山へ
絢とくだらないやり取りをした後、コウキさんとノリコさんの家へと戻った。
なんかやることがなかったので戻ってきた。
ホノニギさんと昨日の続きの話をしたかったが、ここ『ヤマタ国』の地理がわからなかったので(昨日は寝ていたところを運ばれたので)とりあえず見知りのあるコウキさん宅へと戻ってきた。
「ただいまです」と、絢が言った。
「あら、絢様お帰りなさいませ」と、ノリコさんが言った。
そういえば俺たち、『武様』、『絢様』とか呼ばれてるようだな……。
いくらこの国の『ヒーロー』だからって……『様』をつけるのは仰々しい気がする。
絢に関しては『絢様』じゃなくて『お子様』が適当な気がすると思うのだが。
家にはノリコさんしかいなかった。ウズメのやつとコウキさんはどこか出かけたようだった。
「ウズメと、コウキさんは?」
「夫は田んぼの方に行ってます、ウズメは……多分山の方に行ってると思います」
「山の方?」
「ええ、ここからずっと東に行ったところにある山です」
東の山。確か外に出たとき大きい山が見えていたような気がする。
ここがどこにあるのかもよくわからないんだが……。
「ここの地図とかってありませんか?」
「地図? なんですかそれは?」
そもそもこの時代に地図という概念がなかったようだ……。
「いや……ここがどこにあるか知りたくてですねぇ」
「ここは……ヒメノミコト様の宮殿から東にある村ですよ」
「そうですか」
ということは、ここから西に行けば卑弥呼の宮殿、そして久禮堂、そしてホノニギさんの研究所があるということか。
「なぁ絢、これからどうする」
「どうするって……のんびりすればいいんじゃないですか? どうせ学校もないんですから」
「そうだなぁ……」
確かにのんびりするのも悪くないかもしれないが……。
「俺はホノニギさんとこに行こうと思ったんだが」
「でもホノニギさん、さっき仕事があるとか言ってなかったですか?」
「そういえば……そんなこと言ってたような」
「ホノニギさんのところに行くのはまたあとでにしたらいいじゃないですか」
「そうだな……」
まぁ、今の俺たちには学校も部活もないわけだし、そんなに急ぐ必要はないか。
「でも、のんびりするってのもなぁ……」
学校のない俺たちは今現在、ニートというやつなんだろうか。
ニートって……引きこもり並にやばいんじゃないのか……。
「そうですねぇ、人間のんびりしすぎたらだめになっちゃいますからねぇ。私たちも何かしましょうか」
「何かしましょうかって、何をするんだ?」
「たとえば、家のお手伝いとか」
ニートから『家事手伝い』に昇進か。
「ノリコさん、何か私たちにお手伝いできることありませんか?」
「そ、そんな絢様……絢様はゆっくりしてください。家のことなら私たちがやりますからどうか……」 と、懇願された。
「うーん……ゆっくりしていってくださいと言われても……。そういえばウズメちゃんは山に言ったって言ってましたね」
「ええ。東の山に行きました。多分山菜を取りに行ったと思いますが」
「そうですか」
「それじゃあ私たちも東の山に行ってきます」
「えっ?」と、ノリコさんは驚いた。
「そんな絢様……絢様はごゆっくりとなさって……」
「私はゆっくりするのは嫌なんですよ! というよりウズメちゃんに会いに行きたいんですよ!」
「でも絢様……」
「安心してください。ボディーガードとして武くんを連れて行きますですから」
「えっ?」ボディーガードって、そんなの聞いてねぇよ……。
「それじゃあ行きましょうです武くん!」と言って絢は俺の手を引っ張り、家の外へと出た。
「絢様! 武様!」というノリコさんの声がしたが、構わず絢と俺は外に出て行った。
外は一面の田んぼであった。
弥生時代なんだから、田んぼばっかりなのは当たり前なんだが。田んぼには水が張っていた。今は田植えの時期なのだろうか。俺たちがいた時代も確か田んぼに水が張っていたような気がする。ということは……今は俺たちの元の時代と同じ季節……五月ぐらいなのだろうか。
いくつかの田んぼには男の人が田植えをしていた。腰をかがめて、一つずつ苗を植えている。田植えってそんなに酷な作業だったのだろうか。機械での田植えしか見たことない俺たちはそんなことを思っていた。
その古の田園風景を眺めていると、一人の見知った男の人が目に入った。コウキさんが田植えをしているようだった。
「コウキさーん!」と、コウキさんを呼びながら俺たちはコウキさんの元へと向かった。
「武様、絢様」コウキさんは俺たちの方を見た。
「田植えですか?」と、絢が訊いた。
「はい、生きていくためには働かないといけませんからねぇ」
生きていくためにねぇ。
「武様、絢様どこかお出かけになるんですか」
「はい! 山に行こうと思ってるです」
「山にですか」
「はい、ウズメちゃんに会いにです!」
「ウズメにですか……」と、コウキさんが言った。
「ウズメは、いつも一人で山に山菜を取りに行ってるんですけどねぇ。しかし絢様、山は危険ですよ。ウズメのやつは行き慣れているからいいですけど……お二人が行くのはちょっと……」
「安心してください! 用心棒の武くんがいますから」
「おう!」と、俺は威勢よく言った。
「それじゃあ行ってきますです、コウキさん!」と言って絢は駆けて行った。
俺はそのあとを追いかけていく。
「気を付けてくださいねー!」と、コウキさんの声を聞きながら俺たちは走って行った。
俺たちは、村の東の木でできた門らしきところを通り、山に向かって走っていった。門を出てすぐのところに山の入り口らしきところがあり、俺たちはそこに入っていった。
山は気が鬱蒼と生い茂っていた。鳥やひぐらしの鳴き声が絶え間なく聞こえていた。俺たちはずんずんと森の中を進んでいく。
「で、絢。俺たちは今どこに向かっているんだ」
「どこにって、ウズメちゃんのところじゃないですか!」
「ウズメちゃんのところって……お前ウズメがどこにいるか分かってんのかよ」
「えと……」絢は考える。
「わっかんないです!」
「…………」
それじゃ今まで俺たちは、どこへ向かって歩いていたというのか……
「うーん、歩いてたらウズメちゃんに出会えると思ったんですが……」
犬も歩けば棒に当たるというが、世の中そんなうまくいくはずない。
仮にも山の中だ。うまく出会える訳なんてない。
「絢、今までお前、何も考えなしに歩き回ってたのか」
「はいです!」
「ふざけるなぁ!」
こ、こいつは馬鹿なのか……。
後先考えずに行動しやがって……。
「ど、どうすんだよ……これじゃあ村にも戻れないんじゃないのか……」
「そうですねぇ……。私たち山に遭難したことになったんでしょうかね」
山に遭難って、他人事みたいに言うなよ。
「ヘンゼルとグレーテルみたくパンのかけらでも落として行けばよかったですかね」
確かその落としたパンのかけらは鳥に食べられてしまったんだけどな……。
「どうすんだよこれから……」
「安心してください武くん! 村に戻るには来た道をずぅっと戻って行けばいい話です。道なら私覚えてますから」
「ほ、ホントか!」
「多分ですけど……」絢が自信なさげに行った。
多分って……そんな……。
「多分って大丈夫なのかよ絢」
「ん?」
「ん?、じゃなくて大丈夫なのかよ!」
「ちょっと黙っててください、武くん」と、俺の発言は制された。
「水の音がするです」
「水の音?」
「はい。水の音……多分川の音か、もしくは滝の音でしょうか……」
俺たちはその川の音もしくは滝の音を頼りに歩いて行った。
「うわぁ……」
「ここは……」
そこは平地であった。かなり広い平地だった。周りは木々で囲まれて、そして川が流れていて、そして奥には滝があった。絢が聞いたのはこの滝と川の音なのだろう。
「こんなところがあったんですねぇ」
「だな……」俺と絢は、その風景をぼんやりと眺めていた。
と、その情景の一画に一人の少女がいた。
その少女は、地面に座り込んでいた。
「あれは……ウズメちゃんじゃないですか?」
「え?」
その少女は確かにウズメのように見えた。俺たちはその少女に近づいていくと、やっぱりその少女はウズメであったようだ。
犬も歩けば棒に当たるというが……本当に行き当たりばったりでウズメに会うとは……。
「ウズメちゃーん!」と言いながら、絢はウズメの方へと駆けて行った。
絢はウズメを後ろからぎゅっと抱いた。抱かれた本人はまるで何事もなかったかのような無表情な顔をしていた。
「ウズメちゃん。まさか会えるなんて思わなかったです!」
「…………」ウズメは黙っていた。
「ウズメちゃん、こんなところで何して多ですか?」
「……さんさいをつみに」
「山菜?」
ウズメはわきに置いてあったかごを持って、絢の方に差し出した。
そのかごの中にはたくさんの、そして様々な山菜が入っていた。
「これ全部ウズメちゃんが採ったんですか?」
ウズメはコクリとうなずいた。
「すごいですウズメちゃん! すごいです!」
絢ははしゃいでいたが、ウズメはそんな絢をじぃーっと見ながら無表情のままだった。
二人の間には数十度ほど温度差があるようだった。
と、思っていると、ウズメがその場からスタスタと歩きだして行った。
「ウズメちゃん、山菜取りしに行くんですか?」
「……さんさいとりはもうしない」と、ウズメは言った。
「もういっぱいとれたから……」と言ってウズメは後ろを向いてスタスタと行った。
「ウズメちゃん、どこ行くですか!」歩くウズメの背中に絢が声をかける。
「そろそろおそなえしないと」
「お供え? お供えって……何にお供えをするんですか?」
「たけたけさま」と、ウズメは言った。
「タケタケ様……?」
タケタケ様……なんじゃそりゃ?
ヤマタ国で、もしくはこの村で、もしくはこの山で崇められている神様の名前なのだろうか?
しかし『タケタケ様』って……なんだか奇怪な名前だなぁ……
そんなことを考えていると、ウズメは俺たちのことを放って川の向こう岸まで行っていた。
「あ、ウズメちゃん待ってください!」
俺と絢はウズメの後を追って走っていった。
ウズメの後に続いて歩いていくと、すぐに洞窟の入り口のようなところにたどり着いた。
「ここはどこなんですか?」と、絢はウズメに訊いた。
「ここにたけたけさまがいる」と、ウズメは答えた。
「ここにですか?」
「でもこの中、何もいないぞ」
洞窟の中には何も、誰もいなかった。蝙蝠一匹居やしなかった。
まぁ、『タケタケ様』というのは神様なんだから見えない存在なのかもしれないのだが。
ウズメは洞窟の入り口の前まで歩み寄り、そして草で何かが包まれたものを取り出した。
あの中に何が入ってるのだろうか? 草で包まれているということは食品とかだろうか。
「ウズメちゃん、それなんですか?」絢は包みを指差して言った。
「たけたけさまにおそなえするの」と、ウズメは言った。
ウズメは洞窟の入り口の前にその包みを置いた。
「それをタケタケ様が食べるのか?」俺は訊いてみた。
「たいようがまうえにきたとき、たけたけさまがここにくる」と、ウズメが言った。
太陽が真上に?
俺は空を見上げた。まぶしく光る太陽が、ちょうど真上の位置にあった。
太陽が真上ということは……正午、12時ということか……。
腹が減ってきた。昼飯が食べたい。
でも昼飯はなかったんだよな……。うう……昼飯がないとは、まるで拷問のようだな……
「タケタケ様がここに来るんですか?」絢がウズメに訊いた。
ウズメはコクリとうなずいた。
タケタケ様……そんなものが本当に現れるのだろうか。
でもウズメが『ここにくる』とか言ってるし……どうなんだろうなぁ。
「あ」と、ウズメは声を発した。
「どうしたんですかウズメちゃん?」
「みずをくみにいかないと」と、ウズメが言った。
「水ですか?」
「みずをおそなえしないと」
ウズメはそう言って、来た道を戻り、川の方へと歩いていった。
ウズメが行ってしまい、俺と絢二人だけになってしまった。
「武くん……どう思いますか?」
「どう思うって……『タケタケ様』っていう神様のことか?」
「武くんは『神様』っていると思いますか?」
「『神様』がいるかどうかねぇ……俺は神様なんていないと思うけどなぁ」
神様なんていない。いるのは生物だけだ。
キリストもブッダもおそらく人間だろうし、神様なんてのは所詮空想の産物なんだろうと思う。
「武くんはいないと思うんですか。私もキリストもブッダも人間だと思いますし、神話なんてのも空想の産物だと思いますけど……。でもいないことの証明なんて『悪魔の証明』ですからねぇ。証明しようがありませんから私は『神様がいない』なんて断定はできませんねぇ」
結局絢は『神様がいない』とは断定しなかったようだ。
「でも……『タケタケ様』とかいうふざけた名前の神様がいるとは思えませんけどねぇ」
「そうだな……」
神様にふざけた名前というのは失礼かもしれないが、『タケタケ様』という名前はなんか胡散臭い気がする。ウズメはそんな神様を信仰しているのか……?
すると……
「ターケタケタケタケタケタケ!」
と、猛々しい声が聞こえてきた。
「な、何ですか!?」
俺たちがその声に慌てふためいていると、洞窟の上の崖から一人の男が飛び降りてきた。
男は両足を前後に広げ、きれいに着地した。
「ターケタケタケタケタケタケ!」
男は猛々しく叫んだ。
男は木彫りの仮面をつけていて、そして木刀を携えていた。服は藍色の胴着と袴だった。
そして体は大きかった。頭も、腕っぷしも。見るからに強そうな男だった。
「ターケタケタケタケタケタケ!」
男はなおも、猛々しく叫んでいた。