事のはじまり 其の参
ここは古山神社……の隣にある姫野絢の自宅。ここには何度も来たことがある。最近は忙しくてあんまり来ていなかったなぁ……。
しかしながら本当に誰もいないところだなぁ……。まぁ、一人暮らしというのはこんなものなのだろうけども。しかし、両親が二人とも顕在している俺にとっては一瞬、さみしいところに見えてしまった。
しかし、しばらくするとそんな感じはしなくなった。明かりをつけて、テレビをつけてればあまりさみしい感じはしなくなった……文明の利器とは偉大である。
絢は台所でせっせと料理をしていた。どうやら俺は今晩、絢の家で晩飯を食うことになるらしい。こちらに拒否権はないらしい。これは決定事項である。あいつは一度決めたことは決して曲げないやつだ。やると言ったらとことんやる、やらないと言ったらとことんやらない。随分とめんどくさい奴である。
まぁ、別に絢の家に厄介になるのは構わない。むしろうまい晩飯を食わせてくれるんだしいいことである……。が、あいつが気前がいいときはどうも嫌な予感がする。何か裏があるというか、何か企んでるというか……
絢は小さい手で器用に、そしててきぱきと野菜を切っていた。まるで料理番組を見ているかのような包丁さばき、その包丁さばきでマグロ一匹は軽く捌けるだろうと思えた。
ジュージューと魚の焼ける音がする、そしてジャージャーと野菜を炒める音、ぐつぐつと沸騰する味噌汁、そして食欲をそそるにおいが、部屋中に漂う……
炊飯器が電子音のメロディを流す。ご飯が炊けたようだ。
俺は炊飯器を開けて、お茶碗を取出し、しゃもじで二人分のご飯を注いでおいた。
「あ、武くん、ありがとうです」
「おう」
ご飯を注いでいる俺を見て絢が言った。絢の料理はもう終盤に差し掛かっていた。もうすぐごはんができる頃だ。
「それではいただきますです!」
「いただきます」
居間にあるテーブルに向かい合わせで座る俺と絢。その姿はさながら……両親を亡くした兄弟みたいなシチュエーションに見えてしまい、吹き出してしまいそうになった。
「どうですか、武くん、お味のほうは」絢は満面の笑みを浮かべていた。
「おかわりッ!」
「早ッ! です! 武くん!」
そんなくだらない受け答えをする俺と絢。何はともあれ俺たちは幸せだった。絢とこうして食事しているとなんだか幸せな気持ちになれる。まるで昔に戻ったかのような気分になる。
俺と絢はテレビを見ながら、くだらない会話をしながら、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと箸を進めていた。こういうことを言うのもなんだが、両親がいないと、子供だけでいると随分と開放感がある。両親とじゃもうこんな風には食事はできない。絢に関してはもう一生できないのだが……。
テレビではクイズ番組がやっていた。
「正解は2番です!」絢はそのテレビのクイズ番組を見ながらそう言った。
「いや、1番だろう」俺はそう答えた。
そのクイズ番組の問題は『この人物は誰でしょう』と歴史上の人物の肖像画出ていて、その下に三つの名前が番号順に書かれてあって、『①小野妹子②聖徳太子③推古天皇』と書かれてあった。でも、どう見てもモニターに映っている肖像画は小野妹子である。聖徳太子はもっとひげが長かったはずだ……たぶん。
「武くんの目は節穴なんですか? これのどこが小野妹子なんですか?」
「何言ってんだよ、これはどう見ても小野妹子ちゃんだ! ほら見ろ! あの眼はまさしく『隋に行ってきましたよ~』って目だ」
「どんな目なんですかそれは……」
……正解は……2番だった……。自信があったのに……。
やはり歴史の問題で絢と競うのは無謀だったということか……。こいつは考古学オタクなだけに歴史に強い、めちゃくちゃ強い。
まぁ、そんなこんなで晩飯の時間は終わる。楽しい時間はあっという間に過ぎていく、今は午後10時、そろそろ帰らないと。
でも、そういえばたしか……絢は『話がある』っていってたよなぁ。話ってなんなんだ? 晩飯を食っててそのことを忘れていたなぁ……。
「ところでですねぇ……武くん」突然絢が話し出した。
「今日の話のことなんですが……」
「今日の話……」今日の話と言ったら……たしか、『巨大土人形』のことか?
あの全長6メートルの武人の、埴輪のようなもの……たしかに、あれは今日の出来事の中で剛実の修行をしのぐインパクトを持つトピックスだったが……
「『巨大土人形』のことです!」と、絢はテレビに向かって指をさす。その指の先には、ニュース番組の映像。画面上部に大きく『巨大土人形出土』と書かれたニュースが流れていた。いやはや……ずいぶんと大事になっているもんだなぁ……。奈良県にまた新しい観光スポットでもできるんじゃないのか……。
「あの大きい埴輪みたいなやつのことか?」
「はい。箸墓古墳の巨大土人形のことです!」
「それで……その人形がどうしたっていうんだ?」
「武くん、今からあれを見に行きませんか?」
「へ?」
絢が突拍子もないことを言った。しかしこいつは突拍子のないことを言うことが大好きなのである。そして突拍子のないことをすることも大好きなのである。
「み、見に行くって……あれをか?」
「はいです!」
箸墓古墳は古山の隣にある市にある古墳で、ここから自転車で行こうと思えば行けるぐらいのところにある。しかし、こんな夜に、突然行くというのか……。
思い立ったが吉日ということわざもあるが……しかしあまりにも突飛すぎる。突然修行の旅に出た剛実並に突飛である。
「あのなぁ……絢」俺は呆れたように話す。
「なんで今行こうとするんだ……。もっと昼間とか、休みの日とか、行く時間はあるだろう……」
「私は今行きたいんです!」
まるで子供のダダだ。その絢の無邪気な表情は、時々俺を困らせ、そして被害をこうむらせる。
「武くん、この私の中から湧き水のごとく溢れ出す探究心は誰の手にも止められないんですよ! 止めようとするなら、そいつの息の根を止めてやるです!」
絢は今日はいつも以上に元気である。あの土人形の話をして以来ずっとエンジンかかりっ放しである。エンジン全開の絢は誰にも止められない。猪突猛進、わき目も振らず目的に向かって突き進む。
しかし……その絢の進行を幼馴染として止めなければならない。例え誰にもとめられない暴走トラックであっても、身を挺して止めなければ。
俺は、こいつを守らなければならないんだから……。
「……ん? どうしたんですか武くん?」
「絢、時計を見てみろ……」
絢は言われた通り時計に目をやる。時間は10時ちょっと前。こんな時間に出歩くのはあまりよろしくないことだ。しかも田舎の夜となると、自分の周りのものを認識できないぐらい真っ暗になってしまう……。そんな状態で出かけるのは、随分と面倒で、厄介なことである。
「うーん……そうですか。たしかに武くんももうおうちに帰らないといけないですし……もう暗いですし……それじゃあ私だけで行きましょうですかね……」
「ちょ、ちょっと待て!」俺は絢を引き留める。
「どうしたんですか武くん」
「い、いやぁ……女が夜中に出歩くのは……危ねえだろうが……」
自分で言っておいて何とも恥ずかしい時代錯誤なセリフ……しかし、俺は条件反射的にそれを言ってしまった。
「ふふふふ……武くんってホント武士ですねぇ」
武士というより……俺は時代に取り残された異端児だと思う……。小学校のころから毎日毎日剛実と共に剣道に明け暮れていたせいなのか、こんな性格になってしまった……。
「でも今の世の中、そんな男の子はモテませんですよ」
「うるせぇ。とにかく……こんな夜中に出歩くなんて御法度だからなぁ! お母さんが許さないぞ!」突然俺は絢のお母さんになって説教してやった。
「ふうん……それじゃあ武くん付いてきてくれますですか?」
「へ?」俺は疑問する。
「武くんが一緒なら怖いものなしですよ!」
「…………」
信頼されているというのは、ときに嬉しく、ときに苦しいものである。このまま絢に言いくるめられてあの土人形を見に行くことになるのは癪である。なんとかしなければ……
「駄目だ、付いていかねぇ……。俺は部活帰りで疲れてるんだよ……。もう自転車もろくに漕げん……。早く家に帰って風呂に入って寝たいんだよ……」
「それじゃあ私だけで行ってきますです!」
「それは駄目だ!」
「それじゃあ武くん、付いてきてくれますですか?」
「…………」
堂々巡り、無限ループ。もう屈するしかない、屈してしまった……。
俺は一生こいつのやることに振り回されるのかもしれない……。いくらあいつを守らないといけないからと言ってそれだけは嫌だ……。俺の一生は俺の一生だ。絢のせいで振り回されてたまるか……。
そんな俺をしり目に、出かける準備をする絢。俺はまだ了承をしていないというのに……。しかしあいつが行くとなったらどうしようもない、俺はあいつの奴隷なのか……。
「準備できたです!」絢はなぜか背中に赤いリュックを背負っていた。まるでこれから大冒険に行くかのような……。あのリュックには何が詰まってるんだろうか……。
俺は立ち上がり、絢と共に姫野家の玄関へと向かう。そして外に出て、倉庫にあった古いママチャリを取り出す。随分と古いながら、あまりガタはきていない。その自転車のサドルに俺はまたがる。そして絢は後ろの座席に乗る。二人乗りというやつだ。
「それでは出発です!」絢の声が静かな夜の中で響いていく。