苦戦
俺はワタツミクレイの元へと駆けていく。
相手は未だ動かない。俺はワタツミクレイの槍の横側を走り、
「てやぁー!」
剣を振りかぶり、振り降ろそうとする。
だが、
「えっ――――」
突然、左の腹に大きなものが当たる。
大きな力と、大きな速度をつけたそれが、ヤマタクレイを打つ。
そして、ヤマタクレイが吹っ飛ばされる。
「うわぁ!」
地面にたたきつけられた。まるで誰かに投げ飛ばされたかのように。腹が痛い。内臓が痛い。誰かに殴られたみたいに痛い。
「ハハッ、こうも簡単に食らうとは。お前も大したことないなぁ」ワタツミが言う。
「そもそも槍相手に剣で戦うなんて、無謀すぎるぞお前」
ワタツミクレイは槍をまっすぐ正面に構える。
俺は慌てて立ち上がる。
「それじゃあこっちも行くぞ、――――オリャー!」
ワタツミクレイが槍を薙ぐ。
槍はワタツミクレイを中心に半円を描いた。
槍は長く、そのため描く円も大きい。
ワタツミクレイは次々と素早く槍を動かし円を描いていく。
その大きな円には入れない。そこは攻撃範囲だ。
俺はその円に入らないよう後退していく。ワタツミクレイとの距離は大きく開いている。剣が全く届かない。届かせるには円に入るしかない。
つまり、どうにもう動けない……。
「やっぱりこっちが不利か……」後ろの剛実が呟く。
「不利って武くんがですか?」
「うん。槍の有効範囲と剣の有効範囲とじゃ槍の方が大きいんだ。だから『剣』の武はうかつに動けないんだよ」
「でも、剣も槍も刃物のところはおんなじぐらいの大きさじゃないですか」
「さっきヤマタクレイが飛ばされただろ、刃物のところじゃなくても攻撃はできるんだよ。『棒』としての攻撃がな」
「うーん……」絢は渋った顔をする。
「でも、あんな長い槍じゃ扱いにくいんじゃないですか? 武くんの剣の方が扱いやすさの点ではいいんじゃないですか」
「確かにやりは扱いにくいけど……でもあいつは……」
槍の薙ぎは終わらない。
速度を変えず、円を描いていく。
俺は後退するしかない。時折気を許すと槍の切っ先が当たりそうになる。
とにかく……今は後退するしかない、
考えておこう、どう出ようか、
そして相手の隙を探ろう、
「ホント埒のあかねぇ野郎だぜ!」
それはこっちのセリフだ、と俺は思った。
そしてワタツミクレイは槍を正面に構えなおし、そしてそのまま『突き』を繰り出す。
今だ!
ワタツミクレイの突きが正面に来る。俺はそれを剣で払う。
そして直進する。
「てりゃぁあ!」
俺は剣を振りかぶり、相手に打ち込む。
だが、
ゴンッ――――
また脇腹に、大きな力が当たった。
そして飛ばされる。
「う……そんな……」
痛い腹を抱えながら俺はつぶやく。
忘れていた、間合いが広かったんだ。
奴の槍のせいで間合いが大きくあいていたんだ。だから打突をするまでの時間が長くなってしまったんだ。
そして、あいつの槍も速かったんだ。
駄目だ……これは不利だ……。
ジャンケンでパーでチョキに挑むようなもんだ。
どうしようもない……。
「武くん!」
向こうから声が聞こえた。
「私の力をどうぞ使ってくださいです」絢が言った。
「馬鹿野郎、まだお前の力は……」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないです!」絢がぴしゃりと言った。
「武くんには生きて帰ってもらわなきゃ困るんです! それに私も戦いたいんです! 武くんと一緒にヤマタ国を守るんです!」
「絢……」
「それでは私の力を注ぐです」
「ちょ、ちょっと待て。まだ俺は了解してないぞ!」
「武くんの了解なんていらないです! それでは頑張ってくださいです!」
絢は強く念じ、そして勾玉を掲げた。
勾玉は紅く紅く光った。
そしてヤマタクレイも紅く紅く光った。
「うう、暑いぜ!」
暑くなってきた、熱くなってきた。
これがヤマタクレイの底力だ! これでワタツミクレイを倒してやる!
「うぉりゃぁあ!」
俺はワタツミクレイに向かっていく。
「ハハッ、なんだかヤマタクレイの様子が変わったようだが、そんなの俺には構わん。どうせお前たちは滅びる運命だからな!」
ワタツミクレイが素早く槍を薙ぐ。
そして、ヤマツミクレイの横にそれが来る。
だが、
ヒュン、
「な、何!」
ヤマタクレイは跳躍した、跳んだ。
ヤマタクレイの下には槍が通り過ぎていき、そして槍のなくなった地面に、ドシンと落ちる。
そしてそのままヤマタクレイは駆ける。
「うぉりゃぁあ!」
剣を振りかぶり、そして……
「えっ……」
脇腹に、しかし今度は反対側の脇腹に、衝撃が走る。
「そんな……」
ワタツミクレイが今度は逆の方向に槍を薙いだ。
「ぐふ……」
そして槍の薙ぎと共に野球の打球のように飛ばされる。
じめんにドンと仰向けに倒れる。
反対側に来るとは……『油断』していた……。
「思い上がるな! 油断をするな! その思い上がりが、その油断がお前を殺すんだぞ」
大将の言葉が頭をよぎる。
俺はその油断で3度も攻撃を食らったんだ。
『油断』しちゃならない。今度こそ……
「うぉおおおおお!」
俺はまた駆けた。ワタツミクレイの元に。
まだ辺りは暑い。絢の力は注がれている。
これなら何とかなるか!
ワタツミクレイの槍の薙ぎが来る。
俺はそれを飛び越える。
はずだった……
「ホント、お前は単純だなぁ。馬鹿じゃないのか」俺を蔑む声が聞こえた。
途端、右足に激痛が走る。
「うわぁー!」
足に当たった……。跳んだはずなのに……。
跳躍が足りなかったのか。いや、さっきと同じくらいの高さで飛んだはずだが……。
「斜めに薙いだのか……」後ろの剛実の声が聞こえた。
そうか、軌跡を変えられたのか。水平でなく斜めに、ヤマタクレイが跳ぶことを予測して変えたのか……。
「く…………」
早く立たないと。
まだ絢の力は注がれている。
早くやらないと……
「うぉりゃああああー!」
立ち上がりそのまま駆ける。
そしてワタツミクレイの薙ぎが来る。
――さっきより高く飛ぶんだ!
もっと高く、斜めの薙ぎも避けれるぐらいの――
「へっ……」
跳べなかった。
さっきよりも低く、『跳んだ』ともいえないぐらいの低さ。
「そんな……」
直後、槍の薙ぎが足元に来る。
「わっ!」
ヤマタクレイがドンと地面に倒れる。
そんな……。どうして飛べなかったんだ……。
力が出なかった、いや、力がなかった……。
あったはずの、注がれていたはずの……。
「あ、絢……」
絢に何かあったのか……。
俺は後ろの絢を見る。
「うう……。どうして力が……」絢は泣き出しそうな顔で言った。
見ると絢の掲げていた勾玉の光の色が白に代わっていた。
……絢の力はもう注がれていないのか。
というか……、
「絢さんの力が尽きたんです……」ホノニギさんが言った。
尽きた。絢の力は有限だったのか……。
確かにあんな体躯に納められる力なんて限られていると思った。しかし……俺は今までそれを考えないことにしていた。力が尽きること、それは敵の『クレイ』と太刀打ちできなくなること……
所詮俺はただの剣道部員だ。実戦なんてしたことない。
そしてクレイになんて乗ったことない。
そんな俺には……モサク一族に太刀打ちできないのか……。
「ハハッ、お前もこれまでだな」ワタツミが言った。
ワタツミクレイは槍の先をヤマタクレイの腹に向けていた。
ヤマタクレイは……ただ地面にドンと倒れているだけだった。
「お前、クレイの急所って知ってるか?」
「う……なんだと……」
「クレイには心臓があるんだ。原動力のな。しかもその心臓ってのは壊れたら再生がきかねぇ。霊体の宿る頭をやっても霊体は実体がないわけだしあんまり意味がない。頭の部分を修理すればいいだけだ。しかし……心臓は治らないんだ。だって心臓は……操縦者だからよぉ」
「心臓……俺が……クレイの……」
「ヤマツミクレイは死んだんだ。心臓たる兄さんが死んだからな。その影響で頭の霊体も飛んでったかもしれないな。まぁ、どちらにせよ『死んだ』ってことだな」
「…………」
クレイが死んだ……? 絡繰たる、人形たる、傀儡たるクレイが死ぬ?
クレイは生き物なのだろうか、さっきからワタツミは霊体だとかよくわからないことを言ってるが……。操縦者が心臓? 確かに操縦者がいなきゃ動かないが……。
「まぁ、とにかく心臓が『操縦者』で、その心臓たる操縦者が死ねばクレイが死ぬってことだ。で、その心臓ってのはもちろん操縦者だから操縦室にあるわけだが、その操縦室ってのはクレイの腹の中にあるんだよ」
「腹の中……」
俺はクレイの腹の中にいるのか……。クレイの心臓たる操縦者の俺が……。
だから……ヤマツミクレイの胴に穴が開いていたのか……。
そこが心臓だから、
そこが操縦席だから、
そこにヤマツミがいたから、
「というわけでだ、えと、流山武だっけ? とにかく俺はお前を殺さなくちゃな」
と言って、ワタツミは槍を構える。
槍の切っ先は――ヤマタクレイの腹を狙っていた……。
「な……」
そんな……。そこは……。
俺のいるところじゃないか!
「さぁ死にな、流山武。運命に敗れた負け犬さんよぉ!」
ワタツミクレイの槍が一瞬引かれる。
そしてその引かれた槍が一瞬にして、突き進む。
そんな……。
そんな……。
そんな……。
俺は死んでしまうのか……。死んで……しまうのか……。
「絶対勝つんですよ! 絶対、絶対生きて帰ってくるんですよ! あんな奴やっつけちゃってください! 私も力を出し切りますから!」
「お前は生きるんだぞ。生きることだけを考えろ。お前のできる精一杯で生きるんだ。お前のできる精一杯で死ぬような真似だけはするな。『無茶』なんてするな」
あいつらの言葉が脳裏をよぎる。
俺は生きなきゃ。生きてやらなきゃ……。
しかしそんな言葉とは裏腹に、俺の体は動かない。5度の攻撃でもう体が駄目だ。
どうにも動かない。どうにもならない。
……ごめんよ絢、剛実。俺はもうだめだ。生きて帰れないようだ。
剛実、剣道がんばれよ。
……絢、ありがとな。それとごめん。恩返しできなくて……。
「たけるくううううううううううううううううううううううううん!」
「たけるうううううううううううううううううううううううううう!」
突如、目の前の映像が裂けた。
そしてそこにまるで3D映像のごとく大きな銀色の刃物が飛び込んでくる。
それは真っ直ぐに、少しも曲がることなく進んでいく。
そしてその槍による風圧が、体に当たる。
そしてその槍の刃が目の前に来て――
ああ……。
その刃には、楽しかった日々の情景が映っていた。
楽しかった日々。その日々の中にはいつもあいつらがいたっけ……。
絢と剛実と久那と……。
なんだかんだ言って、あいつらといた日々は掛け替えのないものだったんだな。
そんなことを……今になって思うとは……。
今だからこそ、だろうか。
その刃が刻々と俺のところへと迫っていく。
そして――
ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン
その槍は、ヤマタクレイを貫通した。