ヤマツミ再来
目の前の男が実際のところヤマツミかどうか分からなかったのだが(そもそもヤマツミと初めて会ったときはヤマツミはヤマツミクレイに乗っていたのでヤマツミの顔を知らなかった)、男がウズメを片手で担いでいる状況から、その男はおそらくは俺たちの敵だろうと判断できた。そして、その男の風貌が、どことなくヤマツミクレイに似ていたというか、ヤマツミっぽかったのでおそらくそうだと判断したわけだ。
目の前の男、おそらくヤマツミは大男だった。剛実よりもガタイがデカく、そして筋肉質であった。服装は上半身裸で、下は白いはかまのようなものをはいていた。そして、頭は丸刈りだった。いかにもな『格闘家』の姿であった。
そしてその男がウズメを担いだまま、不敵に、不気味に笑っていた。
いかにも危なそうなやつだ。できればこんなやつと関わりたくない。
ついでに人さらいもしてるし……見るからに犯罪者で実際に犯罪者だった。
「流山武、久しぶりだな。久しぶりと言っても一日しか空いてなかったが。そういえば顔を合わすのはお互い初めてだよなぁ。はは」
「た、武……あいつは誰なんだ……?」
「あれぇ、お友達も来てるのかい?」ヤマツミが不愉快に言う。
「初めましてお二人とも。俺は『父上』に従う子の一人、『長男』のヤマツミだ」ヤマツミが野太い声で言った。やはりヤマツミだったようだ。
「お前は……一体何者だ!」剛実がヤマツミに叫んだ。
「あれぇ、お前は昨日の戦いを見ていなかったのか?」
「昨日の戦い……?」
「ああ。そこの流山武とクレイに乗って戦ったんだよな」
「く、くれい?」
「おやおや……本当にお前、何も知らねぇのか?」ヤマツミは首をかしげる。
「とにかくお前……ウズメちゃんを離せ!」
「離せ? 俺に命令するとはいい度胸してるなぁ。お前、名はなんというんだ?」
「お前に名前なんか……」その時、剛実は両足をかがめバネのようにして、
「教えねぇ!」そしてバネを瞬時に伸ばし、ヤマツミの懐へと駆けこんだ。
タッ! と、目にもとまらぬ速さ、神速でヤマツミの懐へ走りこむ剛実。
「テヤァー!」
そしてヤマツミの懐に入った剛実は、右足を振り上げヤマツミの足を払った。
「うわぁ!」
足を崩されたヤマツミは、重力にひきつけられ地面に背中から倒れた。
ヤマツミの肩に担がれていたウズメはすでにいなかった。
ウズメは剛実の肩へと瞬間移動していた。
いや、剛実がとっさに担いだんだろう。その動作が見えないほど素早く。
「う、ぐぐ……」
地面に倒れていたヤマツミは悶えていた。
すげぇ……足払いとか、剛実は剣道以外でも天才だ。なんでもできる奴は何でもできるというが。しかも速い。
「一丁上がりだぜ!」
「グッジョブだ、すげぇなお前。感服するぜ……」
「感服って……俺そんなすごいことやったか……」
やっぱり天才の言うことは違うんだなぁ、と思った。
「なぁ、武。成り行きであいつ倒しちまったが、あいつは倒していい奴だったのか?」
「ああ。思いっきりボコッていいぜ。あいつ、俺たちというかヤマタ国の敵だ」
「ヤマタ国?」
「とにかく俺たちの敵だ」
「そうか……」と言って剛実は携えていた木刀を抜き、その剣先をヤマツミの喉元を狙う。
「お前、どうしてウズメちゃんを襲ったんだ?」剛実がヤマツミに言った。
「へへっ、別にあいつを襲うつもりはなかったんだがよ……気晴らしに山に登ってたら、そこの女が無防備に一人で水なんかくんでたからよぉ、ちょっとした出来心で襲ったんだがよ」
「お前……!」剛実はヤマツミに凄む。
「そんな顔するなよ。俺は別にそいつに危害を加えたってわけじゃないんだからよ。ちょっと眠ってもらっただけだからよぉ……」
剛実は表情を変えず、凄んだ顔でヤマツミを見据えていた。
「だからあんまり俺を見るなって。そんな目で見つめるなって……あんまり下の方見てると……アブねぇぇぞ……」
と、ヤマツミが言ったその時。
ドンッ、と音がした。
ドンッ――――ドンッ――――ドンッ――――ドンッ――――
「た、剛実……」
「……なんだ武、こんな時に」
「む、向こうに……ヤマツミクレイが」
「ヤマツミ……くれい?」
俺の言葉を聞き、剛実は顔を上げ前方を見た。
そこには……剛実から数十メートル先の平地には、あの土男、『ヤマツミクレイ』が進行していた。
「あ、あれは……」剛実は初めて見たヤマツミクレイに驚いていた。
「よっと」と、ヤマツミが突然起き上った。ヤマツミは剛実がヤマツミクレイの進行に呆気にとられている隙に起き上ったようだ。起き上ったヤマツミは、そのまま進行するヤマツミクレイの元へと駆けていった。
「あ、お前!」剛実が叫んだ時には、もうヤマツミはヤマツミクレイの近くまで駆けていた。
「ヘヘッ、さすがのお前もコレには敵わねぇだろ。これが俺の愛機『ヤマツミクレイ』だ。どうだ、カッコいいだろぉ?」
ヤマツミはそう言って、ヤマツミクレイの足元に立つ。
「……ヤマツミクレイ、起動……」ヤマツミがそう呟く。
すると、ヤマツミの体が突如白く光り、そしてその光輝く体はやがて小さな白い光の玉へと変化し、その光の玉は宙へ浮き、そして空を舞い、そしてヤマツミクレイの頭上へと落ちる。
そして、ヤマツミクレイの体躯が一回ピカリと光る。
「ヤマツミ、搭乗完了。一丁暴れてやるぜぇ!」
ヤマツミクレイに乗ったヤマツミ。
ヤマツミクレイは腰の左右に携えていた剣を両手で抜き、そして俺たちに向かって構える。
「な、なんてデカさだ……」と、剛実が言った。
だが剛実は、
「しかし、相手にとって不足なし。俺がやっつけて」と戦う気満々。
「逃げるぞ!」
「えっ?」剛実は驚く。
「逃げるですー!」
「あんな奴、いくらお前でも敵わねえだろ!」
そう言って、俺は剛実の胴着の襟をひっつかみ、絢と共にその場を去っていく……
「ふぅ……」
山を駆け降り、山のふもとあたりへと戻ってきた俺たち。俺たちはあのヤマツミクレイから逃げてきた。
あの場合、逃げるしかなかっただろう。全長6メートルもあるヤマツミクレイを相手に生身の人間が太刀打ちできるわけがない。そんなことしたら踏みつぶされてしまう。
若干一名、果敢にも立ち向かおうと思ったやつがいたが……。
「武、どうしてあいつから逃げたんだよ」
「どうしてって……あんなのに生身で敵うわけねぇだえろうが!」
「いや、でもやってみなくちゃわからんだろ?」
「お前は命が惜しくねぇのかよ……」
その心意気は立派だが、無謀すぎる。相手が悪い。
「とにかく、今は避難だ。あいつと戦うのは後でだ」
「まぁな……さすがに俺もアレには敵わねえとは思ったけどよぉ」そう思うなら戦うなって……。
「それより剛実くん、ウズメちゃんの方は?」
「ウズメ……そういえばずっと担いだままだったな……」
そう言って剛実は担いでいたウズメを地面に下ろした。
ウズメは目をつぶっていた。眠っているのだろうか?
「おーい! ウズメちゃん!」絢は眠っているウズメに声をかけた。
すると、ウズメは目をぱちりと開けた。
「…………」
ウズメは何も言わずにむっくりと起き上った。
「たけたけさま」
「…………」
第一声がそれであった。
どうしようか……。タケタケ様(剛実)のことををどう説明すればいいのやら……。
「……う、ウズメちゃん……タケタケ様はちょっと……その……修行の旅に行ったんですよ」
「しゅぎょーのたび」
「そうです、修行の旅です。ですから……タケタケ様はしばらくはここに帰ってこないようです」
「…………」
絢のとっさのフォローというか言い訳。
これでウズメは納得するのだろうか……。納得してくれないと困る。
剛実は今日かぎりで、山の神『タケタケ様』を引退したのだから……。
「あなたはだれ」と、ウズメは剛実を指差して言った。
「ん? ああ……俺は藤ノ木剛実だ……えとまぁ、武と絢ちゃんの友人だ」
「おともだち」
「ああ。お友達だ」剛実は笑いながら言った。
「ウズメちゃん、剛実くんがさらわれていたウズメちゃんを助けてくれたんですよ」
「たすけてくれた」
「そうです! 剛実くんが悪者からウズメちゃんを救出したんです!」
「……ありがとう」ウズメは小さく会釈していった。
「あ、ああ。どういたしまして」剛実はぎこちなく返事した。
「まぁ、とりあえず、ウズメちゃんが起きてくれてよかったです。それじゃああとは……あのヤマツミクレイを倒すだけですね」
「そうだな……」
ヤマツミクレイ。
昨日戦った相手とまさかこんなところで出くわすとは思ってもみなかった。
「よし! それじゃあヤマツミクレイとやらを倒しに行くぞ!」
「待て待て待て!」俺は剛実を止める。
「なんだよ武。早くあいつをやっつけに行こうぜ。あいつは敵なんだろ?」
「そりゃ俺も早く倒したいが……でも生身じゃ到底敵うねぇだろ」
「まぁ……確かに厳しい戦いになるかもなぁ」
厳しいじゃなくて、戦えないんだよ……
「でも武、それじゃあどうやってあのヤマツミクレイと戦うっていうんだよ?」
「目には目を、歯には歯を、クレイにはクレイをだ!」
「え?」
「『ヤマタクレイ』に乗って、あれと戦うんだよ」
「おお、主たち。よく帰ってきたのぉ」と卑弥呼が言った。
村の入り口に卑弥呼とスサノさんとホノニギさんがいた。
「あれ、ヒメノミコト様にスサノさんにホノニギさんに……どうして皆さんこんなところに来てるですか」
「山の方から大きな音が聞こえたので何事かと思いまして……」と、スサノさんは言った。
「そうだったんですか」
「絢さん、武くん、山で何があったんですか」とホノニギさんが訊いてきた。
「ヤマツミが現れたんです……それでヤマツミがウズメを捕えていて。そこを剛実が助けたんですけど、その時ヤマツミがクレイを起動して……」
「剛実? そういえば……君は……」
「初めまして皆さん。藤ノ木剛実と申します」と剛実は自己紹介した。
「藤ノ木剛実……武殿の友人かの?」と、卑弥呼が訊いた。
「はい、武の親友です!」
「そうか……。わらわはヒメノミコトじゃ。このくにの女王だ。よろしくの」
「女王? この国の?」
「そいつは卑弥呼だよ」と俺が言った。
「ヒミコ? うーん、どっかで聞いたことあるような名前だなぁ」剛実は歴史についてからきし知識がなかった。ていうか卑弥呼ぐらいわかるだろ! 分からねぇとやべぇぞお前!
「私はスサノと言います。姉のヒメノミコトの弟です」とスサノさんが言った。
「僕はホノニギと申します。剛実くんは武くんのお友達のようですが……2017年からタイムスリップしてきたんですか?」
「はい。なんかそうみたいなんですよ」
「その割にはあまり戸惑ってないようですが……」
「こいつはこういう性格なんですよ……」と、俺は言っといた。
「あ! ウズメ!」と、向こうからノリコさんの声がした。
ノリコさんとコウキさんがこっちに駆け寄ってきた。
「あら……。ヒメノミコト様にスサノ様にホノニギさん……どうなさったんですか?」
「いえ……実はちょっと取り込んでまして……」
するとウズメはトコトコとノリコさんの方へと歩いていった。
「ウズメ、どうしたの?」
「たすけてもらった」と、ウズメは言った。
「助けてもらった?」
「たけみおにいちゃんに」と、ウズメは剛実を指差した。
「ノリコさん、実はウズメちゃんが山にいたときウズメちゃんがヤマツミに襲われたんですよ」
「まぁ……そんな……!」ノリコさんは口を押えて驚いていた。
「そこを剛実くんがヤマツミを倒して助けたから何とかなったんです」
「まぁ……あなたが助けてくださったんですか?」ノリコさんはウズメがさす指の方向にいる剛実に言った。
「いやまぁ……助けたなんてそんな。こんなの当然のことですよ」
「ありがとうございます……剛実さんでしたっけ? このご恩は一生忘れません……」
「そ、そんな奥さん……言いすぎですよ……」と、剛実はノリコさんに言った。
「えと……とにかく今は……武くん、山でヤマツミに会って、そしてヤマツミがヤマツミクレイを起動させたんですよね」
「はい……。それで俺たちはヤマツミクレイから逃げるようにして下山してきたんです」
「そうですか……」とホノニギさんは考え込んだ。
「ホノニギさん、クレイで戦いましょうよ。この前みたくヤマタクレイで」
「そうですね……と言いたいところですが……。でも……ですねぇ……」
ホノニギさんは煮え切らない返事をした。
「ヤマツミクレイは搭乗型クレイですから……昨日みたいに押されてしまったら……」
「でも、昨日は……絢の力で何とか乗り切れたから、何とかなりますよ」
「でも武くん……絢さんの力が毎回うまく作動するかもわかりませんよ……。もし作動しなかったらどうなるか……」
「安心してくださいです! ホノニギさん!」絢は大きな声で言った。
「私が頑張れば何とかなるんでしょう! それならば私が頑張るまでです! 武くん! 大船に乗ったつもりで戦ってくださいです!」
「ですが……絢さんの力だけじゃ……」
「安心してください! ホノニギさん」俺はホノニギさんに言った。
「大丈夫です。だって今日はあのヤマツミを倒した凄腕剣道家がいるんですから!」
「凄腕剣道家?」
「剛実!」
「なんだ武! なんか俺ちょっと置いてけぼりになってるが」
「サポートを頼んだぜ」
「おう! なんだかわからないが頼まれたぜ!」
俺と剛実はお互いの拳を打ち合わせた。
剛実のサポートさえあれば何とか乗り切れるだろう。やはり持つべきものは友だと思った。
俺たちは急ぎ足で久禮堂に着いた。
久禮堂には誰もいない。がらんどうだった。
「な、なんだこりゃ……これって、あのときの土人形じゃねぇのか……」
剛実は眼前にそびえ立つヤマタクレイに驚いていた。
「よし、さっさとヤマタクレイを動かすぞ!」
「はいです!」
上の足場にいた俺と絢が言い合った。
「おい武……これから何をしようっていうんだよ」
「今は説明してる時間がねぇんだ。後にしてくれ」俺は剛実鬼ぶっきらぼうに言った。
よし、ヤマタクレイに乗るぞ……
と思ったがどうやったら乗れたっけ……この前は成り行きで乗れたような感じだったからよくわからない。
「ヤマタクレイ、起動です!」絢はあの赤い勾玉を取出し天に掲げる。
すると、昨日と同じくヤマタクレイが白く光り輝いた。
「こ、これは……」剛実は口を開けたままその情景を眺めていた。
ヤマタクレイは絶え間なく白く光る。
――――私の名を、叫べ――――
「私の名……」名前。昨日叫んだあの名前。
「燐!」腹の奥から力強くあの名前を叫んだ。
俺が名前を叫んだのと同時に、俺の視界は真っ白になり、そしてしばらくたった後その白が薄らいでいく。目の前には昨日の殺風景な『操縦室』があった。
俺がその操縦室の中央へ行くと、その前にあった台座に乗った水晶が光り、それがプロジェクターのように前の壁面に映像を映した。久禮堂の中の映像だ。
「武くーん!」という元気のいい声が聞こえる。映像の中の絢が手を振っていた。
「おう絢。俺はここにいるぜ」
「た、武がこの中にいるのか……?」
「剛実、俺はこのヤマタクレイに乗ってヤマツミクレイと戦うんだ」
「これで戦うのか? 確かにこれなら太刀打ちできそうだけどなぁ」と、剛実は言った。
「でも武……これで戦って、もしおまえが負けたら……」剛実は柄にもなく憂鬱な顔をしていた
「そんなこと言ってられねぇだろ。俺はモサク一族と戦わなきゃならねぇからな。生憎、これに乗れるのは俺だけみたいだからよぉ」
そう言って、俺の乗るヤマタクレイは歩いていく。
「武……負けるんじゃないぞ。強い心を持つんだ。誰にも負けない、誰にも壊されない、誰にも砕かれない、誰にも侵されない、心だけは強く持っておけよ……」
「ああ」俺は剛実に返事をする。
俺は戦うんだ。
絢のためにも。
剛実のためにも。