予言
絢はヒメノミコトの宮殿に着き、そして宮殿の中へと入っていった。
「おはようございまーす」
と絢が言ったが……中には誰もいなかった。
「誰もいませんねぇ……」
そこにあるのは、絢たちが初めてこの時代に来たとき招かれた座布団みたいな敷物ぐらいしかない部屋だった。そこはがらんどうだった。
絢は辺りを見回し、そして奥の階段を見つける。
そういえば二階にも行けたんだな、と絢が思った。
そして絢はその奥の階段へ向かい、そこを上っていった。
その上った先に、ヒメノミコトの後ろ姿があった。
「ア~ナンジャラモンジャラ」
「うわぁ!」
絢はヒメノミコトの異様な『儀式』に驚く。
ヒメノミコトは火で動物の骨を焼いて、その正面に座り、何かをブツブツとつぶやいていた。
「ん?」ヒメノミコトは絢の姿に気づき振り向く。
「おお絢殿」とヒメノミコトが言った。
「お、おはようです」と絢が応えた。
「来たのはお主だけか?」
「はい、私だけです。武くんたちは『大将』さんに呼ばれたみたいなんです」
「ほう、大将にのぉ」
絢は向こうのパチパチと燃えている火を見た。
「占いしてたんですか?」
「おお、占いじゃ」
「太占ですか」
「おお、よく知っておるのぉ。お主も占いをするのか?」
「占いはしませんよ。私はただの考古学者ですよ」
「こうこがく?」
「昔のことを研究してるんです」
「ほう、昔のことをのぉ」
昔のことと言っても、絢の主な専門は『この時代』のことなのだが。
「そう言えば……占いで思い出したんじゃが、お主たちがここに来るちょっと前に占いですごいことが見えてのぉ」
「すごいこと?」
「うむ、『火が落ちる』」
「火が落ちる? 火って……」
絢はもう一度、パチパチと燃える火を見た。
「……火が落ちる……紅き紅き火が……何かが来る……善きものと悪きものが来る……」
「紅き紅き火……」
火、炎、焔、烈火……
火は危険で、何もかも燃やしてしまう。
しかし、人間生活において重要なものでもある。
危険で、それでいて重要な火。
善きものと悪きものが来る……。
善きものとは……。
悪きものとは……。
「どういうことなんでしょうねぇ」
「さぁ、私にも分からぬ」
「ヒメノミコトさんもわからないんですか……」
「いや、わからないんだがな……でも、何かを感じたのじゃ。何か不思議なものをのぉ」
「不思議なものですか」
それは自分たちが来ることの予言であったのだろうか、と絢は思った。
私たちがここに来ることをヒメノミコトさんは感じ取っていたのだろうか。
それとも……別の何かを感じ取ったのか。
「まぁ、私の占いなんてアテにならんしなぁ」
「ええ⁉」絢は驚く。
「ちょっと待ってくださいよ、ヒメノミコトさんは占いでこの国を治めてるんじゃないんですか!」
「いや、政治の方は弟に任せておる。今も弟は現地に行っていろいろやってるそうだ」
「そうなんですか……」
それじゃあヒメノミコトさんは何をやってるんですか……。
まさか武くんが言っていたように『引きこもり』なんですか……。
「なぁ絢殿」
「なんですかヒメノミコト様……」
「『引きこもり』ってなんじゃ?」
「えと……」
「よく武殿がわらわのことをそう言うんじゃが……どういう意味なんじゃ?」
「えとですね……」絢はしばらく考えて、
「『とってもえらい人』って意味ですよ!」と言った。
「そうか……武殿はそういう意味で言ってたのか」
「そうですよそうですよ!」
何となく成り行きで嘘をついてしまって大丈夫なんだろうかと絢は思った。
まぁ、世の中には知らない方がいい真実というのもありますからねぇ、と絢は思った。
「それでは、本題に入ろうか」とヒメノミコトさんが突然言い出した。
「本題?」
「今日絢殿を呼び出したのはのぉ、主に話を聞きたくてのぉ」
「話? なんの話ですか?」
「未来の世界の話じゃよ」とヒメノミコトが言った。
「ふぅむ……お主の世界はなかなか豊かで、なかなか平和なようじゃなぁ」
「まぁ、そうですね。平和すぎてつまんない時もありますけど」
「お主は『学校』とやらに行ってるのか」
「はい、週に5回です。じゅぎょーはおもしろかったりつまんなかったりするけど、まぁ比較的楽しいですよ」
「そうか」とヒメノミコトが言った。
「お主は……両親は……」
「亡くなりましたよ」と絢が言った。
「私が小学3年のときに……事故に……車に轢かれて……」
「そうだったのか……」
「そう言えばヒメノミコトさんとスサノさんはご両親は……」
「こちらも亡くなっていてのぉ」とヒメノミコトが言った。
「亡くなっていたというか……そもそもわらわの出所というものが不明なのじゃ。わらわは物心ついたころから村の者たちに育てられててのぉ」
「そうだったんですか……」
辺りにしんみりとした空気が漂った。
「……そう言えば主は神社の巫女をやっていたな」
「はい、古山神社の巫女です」
「巫女のぉ」とヒメノミコトが言う。
「巫女と言えば……そういえばホノニギのやつから預かり物をしていたなぁ」
「預かりもの?」
「ああ、お主宛の預かりものじゃ」
「私ですか?」
絢がそう言ってる間、ヒメノミコトは奥から座布団ぐらいの大きさの箱を持ってきた。ふたはウグイス色で底は白色の箱だった。
「これ、何が入ってるんですか?」
「いや、まだ開けてないから中身は分からぬ。ホノニギのやつも何も言ってなかったしのぉ」
「とにかく開けてみましょうか」
と言って、箱を開けてみると。
「こ、これは……」
服。白い和服、何の服だろ?
絢は不思議に思いながらその服を広げていくと、
「おお、これは……」
襦袢と白衣とそれから紅い袴と……、
それは巫女装束だった。
「…………」
絢は考える。
確かこれはホノニギさんからの贈り物で……。
……私にこれを着ろってことですか!
ホノニギさんの趣味なんですか……。ホノニギさんは巫女さん好きなんですか……。
それになんでこの時代に巫女装束が……。
まさか……元いた時代から持ってきたんですか!
「ああ、そういえばそれはタイムスリップするとき持ってきたものだとホノニギが言っておったぞ」
「マジっすか!」
何でタイムスリップするときわざわざ巫女装束を……。
ほ、ホノニギさんはそんなに巫女さんが好きなんですか……。
「まぁ、とにかく着てみてはどうじゃ。えと、それは巫女装束とかいう服だったの」
「…………」
せっかく……ホノニギさんが元の時代から持ってきたものだから……とりあえず着ようと絢は思った。
「おお! よく似合っておるの」
「はい……」
絢はなんだか複雑な気持ちになっていた。
これからホノニギさんとどう接していけばいいか分からない……。
確かに個人の趣味は自由だとは思うけど……。
それで何故私に巫女装束を着せるんですか……。
「寸法も若干大きいぐらいでよかったのぉ」
「ええ……」
サイズはまるでホノニギさんが私に合わせて作ってくれたかのように、若干、と言ってもほんの少し大きいぐらいのサイズだった。
正直着心地もよくて、それに新しい服を手に入れたという点では嬉しい限りなのだが……ホノニギさんの隠れた趣味を考えると複雑な気持ちだ。
『一緒に写真を撮ろう!』とか言われたらどうしよう……。
「おう、そういえば……」突然ヒメノミコトが言う。
「そろそろスサノのところに行かねばの」
「お仕事ですか」
「うむ、まぁそんなところじゃ」
そう言ってヒメノミコトは立ち上がる。
「わらわはスサノのところへ参るのじゃが、主はどうする」
「私は……『大将』さんのところにでも行こうと思ってます」
「そうか、それなら一緒に出ようか」
「はい」
そう言って二人は宮殿を出た。
……で結局、ヒメノミコト様は何の用があったんだろうか。
ただ普通にお話しして巫女装束を着て……。
『引きこもり』のヒメノミコト様の遊び相手になっただけなのだろうか……。