの夜は、絢にとってはいい夜らしい。もっとも絢は『巨大土人形』が見れるから、その嬉しさでこの夜がいい夜に見えたのかもしれない。対する俺は……絢に無理やり使役されてる俺にとっては、この夜は退屈で陰鬱なものでしかない。そう思うと漕いでいるペダルが途端に重くなったように感じた。
長い道、長い道のり、言うほど遠い道ではないが、疲労困憊している俺にとってはこの道は少々きついものだった。後ろでのん気にはしゃいでいる絢を見るとなんかムカついてくる……。まるで俺は馬車につながれた馬のようだ……。
はぁ……17にもなって俺は何をやっているんだろう……。そして後ろにいるあいつは何を考えているんだろう……。あいつも一応人間だ……。一応何かは考えてるかもしれない。将来のこと、未来のこと……。
ホントにそんなこと考えてんのかな?
とりあえず今は、ペダルをこがなければならない……。前へ進まなければならない。
とりあえず進まなければならない、たとえ進度が微小なものであっても。道は前にしかないから、今の俺には、それしか思いつかないから……。
「見えてきたです!」
数百メートル先に小山のような盛り上がった地形が見えてきた。古墳、太古の人々が作り上げた王の墓。大層に言えば日本版ピラミッド。しかしその日本型ピラミッドは本物のピラミッドとは姿かたちの違う代物。一見すると山に見えてしまう、ただの盛り上がった地形――それが古墳。
ここいらは『古墳群』と言われるほど、『古墳』がたくさんあるところだ。あちらこちらに小山のような古墳が散りばめられている。
しかし……これのどこにロマンというものを感じるのか……。俺には理解できない……。
目的の箸墓古墳の前まで自転車を進め、そこの道端に自転車を置く。後ろのお荷物、姫野絢は後部座席からひょいっと降り、満面の笑みで古墳へと向かう。自転車を置いた俺はその後をついていく。
「ここが箸墓古墳ですかぁ」
絢は目を輝かせながらそう言った。周りは住宅街だが、今のこの時間、この辺りには誰も人がいなかった。古墳のほうにも、作業員やら学者やらがいるようには見えなかった。誰もいない、まるで俺と絢がこの地に取り残されたかのように静かだった。
「くふぅ~、誰もいなさそうですねぇ」絢があたりをきょろきょろしながらそう言った。
すると……絢は目の前にあった古墳を囲んでいた柵を、小猿のごとく軽々と上り、そして柵の向こうへと行った……柵の向こうには絢の背中姿があった。
「お、おい絢!」
絢の突然の突飛な行動に驚いていた、いや、半分驚いて、半分呆れた……。
こいつには自制心というものがないのか……。
「あ、絢お前何してるんだよ!」
「何してるって、今から見に行くんですよ」素っとんきょうに答える絢。
「み、見に行くって何を……」
「巨大土人形です!」
そうだとは思ったが、そうだとは言ってほしくなかった……。目的のためには手段を選ばないって……お前は悪の組織の一員か……。
「おい、絢。お前今何をしようとしてるかわかってるのか? 無許可で勝手に古墳に入って巨大土人形を拝む……それって墓荒らしじゃねぇかよ……」
「墓荒らしじゃありませんです! いいですか武くん、荒らさなければ墓荒らしじゃないんです。私は『巨大土人形』を『見たい』だけなんです。荒らしたり、何かを取ったりしようとか1ナノも思ってませんよ!」
なんだよその屁理屈……。まるで悪人の戯言だ……。
お前は将来立派な悪人になるぞ……。
こいつにはもう着いていけない……着いて行ったら刑務所まで着いて行くことになるかもしれない……。
そんな俺をしり目に、古墳のほうへ行く絢。絢は柵の向こうの林の中へ入っていった。
「お、おい待て! この墓荒らし野郎め!」
俺はその後を追うため手前の柵に手をかけ上ろうとする……が、うまく登れない……。あいつこんな柵をどうやって登ったんだ……。
絢の向かったほうへ、ポケットにしまっていた懐中電灯であたりを照らしながら進む。
「おーい、絢ぁ!」
しかし返答はない。ただ向こうのほうでがさがさと絢の歩く音が聞こえるだけだ。
しばらくうっそうと茂る林の中を進んでいくと、目の前に平坦な草地になっているところが見えた。
そこには絢と……そしてあの『巨大土人形』があった。
「こ、これが……」
「くふぅ~、これが『巨大土人形』ですか……。なんというか……圧巻というか……感無量というか……言葉にできません……。すごいです……。破損もあまりありませんし……」
しばらく俺と絢は『巨大土人形』の前で立ち尽くしていた。眼前の人形は確かに土でできた『土人形』であった。その人形は人間の形をしていて、そして鎧と兜と小手などをつけた武人の人形であった。ちょうど歴史の教科書で見た埴輪と雰囲気が似ている。きめ細かく掘られた紋様、くぼませて描かれた人形の眼、口、鼻。それらが頭の先から足の先まで細部まで施されており、とても美しく見えた。
そして特記すべきはその大きさ……全長6メートル、横幅3メートルほど。もしこの土人形が動き出しでもしたら人を何人かたやすく踏み潰してしまうだろう。まるでロボットアニメのロボットのような大きな体躯……それがこの平地でどっしりと仰向けに寝ている。そのくぼませて描かれた不気味な顔は今宵の『見えない月』を拝んでいた。
「見るからに埴輪のようですけど……大きさが大きさですからねぇ……。太古のロマン侮りがたしです……」
絢は感嘆しながら人形の周りを歩いていた。あたりはカエルの鳴き声しかしない。
「では……さっそく調査を……」
と、突然絢は背中にしょっていたリュックから何かを取り出そうとしていた。いったい何を取り出すというのか……。まさか調査って……
「ちょ、ちょっと待て! 調査ってこの土人形のか! そんなことばれたらどうなるかわかってんのか!」
すると絢はえへへと笑いながらこちらに顔を向ける。
「冗談ですよぅ~武くん~」
さすがの絢もやっていいことといけないことは分かっていたようだった……。まったく……妙なことしやがって……
すると…………
ピカアアアアアン
突如、巨大土人形が光りだす。
「な、なんだ!」
「な、なんなんですか一体!」
白く光っている巨大土人形を見据えながら慌てふためく俺と絢。奇怪なる現象、怪奇現象……やがてその土人形が発する光が俺と絢を包み込む……。
「こ、これって……土人形のタタリですかぁ!」
「た、タタリだとぉ!」
祟りだと……そんな、ふざけるな! 一体全体どうなってんだよ!
俺たちが一体何をしたっていうんだよ! ……いや、勝手にこんなところ来るのは悪いことだろうけど……。俺はただ絢の付添いできただけなんだぞ!それに人形を荒らしたりなんか、触ったりなんかもしてないし……。
光は次第に大きく、広くなっていく。あたりは真っ暗の夜なのに、光のせいで真っ白になっていく
そして俺たちの頭も、真っ白になっていく……。
……ん?
ここは……どこだ……。
真っ白に包まれた、真っ白な世界。前も、後ろも、右も、左も、上も、下もすべて真っ白。
なんなんだここは……体が動かない……。
ただ眼前に白があるだけ。
動かせるのは眼孔だけだった。眼だけを左のほうへやってみるとそこには絢の姿があった。
「あ、絢……」か細い声でそう言った。
「……ん……ここは……」
絢は寝ぼけたような感じであたりを見回す。俺と同様に、この状況に混乱していた
――――少年よ――――
「へ?」
突然、声が聞こえた。
しゃがれた、男の声だった。
――――己の運命と、闘え――――
「……運命……」
俺はその時はただぼんやりとその声を聞き取ることしかできなかった。
そしてそのあと、また光が俺たちを包み込んだ……。
「一体……何が……」
白い光に包まれ、薄れゆく自分の意識。
『自分』と『光』との境界線があいまいになっていく。
そして、意識がだんだんと、だんだんと消えてゆく。
三世紀、倭の地へ……