事のはじまり 其の弐
俺の名前は流山武。小売山高校に通う高校2年生、現在17歳。さっきも話したように学校では剣道部に所属している。剣道は剛実とともに小学校からずっと続けていて、そして現在も続けている。友人は、特に親しいのは剛実と絢と久那とぐらいだ。3人とも幼馴染、腐れ縁というかなんというか、それにしても小学校からずっと4人全員同じ学校にいるというのは運命を感じる……。しかも今現在俺たちが通ってる高校は結構この辺りでは有名で、レベルの高い高校である。……勉強のできるお嬢様の久那、歴史の成績だけ異様に高い絢を除く俺と剛実の男二人はどう間違えても、何かの間違いがないかぎり入学できるような学校ではない。偶然にも剣道に力を入れている高校だったため、剣道に力を入れている俺たち二人が推薦入学で入れたわけなのだが……。
どちらにしても、幼馴染が同じ学校にいるというのはありがたいことである。心置きなく接することができる幼馴染。遊んだり、馬鹿やったり、喧嘩したり、笑いあったり……そんな関係がいつまでも続けばいいなと柄にもなく思ってしまうときがある。
ガタンゴトン……、ガタンゴトン……
電車が揺れる、程よく揺れる、心地よく揺れる。まるでゆりかごのように。
部活帰りの俺には睡魔という悪魔が肩にどっしりと載っかっていた。
その睡魔は俺に「早く眠ろう、早く眠ろう」と絶え間なく囁きかけてくる。
うつろな頭、うつろな視界、うつろな世界……
まぶたが閉じられ、フェイドアウトし、
そのまま夢の世界へと俺は行く……
俺は夢を見ている。ここは神社の境内。
少女が泣いている。
おかっぱ頭の少女がエンエンと、延々と泣いているのが見えた。
「ミイラ女ァ! ミイラ女ァ!」
その少女に向かって、三人の少年が汚い言葉を浴びせていた……。
「う……うぅ……」
その少女は涙目になっていた、左目から涙が……一つ、二つ。そして右目からは……何も流れない、いや、流すことができないのだ……。
そこには、少女の右目には眼帯があったのだ。
そして少女の頭に白い包帯がぐるぐると巻いてあった。
少女は怪我をしていたのだ……。目を、頭を、そして心を……
天涯孤独なった少女。悲劇の少女。悲劇のヒロイン。
少女のその風貌は、幼い子供たちにとっては異形のものでしかなかったのだ。それに子供たちは少女のいきさつを知らない、知ろうとしない、もしくは理解することができないのだろうか……。
だから傷つける、安直に、直情的に。
「ミイラ女が泣いてるぞぉ!」
「ミイラ女のタタリだぞぉ!」
その罵詈雑言に彼女はうずくまっていた。背の小さな少女にはそれしかできなかった。そして彼女は願う……。こんな苦しいのは嫌だ、誰か助けて……と。
その刹那、小さな少年の影が映った。
その少年は後方から竹刀を据えて駆けてきて、
「面ぇぇぇぇええええん!」
パコン、パコン、パコン。その少年は罵詈雑言を吐いていた子供たちに面打ちをクリーンヒットさせる。
「痛ぇぇぇぇえええええ!」
少年の面打ちを受けた子供たちはその場を去っていった。少女から去っていった。一目散に去っていった。
「だいじょうぶか、あや」昔の俺である、少年、流山武は少女に手を差し伸べた。
「た、たけるくん……」申し訳なさそうな顔をする少女、姫野絢。少女は両手で涙を拭いていた。
「そ、その……ありがとぅ……」と少女は言った。少女の言動は弱弱しかった……。それもそのはずだ……。もう少女が頼れるのはこの少年しかいなかった。
昔の俺はそんなことを悟ったのか、小さいながら、子供ながら、大きく胸を張る。
「こんなことで謝られちゃ困る」と少年は言った。
「俺は恩返しをしなくちゃならない……」
ガタンゴトン……、ガタンゴトン……
俺は目を覚ました。ここは電車の中、俺は夢を見ていたそうだ……。
あの時の夢か……。あの頃交通事故で大けがをした絢は、頭に包帯と目に眼帯をしていて、その風体のせいでいじめられていたんだったなぁ……。
今はもうそんな傷は残ってないからそんなことはないのだが……あの頃はよく絢のことをかばっていた。かばわなければならなかった。絢を守らなければいけない使命があった。
そんな昔の出来事に感慨に老けていると、駅に着いた。
ゲコゲコゲコ……
田舎の夜が静かなのは迷信である。このゲコゲコとなる緑の生物、カエル。こうして帰宅しながら聞くのには風情があっていいものだが、夜中に大合唱をやられるといやなものである。まぁ、慣れればどうってことないんだが……。
ここは田舎、といってもド田舎ではなく、都会、というほどには栄えていなく……まぁ、いわゆる郊外ってとこなのか。ここが俺のふるさと、古山。俺と剛実と絢と久那の家はこの町の同じ通りにある。絢と久那はもう家に帰っているのだろうか……。もうこんな時間ならとっくに帰ってると思うが、俺はそんなことを考えながら帰路を歩いていく……と、
ドン!
みぞおちのあたりに、何かが、いや誰かがぶつかった。一瞬ぶつかってきたのはどこかの子供だろうかと思ったが、正面を見るとそこには地面に仰向けに倒れている絢の姿があった。
「あ、絢!」
「く、くふぅ~」
絢は頭を押さえながらのっそりと起き上った。そして絢はくふぅ~とため息をつく。
「あ、武くんです!」
絢は案外立ち直りが早い、昔は泣き虫っ子だったが今ではもうその面影は見えない。彼女の片手にはビニールの買い物袋があり、適当な野菜と、適当な肉類と適当な調味料等が入っていた。
そして、彼女は巫女装束を着ていた……。
「なんでそんな格好なんだ……」俺はまずそこから突っ込んだ。
「だって着替えるのめんどくさかったからです!」
横着なやつめ……。なんで巫女装束で出歩こうとするんだよ……。
絢は巫女なのである。この古山の古山神社の巫女なのだそうだ。幼いころに両親を亡くした絢は実質一人でその古山町神社を切り盛りしている。まぁ、忙しいときとか、お祭りのときとかはお手伝いさんを呼んでるそうだし、そんなに大きな神社でもないのでそこまで大変ということではないらしい。しかし、絢には親がいない。しかも身寄りもいない。天涯孤独というやつだ。まるで何者かに呪われたかのように、絢一人だけが取り残された。その絢でさえ交通事故で大怪我をしたというのに……
しかし当の本人は天真爛漫なやつである。そんなバックグラウンドを考えさせないような、想像させないような、明るく元気な奴である。
「実はお買い物に行っててですねぇ……。お魚が安かったんですよぉ~」
どうやら絢は予測通り買い物に行っていたそうだ。小さな体ながら頑張るやつだなぁと思った。
「で、武くんはなんでこんなところにいるですか?」
「今帰りなんだよ」と俺は言った。
「奇遇ですねぇ武くん。私も帰ってるところだったんです」と絢は言った。
「ところで武くん、今晩は暇ですか?」
「今晩って……」今は早く家に帰って飯を食って風呂に入ってぐっすり眠りたいところなんだが。
「突然ですが武くん、ちょっと家に寄ってってくれませんですか?」
「家ィ?」
「はい、ちょっと手伝ってほしいことがありましてですねぇ……」