宴 其の弐
「これが宴かぁ」
剛実は辺りを見回しながらそう言った。
人々は中央の焚き木の周りを盆踊りのごとくまわって踊っていた。
正面には卑弥呼のやつとスサノさんがどっしりと構えていた。
辺りは真っ暗。
もう夜か……。時が過ぎるのは早いもんだ……。
まぁ、今日は昨日と同じくいろいろあったからなぁ……。
剛実に会って、そしてヤマツミと戦って。
毎日こんなことが続くんだろうか……。こんなんじゃ体がもたねぇ……。
あと5日……それでおそらくは元の時代に帰れる。
『おそらくは』だけど。ホノニギさんは『100パーセントは保証できません、せいぜい30パーセントぐらいの確率と思ってください』と言っていた。
30パーセント。つまり3回やって1回は成功するってことか?
……それって、失敗する確率の方が高いんじゃないのか……?
まぁ、確率なんてどうでもいいか。まずは元の時代に戻る方法だ。どんな方法でも、どんなに確率が低くとも……やらないと意味がない……。
「すげぇなぁ! ここが弥生時代なのか!」
「くふぅ~! そうです! これが太古です!」
そこの二人は何の危機感も感じてないようだが……。
もう俺だけで元の時代に帰っちゃおうかなぁ……。
「よし! ここは郷に入ればローマに従えは一日にしてならずで踊るぜ!」
「え? ちょっと今なんて言った……」なんか聞いたことのないことわざのような言葉が聞こえた。
「踊りって、私勝手がわかりませんよ」と絢が言った。
「絢ちゃん、舞とか踊れるか?」
「舞ですか? ああ、舞ならやったことありますよ」と絢が言った。
「これでも私神社の巫女さんですからね、そういうのはたしなんでるんですよ」
「ほう、それじゃあ踊ってみろよ絢」と俺が言った。
「合点承知です!」
すると、絢は懐から扇を取出し(そんなの持ってきてたんだ……)それを広げて、そして両腕を広げて――――
巫女舞、神楽というやつか。
いつか、音楽の授業で見た『雅楽』みたいな感じの踊りだった。
絢が地面を定規で直線を引くように真っ直ぐに歩く。舞う。
燃え盛る焚き火をバックに舞う絢。
俺と剛実はそれに見蕩れていた。
時間を忘れてしまうような、すばらしい舞だった。
「どーでしたか武くん、剛実くん」
と、絢が言ったとき、
たくさんの弥生人が絢を囲んでいた。
弥生人の人たちは一斉にパチパチと拍手をした。
「素晴らしいです! 絢様!」
「美しい踊りでした! 絢様!」
という声が飛び交う。
「すげぇな……こんなに観客を呼ぶとはなぁ」
ちょっとしたアイドルである。
「絢殿、立派であったぞ、素晴らしかったぞ」
という卑弥呼の声が聞こえた。
「えへへ、みなさん照れますですよぅ!」
絢は頭をかきながら言った。
「お主らの未来の世界の踊りかの?」卑弥呼が訊いてきた。
「未来の踊りというか、私たちの時代ではかなり古い踊りになってますねぇ」
「ほぉ……」と卑弥呼が言った。
「それじゃあ、次は武くんと剛実くん踊ってください」
「お、踊ってくださいって……そんなもんできるかよ……」
踊りなんて無茶ぶりだ。できねぇよ。
「それじゃあ……誰でもできるダンスとかならできるんじゃないですか?」
「誰でもできるダンス?」
「例えば……フォークダンスとか」
「…………」
「さぁ、武くんと剛実くん仲良くフォークダンスしてください!」
「ふざけるなぁ!」
何が悲しくて……弥生時代で……剛実と二人で……フォークダンスしろっていうんだ……。
それはただの罰ゲームだ……。
「それじゃあ社交ダンスは」
「もっといやじゃぁああああ!」
「武、仕方ない。ここはみんなの期待にお応えして」
「誰が期待するか!」
俺と剛実は体を近づけて社交ダンスのような格好をするが、
これじゃあ……見るからに相撲かもしくは柔道をやってる格好に見える。
とても社交ダンスには見えない。
「とにかく……こんな目の保養に悪いことはやめるんだ」と言って俺は腕をほどいて剛実から離れる。
「くふぅ~、それじゃあつまんないです~」
「大体、社交ダンスとかフォークダンスとかって男女でやるもんだろ?」
「男女……女の子と男の子とですか……」と絢は言った。
「それじゃあ武くん私と踊ってくれますか? シャルウィダンス?」
「いや、お前とじゃ身長釣り合わねぇし」
「…………」絢は黙っていた。
「いーつも武くん私のこと小っちゃいだとかお子様だとか言いますけど、私だって子供のときより身長は伸びてるんですよ!」
「そうなのか?」
そりゃ少しは伸びたのかもしれないが。
そんなの微々たるものだろう?
「まぁ、相対的に俺も身長伸びたから、身長差は変わってないんじゃないのか?」
「身長差は……うーん……」
とにもかくにも絢は俺にとって小っちゃい存在のままだ。
それは変わらないことだろう。さすがに17でぐんと身長が伸びることはないだろう。
「武くんはその、身長の高い女の子と身長の低い女の子どっちが好きですか?」
「うーん、俺的には身長の高くてお姉さんみたいな感じのカッコいい感じの女の子が好みだなぁ……」
「…………」絢は黙っていた。
正直なところ、好みの女性のタイプなんてないのだが。
とりあえず適当に答えておいた。
「そう言えば……武くんの部屋に会ったエロ本もそんな感じの女の子がたくさん……」
「なんで知ってるー!」
い、いつ俺の部屋を調べた……。
幼馴染だからって……やっちゃいけないことがあるだろうが……。
「ついでに押収しておきましたよ!」
「何だってぇー!」
「ここにほら!」
「なんで今持ってるー!」
そんなやり取りをしていると、
向こうの方から畳一畳分ほどの木の板が運ばれてくる。
その木の板の上には、たくさんの食べ物が並べられていた。
「うおおおお! 食いもんだ!」
「くふぅ~、食べ物ですぅ!」
「お前らホント鼻よりダンゴっ鼻だな」
剛実のわけのわからないことわざを無視して俺たちは食べ物のところへと向かった。
俺たちは腹が減っていた……。
朝食があれだけだったし、昼食もなかって、そしてヤマツミと戦ったので。
俺と絢はがむしゃらに食べ物を食べていた。
「これは俺のだ!」
「私のです!」俺と絢は肉を取り合っていた。
「こんやろぉー! こうなったら実力行使だ!」
「そっちが来るならこっちも来てやるです!」
俺と絢はポカポカとなぐり合う。
ひょい、
「わ! 何するですか武くん!」
俺は絢の後ろ襟をつかんで持ち上げた。
「ははは! お前いつになっても子供なんだな!」
「離してくださいです! 武くん!」
絢はじたばたと手を振っていた。
「ははは! 何度でもあがいて……」
ボカッ、
顔面にパンチが入った。
「痛ぇー! 何すんだよ!」
「正当防衛です!」
「何が正当防衛だぁー!」
俺と絢は食べ物のことも忘れ、言い合っていた。
……という具合に時間が過ぎて行った。
「それで……どうしようか」
俺たちはどうしようか悩んでいた。
寝床。竪穴住居。もちろんのことながら部屋は一つ分だ。
「どうしようかって、そんなの決まってるじゃないかよ」と剛実が言った。
「俺たちが外で寝ればいいだけじゃないか」と剛実が続けて言った。
「外でって……」
ついこの間までタケタケ様として山で暮らしていた剛実ならばともかく……。
俺はそんなのは嫌だ。
「ここは間を取って、絢が外で寝ろ!」
「何言ってるんですか武くん! 女の子を外で寝かせるなんて!」
「そうだ武、男たる者女の子を守らないと」
「冗談だよ冗談だよ……。でも外で寝るってのもなぁ。寝袋とかあるなら話は別なんだが」
「生憎そういうのは持ってきてませんねぇ」
「それじゃあ仕方ないな、俺たちは茣蓙でもまいて外で寝ておくか。まぁ今は冬じゃないから死ぬことはないから大丈夫だろ」
「くふぅ~、そんなのなんだか二人には悪い気がするです」
「そうはいってもなぁ……。男と女が同じ部屋で寝るってのはちょっと……」
「そんな私たち幼馴染みなんですから、お泊りならおぢばがえりとかで行ったことあるでしょうです」
おぢばがえり……確かガキのときに一回行ったことがあったけ。
無量支給の麦茶をガブガブ飲んでた記憶しかないが……。
「まぁ、子供のころのことを考えればなぁ……。でも俺たちもうこんな年なんだし」俺と剛実は17歳で、絢は16歳だ。
「大丈夫ですよ、武くんと剛実くんは真人間ですから、間違いは起きないと思いますよ」
「真人間ねぇ……」
剛実はともかく俺は真人間なんだろうか。
確かに人の道を踏み外したことなんて一度もなかったがなぁ。
「まぁ、今は緊急事態と思って、三人で川の字で寝ようです」
「川の字って、お前が真ん中か?」
「どうして私が真ん中なんですか?」
「だって川の字って真ん中が一番短いじゃないかよ」
「くふぅ~、また小っちゃいって言ったです!」
まぁ、とりあえず。
俺たちは川の字になって寝た。
入り口付近に剛実。
その隣に俺。
奥に絢といった感じで。
「くふぅ~、なんだかキャンプみたいな感じです」
「そうだなぁ」
「俺たちがこうやって一緒にいるのもなんだか久しぶりだな」
「そうだなぁ……」
高校に入ってから、いろいろ忙しくなってちょっとだけ俺たち幼馴染4人は疎遠になってしまった。
大人になっても幼馴染は続くんだろうか……。
絢、剛実、そして……。
「久那のやつ、今どうしてるんだろうなぁ……」
俺たちのことを探したりしてるんだろうか……。