安静
「ん……んん……」
ここは……
見覚えのない木の天井と木の壁。
地面は木の床。そして俺の下には茣蓙が敷かれていて、
ここは一体……
とりあえず起きてみるか。
「あ、武くん!」
「お、武!」
そこに絢と剛実の顔があった。
二人とも安堵した顔をしていた。
……えと、一体何があったけ……
「よかったです……武くん……私死んじゃったかと思いましたです」
「俺もだぜ……全く心配させやがって」
……死んじゃったって、勝手に殺すなよ。
俺今生きてるぞ。ぴんぴんしてるぞ。
と思った瞬間。
ドカッ、
頭に何かぶつかった。
へ……。いったい何が……。
「おりゃ!」
「食らえです!」
二人に殴られた。
「なんで突然殴るんだよ! 殴られなきゃならねぇんだよ!」
「みんなに心配させた罰ですよ! 罪ですよ! 反省しなさいですよ」
「そうだぞ! ……ホント迷惑掛けやがって……」
絢と剛実に殴られて思い出した。
……俺はワタツミに殺されかけたんだ。
実際、九死に一生を経て今生きてるんだけど。
あの時は本当に死ぬかと思った。死を覚悟したというか、おしまいだと思ったというか。
あのワタツミクレイの槍が目の前に来て……そこからの記憶がないのだが。
失神でもしたんだろうか。……それなら記憶がないことの説明もできるが。
とにもかくにも……俺はどうやって九死に一生を得たんだろうか。
「なぁ……俺ってどうして生きてるんだ」
「なんですか武くん、急に哲学的な話を持ち出すなんて。まさかあの時のショックで性格ががらりと変わってしまったとか?」
「いや、哲学的な話じゃなくて……実際的な話で。どうしてワタツミに槍で腹を刺されたのに……俺は生きてるんだ」
「外れてたんですよ」
「外れてた?」
「……槍が外れてたんです。当たってなかったんですよ。槍は武くんの横を通ってたんですよ。……まぁ、ちょっとでも武くんのいた位置がズレていたら……どうなっていたかわかりませんが」
「そうか……」
外れてたのか……。
なんだ……。そんな簡単な話か……。
ていうか、中の見えないクレイの腹をつついて心臓たる俺を殺ろうなんてのは確実性の薄い話だ。刺さるか刺さらないかなんてわからない、乱数だ。
しかし……それでも回数を重ねればいずれ当たるんじゃないのか?
……どうしてワタツミはそうしなかったのか。
「なぁ、ヤマタクレイがさされた後……どうなったんだよ」
そこにはもちろん絢たちがいて、
どうしてワタツミは……その後何もせず去っていったのか。
「えとですね……実は救世主さんが現れてですね」
「救世主!? だ、誰だよそれ!」
お、俺が失神してた時にそんなのが登場したのか……。
「そ、その救世主ってのはどんな奴なんだよ」
「ヒメノミコト様です……」
「えっ……」
ヒメノミコトこと卑弥呼が⁉
「なんか『引きこもりビーム』みたいなのを放出してワタツミを追い払ったんですよ」
「ひ、引きこもりビーム……」
あの卑弥呼にそんな必殺技があったのか……。
引きこもりビームって……引きこもりにより蓄積したパワーを放出! みたいなやつなのかな……。
是非見てみたかったなぁ……。
「まぁ……とにかくそれで俺が九死に一生を得たってことか」
「そういうことになりますねぇ」
まさか卑弥呼に恩を売ることになるとは。
なんかやだなぁ……。
「まぁ、とにかく武くん、せっかく生きて帰ってきたんですからゆっくりしておくです」
「ゆっくりって、別に俺怪我とかしてないし……」
「外傷はなくても疲労はあるでしょう。ホノニギさんいわくクレイの操縦ではあまり怪我はしませんが疲労とかは蓄積するからゆっくり休みなさいとのことです」
「別に俺疲れてねぇよ」
というのは嘘で、
本当はすごく疲れていた。合宿からの帰り×3ぐらいの疲労が蓄積されていると思う。
「まーまー武くん、ゆっくりできるときにゆっくりするです。さ、この栗でも食べて元気を出すです」
絢が床に置いていた栗の入ったかごを俺に手渡す。
「この栗は……」
「ノリコさんからの差し入れです」
「へぇ……」
ノリコさん気が利くなぁ。後でお礼言っとかないと。
俺はかごの栗を手に取り殻をむく。
が、生来こういうのは苦手なんであまりうまくむけない。
渋皮の付いたガタガタの形の栗の身がむけた。
「もー武くん、いろいろ不器用男なんですから私が向いてあげますですよー」
と言って栗をむこうとするが……
「とりゃー!」
真っ二つに割れた栗の姿がそこにあった。
「……お前、栗をむいてくれるんじゃなかったのか」
「むいてるつもりでしたけど割れましたねぇ」
お前は不器用女だったのか。
料理はできるのに、こういうのはできないのか……。
「よし、むけたぜ!」
と、剛実が向けた黄色い栗の実を俺に見せて言った。
どうやら剛実は器用男だ。
「そういえばお前、竹刀の手入れすんの上手いもんな……」
あんなごつごつした手でどうやってつるとか結んでんのか不思議なんだが、やはりあいつは器用だ。
「さぁ食え武!」
「ああ……」
なんか他人にむかれたものを食うのは抵抗がある。
まぁ、せっかくの剛実のご厚意だから頂くとしようか。
俺は栗をヒョイっと口の中に入れた。
「はぁ……」
俺は生き残ったけど、
負けたんだなぁ……
一度も相手に攻撃を当てられず、無様に無残にやられてしまった。
悔しい。
負けるのは悔しい。
死にかけたとか、九死に一生を得たとかそんなことよりも『負けた』ことが悔しい。
いろんなもの背負って戦ったのに、負けた。
下手をすればその背負ったものを失っていたかもしれない。
自分を含めて。
ヤマタ国の人たちの命、ウメコさんとコウキさんとウズメと、スサノさんとホノニギさんと、剛実と……絢とを。
守れなかった。
『油断』していて。
『覚悟』が足りなくて。
『力』がなくて。
……負けてしまった。
俺はぼんやりとうつむいていた。
「武、悔しいのか」剛実が訊いてきた。
「悔しいに……決まってるじゃないかよ」
「そうだよな」剛実が言った。
「悔しいと思うならそれでいい。お前のことだ。お前なりにいろいろ反省しただろ。だから俺たちは何も言わねぇ。だから今はゆっくりしろ。俺はお前を応援してるからな」
「そーです武くん。私たちは武くんを応援してるんですよ」
「お前ら……」
二人の言葉が身に染みていく。
……頑張らねぇとな。これから。
まず今はゆっくりしとかなきゃならないけど、来る日に備えておかないと。
また来るのだろうか、あのワタツミは。
未だ素顔は分からに相手。あいつはいつ来るのだろうか。
そして……あいつと戦って勝てるだろうか……。
いや、勝たないと。
何としてでも勝たないと。
何が何でも勝たないと。
次は油断なんかしない。
そんなことを思っていると、
「おう、ガキ、起きたのかよ」
という野太い声がこの部屋の入り口から聞こえてきた。
大きな大人の男が入ってくる。声の主は大将のタヂカラオだった。
「大将……大将が何でここに」
「ここは兵の宿舎なんだよ」
「宿舎?」
ここは兵の宿舎だったのか。俺はそんなところに運ばれてたのか。
「お前戦いのとき失神したんだってなぁ。ハハッ、失神なんてガキが戦いなんかするからこんな目に合うんだよ」タヂカラオがあざ笑うように言った。
「まぁ、何はともあれ生きて帰ってこられたんだ。これを機にお前は戦うのをやめろ。ヤマタ国は俺たちが守るからよぉ」
「ふざけるなよ」俺が言った。
「あん? 何だって?」
「……俺がいなきゃ、クレイがいなきゃ戦えないくせに」
「何を言っている。俺たちだけで戦える。ヤマタ国は私たちが守る」
「見栄張ってんじゃねぇよ」
「は? 見栄だって?」
「そうだよ見栄だよ。確かにお前は強いけど、でもクレイには敵わねぇだろ。お前だって大人なんだからそれくらいわかるだろ。どうして見栄を張るんだよ。大人はよぉ」
「見栄なんかじゃねぇ。本当に俺たちは戦えるんだ。それにお前たちはガキだ。戦いなんかするな」
「こっちだって戦いなんかごめんだよ。でも誰かが戦わなきゃヤマタ国はモサク一族によって滅ぼされてしまう。だから俺は戦わなきゃならないんだよ」
「戦いが御免ならやめればいいじゃねぇかよ」
「戦いは御免だけど、ヤマタ国を見捨てる方がもっと御免だ!」俺は叫んだ。
「……俺たちだって、ガキに戦いをさせるのは御免なんだよ。お前たちに苦しいこと背負わせるなら俺たちが代わりに背負えばいいんだよ……」
「また見栄かよ」
「見栄じゃねぇ。これは俺たち大人の義務なんだよ」
「そうか……それじゃあおれはその大人の義務に反抗してやる」俺は言った。
「反抗……やっぱお前はガキだな」
「そうかもしれねぇ。でもこれだけは譲れないんだよ」
譲れないというか、俺たちにしかできないことだ。
大人たちには代わることができないことだ。
だから俺たちがやらないと。
「ホント手のかかるガキだぜ、お前たちは。でも……」
そこで大将は口を一度つぐみ、
「……戦ってくれて、ありがとよ」と言った。
「お前たち、戦うならせいぜい死なないように戦えよ。別にお前たちに戦えとは言わないがなぁ……」
そして大将はここを去っていった。
「はぁ……あの大将とはなんかそりが合わねぇなぁ」
「でも、そんなに悪い人だとは思えませんけど」
「いや、あいつ絶対悪い奴だ。多分昔暴走族とかやってただろ」
「武くん今弥生時代ですよ。そんな時代に暴走族なんかいませんよ……」
「それもそうだなぁ」
そんな風に絢と話してると、
「武くん!」
入り口から声と共に、ホノニギさんがやってきた。
「ホノニギさん」
「武くん、起きたんですか。よかったです……」
ホノニギさんは安堵の顔を浮かべていた。
「ホノニギさん、今までどこに行ってたんですか?」絢が訊く。
「兵の人たちと……ヤマツミクレイとヤマツミの処理をしてきたんです」
「処理って……」
あのヤマツミとヤマツミクレイの死体の処理か……。
「ヤマツミとヤマツミクレイは山に埋めてきたんです」
「山って……あの俺とヤマツミが戦った……」
「ええ、そこに埋めてきたんです」
そこに埋めてきたのか。
ヤマツミを……
「……ヤマツミは確か……山仁くんって言うんでしたっけ」
「えと……」ホノニギさんは口をつぐむ。
「別に詳しいことを聞こうとは思ってないんですが……」
「……山仁くんです。彼の本当の名は」ホノニギさんが言った。
「僕は知っていました。山仁くんのことを……。でも、僕が初めて会った山仁くんはあんな感じの人じゃなかった……少なくともヤマタ国を滅ぼすような人じゃなかった。……でも彼は変わってしまった。これには僕も責任があるかもしれません。僕が山仁くんのことを気にしていれば……」
ホノニギさんは悲しそうな顔をしていた。
「同じように、ワタツミ……海斗くんもあんな人じゃなかった……。変わってしまったというか、変えられてしまったんです。みんな……あの人に……」
「『父上』のイザナギですか……」俺が呟いた。
「はい……。みんなあの人の信念によって変えられてしまったんです……。あの人の信念は確かに抱いてしまっても仕方がないものですが。……でも信念のために何かを滅ぼすのは、何かを殺すのは間違っています。確かに世の中には殺したいほど憎いものがあるかもしれませんが、殺すことは何の解決にもならないんです……。殺すことは最悪の選択です。殺した後もし信念というものが達成されても後に残るのは最悪だけなんです……。『最善』を目指した信念が『最悪』に終息するのは悲しい話です……」
ホノニギさんのその言葉は誰のための言葉なのか。
俺たちと、そしてホノニギさん自身に向けられた言葉なのだろうか。
「……なんだか個人的な話になってしまいましたね。すいません……。モサク一族のことはまだ話せないんです。君たちには。時が来れば話しますから、それまで待っていてください……」
その時というのはいつなんだろうか。
……モサク一族を倒した後なんだろうか……。
モサク一族を倒した後……。
俺たちは日食の日までにモサク一族を倒し終えれるのだろうか……。
確かモサク一族は……ヤマツミが死んで……ワタツミと、『父上』のイザナギと……えーとあともう一人ぐらいいたような……。
あと3人ぐらいだろうか、あと4日で3人って……無理があるんじゃねぇか……。
ていうかそれができなかったらどうなるんだ? 俺たちが元の時代に帰ったら……ヤマタ国は滅亡か……。
もしかしたら卑弥呼の『引きこもりビーム』で何とかなるかもしれないが……。
うーん……。
「どうしたんですか武くん?」
「いや……モサク一族を倒す前に俺たちが元の時代に帰ったらどうなるのかなぁって」
「どうもならないんじゃないですか?」
「えっ?」俺は感嘆する。
「だって元の時代に帰ったら、この時代に何があったかなんてわかんなくなるじゃないですか」
「確かに……」
帰ってしまえばこの時代のこととはもう関係なくなるんだな。なんか残酷な話だけど。
「でも、モサク一族を倒さないまま俺たちが元の時代に帰ったらヤマタ国が滅びるかもしれないんだよな……。それはちょっと嫌なもんだな……」
それは気分が悪いと思う。
「そんじゃ武くん、ちゃっちゃとモサク一族を倒せば済む話じゃないですか」
「そんな簡単に言うなよ……」
確かにそれならすべて丸く話は収まるが……
ヤマタ国は守れて、俺たちは元の時代に帰れて……
モサク一族の件が解決したなら……ホノニギさんも元の時代に帰ってもいいのじゃないだろうか。
「……とにかく日食の日まで頑張ろうか。もしその時までにモサク一族を倒しきれなかったら……」
倒しきれなかったら、
どうしよう……
「まぁ、その時になったら考えようか」
「いい加減ですね、武くん……」
とにかく今はワタツミとの戦いを考えておかないと……。
しばらくした後、ホノニギさんは「どうか頑張ってください」と言って帰っていった。
外を見てみるともう夕暮れ。空にはカラスが飛んでいる。もう家に帰る時間だ。
「俺たちも帰らねぇとな」
「帰るって、武くん大丈夫なんですか」
「大丈夫も何も俺怪我してねぇからよ」
「そーなんですか。それなら帰りましょうか」
「よーし、帰ろうぜ! 武!」
「ああ」
俺たちは兵の宿舎を出て夕日に照らされたヤマタ国の道を歩いていく。
まるで子供のときのような感覚に陥る。子供のときの帰路のようだ。
帰り道にあるいつも『宴』が行われる広場には誰もいない。今日は宴はないようだ。
……今日は負けたからなぁ。
がらんとした広場の情景が傷をつつくように自分を苦しくさせる。
今度こそは勝たないと。
そして……宴でうまいもんを食ってやる!