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こちら折戸探偵事務所  作者: 鵜飼かいゆ


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3/4

隙間女 中編

「お疲れ様でした!」

「はい、お疲れ様」

「明日は早めに来ればよろしいですかね」

「うん。よろしく」

 18時になると同時にハトは退勤した。

「じゃ、俺たちも行きましょうか」

「え、ここで寝ないんすか」

「……居住スペースが上の階にあるんですよ」

 憫む視線が痛い。どう思われているかは知ったことではないが、常識外れの事態解決への着手金と、いわばシェルター代合わせて1万円と言われたら、さすがに寝泊まりは床ぐらいは覚悟する。このご時世、都内のビジネスホテルが1泊で1万円を超える時代だ。

「先に行ってて下さい。上の階です。居候には依頼人を泊めることは伝えてありますので」

「こっち来る前に体育の先生みたいな服装の人が五階に上がってくの見たんですけど、その人が居候さんですか?」

「です」

「なるほど」

 階段での会話の時、あの男が伝聞系の割にやけに探偵の肩を持った言い回しをしていたことに納得がいった。見透かしたように喋っていたのも、家主である折戸に倣っていたのかもしれない。知れば見えてくるものもある、何事も。

 向こうが時志を覚えているかは定かではないし、時志自身、数時間前に鉢合わせした男の服装と髪が茶髪のショートだったことぐらいしか覚えていないが。話が通っているのなら向こうが覚えてなくても問題ないし、覚えていてくれていたら話が早い。

「俺は戸締りとか色々してから向かいますから、桃花台さんはどうぞお先に。あまり広い部屋ではないので、大きい荷物はここに置いておいていただけると助かります」

「わかりました」

 言葉に甘えてギターケースは置かせてもらい、事務所を出て5階に上がる。少しざらついた階段を上がるたび、靴底がざりっと音を立てるが、あの時のようなやけに大きく響く足音が立つ気配はない。

「お邪魔しまーす、ごめんくださーい」

「はーい。巴さんから聞いてますよお」

 事前情報どおり先刻の男、今度は上下ジャージになっている、が顔を出した。男は時志の顔を見て、おや、と声を出した。

「さっきの方、ですよね?」

「はい。折戸さんのご厚意で、しばらくお世話になります」

「どうぞ上がって下さいねぇ。あ、僕探偵事務所で助手をやってる八ツ森です」

「桃花台です」

「今からごはん作るところなんですけど、好き嫌いとかあります?」

「特には」

「じゃあ適当に作りますね」

 アパートを転々とする合間に他人の家に転がり込む生活を続けていると、初めて来る家でもなんとなく間取りと配置が分かるもので、動線を塞がない位置に荷物を置き、座椅子を借りてテレビを着ける。キッチンから包丁で根菜の類を切る音が聞こえて、QOLの高まりを感じる。自炊をする人間の家に居座るのはいつぶりだろう。

「……」

 夜のニュースを映す液晶画面から、視線がずれる。テレビ台と壁との隙間に目を向けてしまう。対策は施してあるとは言われているけれど、あの時の、人間が居るはずもない場所にある眼に気付いた時の衝撃と恐怖はどうしても消えてくれない。

「……」

何も無いことを確かめた途端、詰めていた息を一気に吐き出してしまった。



 戸締りついでに明日の仕込みをしていたら、思ったより時間がかかってしまった。

「やっぱり鳩ちゃんがいる時に頼めばよかったな……」

 折戸はひとりごちながら折戸は階段を駆け上がり、自宅に到着した。

「ただいま」

「おかえりなさーい」

 自称住み込みの助手、実態は助手もできる居候の八ツ森がにこやかに出迎える。

「依頼人の様子は?」

「くつろいでる」

 桃花台時志の様子を伺うと、八ツ森の言うとおり、折戸お気に入りの座椅子に腰掛けてテレビを見ていた。他人の家でリラックスしすぎである。あまりにも他人の家に寝泊まりするのに慣れている様子に、流石に折戸は動揺した。

「たまにいるよね。ああいうひとたらしというか、ろくでなし」

 同じ方向を見ている八ツ森が苦笑する

「いるんだ……俺の人生で遭遇したことがなかったタイプだわ」

「巴って結構お坊ちゃんだよね」

「そんなことはないが?」

「それより」

 八ツ森の表情が真顔に変わる。

「わかってると思うけど、あの依頼人……」

「わかってるから準備してある」

 そ、と八ツ森と答えて。

「オムライス明日のお昼に作るけど、オムレツ割って乗せる感じでいい? 俺薄焼き卵作るの下手でさ」

「ああ、うん。それでいいよ」

「ありがとう。今日は回鍋肉となめこ汁ね」

「ねえ、八ツ森くん」

 キッチンに戻ろうとする八ツ森を呼び止める。

「なあに?」

「今の生活、幸せ?」

「うん。どうしたの今更」

 何の衒いも無い答えに、なんとなくだが安堵した。




 翌朝。

 早朝に折戸に叩き起こされた時志は、着の身着のままビルの屋上に立っていた。雑居ビルの屋上など目新しくもないが、見える色彩が文字通りの異色になっている。


 コンクリートの部分に、養生テープがみっちりと貼られていた。


 中途半端に明るい緑色が太陽光を反射して眩しい。

「こちらは昨夜のうちに八ツ森くんがやってくれました」

「二度とやりたくない」

 折戸も部屋着のスウェットの上下、八ツ森もジャージのままだ。昨日の食事中と変わらない出で立ちだが、折戸は飛行機に手荷物として持ち込めないサイズのスーツケースを持ってきている。

「事務所で交戦はしたくない。家具とかパソコンが壊れたらコトですからね。かと言って市街地はどうやっても向こうの出現ポイントが多すぎるので、ここで決着をつけます」

 折戸が丁寧に噛み砕いて説明し、スーツケースの持ち手をぽんぽんと叩いた。

「隙間女の出現可能な地点を一点に絞りました。」

 折戸の視線の動きに沿って、時志も首を巡らせる。眼に映るのは、先程自分たちがここに来るのに使ったドアだ。薄っすらと、開いている。

「普段張り巡らせている敷地内の結界……ツキモノツキを入れないためのバリアですね。それをいま一時的に綻びを作っています。階段からここに至るまでのルートだけはいかなる存在でも通れるように、今だけはなっています」

 突き落とす気なのかと思うほど、フェンス近くまで近づかされた理由がやっと分かった。

「半日近く桃花台さんを見られない状態で、一箇所だけ入り込める場所があったら……知性があれば罠の可能性を危惧するかもしれませんが、今回のツキモノツキには知性が、高確率でない」

 折戸の言葉に八ツ森が頷く。

「知性あったら持久戦に持ち込むと思いますね」

「……で、お二方はどうやって倒す? んですか?」

「出てくるのを待ち、迎撃します」

 しかし折戸の回答も大概に知性がなかった。

「駆除とかなんとか言ってましたよね? 俺、巻き込まれたりしませんか?」

「そこの八ツ森くんは頑丈な肉の盾なので安心して下さい。死んでも桃花台さんを守ります」

 自然に人権を無視した発言をし、折戸はスーツケースを引きながらドアに歩み寄る。

「八ツ森さんは……その、いいんですか……?」

「いいも何も……桃花台さんの壁になるのが僕の仕事ですからねぇ」

 トラックジャケットのポケットに手を入れたまま、八ツ森は苦笑する。

「大丈夫です、僕、死にませんから」

 人間は死ぬんだよ、命は大事にしろ。

 と、言おうとしたその時。

 ドアと壁の隙間から包帯のようなものが伸びたように見えた瞬間、それが折戸の頭部を貫いていた。

次でこの話は完結です

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