タケタケ様
「な、なんなんだよありゃ……」
目の前の仮面男はただ『ターケタケタケタケタケタケ!』と奇声を発していた。
大地を震わすような、大きな声で。
「た、武くん……あ、あれがタケタケ様じゃないんでしょうか」
「あ、あれが……」
どう見てみても人間だ。どう見ても神様じゃない。
まぁ、神様が現れるなんて1パーセントも思ってなかったが、まさかこんな奇怪なものが来るとは。
なんなんだこいつは?
野生人か?
タケタケ様のその言動はまさに野生人だったが、しかしタケタケ様は服を着ていた。しかもちゃんとした服だ。ちゃんとした人間……なのだろうか?
目の前のあれは人間か。
目の前のあれは神様か。
目の前のあれは……。
「ターケタケタケタケタケタケ!」
「絢! あいつを倒すぞ!」
「へ?」
「あいつは敵だ! ウズメを利用して『お供え物』とか言って食べ物を強奪してる野郎だ!」
「そ、そうなんですか……」
「ああ、あいつはきっと悪い奴だ! そうに違いない! だってあいつ見るからに怪しい奴だろ!」
「でも武くん、人を見かけで判断しちゃダメだと思いますが……」
「いや、あいつはもう『見かけで判断』とかいうレベルじゃない! ヤバい奴なんだ!」
「確かにいろいろとヤバそうな人ですけど……」
「というわけで俺はあいつを倒す!」
「た、武くん!」
絢が叫ぶのを尻目に、俺は近くにちょうどあった1メートルほどの長さの木の棒を剣道の竹刀のように持ち、その切っ先をあのタケタケ様に向ける。
「おりゃああああああああー!」と、俺は叫び、そしてタケタケ様に駆け寄る。
そして、タケタケ様の頭上目がけて面打ちを炸裂させる!
バンッ――!
「え……?」
目の前にいたはずのタケタケ様が、後ろに移動していた。
残心を取りながら。
そして俺の腹部には、痛みが走った。
抜き胴か――まさかあのタケタケ様がそんなことをしてくるとは……。
面打ちをしようとした俺。その俺の、がら空きになった腹部を刹那の間に胴打ちで斬り抜ける。あの携えていた木刀で。
しかも速い。目にもとまらぬ速さで抜き胴をした。タケタケ様……お前は一体何者だ……。
腹部が痛い……。たった一回の胴打ちなのに……。
なんて野郎だ……タケタケ様……。
「クッ……。この野郎……。本気でやらねえとダメなようだな……」
木の棒を一層強く握る。
自分を強く持たなくては。相手を倒すんだ。相手を……タケタケ様とやらを……倒す!
「おりゃああああああああー!」
木の棒を振りかぶり、今度はタケタケ様の腹部目がけて『胴打ち』をする。
目には目を、歯には歯を、胴打ちには胴打ちを!
カンッ――!
胴打ちは、防がれてしまった。
あっけにとられた俺。それをしり目に、タケタケ様は素早く木刀を大きく振りかぶり、俺の頭上に面打ちを炸裂させる。
パコン――!
「う……」
頭が痛い。きれいに面打ちを入れられてしまった。
腹部と頭に攻撃を受けた俺。俺はフラフラと剣先を下げながらよろめいた。
そんな俺に、非情にも、無情にも、タケタケ様は剣を向ける。
タケタケ様は俺に歩み寄り、そして剣をまた大きく振りかぶる。
今度は俺の腹部、さっき攻撃を受けたところと反対側の腹に逆胴を打ってきた。
大きな力強い逆胴。まるで俺をその逆胴でなぎ倒してしまうかのような力強い逆胴であった。
そして、俺は案の定、その逆胴によってなぎ倒された。
地面に背中をつけて倒れる俺。そんな俺目がけてまたも攻撃を仕掛けるタケタケ様。
カンッ――!
なんとか……タケタケ様の攻撃を防ぐことができた。
持っていた木の棒でタケタケ様の木刀を防ぐ。タケタケ様の木刀はグッと俺を押していた。
俺はどうすれば……。圧倒的な力の差だ……。
このよくわからないタケタケ様ってやつにやられてしまうのか……。
それは嫌だ……。それだけは嫌だ……。
俺は……こんなところで終わっちゃいけない……。
俺は……。俺は……。
「元の時代に帰るんだァー!」
俺は押した。タケタケ様の木刀に押されていた木の棒を。思いっきり、力任せに。
俺が木の棒を押したことにより、タケタケ様の木刀は押された方向に真っ直ぐに進んでいった。そして俺の木の棒の方は、木刀の押さえがなくなり、、枷がなくなった木の棒は、俺の力のままに進んでいった。
そして木の棒は、タケタケ様の顔面の上にある、木彫りのお面の方へと向かっていった。そして木の棒は木彫りのお面のあごの部分に当たり、お面は木の棒の力を受けて、カタパルトの投石ように遠くへ飛んで行った。
そして……お面が飛んで行ったことにより、タケタケ様の素顔があらわになる……。
その素顔は……。
「お、お前は……」
「お、お前は……」
そこには……よく見知った顔が――。
「た、たけ……」
「た、たけ……」
「剛実ィイイイイイイイイイイイイイイイイー!」
タケタケ様の正体、それは藤ノ木剛実だった。
藤ノ木剛実について、読者の方の何人かは忘れているかもしれないので説明しておこう。
藤ノ木剛実は俺の親友、マブダチ、幼馴染みである。
剣道が滅茶苦茶うまく、全国大会に行ったことあるような剣豪野郎である。
唯一の欠点と言えば……馬鹿なところだろうか。馬鹿正直というか、単純に馬鹿というか。『思い立ったが吉日』で、修行の旅に出てしまうような、馬鹿な奴である。
で、その剛実がどうしてここにいるのかというと……。
「おい剛実、お前剛実だよな」
「ああ! 俺は剛実だ! 藤ノ木剛実だ!」剛実は元気に言った。
「剛実くん! 久しぶりです!」絢は剛実の元へと飛び込んでくる。
「おお! 絢ちゃんじゃないか! 絢ちゃんもここにいたのか!」
「はいです! 私たちも時間旅行機械に乗って弥生時代に時間旅行してきたです!」
「タイム……スリップ? 弥生時代?」剛実は首をかしげた。
「何を言ってるんだ? 絢ちゃん。ここはどこかの山の中じゃないのか」
剛実はきょとんとしていた。まるで俺たちの言っていることが理解できないかのように。
「ま、まさか剛実くん……ここが弥生時代だってことが分かってないんじゃ……」
「弥生時代? 今は平成29年じゃないのか?」
「…………」
「…………」
こいつは知らなかったようだ。理解していなかったようだ。今の状況を。自分が弥生時代にいるということを……。
でも、どうして剛実は弥生時代にタイムスリップしてきたんだろうか……。
「なぁ剛実」
「なんだ武! なんでも俺に訊いてくれ!」
……剛実は絢以上に元気な奴だった。
まぁ、いろいろ聞きたいことが山ほどあるんだが……タケタケ様のこととか……。
「どうしてお前は弥生時代にタイムスリップしてきたんだ?」
「タイムスリップって……武も絢ちゃんもどうしたんだ? 豆腐の角に頭でもぶつけたのか?」
それはこっちのセリフだ。
「剛実くん……ここは弥生時代なんです。剛実くんはおそらくタイムスリップしてきたようです」
「そうか。そうなのか」と、剛実は合点した。
……いくらなんでも呑み込むのが早くないか?
それほど剛実の頭の中は単純にできているのだろうか……。
「いやぁ、俺もなんかおかしいと思ってたんだよ。なんか妙な格好の人とかいたからさぁ」
「おかしいと思うなら確かめようとしろよ……。ていうかお前こんなところで何してたんだよ」
「修行だよ」
「え?」
「だから修行だって」
修行の旅に出た剛実君は間違えて弥生時代にタイムスリップしてしまいましたとさ。
……ってそんなわけあるかよ……。
「剛実くん……まずは元の時代のとき、修行の旅に出て行ったときのことを話してくれますか」
「おう! 俺は何でも話すぞ!」剛実はウザいぐらい元気だった。
「えと……あれは五月のときだったな、俺は心と体を鍛えるために修行の旅に出た!」
もうこの時点でいろいろ突っ込むところがあるが、まぁスルーしよう……。
「で、修行の旅に出ようと思ったとき、俺は箸墓古墳の横を通りかかったんだよ。その時は夜で、あたりには誰もいなかったんだが……その時、箸墓古墳の方がピカッッと光ったんだよ。真っ白に。それで俺は何なんだろうなぁと思ってそこに行ってみたんだよ。そしたらそこにおっきい土の人形がいて、それでその人形がピカピカ光っててさ。それで俺はそのあと、白い光に包まれて……」
俺たちと同じだ。クレイがタイムマシンとして起動していたのだろう。
「気づいたらこの山にいたんだよ」
「この山?」
「ああ。ちょうどこの辺りにいたなぁ」
俺たちと来たところとは違うのか。
「で、俺は知らないうちに山に登ってたんだなぁと思ってさ」
おいおい……ちょっとはおかしいと気づけよ……。
知らないうちに山に登ってたって……おかしすぎるだろ……。
「で、俺はその時! この山で生きて生きていくことを決めたんだ!」
さらにおかしなことを言いやがった。
「おいちょと待て。この山で生きていくって……どうしてそんなこと思うようになったんだよ。原因は? 因果は? 理由は?」
「理由は……山がそう言っていたからだよ」
「…………」
お前は……本当に人間なのか……。
本当はターザンじゃないのか?
ホントに剛実は……気ままに、自由に生きてるなぁ……。
久那のやつが聞いたらなんていうかなぁ……。
「そして俺は山に生きる男! タケタケ様になったんだ!」
「どうしてそうなるんだー!」俺は叫んだ。
「いやぁ、山に生きるんだからそういう雰囲気も大事かなって」
雰囲気というか……あれはもう別人になってるじゃねぇか……。
「……あの木彫りのお面はお前が作ったのか……?」
「ああ! やっぱタケタケ様ってなんかお面かぶってそうだったから作ってみたんだ」
意外だが、剛実は美術の成績がいい。
こいつは意外に絵とか彫刻とかうまかったりするんだなぁ……。
まぁ、こいつは実技科目は得意だが、それ以外は悲惨なんだけどなぁ……。
それにしてもこの木彫りのお面、うますぎる。お土産屋さんで結構な値段で売れそうだ。
奈良県の新たな名物になるかな。『タケタケ様のお面』。
まぁお面の話は置いといて……。
「剛実、お前は修行の旅に出る日にタイムスリップして来たんだな」
「ああ、おそらくそうだが」
「で、お前はタイムスリップした後この山で生きることを決めて……それでタケタケ様になって……それで現在に至るわけか……」
「ああ。確か一か月ぐらい前だったなぁ」
「一か月ぐらい前? なんの話だ?」
「え? ああ、俺がタケタケ様になった日の話だよ」
「えと……」
一か月前にタケタケ様になることを決めたということは……つまり一か月前にはもう弥生時代に来てるってことだよな……。
そうか……。別にタイムスリップしてくる日なんて関係ないんだ。いつの日にタイムスリップしてくるかなんて神のみぞ知ることだ。だから剛実が一か月前に弥生時代にタイムスリップしたっておかしくないのだ。
……いや、一か月前って……。
剛実は一か月もこの山で生きていたのか……? いくらこの山で生きていくことを決めたからって……たくまし過ぎる。弥生人並に、いやそれ以上にたくまし過ぎる。もはや人間じゃねぇ!
「剛実くんは一か月前に弥生時代にタイムスリップしてきたですか。私たちは剛実くんと一か月違いにタイムスリップしてきたってことですか」
「一か月違い? それってどういうことなんだ絢ちゃん?」
「私たちは昨日タイムスリップしてきたんです!」
「昨日? そんな最近だったのか?」
「ああ……俺たちは昨日タイムスリップしてきて……まぁ、それでいろいろあって今混乱しているんだよ」
クレイのことも剛実に話さないとなぁ。
あいつなら、リングクレイ一体ぐらいなら木刀一本で倒せるかなぁ。
「なにはともあれ、剛実くんに会えたなんて感激です! よかったです!」
「ああ! 俺も二人に会えてうれしいぞ!」
「二人に会えてうれしいぞって、お前……山で生きていくことを決めてたんじゃなかったのか? タケタケ様としてこの山で生きていくってことを。それはもうやめていいのかよ?」
「そうだな……。実のところを言うと俺も寂しくなってきたんだ」
「寂しく?」
「ああ。お前たちに会えなくて寂しいってなぁ」
獣の心を持っていると思われた剛実に『寂しい』という感情を持っていた。
よかった……。こいつはやっぱり人間だったんだ……。少しだけ人間っぽいところ残ってたんだ!
と、妙なところで感動してしまった……。
「俺もそろそろ下山しようと思ったんだが……踏ん切りが付かなくってなぁ。それに、ここがどこだかもわからなかったし……」
「そーなんですか」絢は納得した。いや、納得できねぇだろ……こんなこと……。
「で、武と絢ちゃんはどうしてここにいるんだ?」
「どうしてって……お前と同じようにあの巨大土人形の光に包まれて……」
「いや、タイムスリップして来たってことは分かったからさぁ、どうして山に登ってきたかってことを訊きたいんだがさぁ」
「どうしてって……」
「ウズメちゃんを探しに来たんですよ」
「ウズメちゃん?」
そういえば……ウズメはタケタケ様(剛実)を崇めていたんだったなぁ。
「おい剛実」
「なんだ武! 俺は何でも答えるぞ!」
「……お前、タケタケ様として崇められてただろ」
「ああ……俺は確かにタケタケ様になったんだが……。でも、崇められたのは……小さな女の子一人だけだったなぁ」
おそらくその小さな女の子がウズメのことだろう。
「お前……ちっちゃな子に自分神様だと崇めさせるなんて……何やってんだよ」
「いや……崇めさせたんじゃなくてさ、あっちが勝手に崇めてきたんだよ」
「崇めてきたって?」
「ああ。ある日、俺が滝行をしていたとき一人の女の子が見えたんだよ」
滝行……向こうの滝で滝行でもしていたのか……。
「その女の子がさぁ、よく見ると野犬に襲われそうになってたんだよ。それで俺は山の神、タケタケ様としてその野犬を追い払ってその子を助けたんだよ。その後、3日に一回ぐらいかな。俺の住んでた洞窟の前に『お供え物』が置かれるようになったんだよ」
野犬に襲われたところを助けられたウズメはそのタケタケ様を崇めるようになったと……
確かに道理は通ってるが……おかしな話だ……。
そもそもタケタケ様という存在がおかしいのだが。
「くふぅ~、なるほど、それでウズメちゃんはタケタケ様を崇めてるんですねぇ」
「その子『ウズメちゃん』っていうのか」
「お前、名前知らなかったのかよ」
「いやぁ、あっちが名乗らなかったし、それに俺タケタケ様だからちゃんと喋れなかったし……。それでそのウズメちゃんとやらはどこにいるんだ? 追っかけて来たっていうんだからこっちに来てるんだろ?」
「なんか水を汲みに行くとか言ってましたけど」
「水?」
「お前のお供えなんだとよ……」
「そうか……。でもそれにしても……帰ってくるの遅くないか?」
「そういえば……」
タケタケ様(剛実)とのバトルバトルをしたり、剛実といろいろ話をしたりしてずいぶん時間がたったが、ウズメが帰ってこない。
「ウズメちゃんどうしたんでしょうねぇ……」絢が心配そうに言った。ウズメはああいう性格だから心配になるのは無理がないなぁ……。
「また野犬に襲われてたりしてないだろうなぁ」
「野犬ですか?」
「ああ。あのあたりはたまに出るからなぁ」剛実は険しい顔していった。
「とにかく……ウズメちゃんのところに行ってみましょうです!」
「そうだな……」
「よし! 行くぞ武、絢ちゃん!」と言って剛実は走っていった。
俺たちも剛実の後ろからついていく。
さっきの平地へと俺と絢と剛実の三人が着いた。
「ウズメちゃん!」
そこにはウズメの姿があった。
しかし、ウズメはすでに捕えられた後であった。
ウズメは野犬ではなく……モサク一族の『ヤマツミ』に襲われた。
「よう、流山武」
ヤマツミは、不気味に笑った。