宴
「まさかホノニギさんが未来人だったとはなぁ……」
赤く激しく熱く燃える、広場の中央の焚き火をぼんやりと眺めていた。
辺りはすっかりと暗くなっていた。夜。この時代にはもちろんのことながら『時計』というものはないため今の時刻がわからない。あたりの様子から推測するとおそらく9時ぐらいだろうか。とにかく夜。タイムスリップした時も夜だった。
絢と共に(というか絢に連れられて)夜中に箸墓古墳に向かい、そしてあの『巨大土人形』と出会い、そして白い光に包まれて、弥生時代にタイムスリップして、邪馬台国、いやヤマタ国に連れられて、卑弥呼に出会って、リングクレイが襲来してきて、久禮堂で『巨大土人形』こと『ヤマタクレイ』と再開して、そしてなんやかんやあってその『ヤマタクレイ』に乗って……それでリングクレイと、そしてそのあとやってきたヤマツミクレイとヤマツミ(ホノニギさんいわく『山仁くん』)とバトって……ピンチのところを絢の力? らしきものによって助けられ、何とかヤマツミを追いやり、そしてこのヤマタ国に戻ってきて、そしてそのあとホノニギさんから衝撃の事実を聞かされ……現在に至る。
滅茶苦茶だ、ふざけてる。
まるで夢だ。夢のようだ。そうだこれは夢だ!
……夢ならいいんだけど。
とにかく現実を見なければ。といってもこんな滅茶苦茶なこと整理のしようがないんだが。
これから俺たちはどうすればいいのか。
『ホノニギさん』という救いの神が現れたのは心強いのだが……それにつけても問題はヤマツミ、いや山積みである。とにかく後々のことをいろいろ考えておかないと……。
俺たちはホノニギさんと話をした後、このヤマタ国の『宴』とやらに招待された。
どうやらあの女王卑弥呼さん直々のご招待であった。
女王様のご命令とあらば断われない。例えその女王様が引きこもりであったとしてもだ。正直あんまり気が進まなかったが、『あなたたちはこのヤマタ国の英雄だから是非来てください』と懇願されたので、なんか『まぁ気分転換に』と思って、来てみたのである。
絢の方は『宴』とやらに乗り気であった。ホノニギさんが未来人という事実を聞いてから、絢はすっかり元気を取り戻していた。
「くふぅ~、お祭りです~、なんだかみなさん楽しそうです~」と、絢は宴の様子を眺めていた。
ヤマタ国の人たちは、中央の火を囲うようにして、盆踊りのように回りながら踊ったり、用意された食べ物や酒を飲んでいたりしていた。
日本にも、こんな時代があったんだなぁ。
俺たちの時代の日本にも、『祭り』という文化は残っているが、今ここで行われているヤマタ国の『宴』とはどことなく雰囲気が違った。屋台やらの設備がないのはもちろんだが、ヤマタ国の『宴』は何となく、『活気』があった。みんなすごく明るく元気にはしゃいでいた。
そんな宴の様子を眺めるだけでも、なんだか元気になるような気がした。
「おい絢、お前は踊らねぇのかよ」
「武くんは踊らないんですか?」
「俺は……そういう性質じゃねぇからなぁ」
「そーですか」
と言って、絢は中央の焚き火の方を向いた。どうやら絢も踊らないらしい。
さすがの絢でも弥生人のノリにはついていけないのだろうか。それとも……大人になったのだろうか。
最近思うのだが、絢がどことなくおとなしくなったと思う。
……今までの奇行を並べたら『そんな馬鹿な』と言われても仕方ないのだが、しかしこれでも、小学や中学のころに比べれば丸くなった方である。
みんな大人になるんだなぁ……。俺もあいつも……。
ちょっと寂しい気もすることも……ないこともないが……。
「なぁ絢、今日のことどう思う?」
「どう思うって……楽しかったですよ!」
楽しかった……か。
なんだかそんな返答をしてくれて少しほっとしている自分がいた。
絢は絢だ。どんな時代にいようと、どんな年になろうと絢は絢だ。
身長も心も変わるものか。
「武くんは楽しくなかったんですか?」
「うーん……」
楽しくなかったといえば……そうでもないような気がする。
少なくとも、すごく充実した一日だったが。
「素直に楽しめないんだよなぁ……現在進行形でいろいろ問題を考えなくちゃならないし……」
「武くん、悩んでるんですねぇ」と、他人事のように絢は言った。
「『悩んでるんですね』って……お前は元の時代のこととか気にならねぇのかよ」
「元の時代ですか」絢は言った。
「私、天涯孤独ですから……誰も心配してくれる人いませんからねぇ」
「……………」
天涯孤独。
絢には親族がいない。親族がいなくなった。
みんな事故や事件で死んでしまった。まるで『呪われた』かのように。
そして絢一人だけが、生き残った。
「馬鹿野郎! 天涯孤独でも心配してくれる奴はわんさかいるだろう!」
「た、武くん……」
「たとえば……犬のポチとか」
犬のポチ、絢がいつも可愛がっていた犬のポチ。
「私犬飼ってませんよ」
「…………」
そんなものいなかった……。
「というわけで、私は元の時代に何の未練もないのでここに永住するです~」
「そうかよ……」永住って……そりゃ絢にとっちゃ夢のようなところなんだろうけど。
「それじゃあおれだけ元の時代に帰るぜ」
「た、武くん! い、行っちゃやですよ!」絢が慌てふためいていた。
「お前、永住するんじゃなかったのかよ」
「冗談じゃないですか武くん。私も元の時代に帰りたいですよ」
「それじゃあお前だけ帰れ!」
「なんで私を一人にしようとするんですか!」
「だってなんか楽しいもん」
「私は楽しくないですよ!」
と、いつもの癖で、絢をいじめていた。
やっぱりこいつは変わらないなぁ。
そんなことを考えながら広場の中央を眺めていたら、その正面の奥に『ヒメノミコト様』こと卑弥呼が見えた。
卑弥呼はすっかり元気になっていた。俺たちが一度卑弥呼のところへ行ってみると「よくやってくれた」「主たちは英雄じゃ」とか言って俺たちをべた褒めしていた。自分が引きこもっていたことをなかったことにするかのように、気前よく褒めてくれた……。
そして今現在、卑弥呼は『宴』の席にて酒を飲み明かしていた。
ガブガブガブ……と、豪快に飲んでいた。どうやら卑弥呼は酒飲みらしい。卑弥呼の顔は真っ赤に染めあがっていた。そんな姿を隣にいたスサノさんは苦笑いしながら見ていた。
引きこもりで、酒飲みとは……卑弥呼ってのはとんだ自由人なんだなぁ……。
こんなやつがこのヤマタ国を治めているとは、とても思えない……。
「くふぅ~、卑弥呼さんすごい飲みっぷりです!」
「だな……」
そんな卑弥呼の様子を見ていると、その酔っぱらいの卑弥呼さんと――目があった。
「お、主ら」と卑弥呼が言った。
「こっちへ来い、近う寄れ」女王様命令だった。
女王様命令には逆らえないので、俺たち二人は卑弥呼のところへ向かった。
「おい卑弥呼、何の用だ」
「卑弥呼……わらわをどうしてそんな奇怪な呼び名で呼ぶんじゃ? わらわはヒメノミコトじゃぞ」
「うるせぇ、お前は卑弥呼なんだよ」と、何の敬意もためらいもなく言った。
「で、何の用だよ卑弥呼」
「お主は敬語というものを知らぬのか……」
「引きこもりに言われたかねぇよ。俺たちはこのヤマタ国のヒーローなんだからよぉ」
「…………」
なんだか卑弥呼相手に言葉が汚くなってると思うが。
まぁいいか。
「ま、過ぎたことなどどうでもいいじゃろ。今は主たちの祝いの宴じゃ。存分に楽しんでくれ」
今夜の卑弥呼さんはどことなくのん気だった。酒が入ってるからだろうか?
「楽しんでくれって言っても……なぁ……」
なんかそういう気分じゃないだなぁ。
「主たちよ、世の中楽しまないとやっていないぞ。苦しいときこそ楽しまないと、息が詰まってしまうぞ」
「はぁ……」
確かに卑弥呼の言うことも一理あるかと思うが。
「さぁ、主たちも酒を飲め。ヤマタの酒じゃぞ。ヤマタの酒は格別じゃぞ」
「いや……俺たち未成年だし」
「みせいねん? なんじゃそりゃ?」
この時代には未成年という言葉はないのだろうか……。
昔は12歳くらいで結婚とかしてたくらいだからなぁ……。
「つべこべ言わず飲め、武殿」
「やですよ……こう見えて俺健康には気を付けてるんですよ」
「うるさい奴よのぉ、それじゃあ絢殿が飲め」
「な、なんで私なんですか……」
絢は首をぶんぶんと横に振った。こいつにゃ酒なんて10年早いか。
「絢、これは女王様命令なんだ、だから素直に従うんだ!」
「武くん、なんで自分は飲まないのに人に飲まそうとするんですか!」
だってなんか面白そうだし。
「ほら、グイッと飲むのじゃ、グイッと」
卑弥呼は酒の入った杯を無理やり絢の口元に押し付けた。
絢は口を一文字に閉じていたが、卑弥呼が無理やり杯を押し込んだため絢の口の中に酒が流し込まれた。
「う……ぐぐぐ……」
絢は目をつむっていた。そして渋い顔をしていた。
「はれ~、はけるく~ん」
「酔うの早ッ!」
絢は電光石火のごとくすぐに酔ってしまったようだ。
『はけるくん』って、誰のことだよ……
「そうら~もっと酒を持ってくるれす~」
「いくら体が小さいからって……酔うのはやくねか……」
早いどころのもんじゃねぇなぁ……
「ほぅれ~武殿も飲まぬかぁ~」
「い、いや俺は」
「そう堅ーいこと言わずに。ほら、グイッと」
「うわぁああああ! 無理やり飲ませるなぁ!」
無理やり酒を飲まされた。
五臓六腑にしみわたる……なんてことはなく、ただ苦かっただけだが。
「うう……さすが太古の酒だぜ」酒なんか飲んだことないんだけど。
「酒の肴がほしいれすねぇ~。めんたいことか~。たいこのむかしらけに~」
「もうコイツおっさんになってるぞ……」
こいつの将来が不安だ……。
これから一生酒を飲まさないようにしないと……。
「う……」
と、突然酔っぱらいの絢がうつむいた。
「なんだか……き、気持ち悪い……」
「え……?」
絢の顔色が悪い。
赤信号。危険信号だ。
「もう吐きそう」
「ええええー!」
絢が口を押えていた。
待て待て、今そこでやるな!
と……そんな具合にヤマタ国に来てから一日目の夜を過ごしたわけだが……
いくら酒を飲んでも……俺の頭の中の不安はぬぐうことはできなかった……