朝 其の参
「ん……んん……」
朝だ。
なんやかんやで眠れたが……、昨日は変な夢を見てしまった。
その夢の内容は……
「私の引きこもりパワーを見よ!」
と卑弥呼が目からビームを放ったり、
「この巫女さん結界で防いでやります!」
と絢が目の前に結界を張ったり、
「うおおおお! 巫女さんだ!」
とホノニギさんが叫んでいたり、
「俺はタケタケ様だ!」
と剛実がタケタケ様に変身していたり、
「うおまぶしい」
とウズメが呟いていたり、
という感じの夢だった。とても言語では表せれない夢だった。
人間疲弊しきったらこんな夢を見てしまうのだろうか。
辺りを見る。背後には剛実と絢が寝ている。
「おーい、朝だぞ」と二人に呼びかける。
「うーん……くふぅ~……」
「うお、朝だ! おはよう武!」
「おう、おはよう剛実」
二人はむっくりと起きだす。
「くふぅ~、今日はここにきて四日目ですか」
「四日目か。……そんなにここにいたのか」
そんなにいたというか、もはや馴染み始めちゃってるというか……。
このままでは現代っ子に戻れないんじゃないんだろうか。
それは嫌だなぁ……。
「あと三日で日食か……」
それまでにモサク一族を倒すとか昨日言った気がするが……。
無理があるな。駄目だな。不可能だな。
かくなる上は、
・次の日食まで待つ
か、
・ホノニギさんを置いていく
の二つに一つだ。
次の日食まで待つ……というのは、具体的にどれくらい待てばいいかわからない。ホノニギさんに訊けば分かるかもしれないが……少なくとも今回の日食以上待つことになる。
待ってるうちにここに馴染んでしまったら――
俺はともかく、絢とか剛実は何か心配だ。
あの二人はなんか野性的だから、下手したら弥生人化してしまうかもしれない。
剛実の方はほっといたら野生化してしまう。動物園に連れて行かれてしまう。
そして弥生時代ゾッコンラブの絢は一か月もたたないうちに弥生人化してしまうだろう。
そんなことになるのは避けなければならないと思う。俺たちがちゃんと元の時代に戻るためにも。
で……ホノニギさんを置いていくというのは……、
さよならホノニギさん! 今までいろいろありがとう! お元気で!
……恩を仇で返すのはなぁ……。
まぁ、とにもかくにもモサク一族を倒さないと。
……ワタツミと戦って勝たないと。
……そして……『父上』のイザナギと……。
「はーい、それでは朝の体操始めるです!」と絢が叫んだ。
太陽が燦々と辺りを照らす。その太陽に向かって俺たちは立っていた。
「体操って……一体何なんだよ絢」
「体操と言ったら体操ですよ。武くんは戦わなきゃならないんだから体動かさないと」
「体ねぇ……」
確かに動かしておくことには悪くないが。
「それじゃあ素振りしてもいいか」
「素振りですか」
「ああ」素振りは剣道の基本だ。
……とはいっても、ここに竹刀がない。棒きれで代用してやろうかな。
「お、竹刀ならここにあるぞ」と剛実が懐から竹刀を取り出す。
「お前、それいつから持ってたんだよ……」ていうかそんな長いもん懐に入るのか……。お前の懐は4次元ポケットなのか……。
「まぁ、とにかく素振りを始めるです!」
「おう!」と俺が叫ぶ。
「おう!」と剛実が叫ぶ。
俺は竹刀を正面に構え、
剛実は木刀を正面に構え、
絢は手持ちぶさたで立ってるだけで、
「面打ち、始め! です!」絢が叫んだ。
「面!」「面ッ!」
「面!」「面ッ!」
「面!」「面ッ!」
俺と剛実はそんな具合で素振りをしていく。
竹刀を真っ直ぐ、頭の真ん中で振りかぶり、それをそのまま真っ直ぐに振り下ろす。
足をすり足で運ぶ。
その単純な動作の繰り返し。
単純だからこそきれいに振らなければならない。その『きれい』な振りが肝である。
剛実の面打ちはきれいだ。真っ直ぐで、腕もきれいに伸びて、足運びも完璧で、それでいて素早い。その軌跡を掴めないほど素早い。おそらくこんな面を打てるのは高校生では剛実ぐらいだろうと思う。
俺の面打ちも、まぁまぁだとは思うが……、剛実のを見てるとなんか違うように思える。
ホント、いつの間にこんな強い奴になったんだろう……。
根が真面目なところが起因してると思うが……、剛実の『真面目さ』というのは特別である。というか真面目すぎて、時たま人間じゃねぇ(タケタケ様)ときもあるのだが……。
……もし、こいつがヤマタクレイを動かせたなら、ワタツミクレイもイザナギも楽に倒してしまうんじゃないんだろうか……。
いや、いくら剛実でも実戦はやったことない。剣道はあくまで稽古だから、実戦とは違う。
確かに剛実の剣道の力があればかなり有利に戦えると思うが、さすがの剛実でも剣対槍とかは難しいんじゃないだろうか。何らかの対策があればいけるかもしれないが、さすがの剛実でもそのまま勝てるかわからない。
……そんな相手と俺は戦ってるんだな……。
とにかく、ヤマタクレイを動かせるのは俺だけだ。起動をできるのは絢(卑弥呼もだったと思うが)だけだ。だから俺がやらないと。
俺は一層竹刀をぎゅっと握り、
「面!」
と振った。
「武、肩の力入りすぎてるぞ」と剛実が指摘する。
「おお、そうだな……」
俺もまだまだだなぁ……
それで素振りを一万回して、俺たちはコウキさんたちの家へと行った。
「いただきます!」と一同が言う。
今日の朝飯もスープのようなもの。だが、『郷に入れば郷に従え』だから文句は言えない。耐えるんだ!
「そういえば皆様、今日スサノさんが皆さんを呼んでいましたよ」コウキさんが言った。
「スサノさんがですか?」絢が訊く。
「ええ。なんだか会わせたい人がいると言ってましたよ」
「会わせたい人ですか」
合わせたい人……弥生時代にいる俺たちに会わせたい人とは……どういうことだ?
「その会わせたい人っていうのは、誰なんですか?」
「さぁ、私は詳しいことは訊いてないからねぇ」
「そうですか……」
合わせたい人とはいったい誰なのだろうか……。
「まぁ、行ってみればわかると思うから、ご飯食べ終わったら行ってきてみてはどうですか」
「はぁ」
まぁ、今日も学校もなく何もないから暇つぶしに行ってみようか。
スサノさんがいるのは……おそらくあの卑弥呼の宮殿だったなぁ。
「ごちそうさま」とウズメが呟いた。
「あ、ウズメちゃんどこ行きますですか」
「たけたけさまのおまいり」
「…………」
「…………」
「…………」
返す言葉がない。サンタクロースの正体を隠す親の気持ちになったみたいだ。
タケタケ様は目の前にいるんだぜ……。
こんな小さな子を欺くとは……俺たちも黒くなったもんだなぁ。
「いってきます」とウズメはコウキさんとウメコさんに行って出て行った。
「さ、さぁ、私たちも行きましょうです」
「お、おう……」
「あら皆さん、もうお出かけになるの?」
「は、はい……」
そう言って俺たちは立ち上がる。
「いってきまぁす……」と言って俺たちは外に出て卑弥呼の宮殿へと向かった。
俺たちは宮殿に着き、そして中へと入っていった。
「おお、主たち。よく来たのぉ」と正面に見えた卑弥呼が言った。
「ヒメノミコト様、おはようです!」
「おお、おはよう。とりあえず主たち、中に入れ」
「はいです!」
俺たちは中へと入っていった。
中には座布団に座ってるスサノさんがいた。
それと、その隣には……
「⁉ 久那ちゃん⁉」絢が声を上げた。
そこに眼鏡をかけたショートヘアーのお嬢様、乙女山久那が項垂れた姿で座っていた。
「ほぉ、やはりお主たちの時代の者か……。それでお前たちの友人とな……、これはまた……何の因縁かのぉ」
正面に久那、それを挟んで卑弥呼とスサノさんが座っている。俺たちはその3人に向かって座っている。
「おお! 久那! 久しぶりだな!」
「お久しぶりです久那ちゃん! 元気にしてましたですか!」
絢と剛実は久しぶりに会った久那にわいわい語りかけるが、対する久那は、
「…………」黙りこくっていた。
「おい、久那……」俺は声をかける。
「久しぶりだなぁ」
「…………」
「お前も……タイムスリップしてきたのか……?」
「……これってタイムスリップなの……?」
「ああ、おそらくそうみたいなんだ」
「そんな……タイムスリップだなんて……」
久那は突然タイムスリップしてきて驚いているようである。
……やっとまともな友人が来てくれた。
タイムスリップしてはしゃぐ絢、タイムスリップして野生人になる剛実と……俺の友人はまともな人間はいないのかと思ったが、久那が来てくれるとは有り難い。
「スサノさんから聞いたんだけど……ここはヤマタ国っていう国で、武と絢も私みたいに3日前にここに……タイムスリップしてきたのね」
「ああ。その一か月前に剛実もタイムスリップしてきてるんだよ」
「ふぅん……」
そして久那は絢の方を見る。
「絢」
「何ですか久那ちゃん!」
「……そろそろ白状しなさいよ!」
「へっ?」絢はとぼける。
「主犯はあんたでしょ? またこんな手の凝ったドッキリみたいなのして……。今回のは手凝り過ぎよ。なにこれ? 映画のセット? 歴史博物館? 私もホント驚いちゃったわよ……。ここまでするなんてねぇ」
「あのぉ~、久那ちゃん、何を言ってるんですか……?」
「それはこっちのセリフよ! こんなすんごいドッキリなんかしかけちゃって。剛実! 武! それとそこの二人! あんたたちもグルなんでしょ!」
久那はみんなを指差しながら叫んでいた。
「な、なんだか主は、はつらつとしとるのぉ……」卑弥呼が言った。
「く、久那ちゃん落ち着いてくださいです」
「そうだ久那、まずは深呼吸だ」
なだめる絢と剛実、そして疑心暗鬼に陥る久那。
まぁ、気持ちは分からなくもないが……。
そんなこんなで一時間が経ち。
「はぁ……」ため息をつく久那。
「私も……ドッキリにしてはスケールデカ過ぎと思ってたけど……でも……タイムスリップなんて」
「俺も最初は夢かと思ったよ……」俺は返答する。
「でも、これが現実なんだよな……」
「現実なら、受け入れないといけないわね。はぁ……」
「そーですよ! ここは楽しい楽しい弥生時代ですよ!」
「そうだ! せっかく4人集まったんだ! 楽しくいこうぜ!」
楽天家が二人、はしゃいでいた。
「それで……ここは今弥生時代なんだわね。……ちょっと思ったんだけど……ここってまさか『邪馬台国』じゃないの」
「ああ……、なんかややこしい話なんだが、おそらく邪馬台国だろうってホノニギさんが言ってたぜ」
「ホノニギさん?」
「ホノニギさんというのはですねぇ、この巫女装束をくれたお方なんですよ」
「巫女装束って……絢、それ貰ったやつなの?」
「はいです! 似合うでしょう!」
絢は手を広げて久那に巫女装束を見せびらかす。
「へぇ、なかなか似合うけど……、でも弥生時代にこんな巫女装束ってあったのかしら」
「ああ、その巫女装束はホノニギさんが未来から持ってきたものなんだ」
「み、未来⁉」
「ああ、ホノニギさんは俺たちの時代より未来からここに来た人みたいなんだよ」
「……未来人ねぇ。まぁ、私たちもこの時代の人たちから見たら未来人なんでしょうけど……。未来人って……。今更どんな事実を呈されても驚かないけど……」
久那は怪訝な顔を浮かべていた。
「で、話を戻すけど、ここは邪馬台国なのよね。……ていうことはここは女王卑弥呼が国を治めてるんじゃ」
「その女王卑弥呼がそこのやつなんだよ」俺は卑弥呼を指差した。
「え……、あなた卑弥呼さんなんですか」
「わらわはヒメノミコトじゃ」卑弥呼が言った。
「ヒメノミコトだって言ってるみたいだけど」
「『卑弥呼』というのは魏志倭人伝に出てくる名前ですから、実際のと違ったんじゃないと思うんです」
「へぇ……、じゃあ名前はヒメノミコトだけど、卑弥呼だってことね」久那は隣の卑弥呼をじろじろ見ていた。
「……卑弥呼ってこんな人だったかしら」
「……私も想像していた卑弥呼とのギャップがあって始めはショックを受けちゃいましたね」
リアル卑弥呼の前で二人は呟きあった。
「しかし……卑弥呼のことにしろこの国の名前にしろ……ここはなんか不思議なところねぇ。なんか私の思ってた弥生時代と違うというか……」
「そうだよな。おっきな埴輪とかもあるし……モサク一族とかもいるし……」
「おっきな埴輪? モサク一族?」
「ああ……その話も久那にしないとなぁ」
俺は久那にクレイとかモサク一族のこととかを話した。
「……で、武はそのヤマタクレイに乗って現在モサク一族と戦ってるのね……」
「ああ。そうなんだよ」
「武って結構すごい奴だったのね。そのクレイに乗れるなんて」
「まぁ、俺もなんで乗れるかわからないんだけどな」
しいて言えば、ヤマタクレイの『声の主』に頼まれたからなんだが。
「でも……、そのモサク一族との戦いで昨日殺されかけたんでしょ……」
「殺されかけたけど……、まぁ、今俺は生きてるわけだし」
「武、あんた……怖くないの」
「えっ?」
「私は怖いわよ……武が殺されかけるなんて……」
怖い。
確かにあのとき、ワタツミに刺されかけたとき、おれはとてつもない恐怖を感じたが。
しかし……今現在はあまりそういうのを感じない。
……絢たちといると、そういうのを少し忘れられるんだな。
対する久那は、俺に『恐怖』を思い出させようとする。
どちらの対応がいいというわけではないが……。
どちらにせよ、俺を心配しているんだろう。多分。
「心配してくれてありがとな、久那。でも俺は戦わないといけない。ここの人たちのためにも。俺たちのためにも戦わないと」
「武……」
絢のためにも、というのは恥ずかしくて言えないが。とにかく俺は戦わないといけない。
守るために戦わなければならない。
「久那ちゃん、そんなしょげた顔しなくても大丈夫ですよ。武くんめっちゃ強いですからきっと何とかなりますよ」
「そうだ! 武なら何とかやってくれるぜ!」
久那は絢と剛実の顔を見る。
「ホント絢と剛実は楽観的ね……。武もこんなのとずっといて疲れたでしょ」
「ああ。いろいろ大変だったぜ」
いろいろ楽しかったりもしたけど。
「楽観的すぎるのもどうかと思うけど、悲観するより楽観した方が精神的にはいいかもね。そうね、私も武なら何とかしてくれると思うわ。武、モサク一族とか言うやつをやっつけちゃいなさいよ」
「おいおい、久那までそんなこと言うのかよ……」
まぁ、楽観的な方が気が楽かもな。
……しかし油断をしちゃいけないんだな。頑張らないとなぁ。