昨夜の対談
昨日のホノニギさんとの対談。俺たちがヤマツミクレイと戦ったすぐ後にホノニギ研究所に向かって交わした会話――、その会話は俺たちにとって衝撃的で幻想的で、そしてありがたかった。
昨日、ホノニギさんから衝撃の事実を聞いた後……。
俺たちは、ホノニギさんが未来人という事実を聞いて驚愕していた。
確かに、いろいろと不思議なことを話す人だなぁとは思っていたが……未来人だったとは……。
「ホノニギさん……さっきのは本当のことなんですか? ……その、……ホノニギさんが未来人だって言うのは……」
ホノニギさんはくだらない嘘をつくような人だとは思わないが……、言ったことが言ったことだったから問いただしてみた。
「ええ、僕は未来人です。この時代の人間じゃありません。信じられないかもしれませんがそれが事実です」ホノニギさんは淡々と言った。
未来人。俺たちと同じ未来人。
この弥生時代に落ちた、タイムスリップしてきた未来人。
確かに信じられない話かもしれないが、同じようにタイムスリップしてきた俺たちにとってそのことはとても嘘だとは思えなかった。
「未来人って……ホノニギさんはいつの時代にいた人なんですか……?」と、絢が言った。
そうか、ホノニギさんは未来人だが、俺たちと同じ時代の人間だとは限らないんだなぁ……。
ということは、俺たちの時代より古い時代、昭和、大正、明治、江戸、安土桃山、室町、鎌倉、平安、奈良、飛鳥……に生きていた人という可能性もあるし、もしくは俺たちの時代より後の時代、すなわち俺たちから見て『未来』に生きている未来人という可能性もある。
前か後か、ホノニギさんはどちらを生きた人間なのだろうか。
「……僕は……僕がタイムスリップしたのは西暦の2040年なんです……僕はタイムスリップするまで日本で研究をしながら生活していたんです……」
「2040年……」
2040年……微妙に『未来』だった。
2040年ということは……俺たちはその時代には40歳ぐらいになっているはずだ。
ん? ということは……
「ホノニギさん、ホノニギさんって年はいくつなんですか」と、絢がホノニギさんに訊いた。
「37歳です」とホノニギさんが言った。
「そうですか……」
そういって絢は一秒ほど考えて、
「私たち、ホノニギさんより年上ってことになっちゃいますね」と言った。
「え?」とホノニギさんが言った。
「私たちは2017年からこの時代にタイムスリップしてきたんです!」
えと……
2017年現在、俺たち17歳。
2017年現在、ホノニギさんは……今現在37歳と言ってたから、2040年にタイムスリップしてきたといってたから……2017は2040年の23年前だから……37歳から23を引いて……って、弥生時代にいた時間も考えないといけないけど……それを差し引いてもホノニギさんは計算上、俺たちより年下ということになるのか。
「そうですねぇ。……私は2017年の時は7歳でしたから……絢さんたちが2017年の時にタイムスリップしてきたというなら私は二人の『後輩』ということになりますねぇ……」
『後輩』……ホノニギさんは俺たちの後輩なのか。
後輩ってことは別に敬語を使わなくていいのだろうか。タメ口で話していいのだろうか。
もとより敬語なんてあんまり使わないんだが……。
「ドラえもんのせわしくんみたいな話ですねぇ」と、絢が言った。
俺たちの時代に『7歳のホノニギさん』という人物が生きているのか。
ちょっと会ってみたい気がするなぁ。でも7歳のホノニギさんって一体どんな人、いや子なんだろうか……。
「ホノニギさんって7歳の時どんな子供だったんですか」
「7歳の時ですか……当時僕はあんまりおもしろい子供じゃありませんでしたねぇ……。家で図鑑や専門書ばかり読んでた子ですからねぇ……」
7歳の時俺は、剛実と一緒に剣道に精を出していたっけ。
絢はまだ両親が健在していた頃だなぁ。
家で図鑑や専門書をって……とても子供の所業とは思えない、少なくとも当時の俺にはとても考えられないことだなぁ。とってもお利口さんだ……。
そういえば絢もそのころにはもう歴史モノにハマっていたっけなぁ……。
「くふぅ~、ホノニギさんってお利口さんな子供だったんですねぇ。それでホノニギさんはその当時どこに住んでたんですか? 何県? 何市? 何町? 何番地? ですか?」絢はホノニギさんに、迫るように言った。
「おい絢……そんなこと聞いてどうしようっていうんだよ」
「会いに行くんですよ! もし元の時代に戻ってきたら真っ先に7歳のホノニギさんに会いに行くです!」
昨日絢は『ここに永住する』とか言っていたような気がするが……。言うことがころころ変わるやつだなぁ……。
「僕は7歳のときは三重県に住んでました。三重の津市です。そのあと、父の仕事の関係で中学のときに大阪に引っ越ししたんですけど」
「そうですか……三重県ですか」と、絢が言った。
「大阪に引越した後、高校を卒業するまで大阪にいて、大学は京都大学に行って……それでそのあとは大学院に行って、研究して、そのまま大学で研究を続けて……って具合ですねぇ」
ホノニギさんは京大卒だったのか。
賢そうな人だとは思っていたが本当にかしこい人だったんだなぁ。
……ってあれ?
話がいろいろ脱線してないか? すごくプライベートな話になってきてるが。
まぁいいか。
「そろそろ話を戻しましょう……」
脱線された話はレールの上へと戻された。
もうちょっといろいろ聞きたかったのに……。
「とにかく、僕は西暦2040年の未来からタイムスリップしてきた未来人です」
「そして、私たちは西暦2017年、皇紀2677年からタイムスリップしてきた未来人です!」と、絢が言った。
「未来人同士仲良くしましょうです! ホノちゃん!」
「ほ、ホノちゃん……」ホノニギさんはホノちゃんと呼ばれた(年下だからなのか……?)。
「未来人と言えば……ホノニギさんのいた『未来の世界』ってどんなところなんですか? ドラえもんとかアトムくんとかいるんですか?」
「ドラえもんもアトムくんもいませんが……まぁ、科学技術はそれなりに進歩しましたねぇ……」とホノニギさんがしみじみと言った。
「くふぅ~、ホノニギさん、未来のこともっと詳しく教えてほしいです!」と、絢が言った。
「たとえば……この30年間で一番株価が上がった企業とか!」
絢は案外現金な奴だった。
「下らねぇこと聞くなよ、絢……」
「下らないって、もしそれを聞いて未来に帰ったら億万長者になれるですよ!」
もしも未来に帰ってこれたらの話だがな。
「それで、2017年の年末ジャンボ宝くじの当選番号は!」と、俺はホノニギさんに向かって言った。
「武くんも現金ですねぇ……」と、絢が言った。
「と、とにかく! ホノニギさん! 未来のあれこれ、主に金銭関係のことについて教えてください! 私たちが億万長者になるために!」絢はなりふり構わず言った。
「絢さん……。すいませんが、未来のことはあまり君たちには話せないですよ……」
「どーしてですか?」
「あまり未来のことを話すと、タイムパラドックスが起きてしまうかもしれませんし……」
タイムパラドックス。
……俺たちがこの時代にタイムスリップしたこと自体、タイムパラドックスじゃないのか?
まぁ、あまり難しいことは、考えないようにしておこうか。
「また話が脱線しましたね……そろそろ話を戻しましょう」
知らないうちにまた話が脱線したようだ。
というより、なんの話をしていたかわからなくなってきたんだが……。
「まずは……お二人とも、僕はお二人に訊きたいことがあります」
「訊きたいこと?」
「お二人が、どうして弥生時代にタイムスリップしてきたかを」
「…………」
それは……こっちが訊きたいよ……。
「私たちは、ちょっとした学術的目的というか知的探究心で箸墓古墳の『巨大土人形』を見に行ったんですよ」
見に行ったというより不法侵入だったのだが……。
「巨大土人形……ああ、古山市の箸墓古墳のですね」ホノニギさんは合点した。
「それで、その『巨大土人形』のあるところに行ったら……私たちは不思議な白い光に包まれて……気づいたら弥生時代にいたんですよ」
「そうですか……」と、ホノニギさんは言った。
「おそらく……二人が出会った『巨大土人形』はこのヤマタ国の『ヤマタクレイ』と思われますねぇ」
「やっぱりそうなんですか……?」
「おそらくそうだと思います……というより、そうとしか思えません。『巨大土人形』が『ヤマタクレイ』だとしたら、二人がタイムスリップしてきたことも説明が付きますし」
説明が付く……?
あのタイムスリップなる現象が説明が付くだと……。
「説明が付くってどういうことですか?」
「それはですねぇ……『ヤマタクレイ』がタイムマシンだからです」
「え? ……た、タイムマシン!?」
た、タイムマシンだと⁉
あの土人形の戦士が……タイムマシンだと!
「タイムマシンと言っても……ヤマタクレイは何分ブラックボックスなところが多いですから……本当にタイムマシンかどうかわからないんですけどねぇ」
「分からない……タイムマシンかどうか分からないのかよ」
「ヤマタクレイは人類にとって『未知』のものですから……いろいろわからないところが多いんですよ」
未知のもの……。
ヤマタクレイ、それは一体何なのか……。
ホノニギさんも詳しくは知らないという……一体全体何なのだろうか……?
「ヤマタクレイって一体何なんですか?」
「何なんですかと言われても……遠い星から降ってきたもの、としか言いようがありません」
「遠い星って……」
「遠い、未知の星です。そこから来たもの、それ以上の事は私にも分かりません」
未知の星から来た未知の人形、ヤマタクレイ。
「僕は、未来の世界で『クレイ』について研究していたんです」
「クレイ? ヤマタクレイのことですか?」
「『クレイ』というのはヤマタクレイのような動く土人形の総称のことです。リングクレイやヤマツミクレイも『クレイ』のうちの一つなんです。僕は、未来の世界でそのクレイについて研究していました」
クレイの研究。
2040年の未来ではそんな研究をしているのか。
「『クレイ』の研究って……2040年の未来にはクレイってものがあったのかよ……。俺たちの時代には……あの『巨大土人形』を除いてはそういうのはなかったんだが」
「クレイは、僕が10歳ぐらいのときに全国の古墳や遺跡からたくさん出土するようになったんですよ……っと、これは二人に話しちゃいけなかったなぁ……」と言ってホノニギさんは口をつぐんだ。どうやらホノニギさんはタイムパラドックスのことを気にしていいるようだった。もうこの際、未来のことを洗いざらい話してくれたらお互いにすっきりすると思うのだが。
「それで……僕は『クレイ』の研究をしていたんですが、その時にクレイがタイムマシンだということが分かったんです。正確には分かったというより、多分、そうじゃないだろうかぐらいの感じだったんですが、でも僕はクレイがタイムマシンだろうと思っていたんです。残念ながらその当時はクレイのタイムマシンとしての使用方法は分かることができなかったんです。クレイの起動方法や操縦方法は少しずつ分かってきたんですがタイムマシンとしての使用方法は突き詰めることができなかったんです」
「ところで……ホノニギさんはどうやってこの弥生時代にタイムスリップしてきたんだ? 話を聞いてるようじゃその『クレイ』を使ってやってきたってことなのか? でも、使用方法がわからないのにどうやって……」
「僕は……ある日突然、クレイの研究中、当時僕が研究していた『ヤタクレイ』が突然白く光りり出したんです。僕は白く光るヤタクレイに駆け寄って、そしたら僕はその白い光に包まれて……」
同じだ。
あの日の俺たちと同じだ。
「その時僕は、何を血迷ったのか、クレイを起動させたんです。なんで起動させようとしたのかは……いろいろ事情があって言えませんが……。そして僕は……本当に血迷って、その起動したヤタクレイに乗ったんです。そしてそれに乗った僕は……そのヤタクレイと共に弥生時代にタイムスリップしたんです」
ヤタクレイと共に?
俺たち二人だけがタイムスリップしたのとは、違うところがあった。
「ヤタクレイに乗って弥生時代にタイムスリップしてきたって……そのヤタクレイってのは今どこにあるんだ?」
「残念ながら……ヤタクレイはこの時代に来た際、壊れてしまったんです。多分タイムスリップするときの影響で壊れたと思うんですが」
「うーん、ホノニギさんはヤタクレイに乗ってやってきたと……って、それじゃあ……『ヤマタクレイ』ってのはなんなんだよ。あれはもともとこの時代にあったものなのか?」
「おそらく……もともとこの時代にあったものだと思われます」
「こ、この時代にあったものって……今は弥生時代なんだぜ。そんな時代にクレイなんてものがあったのかよ……」
「先ほども言いましたが、クレイは遠い星から舞い降りてきたものなんですよ。オーバーテクノロジーと言いますか、ロストテクノロジーと言いますか、とにかく未知のものなんです」
「オーバーテクノロジーですか……まさか弥生時代にそんな事実があったとは……」絢は険しい顔していった。
「とにかく、クレイってのはなんかすっごいモノってことなんだよな」
「武くん、要約しすぎですよ」
「馬鹿なおれにゃあ難しいことはよくわからねぇんだよ」
「武くんいつも自分のこと『馬鹿だ』とか言ってますけど、武くんってそんなに馬鹿じゃないと思うんですが」
「えっ?」
「だって武くん、何気に毎回のテストの順位、上位にいるじゃないですか」
「攘夷?」
「上位ですよ!」
「えと……そうだったっけ……」
「武くん勉強すればもっと賢い子になると思うんですけどねぇ。大学とかいいとこ行けると思うんですが」
「うるせぇ。おりゃ賢い奴になんかなりたかねぇよ……」
いつもテストなんて適当にやってるんだが、俺は成績そんなに良かった方なんだろうか。
もしかして……そこそこ賢い絢と長年つるんでいたせいで俺は賢くなってしまったのか?
朱に交われば赤くなるってことか?
「あのぉ、お二人とも……」と、また話を少し脱線してしまった俺たちにホノニギさんが呼びかける。
「えと……それでですねぇ、『クレイ』がタイムマシンということは二人ともわかりましたねぇ」
「ああ」俺はうなずく。
「武くん、絢さん……あなたたちは未来の世界に帰りたいと思いますか」
「それは……」突然の問いに刹那だけ考える。
「もちろん帰りたいです」俺は言った。
「武くんが帰りたいって言うなら、私も帰りたいです!」続いて絢が言った。
「そうですか……二人は未来に、元の時代に帰りたいんですか……」ホノニギさんが深々と言った。
「私が、あなたたちを元の時代に帰れるようにします」
「え?」俺と絢は驚いた。
「元の時代に帰れるようにって……」
「元の時代に帰る方法は……原理的にはそんなに難しいことじゃないんです。ただ単純にここに来た時と同じことをすればいいだけです」
「ここに来た時と同じことって……」
クレイによってあの白い光に包まれた……やつのことか?
「でも、同じことをすればいいって言っても……そんなのやりようがないじゃないですか。クレイの光に包まれてタイムスリップしたのは偶然的な話で……」
「その『偶然』を起こさせればいいんです」
「偶然を起こさせる?」
「弥生時代にタイムスリップしてから僕は、タイムスリップについていろいろ考えてみたんですよ。どうしてあの偶然が起こったのか……そして一つの仮説にたどり着いたんです。その仮説というのは……タイムスリップが起きたのは『力』のせいじゃないかということです」
「力?」俺は言った。
「力です。大きな力。時を超える大きな力なんです」
「力って……」
「力と……そして『意志』が必要なんです」
「意志?」
「意志。思う心です。『ヤマタクレイは武くんの意志に従って動く』って言ったじゃないですか」
「ああ……」
ヤマタクレイは俺の意志に従って動く。
ということは……俺がタイムスリップしたいと思えばタイムスリップしてくれるのか?
「しかし……ただ思うだけじゃタイムスリップはできないんです。それには力が必要なんです」
「力……」
力……あのとき絢は俺に力を注いでくれた。
その力が必要だというのか?
「あの勾玉と、私の力が必要なんですか?」
「確かに絢さんの力も必要ですが……それよりももっと大きな力、いや、この場合力を増幅させる『状態』と言った方が適切ですねぇ」
「『力を増幅させる状態』? その状態ってのは一体……」
「それはですねぇ……」ホノニギさんは真剣な顔になった。
「『日食』ですよ」
「え?」
日食。あの太陽が隠れて、真っ暗になるやつか。
小学生の時に見たことがあったが……。
「日食のときに、クレイは力を最大限に、いや最大限を超えるほど力を増幅させるんですよ」
「それじゃあその時に、元の時代に帰れるのか」
「はい……『絶対に』とは言えませんが、おそらくはできると思います」
元の時代に帰る方法。
その方法がこうも簡単に見つかるとは……。
下手をすれば本当にここに永住することになるところだったが、ホノニギさんのおかげでそれは回避できそうだ。
本当に……ホノニギさんは救いの神だ。天から舞い降りた天使だ。ありがたすぎる。
「それで、その日食というのはいつあるんですか?」
そうか、日食というのはそうそうあるもんじゃないもんな。下手をすりゃ何年に一度しかないとか言うからなぁ……もし何年も待つようだったらいやなもんだ。元の時代に帰るときオッサンにでもなってたら元の時代でどうやって生きろというんだ……。
「この時代にはもちろん天文学というものが発達していませんから……僕が独学で調べた結果なんですけど、日食は今から6日後の12時にあるそうです」
「今から……6日後!」
随分とタイムリーな……六日後って、何か月後でもなく何年後でもなく、数日後って……。
まるで俺たちがその日を見計らってこの時代にタイムスリップしてきたみたいじゃないか……。
「その日に、クレイの力が増幅されてタイムスリップできるんですか」
「できる可能性がある、と思います。何分前例がない事ですし、クレイ自体未知のものですからどう転ぶかわかりませんが……」
「どう転ぶかわからないって……失敗するかもしれないってことですか」
「はい、その可能性も十分にあります」
もし、タイムスリップを失敗したら、俺たちはまた次の『日食』を待たないといけない。
チャンスは一回きり。失敗すればいつ来るかわからない日食を長いこと待たなければならない。
クレイの操縦者として、俺は『責任重大』である。
「元の時代に帰る方法は、今のところこれしかありません。武くんと絢さんが元の時代に帰りたいというのであれば試した方がいいと思います」
確かに俺は元の時代に帰りたい。
なんやかんや言って絢もその気持ちはあるだろう。
でも、失敗したらそこでおしまいだ。
責任重大だ……。
「まぁ、今から六日後の話ですからゆっくり考えてみてください。私もいろいろとアドバイスします」
6日後。
それは長いのか短いのか。
約一週間後、俺たちは元の時代へ帰ることができるのか。
不安は募るばかりであった……。